第10話 美人テロリスト逮捕‼


 チャンネルを変えてもチャンネルを変えても、同じ絵が映る。美しい女性がモザイクと言う名の手錠をかけられて連行されるシーンだ。

 …っつか、このニンジャ屋敷のモニターって普通のTV映るのな。

 

 テレビの中で目を伏せ歩く女性は、その名に恥じぬ美女だった。美しい黒髪を肩にかかる位で切り揃え、筋の通った目鼻立ちに、白い肌に映える赤い口紅。胸の谷間が、おへそが、太腿が、惜しげもなく露わになったベリーダンサーの様な服装。

 その彼女を、テレビのアナウンサーがボロクソに罵倒し倒していた。

 「当然だ」

 「へ?」


 「手榴弾を投げたテロリストだぞ」

 …いや、投げたのあんたっすよね?


 「町の破壊で、どれだけの人間が迷惑したか」

 …あの、それもあんたのせいっすよね?


 「手榴弾の所持自体が法律違反だ」

 …おい、銃刀法違反者がナニ言ってんだ?


 とゆーツッコミを、俺は口に出さなかった。…ツッコミをされた時「それがどうした?」と、リョウマが今と全く同じこの綺麗すぎる顔で言いそうだから。


 あの後、タマモは警察へと引き渡された。俺が特に反論しなかったのは、とりあえずは特に医療的な保護が必要だと思ったから、警察とこのニンジャマスターへの態度からあとで開放する事もできると思ったから、なのだけど…

 

 「…まさか、こんなあからさまな客寄せパンダに使うとはな」


 ここまで犯罪者に配慮しない画像も珍しい。そして全ての局が、殆どスパイコミックの様な報道していた。別に情報操作ではなく、単純に数字が取れるかららしい。もっとも、当局から流される〝情報〟はこの画像の様に意図的なのだけども。


 …エサをこれでもかと見せつける、か。誰にって、トキにか。


 「っつか、さすがに罠だって思うんじゃねーか?」

 「動かずにいれない状況に追い込めば、相手の意志など問題ない」


 モニターの画面が変わった。そこに映し出されたのは、あからさまな隠し撮り。よくある報道番組のカバンに隠したカメラのアングルで、まるで…ってか、まんま本物にしか見えない警察の中を進んでいく。…いや、これ本物だよね?


 そして『特別捜査室』の中をカメラが覗き込んだ。


 「いやぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ‼」

 いきなり響き渡る女性の悲鳴。そして、何かを叩き付ける乾いた衝撃音。隠し撮りらしく、女性の姿は断片的にしか見えない。胸が、尻が、太腿が、…煽る様に断片的な〝部分〟のみがあられもない姿で映された。

 一方、鞭を振るう男の姿は、これでもかとハッキリ映し出されている。げへげへとよだれを垂らして笑うその顔は、どこか見覚えがあった。


 「…ってか、これ俺だよね?」

 「そうだ」

 なんじゃこりゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああ‼


 「人権とかどこ行った⁉」

 「安心しろ、女は全てCGだ」

 「俺の顔にモザイク入れろって言ってんだよ‼」

 「猥褻物だからか?」

 そんな話はしてねぇ‼


 「え?お、おい、キョウ?」

 自分に向けられる白い視線に気づいて慌てて周囲を見まわす。そこではキョウが、ケイが、シルバが…まんま汚物を見る目で俺を見ていやがる。


 「違うからね⁉俺、やってないからね‼」

 「…話しかけないでください」

 「俺、ずっとお前らと一緒にいただろうが‼いつやるんだよ。あれ‼」

 「あ」

 「〝あ〟じゃねーよ‼ちっと考えれば分かるだろうが‼」

 「あー…ふつーにやってると思ってました」

 俺のイメージどんなことになってんのぉ⁉


 なにこの技術の無駄遣い‼粗が全く見当たらねぇ‼動画再生数が、何かもう凄い事になってる…ってか、あのマスコミの異常な盛り上がりの原因の半分はこれじゃねぇの?効果的と言えば効果的なんだろうけど…


