第11話 ニンジャマスターVSマフィア1個中隊


 リョウマは…今夜は、見るからにニンジャだった。


 「一般人がいないからな。目立つ心配はない」

 「闇夜に〝白〟は目立つだろ‼」

 お前、忍ぶ気ゼロだよねぇ。


 見るからに不審者ニンジャだよ‼色こそ白だけど、着ているのは典型的な全身忍者服だ。袴に脚絆、手甲と、上衣の下には鎖帷子も着込んでいる。そして、上に羽織った狩衣の上では、まるで勾玉の様に首からかけた色とりどりの星石が光る。

 そして白い鉢巻の下では、右目が黄金色に輝いていた。


 「ほとんど灯台だからな!お前‼」

 「俺が、目立ちたいからこの格好だと思うのか?」

 むしろ違うなら理由を教えてくれ。


 「これから俺達が向かうのは武装したテロリストの基地だぞ」

 「………ああ」

 「その死地に行く服を『目立つから』で選ぶバカがいるのか?」

 俺は何も答えずに、向こうを指さした。


 「キョウ、参上‼」

 そこでは真っ赤な少年忍者が決めポーズを模索していた。


 「…アレは?」

 「キョウが赤い服を着るのは、自らの属性だからだ。俺が白を着るのは、自らの反対の属性だからだ。俺とキョウでは、組織内の役割も逆だからな」

 すっごい冷静に流された‼


 「私服のユニフォームで来るやつに、服装をどうこう言われたくないな」

 俺はムリヤリ連れてこられた一般人だからな‼

 

 ゴツイ防弾仕様車両の上、そこに胡坐をかいた俺の前に広がる夜の海…その海岸から二つほど道路を挟んだ場所にある列車基地の入り口に、俺らはいた。下を見るとシルバが何やら準備を、キョウが何やら…邪魔をしてるな。


 「アンさんは…そのままタマモの影武者か」

 …実は俺がタマモを連れて留置所を出たすぐ後、タマモの代わりにアンさんが留置所に入ったのだそうだ。どうも俺の行動はすぐ筒抜けだったらしく、目的地がタマモのいる留置所である事もすぐに特定。すぐに完璧な尾行をされていた。


 「って事は、トキ本人が俺らの前に現れた可能性もあったのか」

 「安心しろ。あの女は貴様の隣を歩くのが生理的にムリらしく、離れて歩いた」

 「………」

 「不幸中の幸いだ」

 俺の幸いになる言い方してくんないかな‼


 ネットにアップされる画像は俺一人。そして、殆ど同時にタマモに変装したアンさんがマスコミのフラッシュの中、移動を開始。…警察の厳重なガードの元ね。ここでトキら本隊がそっちを狙い、念の為にコンが俺の元に派遣されたらしい。


 そのコンは何やらケイの工作を手伝わせるとかで、今はここに居ない。…ご主人様に猛犬の世話を押し付けられた新人メイドみたいに、恐怖に引きつりつつ従うしかないケイの顔が印象的だった。さっきまで敵だった奴と二人きりだからね。


 タマモの姿はない。


 リョウマは何も言わずタマモを病院まで送り届けた…警察病院だったけども。それ自体も意外だったが、より意外だったのは敵基地に攻め込む限られた時間の今、わざわざ病院に行かせた事だ。絶対に〝優しさ〟という動機ではない。


 「アンさんから連絡です!」

 騒々しくキョウが指差す先…装甲車内に固定されたモニターに映し出されたそこで、アンさんはリョウマにだけ恭しく一礼した。そして、すぐに左手だけを残して画面から姿を消し、自らの背後の空間へと視線を誘導する。


 「ご覧ください〝大凶星〟の姿、確認いたしました」

 そこは、地獄絵図だった。


 …画面の中で、あのサムライマスターが思う存分刀を振り回していた。全てを物理法則を無視して〝偶然〟ぶった切り…通った後に残されるのは、綺麗な断面の破片と、漏れたガソリンに引火して燃え盛る炎、そして響き渡る阿鼻叫喚…


