第15話 大凶星に勝て‼

 

 「………無理」

 いや、こいつに、どー勝てと?


 「お色気対決で決めよう‼」

 「…それ、どう決着つくの?」

 「平和的にだ‼」

 「うーん…〝大凶星〟の俺がいるのに、男二人が裸になったら」

 「よし!お色気対決はやめよう‼」


 他の案を探して周囲を見回してみるも、あるのは『ラブドール・みかんちゃん』の残骸ばかり。…それを見たから『お色気対決!』を思いついたんだった。


 「教えてくれ、『みかんちゃん』…俺は、どうすればいい?」

 「わたしはね、強い人が好きなの!」

 「………」

 「戦って勝った方に…全部あげちゃう‼」

 大凶星、うるさい。

 

 っつーても、こいつをここで足止めしないと…自然に、真紅のドクロのとこに着くだろうな。一番〝不幸〟な選択肢だから。奴がどう動こうと、結果そうなる。

 真紅のドクロにはリョウマが向かっているから、大凶星が来る前に確保・破壊できればいいのだけど、追いつかれたら…あいつ、自分だけ逃げるな。絶対。


 よし。

 「表が出たら逃げる。裏が出たら戦う」

 迷ったらどうするか…考えるまでもなかった。すでに俺の右手はポケットから10円玉を取り出しており、あとは指で弾くのを待つだけだった。


 「…裏でろー…裏でろー…裏でろー…裏でろー…裏でろー…」

 「祈るなぁぁああああああ‼」


 両掌をこすり合わせてお祈りする大凶星を一喝した、俺も心の中で祈っていた。勿論、真逆の「表」を。2人の間でコインは宙を舞い、そしてカランと落ちた。転がりもせず。その音は無駄にだだっ広いこの廃工場中を何度も反響する。


 「………」

 「裏だな⁉」

 そーだよ‼


 「…しゃーねぇ、戦うか」

 コインの裏表とサイコロの目は天のご意思だからな。


 野球帽を深々と被り、一つ息を吐き出す。一つ頷き、野球部の練習前の柔軟体操の様に少し体を動かしてから、足元へと数秒視線を落とし、そして一つ歩みだす。


 「おやぁ?お前は入ってくんのな?」

 「ふつーに戦って〝サムライマスター〟のブッた斬りに合うよりマシじゃね?」

 「だ~っはっはっはっはっはっはっはっ‼そりゃそーだな‼」

 俺は大凶星が描いた四凶の陣へと慎重に足を踏み入れた。…いや、俺には何となくしか分からんから、実はこの警戒は無駄なのだけど。中央へと続く吉格でできた道を通り一歩一歩近づいてくる俺を、大凶星は楽し気に茶化しながら迎える。

 …その足元にはボロゾーキンが打ち捨てられていた。


 「手ぶらなのかぁ?」

 まだあの長刀の間合いではないものの、大凶星は襲い掛かって来ない。さっきの今で、俺がこの地でどう戦うのか…それに興味津々のようだ。ニンジャマスターだったら星石鎖でもだしてるだろうか。俺は、持ってないし、使えないけど。 

 「手ぶらじゃ、ねぇぜ?」

 俺はポケットに手を突っ込み、それを取り出す。


 「サイ…コロ?」

 その通り。


 余りに予想外の物が出てきたので疑問形になったのだろうけど、俺がかざした中指と人差し指の間にあるモノは、紛れもなく〝サイコロ〟である。大きさは指先でつまめる程度。どこにでもよくある麻雀やチンチロリンで使う六面体だ。

 この前のテロリスト殲滅前にシルバに貰ったアレである。


 「賽卦五行殺~」

 「さい…け?」

 

 「手前ぇに出るサイの目はー」

 余りに予想外の展開についていけず、音で聞いても『賽卦』の意味が分からずに立ち尽くす。そんな隙だらけの大凶星に向けて、俺はサイコロを指で弾く。飛ばされたサイコロは、ふつーに大凶星に当って落ち、コロコロ転がって…止まった。

