第9話 ヒロイン



 「…ま、さすがに誰もいねぇな」


 爆弾処理を終えた俺とキョウがビルの外に出てみると、そこにリョウマ達の姿はなかった。事後処理の警察がサイレンを鳴らし、やじ馬が群れをなしてビルを囲っているので、誰もいない静寂とは程遠い喧騒ではあったが。

 外に出るなり、キョウはその警察を経由してアンさんに連絡を取り始める。


 「…あら、死ななかったんですか(チッ)」

 「アンさん、今、舌打ちしたよねぇ⁉」

 「喜びを抑えられず、つい舌を鳴らしてしまっただけですよ?」

 ウソつきーーーーーーーーーーーーーー‼


 「何をしてるんです⁉私達もあのドクロを追いかけます‼」

 えー…、


 「…どーせ車も用意してたんだろ?手がかりなんてまるでないんだが」

 トキの窓からの逃走劇は、単に奇をてらった訳ではなく、完全に計画通りだった様だ。僅かに残っていた警察の事後処理犯に話を聞くと、飛び降りたトキを追ってリョウマ達がビルを降りた時、すでにその姿は影も形も見当たらなかったそうだ。


 「笑止‼」

 …リアルに初めて聞いたよ、その言葉。


 「我らには〝八門〟があるのです‼これで探せば容易な事‼」

 キョウが取り出した八角形の真っ黒い板…遁甲盤を意味もなくクルクル回してポーズを決めている。…あ、落として足の小指にぶつけた…遁甲版か。そーいや、タマモもアレ使って探し物をしようとしてたな…ま、いいか。

 こいつは技術だけは本物っぽいし、占いならそう危険も起きんだろ。


 「私達の望む物は………あそこです‼」

 ビシっと指さした先には『関東極悪組』と書かれていた。


 「行きます‼」

 「行かねーよ‼」

 死ぬだろ⁉100%‼


 『関東極悪組』と立派な表札を掲げる、そのお屋敷の前には…黒塗りの超高級外車が並び、黒スーツにサングラスの門番とパンチパーマとか角刈りとか体中刺青と傷だらけとかの、人相の悪い人々が凶悪な表情でこちらを伺っていた。


 「間違いだったら、次に行けばいいじゃないですか」

 「次がねーだろ‼あそこ地獄の一丁目だから‼」

 …ダメだ、こいつに任すと俺が死ぬ。


 とりあえず、遁甲盤をキョウから取り上げた。これが思ったよりデカいんですよ。金属でできているから重いし…ええと、使い方を書いたメモメモ…と。


 「俺が進むべき道は………あっちだ‼」

 東北東へと俺は歩き始めた。探し物をするならそちらが吉…の筈だからだ。新しくできた道路を登って大きな道路へと突き当たる。そのまま道路を横断して、広い敷地内に入った。ついに突き当たったのは、小さな窓が開く校舎の裏だった。


 よし。

 「俺の望むモノは、ここにある‼」

 「…女子更衣室、ですね」

 うん。確かに俺の望むモノだが、今はそんな話はしてない。


 気を取り直して道路まで戻り、今度は北西へと進む。幸運な出会いがそちらにある…筈だ。筈なんだが…この方向はどんどん道が細くなっていく…ってか、もう体を横にしないと通れない狭さなんですけど⁉そして、見上げたその場所は…


 よし。

 「俺の望むモノは、ここにある‼」

 「…女風呂、ですね」

 ああ。確かに俺の望むモノだよ、それは。


 俺を見下すキョウの目は、すでに怒りを通り越して、凍る様な軽蔑の眼差しである。いや、ちゃんと、真剣に、マニュアル通り、やってるんだけどなぁ…何だろう…ってか、何かもう前に『人妻いんらん天国』とか看板見えてるんすけど。


