第16話 〝真紅のドクロ〟発動


 振り返った先にいた、妖艶な美女…鮮やかで凛としたアイシャドウ、口紅、眉のライン、ベリーダンサーの様な服…間違いなく、あのタマモだ。警察病院を逃げ出して以来か…どうやら元気になったようで良かった。


 「トキはどこじゃ⁉アユム!答えぬか‼」

 …だって、こんなにも俺の胸倉を締め上げているんだもん‼


 「トキは無事なのか⁉どうなのじゃ‼答えぬか‼」

 ビンタされまくってるから俺は無事じゃないかな‼


 「あのガレキの下におるのだな⁉」

 それもう無事じゃないよねぇ‼


 …その最悪の可能性をこの空襲跡と化した工場から想像させられて、タマモは締め付けられる胸を両腕で抱えている。元気そうだけど…俺を殴った拳だって、気力十分、威力十二分。今だって、ガレキを懸命にどけてトキを探していた。


 無論、俺はトキの行き先の見当はついているのだけど。


 「…知らないとウソを言ったら、殺されそうだしなぁ」

 「…黙っていてあとでバレても、殺されそうだがのぉ」

 デッドorデッド‼


 「いや、見当はついてるんだけどさ、見当違いだったら」

 「殺す」

 …え?

 「死ぬ気で探せよ?」

 えー…


 「見つけて、どーすんの?説得、前も無駄だったよね?」

 「今のわしになら、あやつを止める事が出来るのじゃ‼」

 …そーかなぁ…


 トキの向かった2階の渡り廊下はガレキと化してすでになく、リョウマの向かったドアの向こうは、…まだ何とか原形を保っているな。無言のままトキとリョウマを探しに進む俺に、タマモが憮然としつつもその後に続いた。


 …いや、探すってのは違うか?


 本来、このダッ…大人のお人形制作工場はそれなりに広く、しかも複数だ。フォークリフトのある、俺達が今いるここは倉庫だろうか?このダンボールの中で『みかんちゃん』は永遠に来ない配送される日を待ち続けるのか…


 「これ、配送先の顧客名簿じゃな」

 …そっと閉じてあげて。


 そんなに広い工場施設の中から探し出すなんて作業、普通は困難を極めるだろう。この倉庫だって、見渡すと出入り口は5つ以上あるのだから。


 しかし、俺はあっさりリョウマ達に追いついた。


 …入ってすぐに、俺は急ブレーキをかけて止まる。その横をタマモが追い越していった。求める男をついに、そこで見つけたから。

 リョウマとケイ、それと対峙するトキを見つけたタマモは、その胸に沸き上がった想いを、両腕で抑え込む様に抱きかかえ、それでも溢れる思いを瞳から流し、その溜めた想いを全て込めて名を叫ぼうとした。


 「下がれ!」

 が、叫ばれたのむしろ彼女だった。


 男3人からの強烈な怒声を浴びて、タマモが困惑顔で後ずさった。そして、リョウマの隣で…誰の眼中にもなかったケイが、そのマイ軍服にはお似合いの直立不動の敬礼で、天井から目を離さない。…いや、ケイに怒鳴ったんじゃないんだ。


 タマモを怒鳴ったのは、それぞれ、俺はこの場に危険を感じて身を案じ、リョウマは単純に邪魔だから、そして、トキは現実逃避とでもいうべき拒絶だった。

 「…って、何で俺が一番マトモなんだよ」


 続く沈黙の数秒に、俺は違和感を整理する。


 …いや、まぁ、白装束の忍者に思いっきり違和感を感じるんだけど、それは見なかった事にしよう。っつか、一番目立ってるけど‼少しは忍べよあの忍者‼


 違和感①暗すぎる。反対側の、高い場所にいるトキは、殆ど見えない。確かに、この部屋は今までで一番広く、そのうえ灯りと呼べるものは非常灯くらい…それにしても暗すぎる。日の光が差し込む隙間もなく、締め切られていたからだ。


