第7話 忍者になれる者、なれぬ者


 今にも降りだしそうなこの空、

 「…俺の、不吉な未来を予知してるみたいだぜ」

 「そんな理由なわけないデショ」

 まんまる眼鏡をかけた銀髪碧眼の見るからに西洋合理主義者に、俺の感傷はあっさりと否定されたのだった。…うん、まぁ、そうです。はい…


 「私が雨女だからデース」

 そっちのが非科学的ぃ‼


 ふと視線を落とすと、隣を川が走っていた。…ペットボトルが散乱し、所々泡が浮かぶ、何故か青緑色をした、こちらもどんよりと濁りまくったドブ川だ。

 「そう、まさに俺の心」

 「…汚いデスネー」

 そーゆー意味じゃねぇよ‼


 シルバは非常に話し易かった。学生時代に日本に引っ越してきた、好奇心旺盛なニンジャ大好き外国人さんだ。メガネと瞳を爛々と輝かせて語るその姿は、まるで子供のようだ。目も鼻も口元も、何となく全体的に丸っこいからかもしれない。

 まぁ、いつの間にかデカい荷物を俺に運ばせているちゃっかりさんだけども。


 「あのニンジャマスターが戦ってる所を見て、すぐにデシイリしたのデース‼」

 「…じゃあ、独学なんだ?すっごい八門や陰陽に詳しいって聞いたけど」

 「ハイ!イッショケンメー勉強しマシタ‼ニンジャになる、夢デスカラ‼」 

 「今は、お、ん、み、つ、の作戦作業中ですよ‼」

 …真っ赤なド派手忍者に言われたくねぇなぁ。


 フェンスをニッパーで切って穴をあけたキョウが、口をとがらせ、腰に手を当てて振り返る…作業風景はニンジャっぽくねぇなぁ。…あ、指切った。


 「…はぁ。リョウマ様に許嫁がいたなんて…」

 なんか機嫌悪いと思ったら、まだそれ気にしてたんかい。


 「まぁ…あの胸はヤバかったけどなぁ…」

 と言いつつも、俺はあの子を性的には見ていなかったりする。とゆーか、性的に見ていたら〝大吉星〟の前から強制排除されてるだろう。あの大学生達みたいに。

 …俺には、あの完璧生命体が『気持ち悪い』と思えてしまうらしかった。


 「女性をそんな目で見るのはあなただけです‼」

 …お前は、リョウマを何だと思ってんだよ。

 「つ、つまり、私もそーゆー目で…⁉」

 何でだ⁉

 「そーいえば、いつの間にかこんな人気の無い所に…」

 俺、お前についてきただけぇ⁉


 「お嬢ちゃん、どうかしました?」

 俺とキョウが互いに非難しようとして、途中で小さくなる。振り返ったそこにいたのは、十人を越える男達。全員が屈強な肉体を警察官に似せた制服に包み、警棒みたいなのをぺしぺしと自分の手の平で音を立てながら俺達を見下ろしている。


 「…バカなんデスカ?アナタたち」

 俺達は潜入する前に見つかりました。


 「見ての通り、怪しい者じゃありません!」

 その忍者服がもうアウトだろうが‼


 …あ、携帯手に取った。そらそーだべな。それに今、この場所ですでにビルへの不法侵入だからな。手にはどー見てもニッパーでフェンスを器物破損した証拠があるし。仮に、ここが何の後ろめたさもない一般企業でも、即通報の案件だ。

 とはいえ、この当たり前の反応から、ニンジャとかハチモンとかのトンデモ話は知らないと見える。もし知っていたら、こうも堂々と隙だらけでいない。


 「私に任せてください!死門は南西、命理は左胸」

 とか俺が考えている間にもキョウはリーダーらしきマッチョ目がけ飛び出して、


 つるっ

 …バナナの皮に滑って転んで顔面を強打した。


 「…とりあえず、上に報告しろ」

 「南西、左胸だな‼」

 マッチョリーダーは、結果コケたものの、いきなり攻撃を仕掛けたキョウに何の警戒もしていなかった。だから続いて襲いかかってきた俺の掌底を、無防備のまま〝死門〟の南西から〝命理〟のその左胸に食らってしう。