 「勝ったな」 

 …まんまとオトリに飛びついた、という状況を言えば、そうなんだろうな。トキと大凶星は、まんまと影武者アンさんをタマモと思って攻撃を仕掛けた。


 「って、アンさん思いっきりオトリの捨て石じゃねーか‼」

 「最も無能なモノを捨て石にするのは当然だ」

 「…無能?」

 最も有能に見えるんだけど…


 …いや、俺にも分かっている筈だった。リョウマの言う『無能』とは〝運〟の事だと。アンさんは星石の役を為さない。何の〝運〟も持っていないからだ。それは、リョウマにとっては警官隊と同じく、いくらでも代えの効く道具…


 「最も無能で最も有能な女性、か」

 だからこそ、彼女は〝運〟以外の全てにおいて有能になったのかもしれない。


 リョウマの余りにも酷い言葉をあっさり受け入れて、アンさんは恭しく首を垂れた…所で、通信が切れる。それは、明らかに意思とは無関係の、物理的妨害による通信切断だった。あとに残されたのは白と黒の砂嵐の画面。


 「あ、アンさん⁉」

 「行きましょう!アンさんの犠牲を無駄にしてはいけません‼」

 …いや、まだ死んでないからね?


 敵の基地はここから線路と道路2本を跨いで海岸線まで出れば一直線。…普段なら、夜の海にキラキラと星の光が反射してデートコースにはもってこいなのだろうけど。そっち系のホテルが一定間隔で建っているのは言うまでもない。

 さすがに、基地近辺はテロリストが人を近づけないようにしてるみたいだけど。


 「で?どー攻めるんだ?」

 「コンの車を使う。あれにはテロリストどもの通信回線があるからな」

 なるほど、混乱に乗じるか…戦略目標が大凶星が戻ってくるまでという〝速さ〟であり、ただ真正面から最短で攻撃するよりも、虚を突いて懐まで飛び込める。


 「…しかし、偽装班は命懸けだぜ?」

 「そうだな。頑張れ」

 「………」

 はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ⁉


 「何で俺なんだよ⁉」

 「コン班は男ばかりだ。本人がここに居ない以上、他に選択肢がない」

 「じゃあ、お前が行けばいいだろ‼」

 「バカか?貴様は」

 リョウマは心の底から呆れた声を出す。


 「車で突撃なんて、危険だろうが」

 「それ俺にやれつってんだよ‼」

 なに澄み切った目で、どグサレ外道な事を言ってんだこいつは‼


 「表が出たら行く、裏が出たら行かない」

 溜息を吐き出した俺は、ポケットから10円玉を取り出して指で弾く。


 「………」

 「表だな」

 …はぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ…


 がっくりと肩を落としてワゴン車に乗り込んだ俺の力なく半開きの視界に、各自準備を始める様子が入ってくる。自作武器の積み込みを終えたシルバは、乗り込んだ装甲車の窓から身を乗り出して車をバックさせ、キョウはガトリング砲を…


 「なんだ、そのガトリング砲は⁉」

 「臨場感を出そうかと」

 殺す気マンマンじゃねーか‼


 「じゃあ、カウントダウン行きます!10、9、8、7、6…」

 …もはや俺にはそれが死のカウントダウンにしか聞こえなかった。…装甲とかつけるべきだったか…でも、これテロリストの車だし…最低でも防弾ガラスの確認だけはしておけば…後悔が次から次へと湧いてくる…が、全て手遅れ。


 「0‼」

 「うぉりゃぁぁぁぁああああああああああああああ‼」

 開始と同時に、俺は雄たけびを上げて思いっきりアクセルを踏み込んだ。さらに素早くギアを上げて加速を増す。…とりあえず離れろ‼奴らから‼距離を取るんだ‼撃たれても当らない…最悪でも、致命傷にならない、十分な距離を…

 いや、念の為だよ?まさかほんとに当てたりはしないだ…


 ぱりーん


 …後ろの窓ガラスが割れて飛び散った。

 「大丈夫!威嚇射撃です‼」

 「ウソつけぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ‼」


 ハンドルを大きく右を切った直後、一瞬前まで車が走っていた空間を鉛玉が通過していく。洪水の様に鳴り響き断続的に続く銃撃は、容赦なく車を掠めて跳弾を乱反射させる。すでにミラーは千切れ飛び、タイヤの一つは明らかにパンクして…