 「………えい」

 俺はポケットから取り出した10円玉を指で弾いた。クルクル宙を舞ったそれは、鈍い音を立ててアスファルトの上に落ち、コロコロ左の道へと転がった。


 「あっちだ」

 「遁甲術は⁉」

 どっかいった。


 「そっちで正しいという根拠は何です⁉」

 「根拠なんてないっすよ~、ついでに正しくもない」

 キョウは嘴の様に口を尖らせてぶーぶー言いながらもついてきた。


 左の道はすぐ高架下にぶつかって、結果的にそれに沿って俺達は進んでいく。反対側には壁の様に誰もいないビルが立ち並び、必要以上に暗いその道を。進む程に増えていく雑な落書きが、治安の悪さを連想させた。

 「ま、まさか、私をヘンなと…ぶぎゅ」

 無駄口叩いているから、止まった俺にぶつかるんだよ。


 「タマモ…ボクは、過去を変えてみせるよ」

 「待つのじゃトキ!話を…」

 ほら、出くわしたじゃねーか。


 上を通る電車に合わせて光と闇とが二人の顔を交互に行きかう。その、暗すぎる表情を。雨でもないのにレインコートをすっぽりかぶった男と、下着を思わせる露出のベリーダンサーの様な服を着た女が、そこにいた。


 何でタマモがここにいるのか、ってのは愚問だろうな。…何故か不幸や下ネタに辿り着いてしまう俺達と違って〝ちゃんと〟占ってトキを探し当てたんだろう。あの時の剣幕から、不眠不休で探し続けた事は想像に難くない。

 そのせいなのか、何度も見慣れた光景だけども、彼女は息苦しそうに胸に手を当てて体を前かがみにして、やや顔色も悪いように見えた。


 「トキ…もう、こんな事はやめにせぬか?わしは…」

 「…ごめん。またそんな悲しい顔をさせてしまって…全てはボクの責任なのに」

 「もういいのじゃ!わしは…わしは…おぬしさえいてくれれば…」

 「ボクは、キミにあの頃の笑顔を取り戻して見せる。…絶対に」


 …二人だけの世界でシリアスな話してんぞ…


 タマモは、瞳からこぼれる涙を隠そうともしない。頬を中心に顔中を真っ赤に紅潮させて…軽いパニック状態だな。常に凛と気を張っているいつもからは想像もできない。そんな彼女に手を触れようともせず、トキは顔と視線を逸らしていた。


 …なんか、話しかけづらいな…


 「観念しなさい‼悪はこの世に栄えないのです‼」

 お前にデリカシーとかないの?


 「あ、アユム⁉」

 「ま、まさか…何故ここが…」

 もしかしたら、この時が不意打ちの絶好の機会だったかもしれない。…まぁ、それも過去の話なのだが。すでに常になく細い目を見開いたトキが、タマモをかばう様にその前に立ち、星石鎖を取って今や完全に臨戦態勢を整えてしまっている。


 「…何で、お主がその…ぁ」

 タマモが言葉を探して口ごもる。同じく彷徨う一指し指の先にいるのは、真っ赤な忍者コスプレをした…うん、まぁ、コレを何と呼べばいいのか、俺も分からん。


 「ええと、それ?と一緒におるのじゃ?敵じゃったろう」

 「10円玉でこいつらの仲間になるって出たから」

 「…教える気はない、という事だね」

 ちゃんと答えたんだけどなぁ…


 「何で僕の居場所が分かったんだい?」

 「10円玉が転がった方向に来たら、あんたらがいた」

 「…それも教える気はない、か」

 ちゃんと答えたんだけどなぁ…


 トキが珍しく不快を露わにして舌打ちをする。もっとも、後ろのタマモはそれが真実だと分かってくれたらしく、苦笑と言うか苦虫を噛み潰した笑い顔を一瞬だけ浮かべた。が、すぐに不幸せな顔へとネガティブアップさせる。


 「…アユム、下がれ。わしら二人を相手に、お主では…」

 「この私がいます‼悪はここで滅びるのです‼」

 お前のそのポジティブ、どこから出てくんの?