 やはり、か…もしもハチモンやら聞いていたら、こうはならない。


 〝そこ〟を打たれた男の血走った眼は大きく見開かれ、苦悶に歪む顔の口元からは泡が吹き出し、重力にひかれるままに受け身も取らずに顔面から地面に沈む。

 そして、そのまま動く事はなかった。


 「………」


 あれ?…おーい(つんつん)


 「………」


 そのまま動く事はなかった。

 「…そりゃ、急所に向けて最悪の方向から最悪の命理を攻撃すれば死にマース」

 「やっべぇぇぇぇええええええええええええええ!殺しちまったぁ⁉」

 「殺人罪、ですね」


 だんだんだんだんだんだんだんだんだん


 心臓マッサージ!心臓マッサージ‼心臓マッサージぃぃぃいいいいいいいいい⁉

 「ごほっ‼がっ…」

 「よ、よかった~…蘇生した…」

 俺の懸命の心臓マッサージの甲斐あって、マッチョリーダーは息を吹き返した。あ、危ねぇ…人殺しにならずに済んだ安堵の余り、その場にへたり込む俺。


 他の男達は、ただ茫然とその様子を眺めていた。2秒ほど。

 「こ、この野郎ぉ⁉」

 そして、3秒目にみんな揃ってブチ切れた。ハチモンなど知らない男達には何が起こっているのか分からなかった。分かる事と言えば、俺がマッチョリーダーを殴り倒したという事くらい。だから、その分かる事に準じた行動をとる。


 「死門は北東!命理は下腹です!」

 半歩下がりかけた俺を、キョウの声が一喝した。

 「…そこ殴ったら、また死んじゃうんじゃないかな…?」

 「はい」

 人を無断でヒトゴロシにしようとすんじゃねーーーーーーーーー‼


 「じゃあ、ちょっと加減すればいいでしょ!」

 「それが無理だっつってんだよ‼」

 言いながら、俺は掴みかかってくる男を飛び避けた。着地した、その背を掴まれて地面に抑え込まれそうになるのを、体を回転させ地面を転がって回避する。視界の隅に猛然と突進してくる男を見つけ、俺は超低空の蹴りで足をひっかける。

 …もはや、ただ人数と体格差の前に俺がフクロにされているだけだ。


 「私の言う通り、狙ってください‼」

 殴られ青く腫れた左目を横に流すと、キョウがフェンスの上に登り立っていた。雲の隙間から差し込む一条の光に照らされる真紅の忍者…見た目小学生だけども。いや、その凛とした姿はまるで一軍の司令官のようだった。


 「まず、左前に進むのです‼」

 「…そこ、死門デース」

 危ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「キョウ!手前ぇ、俺を闇に葬ろうとしただろ‼」

 「そ、そんなつもりは…」

 つるっ

 「フェ、フェンスから落ち⁉引っ掛か⁉降ろしてぇ‼」

 「お前もー帰れよ‼」


 「右のオトコ、前の傷門マデ来た所で、左脇の凶格の命理を打チ、死門へと追い込ンデ、右こめかみの凶格の命理にゴツンと拳ぶちかましてくだサーイ!」

 「シル………バぁ⁉」


 驚愕に歪んだ表情で、横を向いたまま俺は固まる。シルバの顔が全く違ったからだ。いや、違う、メガネの代わりにゴツいゴーグルをつけてるんだ。パッと見た感じVRゴーグル…それくらい分厚くてコードがどこかに繋がってて…

