第6話 おうちに帰ろう


 「ここが俺の家だ」


 びーびーびーびーびーびーびーびー

 「防犯ベルを鳴らすなぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ‼」


 「どっからどーみてもイカガワシイお店じゃないですか‼」

 お隣さんに失礼な事ゆーな‼


 「ここはな、…そう〝皮の鞭〟とか〝皮の服〟とか〝ローソク〟とか〝ロープ〟とかを取りそろえた、現代に残る数少ない『冒険者の店』だ」

 「なるほど!」

 信じんな。


 「ここは、異世界から冒険者が集まるお店…」

 …魔王がドMだったら、倒せるんじゃないかな。


 「あーーーー!あれは、お城じゃありませんか⁉」

 「うむ。…あれこそ魔王のいる城だ」

 〝リア充〟というな。


 「俺んちはそっちだよ」

 ネオン煌めく昭和テイスト満載の大人のオモチャ屋…の隣。ビルの間にひっそりと…と言うか、明らかに場違いが故に目立ちまくっている古びた日本式の一軒家。屋根は本物の重々しい瓦だし、入り口もドアではなく引き戸だったりする。


 「やしち屋さん、ですか」

 「…それ、何を売る店なんだ?」

 誰だ?『しちや』の看板の『や』の字を前に持ってきたのは…


 「ここが俺の実家、質屋さん。いちおー、俺が店主」

 実際質屋を運営してるのは姉貴なんだけど…「私は結婚してすぐにいなくなるから、この店はあんたが継ぎなさいよ!」と常々宣言してるので、名前だけ店主なんだなぁ。ちなみに給料も名前だけ店主だったりする。


 「…っつかさ、なんで着いてくんの?」

 「作戦会議をしなくちゃいけませんから‼」


 フラれて、真紅のドクロに会って、ニンジャマスター&サムライマスターの戦場に巻き込まれたのが昼頃で、留置所にぶち込まれて、悪の秘密結社のアジトに連れていかれ、某有名老舗菓子店の実家に行ったのが午後。今はもう夕暮れ時だった。

 いいかげん一度家に帰る、と言ったらこいつもついてきたのだった。


 「ちわ~…っす」

 返事は帰っと来ない。そもそも俺が鍵を開けて入ったのだから、当然なのだが。むしろいたらそれは泥棒さんだ。営業中ではないので電気はついておらず、後ろから差し込む光が心細く埃が舞う前方を照らしていた。


 「なんで扉を開けたら、扉があるんですか?」

 「世界には、防犯ってもんがあるからねぇ…」

 ほとんど投げ槍に答えつつ、たどたどしく進んで、レジの後ろの壁にスイッチを見つける。とりあえず全部のスイッチをONにしてみるか。この、スイッチを押した瞬間に電気がつく感覚が何か好きだった。ぽちぽちぽちっとな。


 照らし出されたのは、オシャレなジュエリーショップという感じだ。当然、宝石類そのものは置いていないのだけど、それが置かれる場所が空けられている。

 もっとも、こうなったのは姉貴が取り仕切ってから…それまでは、特にじーちゃんの頃はそんなだった。そもそもこのお店は、うちのひぃじーちゃんが世界中から集めてきたものをひぃばーちゃんに貢いだのがルーツだった気がする。


 「今日は休業なんですか?」

 「いや、確か午前中だけ開けてた筈だけど…」

 「す、すいません」


 言いかけた、そこに背後から声がする。余りのタイミングの悪さに、俺は冷め切った視線を入口へと向けた。その視線に、声の主は怯えたように身を縮める。

 「営業中…」

 じゃない、と俺は言えなかった。商売人であり、何より〝店主〟なのだから。


 「相手が美人だからですよね?」

 うん。


 年は30台前後だろうか…いや、それは落ち着いた…成熟した雰囲気が大人を思わせるだけで、実は二十歳そこそこかもしれない。

 その美しい髪の色と同じ、黒を基調として服装をしていて…憂いを帯びた黒い瞳を、じんわりと潤ませて俺の事をじっと見つめている。その艶っぽく吐息の洩れる唇から発せられる言葉を、俺は今か今かと待ち構えた。