 「この短時間で、素晴らしい出来だ」

 「ありがとうございます…お役に立てて嬉しく思います」

 これ、アンさんが作ったのぉ⁉


 「アンさん、俺の事嫌いだよねぇ‼」

 「は?」

 それは、初めて見たアンさんの素っ頓狂な顔だった。


 「別に…貴方の事は何とも思っていませんよ?」

 アンさんの表情には1㎜の他意も無かった。常になくはにかむように笑い、肩にかかる綺麗に切り揃えられた長髪を弾いた。…アンさんにとって、俺は路傍の石ころと同じなんだろうな…ただ、リョウマにお褒めの言葉を貰い喜んでいた。


 「無論、こいつを貶める事が主目的ではない」

 〝主〟じゃない目的ではあんのかよ‼


 確かにコレ見たトキは、内心穏やかではいられないだろうな…事実であろうがなかろうが、だ。一秒でも早くタマモを救い出そうとするだろう。タマモの居場所は確定しているんだし…あからさまに。今すぐ警察が襲われてもおかしくない。


 「…警察屋さんは災難だな」

 「クビが一つ飛ぶだけだ」

 「それ、俺の事かコラぁぁぁああああああああああ‼」

 前のパソコンから罵声が飛び出した。


 「…リョウマ様、警察本部から連絡が来ています」

 アンさんの操作で、モニターの画面がパソコンの電話へと変わる。映し出されたのは、この前の警察のお偉いオッサン…じゃねぇな。

 あの日の、大凶星に警官隊がボロゾーキンにされた日の警察のお偉いオッサンは、もっと細身だった気がする。このオッサンは細見とは程遠い真ん丸体形で丸メガネと天頂丸ハゲ。表情、ってか、感情は全く同じだったけど。激怒。


 「辞表は書いたか?」

 「書いてねぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええ‼」


 「そうか、…命で責を取るのだな」

 「死なないよ⁉死んでたまるか‼コンチクショーーーーーーーー‼」


 「…勝つつもりか?身の程を知れ」

 「あの女はお前らの事務所へ連行‼責任をもって保護しろニンジャマスター‼」

 通信は一方的に切られた。アンさんがぱたんと静かにPCを閉じる。


 「今の通信は、敵にも傍受されたものと」

 …あえてタマモが警察からここへと移送される事をトキ達に知らせる。すると、間違いなくそこを攻めるだろうな。最も堅固な警察の牢獄の中より、移送の途中や、ここに着いてからの方が明らかに攻め易いから。それが狙いか…つまりは、


 「基地におびき寄セテ、一網打尽にする策デスネ‼」

 「バカか?貴様は」

 …天国から地獄に落ちるシルバの顔芸が凄い事になってる…


 「ここに来るのは誰だ?」

 「そりゃ、トキと…大凶星だろうな」

 タマモを助けるのは、完全にトキの〝私事〟だからな。いくら隙ができたからと言っても、テロリスト本体が兵の多くを動かすとは思えない。ただ、あの〝大凶星〟だけは別だ。これ幸いと不幸をまき散らしにくるのが目に浮かぶ。


 「そう。奴等の最大戦力、あの〝サムライマスター〟だ」

 あ…。


 「せっかく分散させた最大戦力にわざわざ挑むバカが…ああ、ここにいたな」

 それ以上言わないであげて‼シルバ、もう泣きそう…ってか、死の直前みたいな真っ青な顔になってるから‼ズタズタに引き裂かれたプライドが指の隙間から零れ落ちていくのに、為す術もなく震える手を見下ろしちゃってるよ‼


 後ろで無表情を貫いているアンさんも、同じ考えだったな…実は思考レベルが近い、常識的で頭の回転の速い二人。違いは、口に出すか出さないか。

 キョウは横でうんうんと頷いている。…けど、絶対ぇちゃんと分かってねぇな、アレ…ケイがオロオロしているのは、悪い流れが自分に来ないかと、シルバへの心配と、アンさんが無言だから声をかけるのはやめようのハーフ&ハーフ。