 「急いでくだサイ‼」

 いかんいかん、


 「…まずは、右の傷門へ」

 「ナンで死門に向かうデスカ⁉ま・え・の、傷門‼」


 不意に俺が一歩前に出た事で、殴ろうとした男は距離が近くなり過ぎて、慌てて体を大きく後ろに逸らして立ち止まる。その〝偶然〟できた隙に、俺が手刀を左脇目がけて叩き込む。ふらついてさらに一歩下がった、そこにあった小石。

 何でもない、その3㎝もないそれに…男はつまずいて倒れ、白目をむいた。


 「左カラ来る男は驚門まで下ガリ、右ひじの命理を狙ってくだサイ!そのまま隣の杜門に追い込んで背中から下の命理を打つのデス!」

 右斜めに体を回転させた流れを追うように男が殴りかかってきており、クルリと反転したそこは無防備な相手の背中。易々と右ひじに狙いをつけて打つと、男は痺れた様に反射的に肘を抱えて飛び退いた。…狙い易く真正面に背中を向けて。

 背中の命理を打たれた男は、頭から土管に突っ込んで、動かなくなった。


 「正面のオトコは後ろの生門、開門まで逃がさナイデ!その前に右脛を打って隣の景門に追い込むのデス!あとは右ひざ、左肘、背中、好きな命理を突イテ!」

 両腕を前に防御の態勢を取る男に、俺は迷いなく右の脛を目がけてスライディングタックルをした。結果、余りにもあっさりと宙を舞う自分の体…疑問に顔を歪める男を、俺は地面を背にした体制のまま、半ば無理やり隣の景門へと蹴り飛ばす。

 隣にいたのは同僚の男。しがみついた二人は、俺が背中を押すと唇を合わせた。


 「な、何だ⁉こいつ…」

 警備員達は、視線を合わせて後ずさった。一撃で気を失わすなんてのは、マンガでしかありえない神業だ。しかし現実として、俺が腕を振るう度に仲間が倒れる。そして起き上がらない。こうなってしまえば、あとは簡単だった。


 「そこ〝首筋トン〟デース!」

 俺はただ、シルバの言う通りに隙だらけの〝そこ〟を打てば良かった。


 ほんの一分の後…地面に倒れた十数人の屈強な男達が、冷たい雨に打たれていた。…うん。生きてるな…俺はその全ての生存を確認して、胸をなでおろした。この場にいる全員、全て一撃で倒れたものの、気絶しているだけで命に別条はない。


 「片付きましたネ!」

 拍手しながら近づいてきたシルバは、すぐに俺の視線に気づいてニカっと笑う。寸分違わず八門を読み命理を打つ…さすがに銃弾乱れ飛ぶ戦場を完封したリョウマと…ニンジャマスターと同等とは言えないけど、完封には違いない。

 これだけの事が出来る奴が、何であんなに軽視されてるんだろう?


 「だから、貴様は忍者になれんのだ。ねぇ」


 リョウマやキョウとの違いと言えば…『機械』を使ってる事か。俺の視線に気づいて、むしろシルバの方からずいっと体を乗り込ませてくる。

 「これは八門の配置や命理を視認表示するゴーグルデース!星石から微妙な磁気が出る事に注目して…あとは膨大な情報を演算処理してやればいいのデース!」

 「すっげぇなぁ…これ、もう〝ニンジャ〟名乗ってよくね?」

 「本当デスカ⁉」

 それは初めて見る素顔だった。ちょうどゴーグルを外してメガネもかけていなかったから。いつもHAHAHAー!と笑っているのだけど、今はカーっと耳まで真っ赤に紅潮して、わなわなと口元を顔中を緩めて…あれ、笑っているんだと思う。


 「お~~~ろ~~~し~~~て~~~」

 あ、忘れてた。


 さて、どうするか…完全に偶発戦になってしまった。ラッキーだったのは、指揮官を最初に倒し、結果、通報されなかった事。…この裏口は元々人が来る場所ではないし、今は夜だけど、連絡がなければ上も不審がるだろうし…

