第12話 ぼくのかんがえた さいきょうのじんけい

 

 「よぉ、トキ」

 「話しかけるな!この変質者が‼」

 いきなりひどくない⁉


 「タマモを辱めた、キミだけは絶対に許さない‼」

 あああああああああああ‼誤解されとるぅ‼


 「いや!あれ、ただのCGだからね⁉確かに、すっごい精密だったけども‼そもそも、あのエロ動画には女性の顔なんて映ってねーだろ‼」

 「エロ動画、だと⁉」

 その言葉だけ拾わないでぇ‼


 「負傷者をこちらの船へ‼」

 すぐに黄色いレインコートで顔を覆い、あえて顔を見せないようにして、トキはオッサンへと指示を出す。…も、我慢できずに顔を上げた。あからさまに俺に向けたその顔には、憎悪の熱がマグマのように内から湧き上がっている。

 …完全、あの画像を本物だと思ってんだな…


 「お前に女イジメて喜ぶ趣味があったなんてなぁ」

 「大凶星…」

 「てっきり、Mだと思ってたよ」

 どっちでもねぇよ‼


 わざとらしく天パ頭を下げて謝るふりをする大凶星は、いつにもまして機嫌がよかった。…そして、いつにも増して凶相だった。何かで赤黒く染まった長刀をひけらかす。奴のいつもの着流しもその全身が同色だった。

 …その血まみれの姿は、最悪の結末を想起させるに十分だった。


 「あ、アンさんはどうした⁉」

 不意のケイの怒声。大凶星はきょとんとして2秒ほど停止する。

 「さぁ?」

 「なんだと⁉」

 「…いや、だって、俺〝アンさん〟って人、知らないっすよね?」

 ポニーテルが天を突く勢いで怒鳴られて、大凶星が怯んだ。怯んだけで、何も変わらなかった。埒が明かないと携帯を…探そうとして、ウェットスーツに気づく。あとは通信機を探そうとあたふた右往左往…いつものケイだなぁ。


 「っつか、コレほぼ俺の血だしな」

 「バカなの⁉」

 「いや~、調子に乗って斬りまくってたら、破片が全部俺に落ちてくんのな…」

 どんだけ自爆してんだよ、この大凶星‼


 「…いや、皆さん、全くやる気なかったっすよ?もー、蜘蛛の子を散らすように」

 「そちらのオトリ部隊も全滅だよ」

 大凶星の言葉をトキが遮った。…事実ではあるだろうけど、心情的には『引き分け』を主張したいのだろうな。こっちもそっちも全滅だと。


 …実際には、警官部隊なんてリョウマの眼中にはないのだけど。アンさんも含めて、補充可能な駒。一方、テロリスト達にとっては戦車を筆頭にした武器関連がこれで完全に失われたのだろうから、とても引き分けではなかった。


 …今の所は、だけど。


 「ここで勝った方が、本当の勝者になる!」

 って事だべな…ただ、


 「なにおー!こっちにはリョウマ様がいます‼」

 って事だべな…こっちには今まさに無双したリョウマが、


 「………」


 なにこの沈黙。


 「そうですよね⁉リョウマ様‼」

 しかし、答えは返ってこなかった。


 「リョウマ?」

 振り返ったそこには、誰もいなかった。


 「リョウマーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」


 さっきまでは確かにそこにいたのだけど…誰もが同じ事を考えていたのだろう。俺達の視線はその先で交差した。…その、見合わせた顔が、同時に青く染まった。

 俺達は高速で辺りを見回してみるも、リョウマの姿はどこにもなかった。


 誰も彼も…トキでさえ、同じ行動をしていた。しかし、炎と黒煙の舞い上がる水平線の先まで見渡しても、ガレキと戦車と鉄くずの下に目を凝らしても、呻き喚き呪詛の言葉を吐く負傷者を一人一人見ても、リョウマの姿はどこにもなかった。