 「叩くのは分散した弱い方からに決まっているだろうが」

 「弱い方…って、テロリスト本隊?」

 …いや、一見、筋が通ってる様に聞こえるけど、それ『大凶星がテロリスト本体より強い』とゆーのが前提だよね?確かに大凶星、警官隊をボロカスに叩きのめしたけども。でも、今回のテロリストは八門使いで構成されているんだろうしなぁ…


 …その疑問を、さっきの今で、わざわざ口に出してしまうのがシルバだった。…結果は予想通り、全く同じ侮蔑の言葉を吐かれる…『バカか、貴様は?』と。


 「俺の脅威になりうるのは〝大凶星〟だけだ」


 「それでは…各自、準備を怠らないでください」

 リョウマが立ち上がり、キョウもすぐに追いかけようとして…コケた。それを見下ろしもせずに横をアンさんが通り過ぎる。敬礼していたケイも追いかけようとして、振り返った。その視線の先にいるシルバだけは、未だ立ち上がれない。


 「…ワタシの…ワタシの作戦は間違いじゃないカラ…ダッテ…」

 シルバの瞳はいつもよりも丸々と開かれ、その鼻からは同じく丸い汗が漏れ、小さく丸く開かれた口からブツブツと呪詛の言葉が漏れる。


 …うーん、話題を変えたい…何か…あっ。

 「シルバ、この前頼んだの、できてる?」

 振り返ったシルバの顔は…怖かった。


 それでも何とか話題は変わったらしい。カバンから取り出した〝それ〟を俺に渡し、ブツブツと説明を始める。いつもなら、自分の作品を喜々として説明するのだけど、さすがに今はそんな気分ではないのだろう。

 …と思ったら、全く別の理由だった。


 「でも…これ、星石ですらないデスヨ?」

 あれ?


 だいぶ遅れて通路の奥に消えるシルバを見送って…さてと、俺はどうするべな…右に行くか左に行くか…つまり右の廊下の先へと消えたリョウマを追って善後策を立てるか、反対の左の車庫から外に出て…タマモを助けに行くか。


 こんな時、やる事は決まっているよな。


 「表が出たらタマモを助けに行く、裏が出たらリョウマの後を追う、と」

 弾かれた10円玉はくるくると回って、床に落ちた。

 「…表か」


 10円玉とシルバに貰った箱をポケットに突っ込んで、俺は他の連中とは反対の方向へと歩き出した。まぁ、どっちに進んでも『ただのオフィス』としか言いようのない景色なのだけども。案の定、誰にも会わずに外に出る。

 夜だなぁ。さすがに都会はこの時間でも明るいのだけど、まばらな人通りが時間を感じさせる。会社帰りというより、その後の食事帰りか。


 「あーーー!あいつネットで美人スパイにSMやって、げへげへしてた…⁉」

 …3歩も歩かずに指さされたよ‼


 「あーーーーー!〝げへ丸〟だーーーーーーーーー‼」

 変なアダ名つけられてるじゃねーか‼


 「…ポケットに突っ込んだ手で股間いじってる…キモっ」

 いじってねぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 涙を堪えて俺は走り出すのだった。…後ろには鳴りやまぬ写メのシャッター音が響く。しかし、走っても走ってもそれは追いかけてきた。顔を隠さねぇと…

 俺は落ちていた『快便!うんこレンジャー‼』のお面をかぶった。

 よし…うん、視線は感じるし、写メも撮られてるみたいだけど『今、最も有名な変質者‼』としてではない。ただのいち変質者としてだ。今はコレで…


 「…君、ちょっといいかな?」

 ふつーに職質された‼


 うわぁ…警察官の蔑む目がハンパねぇな。ウンコのお面を外した俺を待っていたのは絶対に目を逸らす気の無い強圧的で、かつ、物理的にも見下し切った瞳。と言っても、リョウマの〝ゴミを見る目〟とは違い、遥かに感情的だったが。