 「ここって…やしち屋、ですよね?」

 「そうです」

 「じゃ、じゃあ、帰ります…」

 「帰っちゃうのぉ⁉」


 「す、すいません!や、やっぱり、質屋さんでいいんですよね?」

 …あの看板、あとで直しとこ…


 とりあえず、お客様をカウンターに案内して、簡単な説明を伝える。それに彼女は声を出さずに相槌を打っていた…声を出してしまったら、泣き出してしまうから…何か、そんな感じだ。ただ、瞳を潤ませて俺を見つめている…

 

 「落ち着いて、ゆっくりと話してくださいね」

 …何でお前、カウンターの中に入ってきてんの?


 感情を抑えられずに、息がつまり、声が漏れ出す。まさに嗚咽が止まらないというのはこういう状態なのだろうな…それでも何とか、彼女はバックの中から小さく古い立方体を取り出し、上半分をパカっと開いた。

 「実は…これを買って頂きたいのですが…」

 中から現れたのは…宝石。黒真珠だな…一応、俺は質屋の店主なので宝石の目利きはできる。パッと見、傷などは見当たらない。ってか、この輝きどっかで…


 「星石です!」

 キョウが背後から声と顔を割り込ませた。…ああ、そうか。あの真紅のドクロと同じか。普通の輝きと何が違うのか、と言われると言葉では説明しにくいのだけど、前にすると分かる。この強烈な惹きつけられる感じ…


 「…これは、以前の夫が遺してくれたただ一つの物なんです…」

 「前の夫?って事は、今の旦那さんは?」

 「…先日、自殺しました」

 彼女は泣き崩れそうになるのを必死にこらえて語り出した。


 「私は…私と結婚した男性は、みんな不幸になって…死んでしまうんです」

 一人目、二人目、そして三人目でついに彼女は泣き崩れてしまう。…彼女の頬を伝わる涙は止まらない…止めてあげないといけない…俺は心の奥が熱くなっていくのを感じていた。その、湧き上がって来る使命感を、俺は止められそうにない。

 …気が付くと、俺は彼女の手を握りしめていた。


 「僕と結婚しましょう‼」

 「結婚したら死ぬんですよ⁉」

 「うるさい!男には死を覚悟してもやらなきゃならん事があるのだ‼」


 キョウのひじ打ちによって俺の顔面がレジに机へと擦り付けられる。いきなり、目の前で始まった暴力劇場に、未亡人は両手で口元を押さえ、目を丸くしていた。


 「…そ、それで、お葬式の費用にと。これ50万円くらいで売れませんか?」

 「なります」

 「勝手に答えんな‼」

 「…そこは、冷静なんですね」

 50万なんてポンと金庫から出したら、俺…姉貴に殺されちゃうからな。


 「大丈夫。経費で落ちますよ。こんな純度の星石、そう手に入りませんから!」

 あ、なるほど。


 …って、別に50万で買い取る必要なくね?星石としてはともかく、宝石としてはこの程度なら1万円程度で十分。まずはその値段を提示して…視線を戻すと、未亡人が物鬱気な上目づかいで、涙の溜まった潤んだ瞳を俺に向けていた。


 「50万円です!」

 未亡人は何度も何度も頭を下げ、去っていた。


 「…ああ〝不幸な未亡人〟…何て萌えるんだ‼守ってあげたいよなぁ…」


 …そうこうしている内に次のお客が入ってきて、強制的に営業中になってしまった。むしろ中途半端にしていた営業が立て直しには邪魔でしかない。そして、別に俺が頼んだわけではないのだけど、キョウがテキパキと開店準備を手伝う、