 「…キミが来たという事は大凶星は破れたのか」

 だから、その真っ赤なレインコートの影に関係なく、トキの表情など見えないのだけど…不快ではなく驚き、だろうか。その声から感じるのは。


 「まさか、本当にあの大凶星を倒すとはな」

 こちらは目視で確認できた。なんと、確かに、間違いなく、俺を〝尊敬〟している黄金色の瞳だった。うーん、この暗さが心底もったいないぞ。


 「ゴミに、大して期待もしていなかったのだがな」

 …言い方。


 「勘違いするな。俺は心の底から敬意を払っているのだ、ゴミにな」

 …それもー変人ゴミ愛好者だよね。


 「トキぃ‼もう…もうやめるのじゃ‼」

 俺がリョウマの言葉で心に500ポイントくらいのダメージを受けていた隣で、その一万倍くらいのダメージをかみ殺した表情のタマモが叫んでいた。内股で体を小さくして、全身で何かを押さえ…意を決した表情で止まる。

 そういえば、自分なら戦いを止められるとか言ってたっけ。


 「もう、お主は戦わなくてもよいのじゃ!わしは…」

 「よくない‼」

 それ以前に、説得まで到達しなかった。


 「…ボクは、タマモのいない世界では生きられないよ」

 涙を溜めた男に懇願された瞳で見られてしまったから。


 「だからボクはこいつらを倒し!大星石を手に入れる‼キミを失わない為に‼」

 …うん、いい話だね。タマモは勿論、ケイまでもが感動して目を潤ませていた。どんなに強い敵より、どんなにつらい困難より、ただ愛する女性を失う事の方が耐えられないというのだから。たとえ、世界中を敵に回しても。


 「だから、お前たちを殺す‼」

 俺達がその殺される対象でなければな。


 「さっさとドクロをよこせ。そして死ね」

 そして、リョウマの心は1㎜も動かなかった。


 「ケイ」

 「は、はぃぃぃぃいいいいいい⁉」

 ケイが超絶慌てて飛びあがったのは、…余りにも残念な上司に向けて、つい表に出してしまっていた表情を隠す為と、この最終決戦の殺し合いの場で、自分が何をすべきかすぐに思いつかない狼狽のハーフ&ハーフ。

 ってか、お前の持ち物一つしかねーだろ。その…あの、初めて会った時にしていた真紅のガントレット。うーん…何度見てもゴテゴテと凶悪な装飾だな…


 「リョウマ様、赤の37564です‼」

 アレ、そんな凶悪な名前だったのぉ⁉


 リョウマがそれをつける間、トキは襲い掛かったりはしなかった。構えたりもしなかった。むしろ、ゆっくりと重厚に視線をリョウマへと向ける。


 「…そこで、余り動かない方がいい」

 瞬間、爆音が周囲に響き渡る。何事かと見回すと、部屋の四隅から火柱が立ち上がっていた。何かの〝偶然〟でそこに入っていたタンク内のガソリンが発火したのだろうか…とにかく、気づいた時には全てのガソリンタンクが炎を吹いていた。


 違和感②やっぱり、ガソリンの臭いだった。この部屋の扉を開けた瞬間、反射的に足が止まった理由でもあるんだが…さすがに危険すぎる臭いだったからな。特にこの部屋は完全に締め切られているせいか、匂いも逃げ道がない。


 タンクの炎に、ケイが全身に脂汗をかいて怯え竦みあがっている。むしろ、今までの暗がりを照らして室内を明るくしてくれているのだけど〝火〟に怖い思い出しかないケイにとっては、どうしても悪寒を感じてしまうのだろう。

 …悪寒を禁じ得ないのは、俺も同じだが。


 …明るくなって見えてきた、八方位に設置された真っ赤な石で出来た灯篭、アレ〝石兵〟だよね?以前、足元で見かけたのと似ているし、方角が完璧だ。そんで、あの四隅のガソリンタンクの前に四つ配置されている。

 その四隅から真っ直ぐ線を伸ばすとリョウマの現在位置に辿り着くこの図形…


 「石兵八陣により、炎が赤き壁となってキミ達を襲う」

 やっぱりかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 僅かながらテンションの上がるトキが説明してくれた内容は、俺の悪寒とほぼ同じだった。ガソリンタンクから伸びる凶格の線を通って〝偶然〟炎がリョウマ達を襲うという。文字通り〝赤き壁〟となって。