 「凶だ‼」


 「あっっっっっちぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいい⁉」

 瞬間、大凶星の背中を炎が駆けあがった。


 いきなり襲い掛かってきたそれを全く理解できずに、大凶星は無様に地面を転がって火を消そうと必死だ。あのケイの火難アピールの火種…こっそりくすぶっていたあの火の粉が〝偶然〟はじけて、元々の天パをさらにチリチリアフロにした。


 「四式、火行‼」

 「…よ、四式…賽の目も4…目の色は赤ぁ⁉」


 「さ~て、次に手前ぇに出るサイの目はー」

 慌てて距離を詰めようと大凶星が走り寄るより、当然、サイコロを弾く俺の指の動きのが早かった。目の前に飛んでくるサイコロを、大凶星は掴んだ。本当に反射的にしてしまったその行動に後悔して、大凶星は駆けながら手を開く。

 「凶だ‼」


 「な、何だぁ⁉」

 不意に、大凶星がバランスを崩した。


 スピードに乗って踏み込もうとした、そこが動いたのだ。…正確には、そこに転がっていたボロゾーキンが動いて〝偶然〟大凶星の足に当たった。前のめりに転びそうになって何とか耐えたそこに待ち受けていたのは、俺の右ひざ。大凶星は見事に顔面からそこに突っ込み、鼻血をまき散らしながら悶絶する。


 「五式、土行‼」

 「こ、こんな…」


 「さ~ら~に~、手前ぇに出るサイの目はー」

 見事に顔面から突っ込んで鼻血をまき散らしながら悶絶した大凶星は、起き上がりざまに防御態勢を取る。…とはいえ、災難はどこから襲ってくるのか…周囲を超高速で見まわしてみる、急激に下を向いて見る、そして宙を見上げる、

 「凶だ‼」


 か~~ん


 「何でタライが⁉」

 「六式、金行‼」

 ちなみに、どこから降ってきたのか俺も分からない。


 「…サイコロの占いで五行の凶が襲ってくるから『賽卦五行殺』…かよ」

 自嘲気味に笑った大凶星は、タライに強打されたチリチリの頭を押さえつつ鼻血を流す…とゆー愉快な様子だった。ダメージは、それなりに。と言った所か。


 「何故だぁぁぁぁあああああああああああああああああああ⁉」

 …なので、この悲鳴の様な絶叫は大凶星ではない。


 ついさっきだが、四角いオッサンが意識を取り戻していた。…足を引っかけた大凶星に上を転げ回られて、だけど。もはや見る影もない程に変色して歪み切ったその顔を、さらに限界突破させて変色して歪ませている。…すげぇなぁ。


 「…な、何故、八門が全く意味をなさない⁉」

 四角いオッサンの言いたいのは『何でお前のサイコロは大凶星の四凶の八門陣を完全無視して、威力を落とさずに五行の攻撃ができるのか』という事だろう。

 …いや、そりゃ当たり前だろ。


 「人為が天為に勝つわけないでしょ?」


 俺と大凶星が、全く同じ台詞を、全く同時に言った。顔を合わせた俺達は、また同時に笑い出す。そう、当然なのだ。〝大凶星の四凶の陣〟と言った所で、所詮は人間が人為的に運命を動かしたモノでしかないからな。

 一方、コインの裏表とサイコロの目は、ただの偶然…天のご意志ですよ?


 「って、あり?」

 …てっきりオッサンも納得と思ったのに、帰ってきたのはそれとは真逆…理不尽を呪う者の目だった。全く理解できないモノ…まるで異星人を見る目だ。


 「ま、そいつにゃ~分からんだろ」

 「そーだねー、って事で、手前ぇに出るサイの目はー」

 「あーーー⁉ずっりぃぞ手前ぇ‼」

 完全に不意打ちのそれに、もはや大凶星は非難の声を上げて、全周囲防御で身を縮めるしかできない。大凶星に当ったサイコロは、コロコロと地面を転がって…


 「…あ、やべ」

 サイコロは『1』の目を出して止まっていた。


 「ぅわっちゃぁぁぁぁああああああああああああああああああ⁉」

 瞬間、体のすぐ側で爆発が起きた。…俺の。


 …自分の耳の側でいきなり起こったそれが何なのか…俺に分かる筈もなかった。俺に分かったのは、熱さと、痛さと、鼓膜の痺れ、それに自分の肉の焼ける焦げ臭い匂いくらいだ。考えられる理由は、あのケイの火難アピールの火種か…?