 「私達の目的は隠密強襲‼気づかれる前に敵の懐に潜り込めばいいのです‼」

 …えー。


 「さぁ!あの非常階段を一気に登りましょう!」

 自由になるなり騒がしい…まぁ、エレベーター内もビル内も防犯カメラが想像される。…そうなんだけど…あれを登るのかぁ…この雨の中…

 

 階段を登り、登り、登り…疲れた。まだ登るのか…この階段はビルの外を登っていく仕様なので、月明かりのない雨交じりの空とはいえ、足元に不安があったりはしないのだけど、ただ、長い。もう何段登ったろう…疲れた。

 「遅れてマスヨ!ガンバッテ‼」

 …お前の荷物持ってるからな。


 非常階段はただの鉄製でシンプルな作りだった。一見して錆びだらけで塗装の剥がれ落ちて年季の入ったそれが、歩くたびにギシギシと音を立てる。特に大荷物を持つ俺は軋む…大丈夫なのかよ?この階段…ん?何か書いてあるぞ…


 【立入禁止】この階段は老朽化の為、すぐに崩れます。


 「急ぎますよ!走りましょう‼」

 「殺す気か⁉」

 ツッコミを入れた俺はすぐ横の扉からビルの中に入った。階段を探す…までもないな。無個性な壁といい、ちょうどスーパーとかの裏手の階段と言った所かな。まぁ、学校でも区役所でも大して変わらないな、こういう所は。


 「急ぎますよ!時間がないんです‼」

 キョウがまた一人先へと昇っていく。ハッキリ言ってキョウがどうなろうが知ったこっちゃないんだが…しかし、このままキョウを一人で行かすと…


 つるっ

 「こ、こんな所にトラップが⁉いったたたたたたたたたたたたた‼」

 …って事になって、あっさり敵にバレてしまうだろう。


 「今の声は…敵襲⁉」

 「な、何だ⁉あの赤い忍者⁉」

 「どういう事だ⁉外と連絡がつかんぞ⁉」


 「ちぃ!待ち伏せに会いました‼」

 見つかりに行ったの間違いだろうが‼


 キョウを怒鳴りつける暇もなく、その後ろから迫りくる数人の足音から逃げなくてはならなかった。…と言って、あのボロボロの非常階段で追跡戦闘追いかけっこをするのは自殺行為。自然と逃げ道はたった一つ。


 …そしてそのたった一つの道…階段下から、他の男達が登ってきていた。

 「手前ぇは…」

 「おっと、すみません…残念ですが我々の正体は明かせませんねぇ…」

 「〝大凶星〟じゃねーか」


 現れた二人の内の一人…俺を見つけるなりにこやかに手を振ってきた後ろの男は、あの〝大凶星〟だった。これほど見間違え用の無い男も珍しい、顔中傷だらけの天パ着流し銃刀法違反者。…特に、あの白く光る右目は他と見違えようがない。

 なによりも、肩に担ぐ長刀…〝サムライマスターに斬れぬモノはこの世に無し〟…あの光景を忘れられる筈がなかった。あの刀はおニューなのか?


 あと、何か、その前にもう一人男がいる。誰?

 角刈りの短髪に、四角い顔。同じく四角い鼻と小さい目に、分厚い唇。がっしりとした体には似合わないスーツ姿で、各部が整理整頓された小奇麗な出で立ち。駆けつけたほかの黒服たちの素振りから、どうやらお偉いさんらしい。