 「分かるな?キミの隣…それこそが、死門だ」

 「そうか。ケイ、そこに立て」

 あんたは鬼か‼


 ケイは動かなかった。正確には、必死に、頑張って、何とか、動こうとはしていた。でも、動かない。…もし、彼女に炎のトラウマが無かったとしても、そこを目指してあのガソリンの炎が襲ってくると知ってればそうなるわな。


 「…同じ言葉を二度言わす気か?」

 「はぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい‼」

 反射的に飛び跳ねた、そこは、死門だった。刹那、自分を火炎が襲うと思って、ケイはその場にへたり込んで頭を抱える。

 1秒、2秒、3秒…何も起こらない。何も起こらないけど、いつかは来るそれに怯え、震え縮こまってしまうケイのその様は、余りにも可哀想だ。

 トキさえも同情の念を隠し切れずにいた。


 「女性をそこに立たせて人質にでもしたつもりか?…このゲスが!」

 女性を人質にするゲスに向ける蔑み切ったトキの視線…なんて、今、リョウマがトキに向けている蔑みきった瞳に比べれば、天使の微笑みたいなもんだった。


 「バカか?貴様は」

 それでもなお、その美しさは1㎜も損なわれていなかったが。

 

 「もう長年使っていない廃工場にガソリンがある事を疑問に思わんのか?」

 「え?」

 「しかも、その部屋まで完全に一方通行なのだぞ」

 それは俺も気付いていた。


 違和感③この、本来は広い上に分かれ道の多い工場内を、俺達は探すまでもなくリョウマ達までたどり着いた。…明らかに一方向に誘導する物だ。無論、完全な一本道ではなく、あくまで障害物を置いたり道を破壊したりの一方通行なのだけど。

 そして、そもそも電気系統が生きている事が、おかしいんだ。


 おそらく、トキにも自分で思い当たるんだろう…あろうことか、タマモに向けて助けを求めていた。初めて、すがるような瞳を助けたい男に向けられて、…何も言えなかった。空虚な励ましの言葉すら、出てこなかった。


 「その八門にしても、まさか自分で考えたとか思っているのか?」

 「あ、当たりま」

 「違うな。〝その八門を当然描くだろう状況〟を俺が用意しただけだ」

 「なぁ…⁉」

 「貴様はただ、俺の筋書き通りにここに来て、操られるまま描かされただけだ」

 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーーーーーーーーーーい‼」

 ついにトキは大声で喚き、話を中断させた。まるで子供の様に。無意味に息を切らせ、喚き散らす。いつもは細くて見えない、怒りを燃え上がらせたトキのキレた瞳は、衝動で犯罪を行う人間のそれだった。


 トキの左手が大きく外へと投げ出される。

 「石兵八陣!赤き壁よぉぉぉおおおおおおおおおおおおお‼」

 「………」


 しかし、何も起こらなかった。


 「あ…れ?」

 「…哀れすぎて、侮蔑の言葉すらないな」

 リョウマは完璧な無表情だった。


 何故、炎が出ないのか全く分からずに、トキは手を何度も振ってみたり、指折り星石を計算し直したり、真紅のドクロをコンコン叩いてみたり、何度も何度も何度もガソリン缶を見直したり…そのザマは、ピエロそのものだった。

 一方、ケイはきょとんとした顔で、頭を抱えたまま左右を見回している。


 「さっきの発火…自分が操っていたとでも思ったか?」

 「…え?」

 「違う。この場で火難の〝主〟は、俺だ」

 ガソリンタンクに火が付いたのは、ケイが移動したからだ。


 …そう、今、この火難の地の鍵となる、最も〝火〟に呪われた存在は、ケイなのだ。陣を描いた時点での支配者はトキだったのだろう。しかし、ケイがこの陣に足を踏み入れた瞬間、全てが書き換えられた。

 そう、初めからなるように、リョウマはこの場の全ての状況を作っていた。


 「じゃあ、死ね」

 「や…やめろぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 ようやく…そして全てを、理解したトキが怒鳴り叫ぶのと同時に、口元をひきつらせた笑みを浮かべるケイの、背中にある凶格の命理…火傷の中心を、死門へと向けて、あの真紅のガントレットを着けた、リョウマが突いた。