 「でぇ?ボクはどうしてこんな所にいるのかなぁ?」

 「ニンジャマスターの手下なんだけど、美人テロリストを引き取…」

 「すっす、すんませんしたぁ‼今今今今今、ほほほほ、本部にかかか、っか」

 直立不動で硬直敬礼をしたその警察官は、45秒ほどの混乱の後、まんま運転手の様相で俺をパトカーへとご招待して走り出す。そのストレスをぶつけるように、けたたましくサイレンとクラクションを鳴らしながら。


 そして、俺はまんまと目的地に辿り着いた。予定通り‼


 パトカーを降り、まず目につく聳え立つ警察署の威圧感…より遥かに、壁の向こうからのやじ馬とマスコミの威圧感がハンパねぇ…雑踏が圧力として感じられるほどだ。今やここは日本で最も注目される場所と言っても過言ではない。

 むしろ、ふつーに来たらあのマスコミの前に出たな…『げへ丸』が。


 「いちおーニンジャマスターの代理として挨拶した方がいい?署長?とかに」

 「いえいえいえいえ‼絶対に自分達を関わらせるなと…あわわわわわわわ‼」

 …ほんと、嫌われてるなぁ。


 俺は結構方向音痴なのだけど、タマモの居る留置所までは迷わなかった。地面に矢印が貼ってあったから。ビニールテープ製の急ごしらえの。とゆーか、他の道が無理やりバリケードで塞がれていた。その陰からはその製作者達が覗いている。

 ただ、俺がぶち込まれた留置所とは違うらしい。一度上がって通路を通って別館へと行き、あとは延々地下へと降りていく…途中からはあからさまに人影が無くなり、通路は暗さを増す。風景としては、ドアが並ぶただのビルの中なのだけど。


 「あ、あなたがニンジャですね⁉」

 違います。


 あえて答えはしないけど。看守…と言えば良いのか、厳重な牢屋の隣の小屋から現れた小太りの刈り上げ警官が、俺を見るなり敬礼をする。無言を〝是〟と取ったのだろう、大事そうに握りしめた鍵を差し出す。

 「鍵とナンバーはこちらです‼彼女を連れ、…じゃない、任務が終わりましたら、あちらの扉を進んでいただければマスコミに見つからずに外の通りまで出られます‼そちらに変装用のサングラス等も用意致しました‼」

 至れり尽くせり。


 …ナンバーって…これか。ドアノブの上にはテンキーみたいなもんがある。ええと番号はこの紙に…っと。続いてカードを通す…ああ、このバッチについてる…よいしょと。よし、ロック解除。あとは鍵を差し込んで回してやれば…開いた。

 見かけほど重くもない扉が開かれ、一条の光が差し込んでいく…真っ暗だな。


 「…アユム」

 真っ暗…それが部屋の暗さからだと望まずにいられない、…そんなタマモの表情だった。目には生気がなく、顔には表情がない。手ひどい尋問を受けたから、ではなさそうだ。あれほど関わりたがらない警官達に尋問自体されたか不明だし。

 だから、ただ純粋に〝絶望〟しているんだろうな…

 椅子に沈み込んだタマモには、立ち上がる気配も感じられない。ただの綺麗なオブジェだ。それこそ、テレビに出てくる机と椅子しかない空虚な「警察の取調室」には似つかわしくない、悲しい程に綺麗な彫像。


 「わしの事は、もういい。…どうせ、あとひと月の命だと言われておるのじゃ」


 え?