 「大凶星、お前…足大丈夫なの?」

 まぁ、別にこんなオッサンどーでもいいか。


 「おぅよ!走れないし、痛ぇけどな…ってか、もう全身コレだし」

 「おい、私を無視…」

 「包帯グルグルだな。そっか、撃たれてんだっけ…よく死なないな」

 「こら、だから、私を…」

 「この程度で死ねたら苦労しないぜ。わっはっはっはっ‼」

 「私を無視するなぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ‼」


 オッサンの叫び声が密閉されたビル内に響いてこだました。その後に続いたのは気まずい沈黙、そして脂汗にまみれたオッサンの荒い吐息…しゃーないなぁ。


 「…誰だ?あんたは?」

 「それは言えませんねぇ」

 「お前が聞けっつ~たんだろうが‼」


 ま、こんなオッサン『テロリストA』で十分だけどな。

 …っつか、どーせトキの上司だろ?で、タマモがこの国の人間じゃないのなら、トキも、その上司もこの国の人間じゃない。一見すると日本人に見えるのは、隣国のスパイ?いや、単に日本に潜入させる工作員だからって可能性も高いか。


 「大凶星…お前、何でこんなヤツの仲間やってんの?」


 運命を恨む人間や、政権を潰したい反動勢力、その過程で甘い汁を吸いたいスポンサー達…の理由なんてどーでもいい。…ただ、こいつの理由だけは知りたい。


 「それは、俺が“大凶星”だからさ」

 〝大凶星〟の右眼が鈍く、そして強い光を放った。


 「俺はな、愛する女も、信じた友も、守るべき家族も、全て不幸にしかできない〝大凶星〟…ならば!その星の元、全てを不幸にしてやるんだよ‼」


 「ひ、ひぃぃいいいいい⁉」

 大凶星が無造作に抜き放った刀は…危うく四角いオッサンの首を撥ね飛ばす所だった。すんでの所で床にはいつくばって、それを避けたオッサンは、すぐに立ち上がれずに、頭を抱えてガタガタ震える四つん這いのまま上を見上げる。

 …見下ろしていたのは、真っ黒い影に光る白い瞳。


 「な、なななな、何をするんだね⁉わ、私はお前の…」

 「…言ったろ?〝俺は全てを不幸にする〟大凶星だって」

 目がマジだ。


 「こ、ここここ、ここは任さ任し任す任せたぞ‼」

 這うようにして逃げる四角いオッサンに大凶星は全く興味なく、愉悦に満たされた凶悪なツラを俺達へと向ける。毛穴の一つ一つからさえにじみ出る殺意…黒く暗くなっていくビルの中に、奴の右眼だけが白い光を灯していた。

 大凶星がクイっと顎で来いと指し示す。こんな階段じゃ戦いづらいからな。


 …って、取り巻きも消えたし、このまま反対方向に逃げてしまえばいいんじゃなかろうか。あの〝サムライマスターに斬れぬモノは無し〟に勝てると思えんし…


 「サムライマスター!覚悟しなさい!この世に悪は栄えません‼」

 …が、真っ赤な忍者がノコノコ着いてって、ビシっと大凶星を指さした。…余計な事を。しかし、いつにもまして鼻息荒く自信満々だな。


 「私には〝秘策〟があるのです‼」

 そう言って取り出したのは、携帯電話。

 「すでに〝大吉星〟セーコさんはここに到着しつつあります‼彼女がここに来れば、あなたの〝大凶〟も中和され、ただの無力な一般人になり下がるでしょう‼」

 「おお‼」


 とるるるるるるるるるるるるるるるるる


 まさにそのタイミングで、着信が届いた。

 「セーコさんですか⁉」

 「道がすっごい渋滞で、そっちに着けそうにないんです~…ゴメンなさ~い」

 ぶちっ

 「…終わった」

 「お前の秘策ってコレだけぇ⁉」


 …まぁ、考えてみれば『世界一の幸運に護られている』んだから、そもそもこんな世界一の危険地帯に〝偶然〟到着できないのは当たり前だった。

 必勝の策やぶれ、キョウはがっくりと両手を地に着く。…うん!予想してたけどね‼俺は拳を握りしめて悔しがるキョウの首根っこを掴むと、回れ右をして逃げ…


 「ワタシの忍術が相手デース!サムライマスター‼」

 …が、今度はシルバがノコノコと大凶星の前に立ち塞がって、ビシっと指さした。…余計な事を。しかし、こいつもいつにもまして鼻息荒く自信満々だな…

 「…あの、さっさと荷物を降ろしてくだサーイ」

 ああ、はいはい。


 「情報通り〝大凶星〟は白眼の金属性…それナラバ‼」

 受け取ったカバンから取り出したゴーグルをポーズをつけてかけ、八門鎖を手に取りそれを足元に配する。その動きには一切の淀みも無駄もない。全て計画通り。こいつが俺達に同行した理由は〝大凶星〟を倒して見せる為。