 「俺は〝勝ち〟の無い戦いはしない」


 それは、全方位から重なって聞こえた。反射的に振り返れば、いくつかスピーカーを見つける事はできる。しかし、リョウマの姿はそこにはない。


 「あそこ‼」

 キョウが後ろを指さした。


 …遠すぎて、もはやリョウマは点だった。指さすキョウが、まず極限まで眉をしかめ眼を細めている。俺には…この闇夜だし、何とかその後ろの車が判別できる程度だが、それも車の周りが燃え上がって闇夜の中に浮かび上がっているから。

 つまり、…あの乗ってきた装甲車の前にいるって事だな。


 「逃げ足速すぎんだろ‼」

 あそこまで何百mあんのぉ⁉


 おそらく、トキの声を聴いた瞬間に大凶星を察し〝逃げ〟を選択し、瞬時に行動に移したんだろうな…それにしたって30秒やそこらだぞ⁉


 そして、その余りもな行動に一言いわずにいられないのは、味方だけではなかった。ただ、言葉が出てこなかった。トキは指と顎と目をワナワナと振るわすボディランゲージの末、何とか、必死に、一言だけ、絞り出した。

 「逃げるのか⁉」

 「当たり前だ」


 「…え?」

 「〝大凶星〟相手に、勝算が立たん」

 あっさりとそう答えて、リョウマは車のドアを開く。


 「貴様らは足止めをしておけ」

 リョウマは何事もなく、…まるで通勤に向かうように、装甲車に乗り込んで車を走らせた。思いっきりアクセルを踏むでもなく、ふつーに一度車をバックさせて方向を変えて、燃え盛る車やら建物やらを避けて走り去る。

 …あとに残された戦場のような廃墟が、いっそ現実的だった。


 「はぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ⁉」

 

 俺達は…ああ、みんな同じ顔してる…10分の1だけ笑み。

 絶体絶命だと分かっているから顔は青ざめ切っているけど、口元だけが僅かに緩む…勿論、リョウマの行動がウケたからじゃない。ただ、百万通りのネガティブな思いが頭を覆った結果…一歩だけ頭抜けるのが、この『苦笑い』なのだった


 「はいっ‼リョウマ様!お任せください‼」

 …アレはもーどーでもいい。


 「わ~っはっはっはっはっ‼なにあいつ?逃げちまったぜぇ」

 こっちもいつもと変わらないバカ笑い。…いつもと真逆なのは、隣の、眉をしかめ眼を血走らせ歯ぎしりする、怒りMAXのトキの顔だった。…リョウマの理不尽な行動が火に油注いだよね、アレ。八つ当たり入ってるよね、アレ。


 「やはり、ゲスの上司はゲスの極みだったなぁぁああああ‼」

 ほらーーーーーーーー!やっぱ俺に来たぁ‼


 まさに問答無用。その隣で大凶星がオーバーリアクションで肩をすくめて見せる。…まぁ、このサムライマスターが来るよりはマシなんだが…トキはトキで八門の達人っぽいからなぁ。前はリョウマだからこそ、圧勝できたのであって。

 怒りの炎に気圧されて俺が半歩さがると同時に、一人の女性が俺の前に立った。


 「あなたなど、このキョウで十分‼」

 もはや悪い予感しかしねぇ‼


 闇夜に赤い右目を光らせ、ビシっとトキを指さした真紅のニンジャ…キョウは、こちらを振り返ると、親指を立てて不敵に笑う。…カッコつけてるとこ悪いけど、手に持ってるそれは星石鎖じゃなく、なわとびだ。


 「忍法‼」

 …まさか、こいつも〝忍術〟使えるのか?