 さすがに言葉が出てこなかった。わしの命はもう長くない、とか言ってたからある程度の覚悟はしてたつもりだったけど…さすがにひと月って…改めて椅子に沈んだタマモを眺めてみるも、外から分かるのは疲労くらいだ。


 「…っつーても、ここにいてもいい事なんてねーだろ?行くぞ」

 「お、お主!いいのか⁉」

 「何が?」

 「あやつの…ニンジャマスターの命ではあるまい⁉あやつに背いて、お主は…」

 「別にいいんじゃね?俺、あいつの部下って訳じゃねーし」

 …ってか、上司面するならまず給料を振り込んでくれ。


 「10円の目もそー出てたしな」

 「…もし、逆の目が出たら来なかったのか?」

 「うん」

 何を当たり前の事をおっしゃるのやら。


 「まぁ、ここに居たいってんなら止めんけど」

 「…そんなわけなかろう‼」

 怒ったタマモは、俄然元気に椅子から立ち上が…ろうとして、ふらついた。反射的に支えた俺を振り解いて、タマモはズンズン進みだす。慌てて変装道具をかき集め、まずはその背中にウィンドブレーカーをかけた。


 あの扉の先…そう言われて進んだ俺達が出た場所は、警察の裏手…ただ、ビルと私有地に挟まれたここは完全に死角になっていて、外から発見するのは難しそうだし、そのあとも狭い路地の繰り返し。実際、マスコミどころか人影すらない。

 

 マスコミにかぎつけられたら元も子もないからな。やや急ぎ足にゴミ臭い裏通りを進んで、…タマモがついてきていない事に気づく。最初は人目を避けてなのだと思っていたけど、どうやら違うらしい。次第次第にその距離は開いて行った。


 疲労が酷いな…表情を隠そうとしても、汗に顔色に吐息に顕れすぎだぞ。

 …そらそーだな。死の病以前に、町中を走り回ってトキを探し、竜巻に巻き込まれてコンクリに叩きつけられ、客寄せパンダの様に人目にさらされ、居心地への配慮など全くない脱出不可能のみに特化した留置所に入れられていたのだから。

 ここから一番近くの病院は…っと。


 「…今や犯罪者と報じられる、わしを受け入れてくれる病院があるのか?」

 「ねぇ?」

 「考えなしか‼」


 「いや、ほら、静かに休むだけでも、ね?体にいいじゃん?」

 「…ホテルや旅館でも同じ事じゃと思うがの」

 確かに…警察はまずそういった場所に聞き込みに行くのだろうし、そうでなくてもあれだけテレビに露出させられたんだ。ホテルどころか、コンビニのレジで顔を見せるのすら危ない。っと、また置いてきぼりにしちまってる…


 …人目につかず中に入れて、ゆっくり休める所か…


 「ここしかねぇな」

 見上げるそこはハワイアンだった。作り物のヤシの木が電飾で光り輝き、ハートの中にウェルカムの文字の入ったピンクのネオンが煌めき、アクアマリンの流れる噴水がそれらを反射させる。『愛屋』ご休憩3400円。ご宿泊7000円。


 「ラブホテルじゃろうが‼」

 「い、いや、違うよ?エッチな事とか考えてないから‼」

 「…留置所に帰る」

 「ちょ…待てって‼ほんのちょっとでいいから!休んでこ?なっ⁉なんにもしないってば‼ちょっと入るだけだから‼映画も見れるしカラオケとかあるからさ‼」

 「…若い子をホテルに連れ込もうとする中年か、手前ぇは」

 俺を軽蔑しきった女性の声…その主はタマモではなかった。


 一見すると、女一人を含む黒スーツの3人組。だが、俺達が何者か〝本当に〟知っているその緊張した顔が、一般人ではない事を物語っていた。俺達を見ても変なアダ名で呼んだり写メを撮ろうとしたりはしない…なんだ、良い人じゃねーか。