 …自らの忍術で勝って見せて、自らの正しさを証明する為なのだから。


 「八門遁甲〝玄武〟の陣!」

 〝玄武〟の陣は己の周りに近づけない様に凶格を集める防御の陣。しかし、相手を何の備えもなく接近させてしまうとも言える。そこで前方に傷門や驚門を中心に、一、二点ではあるが死門や杜門も配置して様子を窺う様に改良してある。

 「他の属性への防御を全て取り去ッテ、白眼金属性に特化させてマース‼」

 説明ありがとうございます。


 勿論、足元を見て首をかしげる大凶星には見えているんだろうな。その大凶星の足元、真正面にまず死門が配置されていて、当然、それをかわすであろう左右には金を溶かす火属性で火難が襲う、傷門や休門をより多く踏み込む仕様にな…


 「へ?」


〝大凶星〟は、躊躇無く、その正面の死門に足を踏み入れた。

 「何も起きねぇなぁ」


 大凶星の言った通り、何も起きなかった。そのまま堂々と死門を通り抜け、先の驚門から傷門、わざと左に曲がって死門に踏み入れるも…何も起こらなかった。


 「な、なななな、何でぇ⁉」

 「俺は〝大凶星〟だぞ?」

 何が何だか分からない、シルバの頭上から声がした。


 「お前程度の〝凶事〟など、俺の〝日常〟の足元にも及ばねぇって事だ」

 「シルバ、下がれ!」

 「こ、これを‼」

 刀を振り上げた大凶星との間に割って入った俺に、真っ青な顔のシルバがその顔色よりも真っ青でゴテゴテした装飾の盾を差し出した。…って、意外に重いぞ…

 「ソレは〝木侮金〟…強すぎる木の力で金の力を抑えマース‼」


 ばきゃあ


 しかし、効かなかった。


 無造作に振り下ろされたサムライマスターの刀は、無慈悲に青い盾を粉砕した。そして1㎜も弱まる事なく、無抵抗に切り裂かれる俺とその後ろに隠れるシルバを背後の壁に薙ぎ払う。…ってか、俺も真っ二つにされなかったのが奇跡だよ‼


 「こ、こここ、これこれれれれれ‼」

 目に入る鮮血と痛みに顔を歪ませながらも立ちあがる俺に、その血の色よりも鮮やかに赤くて…やっぱりゴテゴテとした装飾のレイピアをシルバが差し出した。

 「ソレは〝火剋金〟…火の力は金を溶かすのデース‼」


 ぼきぃ


 しかし、効かなかった。


 渾身の力を込めて突き出されたレイピアが、あっさりと折れる。別に刀に叩き折られたとか、突き刺さりきらずに途中で折れた、とかじゃない。服に当っただけで、折れた。ちゃんとシルバの言う通りに吉格から凶格に向けて突き出したよ?