 

 「…っつ~…『1』は出しては、いけない目だった…」

 〝五行殺〟と名乗る通り、五つの目にはそれぞれ五行の火水木金土が当てられている…が、言うまでもなく、サイコロは六面である。最後の一面は何かといえば『出してはいけない目』…その面になったら、ダメージを受けるのは俺なのだ。

 十数秒かけて、自分の体をチェックする…うん、痺れが残るけど、死ぬような事はねぇな…そんな俺よりも、指を、声を、体を、震わす男がいた。


 「な、何で、わざわざ〝出してはいけない目〟なんてあるんだよ⁉」

 何で、ってなぁ…

 「いや、そーゆーもんだろ?」


 …あれ?何?この「はぁ?何言ってんのお前?」オーラ…お、俺、そんな変な事言ったか⁉もう、なんか四角いオッサンがヒトを見る目すらしてないんすけど‼

 一方、逆に大凶星の機嫌は上昇するばかり。


 「そのサイコロ、どしたん?」

 シルバに作って貰ったこのサイコロ、2~6の各数字はそれぞれ五行の火水金地木の星石で作ってある。それで全ての目が均等な確率で出る様に調整するのは意外に技術の要る仕事だ。そして、1の目と中心にあるのは同じモノ。


 「ま、核は…基本にあるのは俺の『サイコロ鉛筆』の芯だけどな」

 「…サイコロ鉛筆?」

 首を傾げた大凶星に、俺は胸ポケットから取り出した鉛筆を突きつけた。パッと見、どこでも売ってる鉛筆だが、…どこにでも売ってる鉛筆である。ただ、よ~~~く見ると、六角形の上部に1~6までの数字が振ってあった。


 「テストの時、これをコロコロ~っと転がして出た数字を書くんだよ」

 「…それ、当たるんかい?」

 「俺は今まで全てのテストをこれで乗り切ったのだ!」

 「威張って言うなぁぁぁああああああああああああ‼」

 …何で俺、さっきからこのオッサンに怒鳴られなあかんの?


 「やっぱ、サイコーだよ。お前」

 そして、何で大凶星にフレンドリーを越えた熱い眼差しを向けられてんの?


 俯き、笑っているらしい大凶星は、地面から数珠を取り〝四凶〟の陣を解いた。取り上げた数珠無造作に首周りに戻し、伏したままの目の正面でパンッと大きく手を叩く。顔を上げた大凶星の目は輝いていた。白…ではない方の瞳が。


 「これで初めて〝戦える〟なぁ‼」

 それは、もしかしたら生まれて初めての〝大凶星〟ではない、ただの〝男〟の笑顔だったかもしれない。あの大凶星から凶悪さを取ったら…それを遥かに上回るとんでもない威圧感だけが残っていた。

 …うん、もうちょっと大人しめに喜んでくんないかな。四角いオッサンが、もうリアルにチビっちゃってるから。全く大凶星の眼中にないんだけど。


 今、大凶星は四凶の陣を解いた…一見、今までだってそれを無視して攻撃していたのだから関係ないように見えるが、実は状況は激変している。

 俺の攻撃は、影響されないが、奴の攻撃は、オッサンが死なない程度に影響されていたのだから。通常のサムライマスターの攻撃は、全てを斬る。

 すぐさま、俺は一歩飛び退いた。


 「…距離を取れば、刀よりもサイコロ飛ばす方が有利…ってか?」

 そう言って、片目に淀んだ光を灯す大凶星が左手で手近な柱を叩いた。数秒後、その柱がミシミシと音を立てて崩れ倒れてくる。…完全に俺を目がけて。


 「…ちょ、ちょ、ちょ、ちょーーーーーーーーーーー⁉」

 「俺は全てを不幸にする大凶星‼触れたモノは、全て、壊れ‼崩れ‼朽ちる‼」

 自分めがけて朽ち倒れてくる金属の柱…に、気を取られた瞬き程の一瞬。…次に気付いた時には、すでに大凶星は抜き放った刀を振りかぶっていた。振り下ろされた刀は容易く金属の柱を両断し、その先の俺の胸板を切り裂いた。