 「〝地悪星〟」


 殆ど同時に、四方のガソリンタンクが爆発した。


 「トキィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイ‼」

 「ダメだ‼下がれ‼」

 タマモを無理やり抱きかかえて、俺はさっき開いて入ってきた扉を閉じる。

 渾身の力を込めてタマモを抑え込みつつ、…扉の窓から覗く景色は、まさにこの世の地獄だった。逆転するナイアガラの滝の様に、炎が四方の壁を凄い速度で登って行き、すぐに天井までをも埋め尽くした。文字通りの『火の海』だ。


 炎達はまるで意志があるかの様に、全員が一丸でケイ目がけて襲い掛かった。

 「ひ…ぃやぁぁぁぁあああああああああああああああああああ⁉」


 「火遁〝ヒノカグツチ〟」

 リョウマの右手の一振りが、この部屋を解き放つ。


 ケイに襲い掛かると思った炎が、急激にリョウマの指し示す前方へと向かって流れた。…突然開いた、トキの背後の扉の向こうへと。

 そこは、完全に締め切られていた筈だった。それが何故か〝偶然〟開き、炎達は我先に外へ逃げ出そうとそこに駆けこんでいく。…リョウマが描いた凶格の導く通りに。無論、その途中にトキがいる事などお構いなし。


 「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ⁉」

 トキの体を爆炎が取り巻く。飛び出そうとするタマモを、逆に俺は地面へと組み伏せる。直後、大爆発による振動が建物全体を揺らし、破壊によって吹き飛ばされた屋根とか壁とか扉とかが、タマモの、上に覆いかぶさった俺の上に降り注いだ。

 それはまるで大地震だった。眼を固く閉じ亀の様に丸まる俺に分かるのは、終わる気のしない激しい揺れと、ガツンガツンと鈍い音を立てて跳ね返るガレキの音。暑さも痛みも感じなかったが、それはもう生きていないからではないだろうか。

 

 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…危なかったな」

 呟いた俺の頭上で、ガツンと音がする。俺達の盾になってくれた扉に、最後の落下物が落ちた音だった。この頑丈な鉄の扉が無かったら、ヤバかったな…


 半ば気を失っているタマモを寄りかからせ、…ようとしたが、その為の壁が無かった。向こうへ、また向こうへと、壁を探してみるも、…森が見える。ふと空を見上げると、見事に晴れ渡った快晴で、カモメがそこを飛んでいた。


 「…大凶星と何ら変わらんがな」

 そこも、まるで空襲を受けた跡だ。


 ガレキの山と化した廃工場跡地を、俺はしばらく茫然と見渡した。あの暗がりの中だ、倉庫内に何があったのか知らんけども…もう見る影もない。ガレキ。破片。残骸…仕方なく、地面のそれらをどかせた床の上に、タマモを寝かせた。


 その大破壊のただ中にいても、リョウマは綺麗だった。


 …いや、綺麗過ぎるだろ‼容姿の話じゃなくて、真っ白いニンジャ服に傷一つ…どころか、焦げ跡のシミすらねぇけど‼あれもしかして〝偶然〟〝運よく〟〝たまたま〟無事だったの⁉何事もなかったよーに爽やかに海風受けているけども‼


 そして〝死門〟にいたケイは…

 「う…ううう…っく、ぅう…」

 無事だ。


 …いや、無事っつーと語弊があるか。命に別条はなさそうだし、重度の火傷とかも無いように見える…あの火炎地獄の中心にいた割には、無事…っつーか、さすがに、幾らリョウマでも彼女を生贄にするという前提で陣を作ったりはしない…

 「………」

 と、思いたい。


 それでも火傷を負っているし、それ以上に炎への恐怖でケイは立ち上がれない。頭を抱えた姿勢で体を小さく丸めて啜り泣き、外界から完全に隔絶させてしまっている。俺は何とか慰めようかと思ったが、やめた。足元のあれは、多分…

 が、リョウマは何事もなく横を通り、その肩に手を置いた。


 「よくやった、ケイ」

 視線も向けずにかけられた、その声がケイに届いていたのか…届いていれば報われるのか…俺には分からない。…リョウマがケイを連れてきた理由は分かったが。


 『どうぐ』『つかう』『ケイ』


 「トキ………トキはどこじゃ⁉」

 ゾンビか幽霊の様にさ迷い歩きだしたタマモが、崩れ果てたガレキの山を懸命に漁る。…いや、その下にいたら絶対に死んでるだろ…それ以前に、トキはそこにはいないけど。爆炎で外へとブッ飛ばされてたから。