 いや…こいつだけは、あのニンジャマスターが認めてるっぽいしな…まぁ、八門や五行を扱えるのだから不思議ではないのだけど。勿論、リョウマと違い同僚女子の協力は無い。とはいえ、あれは強化であって発動ではない。っぽい。


 この場の全ての視線を集める中、キョウはその両手で大地を打った。

 「土遁〝オオヤマツミ〟‼」


 瞬間、俺の足元の地面が消えた。

 「ピンポイントで俺じゃねぇかぁぁぁぁあああああああああああああ‼」


 それは、まさに〝シンクホール〟…円形の地盤陥没だ。

 深さはゆうに俺が一人分、広さは両手を広げたより大きい。リョウマが言う『手抜き工事等で地盤が緩くなっていた』所に〝運悪く〟波や振動といった外的要因が重なって〝偶然的に〟足元の地面が陥没とかしたのだろう。


 …ただ、狙いはトキの足元だった筈だけどなぁ‼


 「ちぃ!これが〝大凶星〟の能力(ちから)ですか…‼」

 「えー…俺のせいなの?」

 …いや、違うだろ。


 確かに、大凶星は自分への不運を己の〝大凶〟で無効にして見せたけども、コレをそのせいにすんな。だいたい、その場合は不幸はキョウに向かうだろ。

 

 「ならば!雷遁〝イザ」

 「やめてぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ‼」

 それ、100%俺が死ぬやつ‼


 「お前はもう動くな‼なんもすんな‼」

 怒鳴られ、キョウは露骨に口を尖らせて不満を顔に出した。それを見て、トキは歩み始める。…誤爆とはいえ〝忍術〟には警戒していたらしい…その歩みはゆっくりとした一歩ではあったが、意志の重さを十分に感じる一歩でありすぎた。


 「止まりやがれ‼」

 叫んだのはケイだった。その手に拳銃が握られていて、照準はトキへと合わされている。やっぱ落ちていた拳銃を拾ったのか…いや、元々持っていたのか?

 ウェットスーツに銃を握る姿はまるでスパイみたいになっていたのだけど、彼女はSPか警察かの訓練を受けているのかもしれない。両手でしっかりと握り構えるその態勢は、明らかに素人のそれではなかったから。


 勿論、トキは止まらなかったけど。


 「…八門使いに銃は効かないよ」

 台詞の後半部分に銃撃の音が重なる。一発、二発…六発。…一発も当らなかった。弾丸は全て明後日の方向へと飛んで行った。…それが本当に八門のせいかは分からないけど。…一番のビビりのケイに、人が撃てると思えないから。

 撃ってる側とは思えない泣きそうな苦悶の表情で、あからさまに震えていたし。


 「ナラバ!次は私がお相手デース‼」

 一転して笑顔だ。シルバの顔はあの特殊ゴーグルで顔が半分ほど隠れているのに、誰にでも笑みが見えるようだった。…リョウマがいない今なら、忍術使い放題だからか。リョウマに劣らぬ手さばきで、星石を鎖に配置していく。

 「八門遁甲、青竜の陣‼」

 …と思ったら、違った。これ…ただの八門による足止めだ。


 ああ、そうか…今まさにキョウによる忍術の〝誤爆〟を目にしたばかりだからな。ここで雷を落として外れたら、どころか自分に雷が落ちたらどうしよう⁉とか思ってしまう彼女は、一生〝ニンジャ〟にはなれないのだろう。


 勿論、トキは止まらなかったけど。


 「NO⁉な、何で、何もおきないんデスカ⁉」

 「…そんな規則正しい、分かり易い陣…無力化するのは訳ないさ」

 難解極まりないトキの作った石兵八陣を、リョウマはあっさりと見切ったしな。全てを〝死門〟とかにできるとかならともかく、方向を変えるだけだし。


 「もうワシしかおらんやんけ‼」

 「コン…そのマスクは何だい?」

 「…バレ、てた」


 うなだれてマスクを外すコンの横を、トキが難なく通り過ぎる。

 「…いや、それで戦闘不能になるのおかしくね?