 皮一枚…一歩、飛び退いてなかったら、死んでた…


 言うまでもなく、大凶星はすぐさま第2撃を振りかぶっている。俺は胸の出血に目をやる間もなく、2歩3歩と飛び退きながらサイコロを指の間に挟んだ。

 「賽卦、ご」

 「させねぇ‼」

 刀を握る右手ではない、左手で大凶星は床を叩いた。今度は数秒も待たずに、床のいくつかが底を抜けて壁の様に乱立する。…いや、確かにこの廃工場はボロっちいし、歩いた拍子に床が抜けても当然かなって思うけどさ、こりゃねーだろ‼

 

 「五行殺ぅ‼」

 とはいえ、体勢を崩されてもなお、サイコロを弾く事はできた。


 「1だな」

 「え?」

 一瞬の空白のあと、痛みだけが俺の頭を満たしていく。だ、ご、ら、…右足、左肩、背中…あと数か所を掠め、崩れた床と壁までもが、刃物の様に俺の体に突き刺さった。俺は、叫び、叫び、叫ぶ…痛みで気が狂いそうだったから。


 「サイ…卦ぇ‼五行殺‼」

 「うわっちゃぁ⁉」

 …それらが致命傷でないと俺が確認できたのは、サイコロを飛ばして、大凶星の左足に火柱が上がった後だ。危ねぇ…刺さった部位が良かった…背中と頬をかすめたのはヤバかったが…とはいえ、これ放置すれば失血死もありうるな…


 それから数度の攻防で、俺も大凶星も互いにいくつかの傷を負う。一つ一つは大した傷ではないのだが、俺も大凶星も今までの傷が深刻に累積してもいた。


 「はははははははははははははは‼破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊‼」

 …が、一番大きいのは建物のダメージだろうな…


 大凶星は手あたり次第に触れ、触れられたモノは朽ち、崩れ、倒れる。もはや、この廃工場全体が悲鳴を上げるように軋んでいた。…ってか、もう見るからに曲がってるよ‼見回す限り、建物全体が変な絵画みたいにグニャグニャしてんぞ‼


 「なんで⁉どうして⁉どうやって⁉これが起こるんだよぉ⁉」

 「…〝偶然〟だろ?」

 「もぉヤだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ‼」

 オッサンは泣きながら逃げ出した。金輪際、八門五行に関わる事はないだろう…


 …どうする?完全にジリ貧だぞ…全てを切り裂くサムライマスターとしてだけでも手に負えないのに、今や触れたモノを全て壊す殆ど破壊神‼

 何とかして近づければ…サイコロちゃん、お願い‼


 「五式、土行!」

 「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ‼」

 大凶星が悲鳴を上げて飛び退いた。顔は、恐怖ではなく驚愕。地面を叩いて床が割れた、そこから覗いているのは白骨の手…おそらく、大凶星の位置からは床下の白骨死体が丸々見えているのだろう。そら、ビックリだわ。


 「び、びっくりしたぁ…何だ?『キチコ』?」

 …ああ、それ、何かの犯人だ。


 「賽卦ぇ…」

 その隙をついて俺が前に飛び込んだ。まさか距離を詰めてこないと決めつけていた大凶星に、一瞬以上のの躊躇が生まれる。

 「五行殺ぅ‼」

 「いっっっっでぇ⁉」

 そして、その目ん玉にサイコロを弾き付けた。


 ふつーに目を痛めつけられて、大凶星は両手で目を覆い、よろけた拍子に柱に寄りかかる。…そこに、倒れた柱と壁とパイプが「今までさんざん俺達を壊してくれたお礼だ」とばかりに大凶星へと降り注いだ。六式、金行。


 ま、俺の目的は攻撃ではなく、大凶星が手放したコレなのだが。


 「あーーーーーー⁉俺の刀、返しやがれ‼」

 「やなこった‼」

 とりあえず、このサムライマスターに刀を持たせておくのは危険すぎる‼


 「返せよぉ‼」

 大凶星が両拳を床へと叩き付けた。まるで駄々っ子の様に…すると、今までにない衝撃が廃工場全体を震わせる。こりゃもう、まんま地震だ‼

 震源地では大凶星が怒りの炎を纏って雄叫びを…って、リアル炎ですよ‼さんざん〝偶然〟燃え続けた火種が、もはや滝の様に天井向かって燃え上がってますが‼

 炎が天井を突き破って行った…いや、逆なのか?原理は分からんけど、見たままを言うとそんな感じ…って、危ねぇ‼梁やら屋根やら(鉄製)が落下してくるよ‼


 「…あ、やべ」

 大凶星、どこ行った?