 ぱりーん

 「す、すすす、すみません‼」

 …フリをして、邪魔をしている。


 最初のお客様は、一見すると、結婚15年で子供は2人。来年には中学受験も控えていて、さらに家のローンが30年あるんです…という感じのオッサン。

 「ほほう、この赤い宝石は…」

 「星石じゃありませんね」

 ただの宝石だ。


 「はぁ…」

 「ど、どうかしたんですか⁉」

 「…お客さん」

 「な、何でしょう⁉」

 「これ、…ただの宝石ですよ?」

 「ただの宝石を売りに来ちゃいかんのか⁉」

 オッサンは怒りを露わに立ち去った。


 次は、二十歳前後だろうか…眼鏡の脇からソバカスが目立つ青年。妙にオドオドした態度だが、質屋に始めてくる人にこういう態度は珍しくない。

 「ほほう、このネックレスは…」

 「星石じゃありません」

 ってか、露店で売ってるオモチャだ。


 「…不治の病に苦しむお父っつあぁんの薬代を闇金のお金で払ってしまい、一夜で500万に増えた借金を返さないと東京湾に沈めると脅されて…」

 「何て可哀想な…500万円で買いましょう‼」

 「ざけんな‼どー聞いたってウソじゃねーか‼」

 「こんな不幸な人を見殺しにしようと言うんですか⁉」

 「じゃあお前が出せよ!500万‼」

 つかみ合いの喧嘩を前に、慌てて青年は立ち去った。


 さらに次に訪れたのは、…真っ白いタキシード姿で白い仮面をかぶった、見るからにうさんくさい男だった。まんま泥棒の様な風呂敷包みをドスンと置く。

 「こ、これは…」

 「たぬきの置物ですね」

 もはや宝石ですらねぇ‼

 「これこそ‼歴史の闇に隠された伝説の秘宝‼神々を降ろす神器‼」

 「…帰れ」


 そうそう当たりは来ない、か。

 「どうしてそんなに星石が必要なんですか?」

 「ちょっとねぇ…作りたいモンがあるのよ」

 〝運命〟を操る道具。

 

 それに必要なもう一つを探しに店の奥へと向かう途中で、ふと足が止まる。カウンターの後ろのさらに奥、鍵のかかった部屋を開けると、防犯上店頭には出せない貴金属の倉庫があった。色気も何もない、アルミ色の無機質な『倉庫』


 「今まで引き取った中になら、あるんでないかな」

 「ふむ…幾つかありますね。さすがは質屋、思い入れのある品々が多い」

 「そ~だろ~?」

 「…困り果て悩みぬいた挙句、僅かな小銭の為に血の涙で手放したのでしょう」

 …何か、俺んち悪い事したみたいになってない?


 ちりん!ちりん!ちりん!ちりん!ちりん!ちりん!ちりん!ちりん!


 「ちょっと!ちょっとぉ‼早く来なさいよ‼」

 不意に襲い来る怒鳴り声と、連打される呼び鈴。慌てて俺達はレジへと戻った。立っていたのは、仁王立ちして、凄いオーラを放っている、一人の女性。


 化粧でバリバリに武装した顔を崩し、念入りにパーマをかけた髪をたてがみの様に振り乱し、かけた眼鏡が割れんばかりの目力で俺を睨み付ける。そして手に持つブランドバッグを、今にも投げつけんばかりの勢いで振り上げていた。

 彼女は悪質クレーマー…ではない。


 「ちょっと、アユムちゃん‼」

 「お、お帰り、姉貴」

 「何が『イケメン実業家との素敵な出会い』よ!ハゲジジィばっかじゃない‼」

 「へ?」

 「男って可愛い子ばっかチヤホヤして⁉結局外見でしか女を見ないのよねぇ‼」

 …今『ハゲジジィばっか!』とか怒ってたのは誰だ。


 「何か言った?」

 「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ」

 首ふり100万回。


 それからもブツブツと文句を言いながら、突然、キレた様に怒声を俺に向けて張り上げながら、姉貴はコートと靴を脱ぎすてる。そして、俺がそれを片付ける…そんな姉貴の動きが、手を後ろに回してネックレスを外すと、一瞬だけ止まった。