 成す術もなく抜かれる女性陣…そして、もう俺とトキを阻むものはなかった。

 静かなる殺意。表現するならそんな所か…俺を殺す。その決定された覚悟と、俺を殺す計画の算段と、俺を殺す絶対に覆らない意志…まぁ、そんな感じ。自らの最も大切な女性を汚した男への正義の怒り…


 …俺、タマモを病院に連れてったんだけどなぁ…


 「しゃーねぇなぁ…これの出番か」

 「星石鎖…だと」

 トキの足が止まる。それは、血が上り切った頭を冷やすには十分な光景だった。どう見ても一般人にしか見えない男が、星石鎖をとりだしたのだから。前のめりだった態勢が、意識が、視野が戻っていき、むしろ後ずさった。


 「…まさか、八門を使えるのか…?」

 使えるのかと言えば、使えます。タマモ曰く、人は誰でも二つの玉を持っているから。ま、この場合の疑問は『星石を秩序通り配置できるのか』なのだろうけど、それもシルバのゴーグル使って事前準備してきたから大丈夫。


 「まずは山を二つ書いて」

 「?」

 「両方の山の頂上に二重丸」

 「…おい、これ…まさか」

 完成‼


 「八門遁甲〝おっぱいの陣〟‼」

 「やっぱりかぁぁぁぁああああああああああ!」


 〝おっぱいの陣〟とは、凶格である『死門』と『杜門』を用いて、敵が通れない壁を山の形でを二つ描き、おっぱいの頂点には『驚門』に囲まれた『開門』をちょこんと配置するという、一目瞭然、たいへん趣深い陣である‼


 「どうだ、トキ?この陣、お前に解けるか?」

 「…明らかに、目の前に二つも通れる〝門〟があるように見えるが」

 「乳首?」

 「乳首言うな‼」

 そう。どー見ても、山の頂点の乳首…『開門』を通る事で、『死門』や『杜門』で通れないおっぱい山脈を越えられます。


 「そうだ‼こい!乳首を通って‼」

 「………」

 「どうした⁉乳首以外ないだろうが‼まさか乳首が怖いのか⁉乳首恐怖症か⁉」

 「………」

 「乳首だ!乳首を攻めてこんか乳首を‼乳首だろうが‼乳首に決まってる‼」

 「連呼すなぁぁぁああああああああ‼」

 怒りか羞恥かその両方か…トキが顔を真っ赤にしてツッっこんだ。そして、荒れた息を整え、大きく一つ息を吐いてから、無表情へと戻り、吐き捨てた。


 「…見え見えの挑発だね」

 「ん?」

 「その下品な兆発(ブラフ)が、ただの哀れな虚勢って話さ」

 口は笑い、目は見開かれる。…この表情を何と呼べばいいのだろう。

 

 「見れば分かる、…雑な陣だ。その〝門〟を通った後、何の妨害もない。…無理もない、キミには何の知識も教養もないのだから。だからせいぜい挑発するのだろうけど、…僕には『お願いだからここを通らないでくれ』としか聞こえないよ」

 意地悪く上から目線の台詞だ…が、陣の見立ては全くその通ーりなのだけども。そしてトキは歩みだす。俺の作った〝陣〟の中へと。


 「そんな嫌がらせで足が止まるほどボクの怒りは小さくない‼」

 トキは乳首へ…吉格〝開門〟へと足を踏み入れた。


 「ほら、何も起こらない」

 「…そこ、銃弾が当たらないほどの吉格じゃねーよな?」


 見開かれたトキの眉間に、拳銃の狙いがつけられていた。


 直後、発射音が破裂した。俺の撃った銃弾は見事に…空の彼方へと飛んでいく。トキが咄嗟に、尻餅をつきつつも飛び退いたからだ。…隣の〝驚門〟へと。


 「そこは、ふつーに安全な場所じゃねーよなぁ?」

 嘲嗤って駆け寄ってくる俺に、トキは両腕を前で交差し、体を丸めて防御の態勢をとる。…が、俺は関係なくトキの体を蹴り飛ばした。無論、八門も含めて正しく防御しているらしいので、大したダメージはないだろう。