 「ここだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ‼」

 自らの居場所を教えてくれる親切な襲撃者の姿は…見えなかった。

 見えるのは、遥か上方から俺を押しつぶそうとばかりに、崩れゆく工場を滑り落ちてくる〝重量の塊〟だった。それは明らかに金属でできており、大きさはゆうに人の3倍はあるだろうか。…声はその後ろの影から聞こえた。


 「サイコロ投げてみろや‼俺が死んでも、お前も押しつぶされてお陀仏だ‼」

 「………おい」

 「ん?」

 「ってか、何に乗ってんだよ、お前?」

 「ラブドール♡みかんちゃんの銅像だ」

 「んなもんに乗ってくんじゃねぇぇぇぇぇえええええええええええええええ‼」

 緊張感が台無しじゃねーか‼


 きっと実物大3倍の銅像を作りたいくらい、ここのスタッフに愛されていたんだろう…それが‼今‼崩れゆく梁や柱を器用に滑って、しかも確実に俺に向かってくるよ‼その上に大凶星が仁王立ちしてるよ‼なにあの世界一嫌なサーフィン‼

 「って、ツッコミ入れてる間にもう目の前ぇぇぇぇえええええええええ⁉」

 もうこの3つのサイコロしかねぇ‼


 「賽卦五行殺‼」

 サイコロを放った次の瞬間、俺は刀を握る手へと全神経を集中する。瞼を閉じて、一つ息を吐き、目を開く。眼前に迫るラブドール。


 一閃。


 『ラブドール♡みかんちゃん』は、頭から爪先へと真っ二つに両断された。


 「んだとコラぁぁぁあああああああああああああああ⁉」

 ついでに、乗っていた大凶星も刀の軌跡内にいたのでブッた斬った。


 凄まじい重量が地面に激突して、工場全体を揺るがせた。感傷に浸る暇もなく、俺は一歩、二歩、三歩、と後ろに飛び退く。そこを、降りそそぐガレキが満たして行った。…その振動が収まるまで、俺は大きく、長く、深呼吸を続ける。

 やがて揺れが収まると、俺は視線を足元へと落とした。

 

 「金行奥義『オーメン』…ってか」

 床に転がるサイコロが示していたのは、666。


 俺が銅像を真っ二つに斬れた理由は、あのサムライマスターと同じ。〝偶然〟良い所に刃が当たり、〝偶然〟刀にかかる衝撃が完璧な1点に集中し、〝偶然〟ちょうど俺をすり抜けて別れる様に、上に乗る大凶星が体重をかけたのだろう。他。

 …どうやら俺にも〝偶然〟が揃えば、銅像を両断できるらしかった。


 「ふぃ~…」

 自分でも驚くほど、落ち着いていた。ビビりの俺が、死ぬ目に遭ったのに。それは感覚がマヒしているからかもしれないが、…おそらくはサイコロの目だから。


 見上げると青空が広がっていた。

 …なんかもー空襲を受けた工場だな。小さかった種火も〝偶然〟の連続で、今や大火となって燃え広がっていた。壁やら柱やらの崩壊は、経年劣化が原因だろう。それが〝偶然〟連鎖的に重なって、屋根が一欠けらもなく吹き飛んでしまった。


 大凶星の姿は…ない。多分だけど、このガレキの底にいると思う…生きてるか死んでるかは、知らん。ガレキをどかして探すか?…地獄の蓋を開ける行為にしか思えんわ、それ。…ぶっちゃけ、多分、生きてるしな。

 

 「しかし、これ…トキを追いかけたあいつ、大丈夫なのか?」

 「トキじゃと⁉」

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