 「〝パワーストーン〟?ふん!何の役にも立たないじゃない‼」


 吐き捨てるとともに、投げ捨てられたネックレス…完全に八つ当たりだよなぁ…可哀想になって、俺は拾ってやる。ラピスラズリだな。日本でいう瑠璃。だから色も瑠璃色…やや紫を帯びた深い青色だが、この混じりっ気のない純度…ん?

 「姉貴~…これ、貰っていい?」

 「そんなもんで良ければ、幾らでもあるからもってきなさい‼」


 そういってドアの向こうへ消えた姉貴が戻って来た時、その手には小さな宝石入れ…というには幼稚な作りの長方形の箱を持っていた。投げ渡された箱を開けてみると、中には大きさも形も様々な、色とりどりのイシコロが入っていた。

 …何か、切り刻まれた写真の破片が入ってるんすけど…


 呪いの物体をなるべく触らないように捨て、改めて中を見てみた。勿論、俺にくれる位だから、宝石とかそういう価値はない。ぶっちゃけ綺麗なだけのイシコロと言っていい。宝石と呼ぶには球形も美しくなく、加工も荒い。でも…

 「やっぱり。これ、全部〝星石〟ですよ!」

 しかも、まるで星石の見本市だよ。大きさも色も異なるそれらだが…たった一つ共通しているのは、その純度…というのか、輝きの深さ…重さ…


 「言っとくけど、それ、何の効果もないからね!」

 …いや、効果ありすぎですけど。


 まさか、姉貴が偶然これだけの星石を手に入れていたとは考え難い。星石になったのは、姉貴が手にした後…ってか、姉貴がフラれた後だろうな。そう考えると、何か…この星石の輝きも心を締め付ける。この色の深さは、姉貴の思いの深さ…


 「星石は、運命を呪い、運命を否定する思いの込められた石です」

 それ呪いの石だよねぇ⁉


 「姉貴、そんなモテないようには見えないんだけどなぁ。客観的に」

 「〝アユムちゃん〟って呼ばれてるんですか?仲、いいんですね」

 …仲いいってか、ほぼ下男だけどな。年が離れてるせいもあるけど、ガキの頃から姉貴には絶対服従だし…今も、買い物があれば荷物持ちにかり出され、イベントがあれば付き添いに連れ出され、酔って電車が無くなりゃ迎えに行かされてる。

 「それ、お姉さん結婚できないの、あなたのせいですよね?」

 あれぇ?


 「アユムちゃん、その子…誰?」

 「こいつは…」

 …この詰襟制服の小学生を、何て説明すればいいんだ?


 「上司です‼」

 最悪の自己紹介をすんな‼


 「…ふぅん。そう」

 すっごい憐みの目で見られた‼


 鼻息を荒々しく吹き、胸をそり上げてキョウが宣言した。それを見た姉貴は俺を…残念な人を見る目で憐れんだ。やべぇ、通報される一歩前だ…


 「それじゃアユムちゃん、暫く出るからあとよろしくね」

 まさか警察‼


 「悪い運気を祓ってくれるって有名なお寺があるのよ!」

 姉貴に突き付けられた合コン会場で貰ったという1枚のビラ。え~と…ご神体にお祈りすると悪い運気が祓われ、良縁が舞い込んで来るという…『お祈りして一か月で結婚しました!』『今まで彼女ができなかった僕がたった一度のお祈りで!』