 こうまで宣戦布告されて、トキもタマモも退く気はなかった。そもそも、逃亡者である彼らはこのまま追われる訳にはいかないのだから。妙な戦闘ポーズで構えるキョウとは対照的に、慎重に星石鎖を握り、こちらの一挙手一投足に集中する。


 「キョウ姉さ~~~~ん、お待たせですぅ!」

 その緊張を破ったのは、少女の一言だった。


 それは、余りにも場違いに輝いていた。高級車のライトが、弾むような声が、そしてそのひまわりの様な笑顔が。そのツインテール少女は、現れただけでこの黒一色の闇の世界を、色取り取りの光り輝く世界に変えてしまったのだ。


 元気よく両手を振るのに合わせて、揺れる胸…うーん、間違いなく〝大吉星〟セーコちゃんだ。今日も世界は彼女にとって幸せしかなかったに違いない。その笑顔にはウィルスサイズの一点の曇りさえ見つける事はできなかった。

 ようやくのご到着、なのか?そういえば、道が混んでただけだし。


 「…誰だ?」

 「〝勝利の女神〟も現れました‼やはり、悪は滅ぶ定めなのです‼」

 キョウの勝利宣言に、トキもタマモも露骨に眉をしかめ警戒する。…まぁ〝大吉星〟なんて発想、キョウにしかないだろうからな。


 「キョウ姉さ~ん!私、何をすればいいですか?」

 「そこで、私の雄姿を見ていてください‼」

 「リョーカイ!応援します‼」


 真剣な顔で敬礼をしあった、と思ったら吹き出してしまう。その『幸せそうな女学生な日常』を見るトキの顔は…猜疑に歪みまくっていた。ただ、分からないからこそ、戦う以外の選択はない。トキは握っていた星石鎖を足元へと配した。 


 「…来たれ〝東南の風〟よ」

 トキが横に手を振ったその背後から、いきなり突風が吹きこんできた。それは思わず目を細め手を前にかざしてしまう勢いで、俺は飛ばされまいと帽子を掴み、キョウは…飛んできた新聞紙が顔を覆って大変な事になってんぞ、おい…


 「きゃっ」

 …うむ。パンチラガードは今日も平常運転だ。


 その風は気象学などで言えば、風の通り道が塞がれた事で曲がり集中する、ビル風の一種だったのかもしれない。ただ、それが今この瞬間起きる理由は、とてもじゃないけど気象学などでは説明できなかったが。


 「ふん、どんな八門を使おうと、こちらには勝利の女…がぶし⁉」

 ふんぞりかえったキョウの顔面を,突風で飛ばされた看板が強打した。

 「馬鹿野郎!ボサっとすんな‼」


 どんな偶然か知らないが、吹き荒れる突風と共に危険物が飛んでくる。しかし、そうと分かっていれば避けるのは容易い。キョウの尊い犠牲の元、敵の攻撃を完全に予測した俺は、右斜めから飛んでくる標識を、十分な余裕を持ってかわした。

 「ぅげ⁉」

 …つもりだった。


 かわした筈の標識が、いきなりの突風で方向転換して、俺の脇腹に突き刺さる。50×50㎝はあろうという木製で、俺は完全に無防備、しかも脇腹だ…滝のように脂汗を流すだけで声すら出せない。…これ、偶然か?


 〝偶然〟…その言葉の意味、分かってるだろ?俺よ。


 「大丈夫ですか?がんばれー!」

 首を傾げたセーコちゃんの顔は満面の笑顔である。彼女の前で残虐シーンなど起こる筈もなく、俺もキョウも表面上は殆ど無傷。…実はダメージは結構深刻なのだけど。それを知る由もなく、セーコちゃんは無邪気に可愛い声で応援してくれる。


 「…き、きっと、彼女がいてくれたおかげで致命傷を避けられたのです‼」

 「…そーかぁ?」


 言ってる間にも、次の看板が猛スピードでこちらに飛んできた。咄嗟に俺とキョウは左右に飛ぶ。…がら空きになったそこには、セーコちゃんが残されていた。


 「しまっ………たでぶ⁉」

 「あぶな………いべし⁉」


 セーコちゃんを心配してそちらを向いた俺達二人の顔面に、急な突風で方向転換した看板が突き刺さる。顔のど真ん中にめり込んだそれに、文字通り目の前が真っ暗になって、余りの痛みに顔を抑えて俺達二人はのたうち回った。