 「ちっとも効かねぇぞ⁉おいぃ‼」

 「アナタのせいデス‼」

 「は?」

 「ワタシ、一つも間違ってマセン!なら、アナタが悪いデス‼」

 …えええええええええええええええええええええええええ⁉


 「さ、前座はもーいいだろぉ?俺はお前との戦いを楽しみたいんだよ‼」

 くっそ…どうする⁉いや、まぁ、奴の攻撃は避けれるよ…あんな大振りで軌道まるわかりなんだから。…俺を殺す気がないからだ。いや、殺す気はあるんだけど、殺す気はないというか…ええい!面倒くさい‼つまり、だ。

 「退却ぅぅぅぅうううううううううううううううう‼」


 俺はシルバの手を取り、キョウの首根っこを掴んで、全速力で奴に背を向けて走り出した。振り返ると、大凶星は立ち止まって小馬鹿にし笑みを浮かべていた。

 「おいお~い?どした~?ここ通らないと、あいつのとこに行けないよ~?」


 やっぱり足の怪我で走っては来れないか。それに、奴の戦いの目的は、その存在理由…〝人を不幸にする事〟…それだけ。仕事とか任務とかいった言葉とは一番縁遠い動機だからな。リョウマの任務なんて知った事か。このまま逃げられ…

 「前!行き止まりです‼」

 …ない‼


 そこはまさに〝行き止まり〟だった。左右を壁に阻まれてドアなども見当たらない…いや、なんか結構戻るとあるけど、大凶星いるし。あとは…振り返ると、雨が打ち付けられる窓があった。よし、ここから飛び降り…って、それただの自殺ぅ‼

 

 「ここです‼」

 キョウが壁に×印をつけていた。


 「シルバさん!〝水侮土〟のガントレットで、この壁をブン殴ってください‼」

 キョウが右側の壁をコンコンと叩く。それは…えーと、何の変哲もない壁だな。素材は分からないけど、叩いた感じ、堅そう。白くてボツボツがあって…左側の壁と見比べても、全く同じにしか見えない、どこにでもある壁。


 「な、なんで、ワタシが…」

 「私は火、彼は木…水属性はシルバさんだけですから!」

 キョウの説明の殆どは…俺の耳を右から左へ通過するだけだった。八門を操作して攻撃力を増し、属性で防御力を高める、みたいな話だった気がする。


 「………り」

 「あ、こんなこと説明しなくても分かってますよね?ごめんなさい」

 「ムリぃ‼」


 「え?」

 「アナタ、バカですか⁉こんな壁を殴っタラ、手が砕けちゃいマース‼」

 うん。そーだねぇ。


 「星の護りのあるシルバさんなら大丈夫です‼私なら、バキバキに折れ曲がった骨が、えぐれた肉の間から、血まみれで出てくるかもしれませんけどね(笑)」

 …キョウ、それはフォローじゃなくて脅しだ。


 シルバは泣きながら震える両手で取り出した青いガントレットを、本当につけるの?どうしてもやんなくちゃダメ?怖いよ、怖いよぉ…と問いかけるように何度も何度もキョウの顔との間を行き来させる…って、イジメか。

 

 そして〝大凶星〟は確実に近づいていた。白刃を振り上げるほどまで。


 「貸してください‼」

 キョウは青いガントレットをひったくると、自分の右手に装着した。


 「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」

 そして、気合一閃。迷いなく壁をブン殴った。鈍い音が辺りに響き渡り、ガントレットが砕けてヒビが入る…いや、ヒビが入っているのは、壁面にもだ。それは次第次第に放射状に広がって、その中央からパラパラと崩れ出す。


 〝打ち所よく〟壁は崩れ去ったのだ。


 「…だから貴様は忍者になれんのだ、か」    

 八門や陰陽を〝知っている〟と、それを〝実行できる〟は、こうも違うんだな…


 しかし、五行の加護のないキョウの手にも深刻な被害があったようだ。さすがに骨がえぐれて見えたりはしていないものの、口を一文字に食いしばって何とか悲鳴が漏れるのを止めてはいるが、瞳からこぼれる涙を止める術は無い。