 …ウソ臭ぇ…


 「じゃあ、行ってきまーーーす」

 商品のブランド物のカバンを肩に担ぎ、姉貴は意気揚々とルンルン気分で出かけて行った。残された俺とキョウは、ルンルンとは程遠い顔を見合わせている。


 「悪い運気を払う、って気になりません?」

 「…インチキ宗教っぽいなぁ。姉貴、大丈夫か?」

 「違います!真紅のドクロかもしれないでしょ⁉」

 ああ、そっちか。


 トキの目的は、不幸な人間…運命を呪う人間を集めて、その恨みを〝真紅のドクロ〟に込める事。このイベントに参加するのは姉貴と同じく、まさに自分の運の無さを何とかしたいと思っている人間だから…まぁ、好都合ではあるわな。


 「でも、トキだって今日の今日で動くかなぁ」

 という俺の視線の先にあるのは、姉貴の思いがこもった呪いの…じゃなかった、星石たち。それはキョウの予想を具体的に補強する物だった。


 「…ちなみに、その悪い運気とかを吸い取られると、どうなるんだ?」

 「単に石に願いを込めるなら、何も起こらないのでは。ただ、強制的に吸い取る技術がある可能性はあります。でも、私はそっちには詳しくないので…」

 …姉貴の身に危険がない訳ではない、か。


 「シルバさんなら詳しいんですけど…星石技術のスペシャリストですから!」

 キョウがまるで自分の事の様に胸を張る。なんと、星石を一つにしたり、星石の原理を武器に移植したりできるらしい。すげぇな…ええと、確か銀髪?でメガネかけてた日本語がちょっとカタカナの彼女だよな?


 とにかく、本部に連絡してみる。…と、キョウは店の電話で話している。まぁ、いいけど。その間、俺は質屋の閉店作業をする。あらかた片づけは終わっていたが、パソコンを落としたり、掃除をしたり、入り口に鍵をかけたり。


 「アンさんから連絡来ました!当たりです‼お姉さんを追いましょう‼」

 追いかけるって…ああ、姉貴から貰ったビラがあったな。


 ビルの住所は、電車を乗り継いで4つめ。電車の中にはちょうど帰宅の学生達で溢れていて、キョウも馴染んで…ねぇな。うん、浮きまくってるぞ。藍色の詰折制服を着た男子学生、としてみればそんなにおかしくはない筈なのだけど…


 「これが…最後の晩餐かもしれません(もぐもぐ)」

 …ひたりきって窓の景色見ながら弁当食ってるからか。


 俺の駅から4つ目の駅は、当然、山の中などではない。ふつーの、むしろ駅前だけだが都会だ。そして、目当ての駅を降りて暫く歩く…辺りの景色は〝コンクリートジャングル〟だな。見回した所で見つかるのはビルばかり。

 うーん…寺どころか木造建築がありそうな気配すらない。駅から離れた町の裏通りに出ろって事か?いや、地図ではむしろこのビル群なんだが…


 そして俺達は〝縁結寺〟に辿り着いた。


 「ビルじゃねーか」

 「ビルですね」


 もう一度インターネット上の地図を確認してみるが、間違いない。ビルの看板にも『寺』と書いてある。しかし、見上げると…ビルだなぁ。いや、他にどう説明しろと言われても…ビルですよ?すっごい見上げられちゃう結構でかいビル。

 まぁ、この時間に、仕事帰りっぽい女性が頻繁にビルに人が入っていくし、ここで何らかの集会があるのは間違いないだろう。さて、とりあえず…


 「あの…よろしいですか?」


 慌てて振り返ったそこにいたのは…アンさんだ。


 「OL姿…いい!」

 「リョウマ様がお呼びです。こちらにいらしてください」

 シカトされた。


 服装は以前と同じ詰折制服…ではない。見た目は普通のOL風。全てが淡い、落ち着いた色をベースにした一式。ただ、そのロングヘアーの一番先まで全てがきちんと整えられた身なりと営業スマイルを絶やさない表情は、見間違え様もない。