 「すぐにトキ様に報告だ」

 「させぬ‼」

 タマモが星石鎖を取り出すよりも先に、俺がその前に立った。


 「ここは俺に任せろ」

 「…相手が美人のお姉さまじゃからのぅ」

 今、100%善意であなたの前に立ちましたけどぉ⁉


 タマモ曰く『美人のお姉さま』は、まさに〝秘書のおねーさん〟ってな感じだった!ちょっと細めの眼鏡からはインテリジェンスが溢れて、ピシッとした黒のタイトスーツからは潔癖が、アップにした髪の間に見えるうなじからは色気が、そしてそこから伸びる黒いストッキングのむっちりとしたフトモモからは…


 …いや、タマモの体を心配して飛び出したんすよ?僕。


 「ナニやらしい目で見とんのや?こんボケカスが‼」

 見た目と言葉遣いのギャップが激しすぎる‼


 見た目インテリ風秘書なのに反して、地面に唾を吐きかけ、露骨に口元を歪ませ、眉間に皺を寄せてガン飛ばしてくる。ただのチンピラじゃねーか‼

 八門使いの戦いは、まず相手の命理を見切るんだった………な?


 「タマモ!相手の〝命理〟を教えてくれ!」

 「………左胸と右胸じゃな」

 うむ。


 「…あのさ、タマモ?」

 「なんじゃ?」

 「相手の大凶の命理…両方の〝おっぱい〟って事?」

 「まぁ…そうみたいじゃのぅ…」


 ふっふっふっふっふっ…


 「いや!違うぞ⁉これは勝利…そう、正義の為の行動なのだ‼」

 「説得力が無さ過ぎるわ‼」

 「よ~し、行くぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお‼」

 「だから、何で考えなしに正面から突っ込むのじゃ⁉」

 「…男には、傷つくと分かっていても、行かなきゃならん時があるのさ…」

 タマモの手を振り解いて、俺は秘書のお姉ちゃん風の敵ボスに向かって猛然と駆け寄った。大口を開けて笑い駆け寄る俺に一瞬だけ後ずさった彼女だったが、そこで踏みとどまり、手に取ったネックレス…八門鎖を足元に配置した。

 …が、俺はそんな物は気にせずに突き進む‼


 がんっ

 「角に小指ぶつけたぁ⁉」

 ばきぃ

 「何かバスケットボールが飛んできたぁ⁉」

 どかっ

 「道路標識が落ちてきたぁ⁉」


 ついに俺は動かなくなった。

 「アホかぁぁぁぁああああああああああああああああああああ‼」


 「…す、すまん…俺とした事が、とんだドジふんじまったぜ…へへっ…」

 「おぬしは寝ておれ‼」


 俺を暴力的に寝かしつけ、秘書のおねーちゃんの前に立つタマモ。八門を開放すると共に、鎖に配された星石の位置を超高速で変えていく。その動きには一切の淀みがなく、内なる激情を完全に冷たい理性の支配下に置いているのが分かる。

 「八門金鎖の陣!」

 …今、なんつった?それって、あの…


 「何や?この陣…あからさまに手前ぇに届く道があるやないけ」

 そう。明らかにタマモに届く道が三本あった。


 三国志演義に出てくる〝八門金鎖の陣〟とは、生門・開門・景門から攻めれば攻め込む軍に利があり、傷門・休門・驚門から攻めれば攻め込む軍が傷つき、杜門・死門からはいれば二度と生きて帰って来れなくなる…だったと思う。

 この陣も全く同じだ。曲線を描きながら、中央のタマモへと向かう八本の道。その内の三本が生門、開門、景門…つまり、明らかにタマモに届く道、である。

 

 あ、ちなみにシルバのあのゴーグル持ってきたので、俺にも『八門五行』を視認できるのだ。え?なんでさっき使わなかったって?…だって、英語表記なんだよ!なんとなくは分かるけど、これ見て戦うとか絶対に無理。


 「…せやな…3本の内のどれが当たりで、どれが外れかっっちゅー事やねんな」

 いや、もう全部当たりじゃね?