 「本部本部本部本部本部‼敵に追われてるぅ‼今すぐ開けてくれ‼」

 「…コン隊か⁉コンは?」

 「やられたよ‼」

 「な、なんだと⁉誰が…まさか」

 「いいいいいいい言ってる場合かぁ⁉」

 「そ、そうだな、今、門を開ける!もう少しだけ頑張れ‼」


 ああああああああ‼何か敵のが優しい‼


 「いいぞ、迫真の演技だ」

 「演技じゃねぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ‼」


 もはやアクセルはベタ踏みで、このスピードのまま門が開かなかったら…俺の激突死は間違いないだろう。額を流れる大量の汗を拭く事も出来ず、それによって曇った俺の視界の中で…ゆっくりと、だが確実に、基地の門は開き始めた。


 や、やった!助かっ…


 「リョウマ様!トドメはこのバズーカ砲で‼」

 「トドメってなんだコラァ⁉」


 どかーん


 「あ」

 「直撃したな」

 〝あ〟じゃねぇぇぇえええええええええええええええええええ‼


 燃えてる燃えてる燃えてる燃えてるよぉおお⁉振り返らなくても、それは分かりすぎる位に分かる。が、振り返ってる余裕なんてねぇ‼もはや車は制御が効かず、右に左に勝手に動くのをハンドルで何とか戻さないと、前に、門が、迫ってぇ‼

 「…うそ…」

 無重力…それを感じた刹那、前後が、左右が、逆転する。横転し、回転しながらも門へと進む車両。当然、門は狭く、横倒しで通れるスペースなどない。燃え盛る車両の後ろが引っ掛かって砕け散り、その反動で車の前半部分がはじけて飛んだ。


 「お…しょ、消火だ‼早く火を消せ‼」

 「早くしないと死んじまうぞ‼」

 「後ろ…後ろだ‼後ろからもう一台ぅおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 狼狽し右往左往するだけの群衆を、燃え盛る炎の奥から現れた装甲車が蹴散らした。無様に背を向けて逃げ散るテロリスト達には目もくれず、装甲車は…燃え盛るワゴンから何とか這いずり出そうともがく俺の鼻先に反転急停止した。

 そして、真紅の火炎をバックに降り立つのは、純白の貴公子。


 「よくやった」

 「殺す気かよ‼」


 つけててよかった命のベルト‼いや、なんかもーそんなレベルじゃないけども、付けて無かったら間違いなくお見せできない、モザイクのカタマリになってたよ‼ただ、…今は逆にそれが外れずに車から逃げ出せないのだけども。

 そして、リョウマは勿論、誰も俺を燃え上がる車から引き出そうとしなかった。熱っ⁉熱いよ⁉あっ、と気づいてキョウが力任せに俺を引っ張る。痛ぇよ⁉


 「…キョウ、お前さぁ、ちょっと考えて引っ張れよな」

 そこに、誰かが顔を覗き込ませる。いつもと髪型が違うので一瞬分からなかったけど、濡れる髪を後ろで束ねたその見慣れたそのポニーテールはケイだった。水の滴るウェットスーツのラインが…これはこれで…

 って、そう言えば一緒に潜入したのは、あのナイスバディ秘書キャラの…


 「…誰?」


 隣にいたのは、ガスマスクみたいなスノーケルマスクをかぶる、ナイスバディのムチムチウェットスーツ…消去法で、コンしかありえないけども。…見る影もないな…っつか、コンはギャップ萌えに喧嘩を売るのが趣味なんだろうか…

 まぁ、ここは元・味方の基地だから顔を隠しているのか。


 ってか、いなくて思ったけど、このメンバーで『誰かを助ける』とゆー選択を普通にするのってケイだけだった…ケイは俺の救助の指示を出そうとする。


 「ケイ、報告よりも、そいつの救助が先か?」

 「先だよねぇ⁉」

 「そ、それは、その、違くて、だから、あの、ああああああああ…」

 「…せやったら、ワイが報告するさかい、あんさんはそいつ助けてやりぃ」

 「重要なのはどちらだ?」

 「俺の命だよ‼」

 がんばって自力で這い出したよ‼ってか、もう足に火が回ってたよ‼


 「リョウマぁ‼手前…」

 「戦場で人助けとは、随分な余裕だな」

 …どうやら、意識のあるテロリスト連中はみんな一つ方向に逃げているらしい。虚を突かれた対応としてそれは正しい。無理にここに留まって足止めしようとするより、態勢を直し、多勢で襲い掛かるべきだろうからな。