 「いぎまずよぉ‼」

 キョウの右手は、痛々しく青と赤に変色して腫れ上がっていた。痛みをこらえてなのか、唸り声の様な声を発してキョウは壊れた壁の向こうへと飛び込んだ。


 「シルバ!お前も早…」

 「もぉヤダぁ‼」

 手を引こうとする俺の手を無理やりに振り解いて、何とか説得しようとする俺にブンブンと力いっぱい首を振り、動くまいとぺたんとお尻をついて、…シルバは完全に子供の籠城状態で泣きじゃくってしまう。

 「何で⁉こんなの‼ワタシ間違ってマセーン‼オカシイのはアイツらデス‼」

 うん。その気持ちは分かる。


 「でも、今はンな事言ってる場合じゃねぇだろ‼」

 強引にシルバを引き寄せた、彼女が今までいた空間を刀が文字通り切り裂いた。


 〝白刃を振り上げるほどまで〟ゆーたよねぇ⁉そして、サムライマスターは返す刀で、壁をも容易く切り裂く…何この理不尽‼俺達はあんなに苦労して壊した壁なのに‼ああ!ムカつくから壁を四角く斬って通り道つくんな‼


 壊れた壁の向こうは、倉庫?というか、物置か?この辺のモノを押し倒して逃げても…足止めにもならんだろうな、あのサムライマスターの前には…


 シルバを連れて廊下に飛び出した俺の前を、すでにキョウが走っていた。キョウが向かっているのは、俺達が登ってきたあの古びた非常階段。


 非常階段へと出ると、冷たい雨を風が打ち付けてくる。結構な、耳を塞ぎたくなるほどの轟音だった。それに手をかざして目を細めつつ、先に行くキョウを探してギィギィと鳴る音を見上げた。よし、階段を登って…

 「って、何で登っていくんだよ⁉」


 みしみしと鈍い音を立てて止まったキョウが首をかしげる。

 「ドクロは上ですよ?」

 「いやいやいやいやいや‼逃げるでしょ⁉この状況‼」

 「リョウマ様の指令は隠密強襲!我々に逃げるなんて選択肢はないのです‼」

 「いや、大凶星に追われたまま進むって、最後は挟み撃ちになるって事だぞ⁉」

 「ならば!大凶星を私がここで倒します‼」

 

 鼻息も荒く俺を押しのけて、キョウはせっかく上の階まで登った古びた階段をギシギシ揺らして下へと降りていく。何か根拠が…ある訳ねぇだろうなぁ。どうしようと振り返ると、シルバは体育座りで足を抱え込んで蹲っていた。


 …って、ヤツも来ちゃったよ…


 もはやキョウが前に立っていても、大凶星は眉一つ動かさなかった。凶悪な笑みを携えてみしりみしりと錆び切った階段を登ってくる。対するキョウも表情を変えず…自信満々な笑みのまま制服の飾緒、星石鎖を勢いよく眼前にかざして見せた。


 …って、待てよ…

 「八門遁甲ぉ‼」

 こいつがこんな所で八門を使ったら…


 ばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばき


 「あ、あああああ、足場が崩れたぁ⁉」

 「やっぱりかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 元々、崩れる可能性大のその場所に、最悪の運勢の持ち主が、最悪の運勢の持ち主に、最悪の死門を配置したら…結果、非常階段は崩れ落ち、鉄くずとなって下へと落ちて行った。階段のどこが崩れたではなく、全ての階層が音を立てて崩れ落ちたのだ。さすがの大凶星も悲鳴をあげる間もなく地面に吸い込まれて行く。

 …さらば、キョウ…君の尊い犠牲は忘れない。


 「は、ははは、早く引き上げてよぉ‼」

 ちっ。

 咄嗟に俺に腕を掴まれ、危うい所で落下を免れたキョウが、宙ぶらりんになってぷんすか怒っている。そして俺に腕を掴まれなかった方は、そのまま下へと落ちて行った。下を覗いてみても、見えるのは立ち上る土煙と、がれきの山だけ…


 「…あのサムライマスター、死んじゃったんでしょうか?」

 あれで死んでくれるなら、この世に苦労とゆー字はないと思う…

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