 もう一度目を凝らし、指折り数えてみる…うん。間違いない。あの三本の道、何の障害もなくタマモの下に辿り着けちまうぞ…ただの吉格の線…一般人ならともかく、八門を読める相手に意味のある陣とは思えなかった。


 「当たりはこの道…〝景門〟や‼」

 深読みしすぎた秘書さんは、自信満々かつオーバーリアクションで一つの道を指さし意気揚々とその道を進んでいく。吉格の道を進む彼女には何も起こらなかった。あっさりとタマモのすぐ眼前まで迫り、殴りかかろうと右腕を振り上げる。


 そこで、ピタリと止まった。


 「…どうしたのじゃ?攻撃せぬのか」

 …なるほど。そういう事か…


 今、秘書さんが殴ろうとして、躊躇したまま止まっている左腕の命理は天究星…〝運よく当たり所がよく無傷で済む〟大吉の命理だ。あの方向からあの場所を攻撃しても、大したダメージにならないんだ。

 …これが八門金鎖の陣、か。三本の道全てのゴールに、大吉の命理を据える。


 その硬直の隙をついてタマモの体が沈み、秘書さんの左足首に蹴りを叩き込む。場所は凶格…ダメージはないが、バランスを崩した秘書さんは後ろへと後ずさる。

 「やば…っ⁉」

 細い〝景門の道を〟一歩踏み外すと、そこはもう隣…ド凶格〝死門〟である。


 「凶格の命理は…右肩だな」

 「わ、分かっておる‼」

 俺のゴーグルのモニター越しにターゲッティングされている〝そこ〟が秘書さんにとって凶なる命理だと分かっていたのだろうが、俺に言われて躊躇してしまう。そして秘書さんに動きを見つけて、殆ど反射的にその右肩の命理を突く。


 はらり


 瞬間、シャツが破け、弾けるようにブラジャーがあらわになった。

 「アユムーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 「いや、間違いなく、凶格の命理だったじゃねーか‼」


 かすっただけでシャツに一筋の傷がつき、ちょうど胸が露わになる方向に、その傷が一気に服を切り裂いていった…な~んて、すっごい偶然ですよ?


 …その隙に、秘書さんが死門を避けて隣の休門へ移動している。その過程で不運にもスカートさえ半分脱げそうになっているのは…死門の影響に違いなかった。


 タネがバレてしまっているので〝陣〟はもうその役を成さない…とはいえ〝陣〟は生きているのだ。タマモと秘書さんが先を読み合い格闘するその様は、カンフー映画の互いに予定調和の打ち合いと言うか、肉体を使ったチェスとでも言おうか…

 

 そして、やはり、タマモの方が上の様だ。露骨に表情を歪めて顔中を冷や汗にして防戦一方の秘書さんに対して、体調不良で疲労の極みにある、筈の、タマモは全くの無表情…そして、その動きは正確無比の精密機械だ。


 …まぁ、パッと見キャットファイトだけど。


 ベリーダンサーみたいなタマモは言わずものがな、はらりはらりと〝偶然〟服が破けていく秘書さんも殆ど下着だ。…アレは多分、あの秘書さんが持ってる〝運〟なんだろう。戦ってるタマモも巻き込まれてどんどんと…


 そしてついに最後の一枚…じゃなかった、違うよー(こほん)。あー…ついにタマモは秘書さんの〝大凶の命理〟を杜門で捕える事に成功した。

 「おおおおおおおおおおお‼キターーーーーーーーーーーーーーー‼」

 「バカか?貴様は」

 …この声は、


 突然、秘書さんの右脇腹を背後から襲った手刀が掠めていた。それに驚き、彼女が慌てて飛び退いた、そこは死門。着地した足が軽くひねり、すべった先にあった電柱に頭をぶつける…秘書さんは、そのまま目を回して電柱を背に意識を失った。