 俺は両手を交差して防御に回り、キョウはセーコちゃんへと駆け寄る。…結果は同じ。どちらも、背中の死角から飛んできたイケメン写真に打ちのめされた。めげずにキョウは前に進もうとし、俺は地に伏せた。…が、やっぱり結果は同じ。


 「…あのさ、キョウ」

 「…はい」

 「…何か、この場の攻撃、全部俺らに向かってない?」

 「…しかも、避けらません」

 「…もしかして、セーコちゃんに向かう攻撃が全部」

 「…私達、盾になる〝運命〟みたいです」


 次々と俺とキョウに降り注ぐ危険物…セーコちゃんがR指定の血まみれ残虐シーンを見ないよう〝幸運〟が働いているらしく、表面的には俺もキョウも鼻血を流してむしろ滑稽だった。…が、実際もはや立ちあがる事も出来ない。


 〝大吉星は絶対に不幸にならない〟


 「って、こーゆー事かよ⁉」

 「はい」

 「お前の計画、ハナから計画倒れじゃねーか‼」


 「バカか?貴様は」

 …この声は


 「俺の勝利に完璧な貢献をしているだろうが」

 「リョウマ様ぁ‼」

 キョウとセーコちゃん黄色い声援を受けて現れた純白の詰折制服は、黄金色に輝く美しい瞳で、…いつものゴミを見る目を俺に向けていた。

 透き通るような白い肌をしているけど、…その腹の中は真っ黒。完璧に整った造形の裏で、…いや、まぁ、ある意味完璧に整った思考をしてるのか。世間一般的には歪み切っていても。嘘偽りなく〝自分の勝利〟だけを求めた。


 トキの顔が僅かに歪んだのは、かつてのこのニンジャマスターからの敗北を思い出したからかもしれない。同じ事を思ってか、タマモがその横顔を気遣って見やる。もっとも、リョウマ本人は二人を見向きもしなかったが。

 そして、リョウマの手がふわりと赤忍者の頭に触れ、その胸へと引き寄せる。


 「科学的な痕跡だの」

 「…申し訳ありません」


 「人海戦術だの」

 「あ、あああ、あれあれあれ、あれは…」


 「八門の常識だの」

 「お、お言葉デスガ、癸巳の歳に罡星が西方にあり太白星が…」


 リョウマの後ろには、いつもの詰折制服の彼女達がいた。アンさんは1㎜の私心も見せずに恭しく頭を下げ、ケイはただただ狼狽して視線を全員の顔色へと右往左往させ、そしてシルバは、顔を真っ赤にして反論している。…大丈夫そうだな。


 「無能どもが時間を浪費する中、貴様だけはこうして見つけ出す。さすがだ」

 「あああああ、ありがとうございますぅ‼」

 …ほぼ、俺の功績だけどな。


 ポケットの中で十円玉を転がす俺の前で、リョウマの胸の中でど直球で称賛されたキョウが感涙にむせび泣き、…その後ろでは、棒読み箇条書きで自分達の無能を朗読され、ドス黒くなったその他の女性陣が殺意のこもった視線を向けている。


 ところで、自分のオトコが他のオンナを胸に抱くのを、セーコちゃんは何とも思わないんだろうか…いや、思っていたら、すでにキョウは抹殺されているのだろうけど。…むしろハッピーな顔に見えるけど。こー「仲良しハグだね」的な…

 ってか「リョウマが浮気をするなんてありえない」と〝大吉星〟が思ってる、と「リョウマは浮気を考えない」って事なのか。いや、だからリョウマなのか?


 「セーコ、車の中に入っていろ」

 「は~い!リョウマ兄さま」

 両手を振ってから、セーコちゃんは車の中に消えた。


 「〝大吉星〟が見ていては、貴様らを殺せないからな」

 怖すぎる事ゆーな‼


 リョウマの黄金色に輝く瞳は、すでにロックオンした2人から微動だにしない。ピクリとも…瞬きすらしないそれに無言で耐えられる胆力は、トキにはなかった。


 「…残念だけど、この場の地の利はこち…」

 「バカか?貴様は」

 リョウマが吐き捨てた。


 …いや、これさ、どう客観的に見てもトキの優位は揺るがない気がするんだが…これ、地形的に見て風が逆向きに流れ込む可能性なくね? 足元に星石を配しているからか、一応、飛翔物はリョウマを避けているようだけども。


 「白の3196」

 一瞬の間を置き、慌てふためいてシルバが取り出したのは、純白の布…長ぇな。受け取ったリョウマは、それを背中を通して両手首へと結ぶ。本来は地面を擦っているであろうそれが、今は強風を受けて母衣の様に背中ではためいていた。

 「ケイは南西、休門。シルバは北北東、景門。キョウは南の死門」

 …最後、とんでもない事言ってなかった?