 「死ねぇぇぇぇえええええええええええええい‼」

 …ただ、何事にも例外という物は存在する。


 リョウマの鼻先を銃弾が掠めた。…が、リョウマは特に気にした様子もなく、さらに数発の銃弾を悠々と素通りして壁の影から狙撃したマフィア兵士の前に立つ。

 「な、ななな、…何で、当たらな」

 「ニンジャに銃は効かん」

 リョウマの腕の一振りで、兵士は糸の切れた人形のように倒れた。


 それからも散発的な攻撃が、先頭を行く、純白でド目立ちしてるニンジャマスターを襲ったものの…全て一蹴された。ニンジャマスターは伊達じゃないな。それらが無くなるのと、前方の視界が大きく開けるのが同時だったのは偶然じゃない。

 そこは、港だった。…当たり前か。


 「よく来たね!ニンジャマスター‼」

 当たり前じゃないのは、そこにいた一団だ。


 高笑いしている、あの四角いオッサン…はどーでもよかった。周囲にいる数十人のマシンガンやロケットランチャーで武装した部下のマフィアたち…すらどーでもよかった。当たり前じゃないのは、オッサンが乗ってるモノだ。


 「せ、戦車ぁ⁉」

 俺は軍事マニアではないから正式名称とか知らんが、あの大砲、キャタピラ、装甲…あの造形を世間一般で〝戦車〟と呼ばれているのは知っていた。…いや、知識で知っていたものより、実物は遥かにデカい。その威圧感は、ハンパなかった。


 ってか、ど太い大砲の砲身がこっち向いてるからな‼


 …よく見ると戦車が出てきた、その背後の倉庫にミサイルだかロケットだかを発射する車両みたいなんが覗いてんだけど…覗いてるよ、武器、武器、武器…


 誰一人、俺達は声を発しなかった。顔を見合そうともしなかった。…する必要が無いから。しなくても分かっていたし、しても変わらないから。ただただ、違いすぎる戦力差への絶望。これから訪れる確実な〝死〟からの妄想上の逃避。


 「はっはっはっ‼プロの戦争屋に勝てるとでも思ったか⁉これが現実だ‼」

 「バカか?貴様は」

 たった一人の例外を除いて。


 「ニンジャに戦車そんなものは必要ない」


 …は?


 その、余りの傲岸不遜な態度に、…まさか自分達が見ているこれは幻なのではないかと、戦車に目をやる者が続出した。しかし、間違いなく戦車はそこにあった。砲身はリョウマを捕えていた。一応、実際に撃つだろう機銃の照準も。


 「ケイは北東の驚門、シルバは南南西の驚門、キョウは北北東の驚門」

 何事もなかったよーに、リョウマは指示をだす。…が、動く者はいなかった。


 「…俺に二度同じ事を言わす気か?」

 「は、はぃいいいいい‼た、ただいま‼」

 全身を硬直させた敬礼をして、彼女達はそれぞれに散った。…あ、キョウが真逆の南に向かおうとして、ケイに手を引っ張られてる…何か、キレーな三角形に散ったな。ええと、そういえばシルバに片目で見るだけの簡易ゴーグル貰ってた。

 …なんだろう…彼女達を点として、そこから中央のリョウマに向けてシッポの様に死門の曲線が伸びている。この図形…見覚えある…


 「青の1720」

 ハッとして、シルバがリュックから取り出したのは、青…なんかじゃない、木の棒だよな?あれ…30㎝ほどのそれを、リョウマは腰のベルトへと刺した。


 そして、リョウマの人差し指が〝天〟を指さした。


 「この俺に逆らう者には…」

 促されて、…いや、そうでなくても全員の視線は空へと向かっただろう。にわかに星明りの煌めいていた空が、暗雲で真っ暗になったからだ。一同が同時に震えたのは、不意に吹き込んだ冷気のせいか、それとも空に光る稲光のせいか…


 「天罰が下る」


 リョウマの指が天から地に落ちるのに合わせ、空から轟雷が戦車目がけて降りそそいだ。とんでもない振動音と共に、一瞬にして視界が真っ白になる…恐る恐る目を開けたそこにあったのは、煙を噴き上げる戦車とブッ飛ばされるテロリスト…