 俺達を先導して歩くアンさんの進む先は、どんどんビルから、町中からも離れていく。この町はビル街なのは駅前だけで、ちょっと離れると、畑もまだ多く店の面積も広い。そして、跡地も含めて工場が多かった。

 そこは下に川が流れる橋の前にある、何かの修理工場。橋のたもとにはお地蔵さんがあって、誰かがやった花火のバケツが置きっぱなしだ。


 そこに、どう見えも場違いな詰折制服組が待ち構えていた。


 もうすでに好戦的にケイが俺達を睨み付けているし、シルバが無表情に見えるのはまんまるメガネのせいではない。そこに痩身の美女…アンさんが俺達の前から戻った。その顔にはまだ笑顔が貼り付けられていた…が、目は全く笑っていない。


 中央にいるリョウマは何も喋らない。視線を俺に向けようともしない。ただキラキラと顔の水面に反射した月の光に顔を照らしていた。

 …何、無駄にカッコイイんだよ、お前。


 「キョウ、よくやった。こちらも全く掴んでいなかった情報だ」

 …殆ど俺の功績だけどな。


 「さらにはこれだけ純度の高い星石を手に入れるとは…素晴らしい」

 それ、うちの買い取り品ーーーーーーーーー‼


 リョウマにド直球で褒められて、キョウは体を軟体動物のよーにクネクネと動かしている。…反対方向からド直球の殺意を浴びせられている事に気づかずに。


 「ぐ、偶然ですよぉ!…功績だなんて…ただ、彼の家でお姉さんがたまたま…」

 「カレの家ぇ?」

 悪意を込めてケイがせせら笑い、アンさんの方を見る。手際よく用意されていた星石の譲渡契約に俺のサインを貰おうとしていたアンさんは、そちらを見なかった。ふと目が合うと、370%くらいの営業スマイルが返って来る。…怖い。


 「…お前ら、随分と仲良くなってんじゃねーっすか。おうちに行くなんてさ」

 「仲良くねぇだろ‼」

 「仲良くありません‼」

 「…息、ピッタリっしょ」


 ぱちっ

 「あちちちちちちちちちちぃ⁉」

 ケイの足元に置いてあったバケツの中で小さな爆発が起こる。どうやら花火の消し忘れらしい。その火が制服の端にかかって火をつけたのだ。まだ火は小さく熱い筈はないのだが、怯え狼狽してしまっているケイはその火を消すのに必死だ。

 うん、天罰だな。


 「この修理工場の下から河川敷を直進すると、ちょうどあのビルの裏手に出れます。一隊はそこから先に侵入し陽動、敵を引きつけた後に本隊が制圧します」

 「キョーーーーーーーーーーーーーーーウ、推参‼」


 大声で奇声を上げ、遠くから一目でも不審者と分かる妙なポーズをする、鮮やかな赤色忍者がそこにいた。…こいつ、いつも下に忍者服着こんでんの?


 「…キョウ、この作戦において最も重要な事は何だ?」

 「隠密性です!如何に目立たず静かに気づかれずに動くかが一番重要です‼」

 「貴様は別動隊を率いろ」

 切り離し作業に入りましたよ⁉


 「この男をつけてやる。存分に使え」

 俺を巻き込むなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「正直、足手まといですが…仕方ありません」

 足手まといで切り離されたの、お前ぇ‼


 「ワタシもキョウたちと一緒でいいデスカ⁉」

 抗議しようとした俺だったが、その申し出によって完全に挫かれた。

 舌打ちをして振り向く俺に、銀髪のまんまるメガネ…シルバはニカっと笑ってウィンクをし、親指を立てて見せる。殆ど会話をした事もない彼女に、俺はすぐに言う言葉が思いつかない。いっそ「お前、誰だよ?」とか言ってしまいそうだった。


 「好きにしろ」

 心の底から興味なさそうに、リョウマは吐き捨てた。

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