 案の定、コケて顔面強打し鼻血を流した所にタライが降ってきた一人を含めて、三人はリョウマの指示通り周囲に散った。これは…

 あの『石兵八陣』と同じか。違うのは石兵の代わりに人を配してるって事だ。配するって何を?…いや、八門遁甲の陣に配置する物なんて一つしかないわな…


 〝星石〟だ。


 「き、キミにとって女は道具か⁉」

 「そうだ」

 この世の全てが、な。


 そう、リョウマにとっては彼女達は紛れもなく〝道具〟なんだ。例えばケイの火難、シルバの雨女、キョウの…論外。それぞれが〝運命〟を持っている。それこそ、リョウマが彼女達が必要としている本当の理由なのだろうな。…あれ?


 俺が首をかしげると同時に〝その〟女性がそっとリョウマの横に立つ。

 「リョウマ様、刀をどうぞ」


 アンさんから受け取った刀を一閃、リョウマは居合の様に抜き放った。

 「…え?」

 抜き放たれた剣先にはつむじ風を起きていた。つむじ風は進むとともに正面から吹き込んでくる風を飲み込んで…どんどんどんどんどん際限なく大きくなっていく…風だけではなく、看板も、標識も、自動車も、全てを飲み込んで。

 「ちょ…え?おい、これ、ぇえええええ⁉」


 それはもはや〝竜巻〟だった。


 「〝風神剣〟」

 「な、ななななななな、何だコレぇぇぇええええええええええええ⁉」

 俺とトキが、ほぼ同時にほぼ同じ表情で叫んでいた。そこにあったのは、テレビの世界衝撃映像などで見た事のある、紛れもない〝竜巻〟だった。渦を巻き、全てを飲み込みながら漆黒の空へと飛ばしていく、一筋の暴風。


 「トキ!身を隠…⁉」

 タマモがすんでの所でトキを壁の影へと引っ張り込む。それでも、二人は強力な竜巻の暴風に巻き込まれた。…真紅のドクロを抱え込んだトキが、片手しか出さなかったから。結果、二人ともが片手でしか何かに捕まっていないから。

 タマモは壁を握る手に血を滲ませてもなお、トキの手を握りしめる。ついに自分も飛ばされる所を、壁に続いて道路標識に捕まり何とか堪えている。

 

 「あ~~~~~~~れ~~~~~~~」

 …なんか、ちんちくりんが飛ばされてるけど、気にしないでおこう。


 ついに力尽き、タマモの指が標識から離れてしまう。もはや為す術なく竜巻に飲み込まれた二人の体は、他の車や標識やガレキと共に、それと混ざりながら、もみくちゃにされて、上へ上へと飛ばされて行った。

 

 「って」

 ほんと〝偶然〟って凄ぇな‼おい‼


 暴風が通り過ぎた直後、引力に引かれるまま二人は落ちていく。それは十秒足らずの出来事だったが、二人には十分にも思えたに違いない。

 幸運だったのは、上空高く飛ばされたそこが、線路横の古びたビルの屋上の数m上空だった事だ。最後まで彼の手を離さなかったタマモは体を丸め、トキを抱きしめるように背中をコンクリートに強打した。


 「トキ…トキ!しっかりするのじゃ‼」

 苦痛に顔を歪めつつ立ち上がりざまにタマモはトキを抱きかかえる。が、返事はない。ここからではわからないけど、タマモの様子から死んではいないのだろう。そのトキがしっかりと抱きしめていたのは、タマモではなくドクロだけども。