 …分かった。さっきの陣…雷様の持ってる太鼓の三つ巴だ。


 「雷遁〝イザナミ〟」

 戦車に直接落ちて電気機器を爆発させ黒煙を巻き上げらせだけではなく、そこから周囲に向かって放電した側撃雷によって、テロリストの実に半数が吹き飛んだ。炎雷巻き起こるその様は、まさに女神の全身から生じた、火雷大神の如し…


 「って、どうやったら雷なんて落とせるんだよ⁉」

 「バカに説明しても無駄だろ?」

 …否定できねぇなぁ。


 「バカにも分かるよう、例え話で説明してやると」

 「………はい」

 「ギリギリまで持っていた避雷針を、直前で相手に渡す。程度の感覚だ」

 「それ普通死ぬのお前ぇぇぇぇえええええええええええええええ‼」

 良い子も悪い子も決して真似しないよう。


 被雷によって戦闘不能になったのは、テロリストの約半数…逆に言えば、まだ半数は十分に戦闘能力を有している。しかし、戦闘行為に移る者はいなかった。あの落雷は戦意を喪失させるに十分すぎた。そこにいたのは、ただの被災者である。

 ついでに、指揮官らしきオッサンもブッ飛んだしな。


 「…逃げ」

 瞬間、四方から火柱が上がった。


 テロリストたちは「また忍術か⁉」と怯えあがったが、それはケイとコンが事前に設置した爆発物によって、港の船という船が破壊された音だ。

 漆黒の闇に揺れる火炎と、飛び散り降りそそいで来る破片の情報から、彼らもそれに気づいて…同時に、自分達の逃亡の手段が無くなった事にも気づく。


 この状況で彼らが頼ったのは…やはり、八門ではなかった。

 「う、うううううう、撃てぇい‼撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て‼」


 「ケイは南の杜門。シルバ、赤の890」

 「ぇええ⁉」

 …南の杜門って…思いっきり銃を構える連中の真ん前じゃねーか‼


 ケイは歯をガチガチと鳴らして顔を真っ青にしながらも、その…どー見ても死地に立った。とーぜん、彼女に向けられる銃口…引き金が引かれるよりも早く、シルバから受け取った真紅のマントを纏ったニンジャマスターがその前へと躍り出た。


 「キョウ、ガソリンをぶちまけろ」

 「はい‼」

 〝はい〟じゃねぇぇぇぇえええええええええええええええ‼


 「火遁〝ヤタガラス〟」

 銃弾の前に真紅のマントが舞った…と思いきや、そこにキョウによりぶちまけられたガソリンが劫火を産みだして辺り一面を焼き尽くす。

 そのまま銃撃者達まで駆けたリョウマが右手を一閃、燃え盛るマントは意志を持っているかのように飛び火して、銃撃者達を灼熱の火炎地獄へと誘った。

 勿論、ニンジャマスターには毛ほどの火傷もない。


 「熱っ‼熱っっっうううううううう⁉」

 …むしろ、離れた場所にいたケイの髪の毛に飛び火してる…


 「さすがリョウマ様‼凄い!」

 「人間リョウマにガソリンぶちまけたお前の方が凄いけどな⁉」

 良い子も悪い子も決して真似しないよう‼死にます‼


 さらにリョウマが右人差し指でクイっと手招きをすると、その炎が倉庫の中へと〝偶然〟燃え広がる。…いや、むしろ、こっちが炎の本命か…さらに、不審なマスクレディ…コンを中心に倉庫内の兵器を破壊し始めた。

 …あ、キョウがスプリンクラーを起動させて足を引っ張ってこづかれてる。


 「と、止めろ!奴らにこれ以上させるな‼」

 誰からと無く声が上がり、テロリストたちが倉庫へと群がったのは、彼女達なら…ニンジャマスターでなければ、まだ戦闘士気を持てたからかもしれない。

 …その、ニンジャマスターから見ると、敵がまんまと一か所に集まっていた。


 「土遁〝オオヤマツミ〟」

 リョウマが右手で地を打つと同時に、大波が港めがけて打ち付けてきた。誰もが反射的に身構えた…が、波にさらわれた者はいない。そこまでの大波ではなかったから。飛沫がかかる不快感を感じながらも、止まったのは一歩だけだった。