 …まぁ、もうどっからが外かなんて分からないけどな。

 工場の近くに生えていた木々は爆風で折り倒され、その上で焼き払われていた。その炎は消えることなく、さらにその先の木々を焼いている。


 「…さすがに、死んじゃったんじゃないかなぁ」

 「事故死だな」

 まぁ、そうだねぇ…火が付いたのも〝偶然〟だし、それがトキへと向かったのも〝偶然〟だし、廃工場を起こす大爆発になったのだって〝偶然〟ですから。


 「俺のせいだとして、相手はテロリストだ」

 そら、そうだねぇ…トキらテロリストは日米のトップを殺して戦争を…一歩間違えば世界大戦を引き起こそうとしてたんだから射殺されても文句は言えない。

 とにかく、これでテロの脅威は去…


 とぅるるるるるるるるる


 不意に鳴り響く携帯音…リョウマはすぐにその相手が『総理の護衛をしている』キョウだと確認する。…その声は、離れても分かるくらい狼狽し興奮していた。

 「す、すいません‼総理が大変なんです‼」

 いきなりの謝罪の言葉と〝総理〟という単語に空気が凍り付く。まさか…⁉


 「うっかり転んで、総理のズボンを下ろしちゃいました‼」

 ぶちっ

 リョウマは無表情で〝切〟の通話終了のボタンを押した。


 「…さっさと真紅のドクロを確保して、撤収するぞ」

 えー…こんなかから探すの?


 …俺はな~んにもない焼野原を見渡しただけで、もう帰りたかった。爆発の衝撃でバラバラになった、元が何か分からないガレキを見て、疲労を感じていた。すぐそばの崖の先に広がる海を見て、すでに諦めていた。

 「きらきらきら~んって光って教えてくんないかなぁ…」


 きらきらきら~~~~~~~~~~~ん

 

 「そうそう、あんな…感…じ…」

 強烈過ぎる光を横顔に受けて、無意識に振り返りかけた…寸前で止まる。

 …何でしょう、この真っ赤な光…あ?救急車?じゃなかったら消防車?きっとそうだよね?あのピーポー言う赤い点滅灯だよね?そうに違いないよね?そう言えばここは工場だったし?危険を知らせるアレ的なアレだってアレじゃね?

 次々と生まれる言い訳は、答えてくれる者もなく、虚しく積み上げられていく。


 「…このまま振り返らずに、全てをなかった事にすれば…」

 「死ぬだろうな」

 そらあかん⁉


 ま、まぶしい‼…訳じゃなかった。しかし、つい目を瞑って顔を背けてしまう…強烈に感じる真っ赤な光。これ…視覚に感じる光じゃないのか?あの、真紅のドクロに感じる〝何か〟に眩しいという結論を脳が出しているのだろうか。


 「ト、トキ…?」

 不安げな問いかけの声。

 無論、その真紅のドクロを持つ男がそトキ本人である事を間違う筈はない。…筈はないのだけど…焦げたフードから覗いた細い目も、爆風で乱れてはいるけど後ろで束ねた長髪も、煤で所々黒くなった白く細い顎も、全て見慣れたトキだった。

 タマモは半歩下がって俺の袖を掴んだ。彼女のトキへの不安の正体など、俺には分からなかった。分かるのは、俺の中の不安の正体だけだ。


 「…あの炎を防ぎ切ったっつーのか…どうやって」

 「〝運よく〟だろ」

 リョウマに放り投げる様にそう言われて…自分が、殆どドクロしか見ていない事に気づいた。タマモと同じく。深呼吸して、視界を広げて周囲を…

 「な、何だこりゃぁ⁉」


 とんでもない物が俺の目に飛び込んできた。

 いや、…見えたというのは正確ではないが、俺の両目は信じられないその光景?に、今までになく大きく見開かれた。小刻みに震えてカチカチと歯を鳴らし、金縛りにあったかの様にゆっくりと辺りを見回す。脂汗に溺れそうになりながら。

 