 「…タマモ…ここ…は」

 ようやく目を覚ましたトキが、朦朧とする意識を振り払うように頭を振って何とか回復させた、その細い視界に飛び込んできたのは、


 「キョウ、推参‼」

 …いや、コレじゃない。ナイス着地だな、おい。


 よろよろとトキが立ち上がる、その前にあったのは『完璧な包囲』だ。孤立した高所にある屋上で、下への通路は塞がれ、そして何より、正面には美しすぎる純白の詰折制服の青年が、その刀に月明りを反射させていた。


 「ドクロをよこせ。もしくは死ね」

 …他の言い方はないんだろうか。


 トキが一瞬だけ視線を背後へと飛ばす。あったのは、吸い込むような暗闇…一歩でも後退すれば地面は無くなる、文字通りの崖っぷちだった。ビルの上だからな。そのくせ遠くから聞こえてくる電車の音がいっそ腹立たしいほど騒々しい。

 視線を一度真紅のドクロへ落としてから、後ろを振り返った。


 「タマモ、お前だけでも…」

 「逃げるのじゃ!トキぃ‼」

 「…え?」

 タマモがトキの背を押してビルから突き落とした。


 が、トキの足はすぐに固い物を踏んだ。それは列車の屋根だった。俺達がずっと沿って歩いた高架下…ビルの横のそこには、十分に一本は列車が走っている。トキが何とかバランスを取ろうとする間にも、タマモは遥か彼方の点になり果てた。

 彼にできる事は、もう叫ぶ事だけだった。


 「タマモぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 「…わしはもう、どうせ長くない…お主にだけは生きて欲しいのじゃ」


 儚げに笑ったタマモの鼻先には、刀が突きつけられていた。それを辿るタマモの視線が辿り着いたのは、意外なほどの無表情だった。麗しく不快が滲み出てはいるものの、真紅のドクロを逃したにしては落胆や焦燥はない。

 タマモもまた、追いつめられているにしては麗しく不快が滲む無表情だったが。


 「一緒に電車に飛び乗らんのか?」

 「…わしが行ったら、誰がお主らを足止めするのじゃ」

 キッと睨みつけるタマモが手に取ったのは、八門鎖…ではなかった。


 「手榴弾んんんんんんんんんんんんんんん⁉」


 指さし悲鳴を上げた俺の後ろで、顔面蒼白のケイが腰を抜かし、シルバは狼狽しながら逃げようし、みょうちくりんなポーズで身構えるキョウに激突する。さすがにアンさんも歪んだ表情を隠すようにPCの影に隠れる…無駄な抵抗をする。

 そんな俺達の醜態を温かく見守って、タマモは手榴弾のピンを抜いた。


 「…これで…あやつはわしから解放される」

 「ピンを抜いて気を抜くな。バカが」

 が、すぐさまリョウマが取り上げて遠くに放り投げた。


 台詞の後半は爆発音でまともに聞こえなかったが。破壊されるビル、燃え上がるオフィス、…うわぁ、パトカーがとんでもない勢いで集中してきたよ。


 「阿鼻叫喚、だな」

 あんたのせいだよねぇ⁉


 …いや、通報にしては早すぎねぇか?あ…ってか、さっきの竜巻で巻き上げられたガレキやら車やらが降り注いでたから、そもそもこの辺大参事だったんだな…それに、さっきの爆弾騒ぎで元々この非難区域はポリでいっぱいだった。


 「無駄なあがきは、終わりか?」

 見下ろすリョウマを睨み返そうとして、タマモは咳込んで蹲る。一回、二回、三回…止まらないその咳。ひょっこり階段を上ってきたセーコちゃんが、苦しそうな彼女に近づいて背中やお腹をさすりながら、にっこりほほ笑んで顔を覗き込んだ。

 「だいじょうぶ?いたいのいたいのとんでけ~」

 「…大丈夫じゃ」


 ちっとも大丈夫そうじゃない。…自分の命はどうせ長くない、と言う人間が言う台詞じゃなかった。会った時から気にはなっていたんだ、幾度となく胸を押さえるこいつの仕草と表情…しかしまさか、死の病だったとはな…


 …トキが真紅のドクロに『想い』を集める理由はこれか。

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