 その、彼らの足元の地面が崩れ去った。


 「あ、あれは?」

 「手抜き工事だな」

 「何だその残念な理由は‼」


 そんな混乱の極みにあるテロリストの中に飛び込み、リョウマは一人、また一人と冷酷に、無慈悲に、そして確実に、命理を突いて戦闘不能にしていく。

 なんとか相手が態勢を立て直そうと、集結しようと、そして戦意を取り戻そうとするや、そこを炎が、風が、そして雷が襲い、振り出しへと戻す。

 不幸はどこから襲ってくるとは限らない…それは本当に恐ろしい事だった。気が付けば背中が燃え、足元の地面が消え、雷がどこかへ落ちる。


 「…何で、何で!何で‼当たらないんだよぉぉぉぉぉおおおおおおおお‼」

 「ニンジャに銃は効かん」

 そして、相変わらず銃弾はリョウマを全て避けていく。今も3人が絶望の涙を流しながら引き金を引き続けていた。リョウマは全く意に介する様子もなく、自ら足元に配した〝安全な路〟を通ってそいつらを薙ぎ払った。


 …このニンジャマスターなら、本当に一万人相手でも勝ちそうだな…


 この間、俺は何をしていたかとゆーと…何もしていない。敵が俺を人質に取ろうとか…考える余裕をリョウマが全く与えないからな。 

 その、傍から見ていた俺だから、それに気づけた。


 「リョウマ!危ねぇ‼」

 リョウマにとってはいきなり、俺にとっては懸念通り、背後のガレキの影からバイクが飛び出した。銃もナイフも携帯したその男が狙うのは、しかし玉砕覚悟の体当たりだった。…正しいな。もはやリョウマにできるのはせいぜい一動作。

 「こ、こうも近ければ、手前ぇも雷を落とせまい‼」

 「バカか?貴様は」


 リョウマは抜き放った刀で天を突いた。


 「〝雷神剣〟」

 高く掲げた刀に雷が落ちる。それはニンジャマスターが右に身をかわしざまに刀を振る動きと完全に合わさって…バイクに落ちて爆発四散させた。哀れ、黒コゲで吹っ飛んでいく男を、見ることなくリョウマは刀を鞘に戻した。


 「いや、だからなんでお前は無事なんだよ⁉」

 「…貴様の目は節穴か?」

 呆れ果てた顔で、リョウマが手を大きく開いて見せる。


 「この手袋は、ゴム製だ」

 「それがどーしたぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ‼」

 ※死にます。


 それからも『不幸』は理不尽にもテロリスト達〝だけ〟を襲い続けた。それから逃げ惑う姿は、まさに天を前にした人間が如し。無力の一言。

 それを見下ろすリョウマは…本当に、理不尽なほどに美しすぎた。

 一方は血と汗と涙と小便と泥と海水にまみれているのに、リョウマはその透き通るような白い肌にも、より白い装束にも染み一つない。

 一方は怪我の無い場所を探す事が不可能な程にもがき苦しんでいるのに、リョウマはその端正な顔に1㎜の傷もなく、汚れもなく、そして表情もなかった。


 「サイコーっす!リョウマ様‼」

 「ニンジャサイキョーーーーーーーーーーーー‼」

 リョウマへのあの信仰に近い態度も当然と言えば当然だった。すでに彼女達の黄色い声援しか聞こえない。違う方向に耳を向けると、聞こえてくるのは本当にか細い、呻きと鳴き声と呪詛の文句…テロリストたちは全滅してしまったようだ。


 「どういう事だぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ‼」

 あの四角いオッサンを除いて。


 勿論、無傷ではない。血まみれで、火傷の痕があり、真っ青なアザに覆われる。その歪み切った表情は痛みからなのか怒りからなのか分からなかったが。

 四角いオッサンは、ただただ立ち尽くす…ぶっちゃけ、このオッサンが残った理由は、口先だけの指揮官で脅威がなく、さらに怯えて立ち向かおうなどとは考えもせずに逃げ回っていたから。今さら何が出来る筈もなかったのだ。


 「…ならば、次の相手はボクだ‼」

 だから、それはオッサンの声ではなかった。

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