 「そこは〝死門〟だ」

 おっぱい山脈に蹴り飛ばすのが目的だからな。


 「…な…ぃでぇぇぇぇええええええええええええええええ‼」

 蹴り飛ばされて地面についた手…がイヤな曲がり方をして全体重を受け止めた。

 トキは痛みの余り絶叫して、真っ青に変色した手首を握りしめて悶絶して転げまわる。さらに襲い来る不幸は止まらない。そこらにあった金属片が転げまわる体にめり込んだ。…いい加減、悲鳴が聞くに堪えんけど。

 その、無防備すぎる横腹を、俺の掌底が打ち据えた。この気持ちいい程に〝入った〟と分かる手ごたえ…アバラの数本はイっちまったろうな。


 血反吐を吐いて無様に転がり逃げるトキは、闇夜もあって周囲が全く見えずにただ逃げて、無駄に不幸に襲われる。てきとーな俺の陣に配された、てきとーな不運を。そして、苦悶に歪む顔を上げたそこは、見下ろす俺の瞳の真正面だった。


 「俺が、地面におっぱい書いて喜ぶだけの変態だとでも思ったか?」

 「ハイ」

 「うん、思ってた」

 「死ねや、カス」

 …背後の声が厳しすぎる‼

 

 俺の『乳首』連呼を挑発と気づいていながら、トキは何の警戒もなく陣の中へと足を踏み入れた。…ただのブラフと決めつけて。まぁ、見るからに八門五行の素人である、一般人の俺相手だから無理もないのだけど。

 しかし実際には、周囲を『死門』で囲まれた狭隘な回廊へとまんまと誘き寄せる為の罠だった。そこで撃たれれば横に避けるしかなく、それは全てが凶格。


 「お前ら、八門だ五行だばっかで通常武器への発想が足りねーんじゃねぇの?」

 「銃刀法違反っすからね」

 …うん。ごめん。


 「だ~っはっはっはっはっはっ‼ほんと、サイッコーだな、お前!」

 〝大凶星〟にウケていた。ボケツッコミした訳じゃないのだけど。いや、最初にあった時からこいつはそうだ。何か俺といると楽しそうだ。それは刹那的なウケや好戦や快楽なんかじゃなく、もっと高次元の高揚感…

 …いや、恋愛感情とかじゃねーぞ?


 「やっぱ変わろか。そいつとは俺がヤるよ、おにーちゃん」

 「ぼ、ボクは、まだ負けた訳じゃ…」

 「お前にゃ無理だ」

 真顔だった。


 〝大凶星の真顔〟…それを見た者は、背中に氷柱を入れられた心地になる。顔中傷だらけもあって、こいつの無表情は普通に怖いが、それ以上に、あの抉れた片目に埋め込まれた星石に、戦意も気力も意志さえも全て吸い込まれてしまうのだ。

 完全に気圧されたトキは、口が半開きのまま停止した。


 「何しろそいつは、せ」

 「皆さん、聞こえますか?」


 遮ったのはその声ではない。それよりも、遥かに響き渡る重低音だ。続いて俺達を闇夜の深淵へと落とす大きな影。堪らずに、全員の顔が空を見上げた。それは飛行機…いや、貨物飛行機?通常の飛行機よりもずんぐりとした体形だ。

 上空なので操縦席なんて分かる筈もない。簡易ゴーグルの遠視なんて気休めだしな。ただ、スピーカーを通して聞こえる声だけは、ハッキリと正体を告げていた。

 

 「リョウマ様から、皆さんにお話があります」

 「アンさん‼」

 ケイが涙目が叫んだ、そのまま止まる。…さすがに「リョウマ様‼」とはならんべな。今さっき自分達を見捨てて逃げた上司に、ついさっきマフィアを全滅させた上司に、常に象牙細工のように美しい上司に、どうすればいいのか分からない。


 シルバはやや俯いてまんまるメガネの奥で瞳を忙しく左右に動かして、声はどこからとか、実際にどこにいるのかとか、逃げその後どうしたのかとか…いらん事を全力で考えていた。時々、思いついたように顔を青ざめさせている。

 コンは、もうすっごい単純にがなり立てていた。…あれだけ下品な暴言のボキャブラリーも凄いけども。そしてキョウはキリリと敬礼を崩さない。

 

 無論、リョウマはそんな気持ち等に見向きもしなかったが。

 

 「今からそこに、この貨物機を落とす」

 「………」


 へ?