 「い、一面全部〝死門〟になってんぞ⁉」

 「これが〝真紅のドクロ〟の力だ」

 ずっりぃだろ⁉何だ、このチートっぷりはよぉ‼


 …星石は運命を呪い、運命を変える思いが詰まった石…それがあれだけの純度と大きさになると、こうなるのか…この中で俺達が何をしようと、全ては凶しか呼ばない。逃げる、という行為すらも。


 つまり、こっちの負…


 「勝ったな」

 「へ?」

 「これで、あの星石は使用済だろうが」

 …あ、そっか。


 何回でも使える代物なら、そもそも、今までの戦いでも使っていた筈。それをしなかった理由は、開放すれば今まで貯めた力を全て使ってしまうからだろう。

 ミッションコンプリート‼


 「………」

 で、俺らはどうなるの?


 「…何かもー、一歩でも動いたら死ぬみたいな状況なんですけど…」

 「そうだな」

 「そうだな、じゃねーだろ⁉どーすんだよ⁉あるんだろ⁉対応策‼」

 「ない」

 「嘘ぉぉぉぉおおおおおおん⁉」

 「嘘を言えば死ぬんだが」

 …ちょっと待てよ…真紅の髑髏が発動したって事は、あっちが…


 とぅるるるるるるるるる


 呼び出し音に俺だけではなく、リョウマまでも緊張した反応を見せる。どうやら考える事は同じらしい…それがキョウからの連絡である事は分かっていたから。

 「リョ、リョウマ様‼た、大変です、大統領が‼」

 今度の単語は〝大統領〟である。俺とリョウマは同時に息を飲む。まさか…


 「サインしてくれたんですよ~‼」

 ぶちっ

 リョウマは力いっぱい〝切〟の通話終了のボタンを押した。


 どうやら、向こうは何ともないらしい。…まぁ、この黄金の瞳の策士サマは、発動させても大丈夫と判断したから、ここを戦場に選んだみたいだからな。

 …俺はゆっくりとトキさんの方へと視線を流してみる。

 トキさんは…黒焦げだ。体を覆っているのは、かつて服だった、炭化した何か。ただし、黒焦げなのは服までで、肉体に損傷は受けてないように見える。ピクリともしないのだけど、明確に〝立って〟いるから。真紅のドクロを向けているから。

 …えーと…話し合いで解決とか、ダメ?


 「トキ…もういいじゃろ…?」

 「…タマモ」 

 彼女の声に、トキが反応を示した。顔を上げると同時にフードが崩れる様に背後に消えた。露わになったその黒く煤けた顔には表情が全くない。青く光った左目をタマモへと向けたが、それはまさに無気力…感情も力も、そこには何もなかった。


 「…星石はなくなってしまったよ。…ボクはまた…キミを、助けられなかった」

 「もういい…もういいのじゃ‼」

 「…もう…〝いい〟?」

 その言葉に、ようやくひとかけらの感情があった。


 「…よくないさ」

 「トキ、わしの話を…」

 「こいつらだけは絶対コロス‼」

 ああああああああああ⁉やっぱりね‼


 トキの感情が爆発した。顔は一面の怒りで埋め尽くされており、左手を大きく開き、右足を大きく一歩前に踏み出した。その俊敏かつ躍動的な動きから、やはり服は黒焦げでも肉体へのダメージは皆無なのか。

 …一体、どれだけの〝偶然〟が重なれば無事で済むんだろう…


 「ど、どどどど、どうするんだよ⁉」

 「キョウは」

 リョウマは一度だけ周囲を見回し、小さく舌打ちをした。

 「…盾は、総理の横に置いてきたか」

 〝盾〟って言いましたよぉ⁉今!ハッキリ‼


 とぅるるるるるるるるる


 噂をすれば…か。今度は何も言わずに、リョウマが俺に電話を渡してくる…何かもうメチャクチャす嫌な予感しかしないんだが…一応、通話のボタンを押した。


 「リョウマ様⁉」

 「いや、俺だけど」

 ぶちっ

 電話は切られた。

 「………」

 あいつ何がしたいのぉ⁉


 そんなボケをかましている間にも、トキが着実に近づいていた。その手に持ち、俺達にかざしているのは発動したチート星石‼

 「どーすりゃいいの⁉教えて!10円玉」

 「何を持っているんだ⁉お前は‼」

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