 「わざわざ1対1の戦いを眺めてやるとは、人の良い事だな」

 …うーん。背後から2対1で不意打ちする方がゲスなんだろーか。


 「もっとも、無能では混戦の最中、足手まといにしかならんか。賢明だな」

 …うん、そうそう、確かそんなアレだった気がする。


 何故か俺の行為を全て善意に解釈し、むしろ納得して呟いたのは、帽子の先から靴まで全て純白に身を包んだ男…言うまでもなく、あのニンジャマスターだ。

 ちなみに、こいつが後ろから現れたという事は、秘書さんの取り巻き黒服AとBはすでにやられたという事だ。…俺と一緒でキャットファイトに夢中で、気付かぬまま緩み切った表情で気絶させられていた。


 その後ろには同じ制服の藍色集団、ケイとシルバ、それにキョウの姿もあった。ただ、キョウまでもが、一様に気まずそうに押し黙って俺と視線を合わせようとしない。…いや、変態として軽蔑されてるとかじゃないぞ。

 リョウマ一味が俺を遠ざけ黙り込むのは、まさにリョウマ一味だから。


 「…何故、この女を連れ出した?」

 「説明する義務はねーだろ?…まー、上司面するのは給料振り込…」


 ぺしぃ


 リョウマが札束で俺の頬をひっぱたいた。

 「給料だ。説明しろ」

 お前ほんとストレートなクズだな‼


 「…病院に連れて行こうと思っただけだよ」

 「貴様といる方が体調を崩しそうだが」

 「…確かにの」

 否定して、タマモ!お願い‼


 「なるほどな…貴様の事情は了解した」

 「…にしても、よく俺の居場所が分かったな?」

 俺がタマモの元に行くのは予想したとしても、その後は…まぁ、権力者側のこいつなら、町の防犯カメラやらから居場所特定するなんて簡単なのかもしれんけど…


 「ネットの検索1位が『げへ丸』だからな。

 「は?」

 「貴様の居場所を特定するなど容易な事」

 「なんじゃそりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 慌ててスマホを操作すると…うわぁ…凄い事になってるぞ…こら居場所を世界中に宣言してるよーなもんだ。俺の居場所なんて全世界中継中…あ。

 「そう、こいつらが貴様の元に顕れた理由も同じだ」

 って、キョウ、もう少し黒服を丁寧に扱ってやれ。ガンガン引きずってるぞ…


 その後ろでは、さっとケイが電柱を背に目を回している半裸の秘書さんに、自分の上着をかけようとする。…まぁ、ゴーグルの私的利用を咎めるふりをして感想を聞いてくるシルバのせいで見えないのだけど。

 暫くして、秘書さんは意識を回復した。


 「気が付いたか?」

 最悪の目覚めに違いない…自分の首に刀が突きつけられている事に気づいて反射的に後ずさろうとするも、背中は電柱だ。首筋の刀から目を離し切れずに、辿って見上げた先は、綺麗過ぎて、冷たすぎる、黄金色の瞳だった。


 「テロリストの基地を言え」

 「な、何でおのれに教えなあかんのや⁉ボケが‼」

 「俺の命令だからだ」

 秘書さんは笑おうとして、止まる。その引きつった笑顔のまま。リョウマに1㎜の疑問も見つけられなかったから。…リョウマは心の底からそう思っていたのだ。


 「あんなゴミ共より、俺に従った方が得に決まっているだろうが」

 「お前は知らんのや‼ただのマフィアやテロリストやない‼バックには…」

 「ゴミが1万人束になっても俺には勝てん」

 …それは大げさだと思う。


 なのに、何でこいつはこうも自信に満ち溢れているんだろう。その1㎜も揺るがない自信に人は動かされるんだろうか…かけられた上着を握りしめ、リョウマを見上げる秘書さんの目はもう敵を見上げる反抗的な光を失っていた。


 「…せやかて、裏切ったりしたらワイは…」

 「俺が貴様を守ってやる。俺以外の、この世界の総てからな」


 刀を鞘へと戻し、代わりに大きく開かれた手が差し出された。

 「名前を言え」

 「…コン」

 「テロリストの基地はどこだ」

 「…港の…第3貨物倉庫」

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