 「大凶星はその星故にこの〝災害〟から逃れられん。…死ぬかはともかくな」

 「…いや、あの…俺達は?」

 「全力で身を護れ、以上」


 通信が切れ、パラシュートが咲いた。


 「はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 状況が全く理解できない俺達に、その〝現実〟は容赦なく降りかかり始めた。俺たち全員の視線が集まる貨物機が、あからさまにこちらに向けて機首を下げていた。誰もがその現実を否定しようと幾ら見直してみても、無駄だった。

 

 「さぁ、来ぉい‼」

 …受けて立とうとしてるバカは見なかった事にして、


 すぐに〝逃げ〟を選んだのはケイだった。…足がすくんで四つん這いで進んでるけど。逆にこの場で〝身を護ろう〟としたのがシルバだ。…あのお鍋のフタじゃ何も護れないけど。どちらでもないのがコンだ。豪快に唸り声を上げて周囲を威嚇している。…が、多分、何の意味もない行動だろうな…

 テロリスト達も似たり寄ったりだが、過去のトキの指示によって負傷者を船に詰め込んでいたからな。焦り、叫びながらも出発準備は終了。そして大凶星も、


 「ぃよ~し!どんと来い‼」

 …お前もか。


 「おーい、大凶星~!置いてかれちゃうぞ~(棒)」

 「お、そっか!ありがとな‼」

 「お前は来んなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 よし、これで被害の多くは向こうに行くだろう。


 って、貨物機はもう目前だ。ど、どどどどど、どうする⁉どうする⁉どうするーーーーーーーーーーー⁉って、やる事は一つしかないわな。


 「表が出たら全力で逃げる。裏が出たらこの場で身を護る」

 俺はポケットから10円玉を取り出し、指で弾いた。

 「…裏だ‼」


 身を護るってどうすれば…

 「アレだぁ‼」

 俺が指差したのは、地面に丸く開いた落とし穴…さっき、キョウが俺の足元にあけたシンクホールだ。すぐにキョウが走り出して…転んだ。ボケはいい‼

 転んだキョウの襟首を掴み上げて、ケイが穴へと放り込む。その間に、しどろもどろしながら逆方向に行こうとしていたシルバを、俺がお姫様だっこの態勢で…雪かきの要領で穴の前にいたケイへと放り投げる。

 そして俺自身は頑丈そうな鉄の板…を、持ち上…お、重ぉ⁉


 「こんボケが!急ぐで‼」

 コンが反対側を持ち上げて、ようやく鉄の板は持ち上がる。


 俺達が穴に飛び込むのと貨物機が墜落するのはほぼ同時だった。蓋が閉まるか閉まらないかで俺達を襲う激震、響いてくる爆音、そして、何となく感じる気がする炎熱…さらに、蓋の隙間から水が漏れ出し浸水し始める…溺死、もありうるのか…

 「ひぃぃぃぃいいいいいいいいい…神様仏様精霊様、どうかお助けを‼」

 「…喋んな、酸素がその分減るぞ」

 ケイが涙目で口を押える。それを照らすスマホの光はシルバか。…何やらせわしなくスマホを弄っているけど、きっと意味はない。俺がポケットの10円を転がすのと同じだな。舌打ちし、髪をかきむしり、落ち着かなさ№1は明らかにコンだ。

 そして、おそらく一番冷静なのはキョウだった。


 「もしもこの上に重い飛行機が落ちたら、私達生き埋めですねぇ」

 お前、空気読めよ‼


 やがて騒音は収まり、地の震えも止まった。それでも、た~っぷりと20秒は待ってから、俺達は天井の鉄板を動かそうとする。…が、明らかに届かないよな。これ…俺とコンが思いっきりつま先立ちして、やっと手が届く。


 「もうダメだーーーーーーーー‼ここで死ぬんすよーーーーーーー‼」

 「高さが微妙だな…肩車するか?」

 「そーいって私達のフトモモを触る気ですね⁉」

 「…すまん、ボケてる酸素が俺らには残されてねぇ。非常時だぞ」

 「せやな。馬になりぃ」

 「へ?」


 四つん這いで馬になる俺の背中をケイ、コン、シルバの三人が踏みしめて、天井の蓋を全力で押し上げようとする…つまり、その重量が全て俺一人に…いや、確かに非常時だとは言ったが、そこまでしていいとは言ってねぇ‼

 「いや、ほんと痛いんだって‼…っつか、人の頭に座んな、キョウ‼」


 何やかんやで、鉄板は皆の力でどけられたのだった。


 「…た、助かった~…」

 気付けばもう空が白くなってきている。目をつぶって全身でその朝日を浴びながら、2歩3歩と歩いたところで縮こまらされた体を大きく大きく伸ばした。その痛みに眉をしかめつつ、瞼を開いて辺りを見渡す。


 「…焼野原、だな」

 爆風のせいか、それとも貨物機そのものの圧力か…ともかく、港の倉庫郡は殆ど原型を留めていなかった。折れ曲がった武骨な鉄骨だけが、かつて建物があった事を物語る…落ちてきた貨物機の姿は跡形もなかった。

 …やっぱ、大半の破片は大凶星の方(海)に落ちてったのか…


 〝逃げる〟を選ばなかったのは正解だった。俺達があの時間で逃げれた範囲は見事に崩壊していたから。そもそも全力で走れた人間がほぼいねぇ。


 「皆さん、ご無事ですか?」

 そして、穴から出た俺達をアンさんが待っていた。涙と鼻水でけっこー情けない顔になったケイが、駆け寄り飛びつこうとして、慌てて自分の汚さに気づいて急ブレーキをかける。手をゴシゴシと拭いて拭いて拭いて…あっ、諦めた。


 「アンさんこそ!お怪我はありませんか⁉」

 一見して泥まみれの俺達とは対照的に、アンさんはチリ一つついていない…いつもの完璧に整いきった佇まいである。見る限り、包帯やガーゼなどのサムライマスターとの死闘を思わせるモノは皆無そうだった。

 変わらぬいつものアンさん…その隣にいたのもまた、変わらぬ男だった。


 「全員無事か。よくやったな」

 後ろから何事もなかったよーにリョウマが現れた。

 …いや、ほんと、よくもいつもと全く変わらない綺麗すぎる顔で俺達を見れるもんだ。この場の全員がオトリにされたのだけども。…それを態度に出したのは俺とコンだけで、他は真っ白い忍者に直立不動の敬礼で答えた。


 「特にアン、貨物機手配の手際は見事だ」

 「ありがとうございます!リョウマ様なら、必ず貨物機を落とされると」


 「……は?」

 俺たちの表情が、笑顔のまま、止まっていた。


 …そもそも、急遽あの場から逃げ出したリョウマに、貨物機を用意する暇なんてなかったよな…しかし、時間的にはこの場を逃げてすぐ貨物機に乗り込んでいる。そもそも用意している者がいなければ、絶対に不可能なのだ。

 リョウマが貨物機を落として大凶星を葬ろうとする事を、アンさんは予測し、それを用意していた。勿論、そこに俺達がいる事を知っていて…

 自分に白い視線が集まる中、アンさんはにっこりと微笑んだ。


 「みんな、無事だったでしょ?」

 怖すぎる‼

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