第5話 世界最高の美少女

 

 ニンジャのお屋敷は、茅葺き屋根の和風の建物…ではなかった。


 真っ暗な部屋の中央に鎮座する、見上げるほど高い階段には赤絨毯が引かれ、その一番上…皇帝の玉座の様な仰々し椅子の上で脚を組み、装飾華美なひじ掛けに頬杖をして、純白の詰折制服を着たニンジャマスター様が俺を見下ろしている。


 …すまん。どー見ても、悪の総帥だぞ?


 「彼の名前は」

 「名前など、どうでもいい」

 紹介を却下された‼


 「そうですね」

 アンさん、心の底からどーでもいいと思ってるよねぇ⁉


 「ゴンザですよね?」

 文字数しか合ってねぇよ。


 「カリスト・リベリオン=白夜とか」

 そんな中二ネーム付けられたくねぇ。


 「問題なのは、〝あの〟大凶星を退けた事です」

 アユムくんです。


 さらに悪の組織っぽく見えるのが、その階段の左右に立つ、全て同じ詰襟制服の部下…アンさんはリョウマの右斜め下に立ち、その下の段にケイ、その下に…誰だっけ?知らない銀髪の女性が続く。キョウはケイの向かい、見上げて左側だ。

 松明の様な明りの揺らめきに皆さん同じ藍色の詰折制服が映されていた。


 いつものユニフォーム姿の俺を、アンさんは無表情に、ケイは不機嫌そうに、銀髪の知らない人は興味津々に、ちんちんくりんは…おい、こっち見ろ。


 「トキだっけ?あの真紅のドクロの男もいるしな」

 「あんなザコはいい」

 吐き捨てた。


 「が、あの〝大凶星〟だけは別だ。奴を止めたのは貴様だけだ」

 「ニンジャマスター様にも、無理か?」

 「ああ、俺では勝てん」

 意外にもあっさりと。


 …まぁ、どれだけ攻撃しても無力化できない相手に、どー勝てと。それも何らかの理由で攻撃が効かないのではなく、むしろ攻撃は効きすぎるほど効くのだけど、その苦しみを味わい続ける為に死なない、のだからな。


 「そ、そんな事ないっすよ!リョウマ様なら」

 「根拠のないおためごかしを口にするな、ゴミが」

 味方にする発言と思えねぇ‼


 その美しすぎる横顔に1㎜の歪みも出さず、一瞥もせずに吐き捨てる。確かに、全く根拠のないおためごかしは無駄の一言だからな。…ポニーテイルと共に落胆でしなびれるケイにそんなにまで媚びる気はなかったのだけども。


 「犠牲を出してもいいなら、別だがな」

 …なんか怖い事いいだした。


 「非武装の市民1万人を人海戦術で突っ込ませる、逃げ場の無くし首都圏を火の海にする、雑踏の中に貨物機を突っ込ませる、…などすればあるいは」

 テロのがマシなレベルの大惨事じゃねーか‼


 「が、却下された」

 「当たり前だ‼」

 ってか、申請すんな‼


 「奴の…あの〝大凶星〟の運命ちからはデタラメすぎる。どんなに吉格を並べようとも向こうの攻撃は止められず、どんなに凶格を並べようともこちらの攻撃は効かない。八門五行が完全に無効化されるからな」


 「そうでしょうか⁉このワタシに任せて欲しいのデース‼」

 意気揚々と声を上げたのは、…俺の知らない人だった。


 名前は、確かシルバ…だったかな。明らかに銀髪白肌の、何か、異様に明るいオーバーリアクションで語る元気な人だな。うん。髪は右側で纏めていて、大きな丸メガネからソバカスと得意満面な表情とが覗いていた。


 「大凶星は白眼の金属性。相剋の関係から火剋金…火行が有効デース!もしくは相侮辱から木侮金も考えられマース!さらに六白金星から七赤金星へと…」

 「知識を見せびらかすな、カスが」

 ほんと味方にする発言と思えねぇ‼


 「だから貴様は忍者になれんのだ」

 「‼」

 ケイとは打って変わって、リョウマはその視線をシルバへと向ける。…その言葉通り、カスに向けた瞳を。これまたケイと打って変わって、シルバは露骨に落ち込んだりはしなかった…が、口元をひきつらせ青ざめた顔は隠しようがない。


 「大凶星に勝てる可能性があるのは、今の所、世界でただ一人…この男だけだ」

 「世界に一人は言い過ぎじゃね?」

 「俺ができない事をできる人間が、無能だらけのこの世にそういると思えんが」

 …とんでもない事を、とんでもない綺麗な真顔で言い放つ男だよな。


 「リョウマ様が仰るとおり、他に手段がありません」

 ずっと無言だったアンさんが口を開いた。

 実は、ケイやシルバと全く同じ事を彼女も思っていた。…が、賢い彼女はその〝結果〟を当然想定していたから、何も言わなかったのだ。…それを当然想定しているのに、同僚に忠告してやる気は全く無く、その結果を眺めていたけども。


 …まぁ、それはいいとして…


 いつもは我先にと騒々しいちんちくりんが、今日に限って静かだった。腕を組んで顎に手を当てて視線を空に泳がせつつ、時折溜め息さえ交えながら、あからさまに何やら思案に耽っている。…思案?こいつにそんな単語あったっけ?

 不意に、キョウの瞳がカッと見開かれた。


 「〝大吉星〟を探しましょう‼」


 うん、大した考えじゃなかった。


 拳を振り上げてキョウが大喝した刹那、部屋の中が、全ての人達が、凍り付いた様な静寂に包まれた。その後に燃え上がったのは、笑いである。

 

 「何だよ〝大吉星〟ってぇ?」

 「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!ダーイキチセー‼」

 あからさまにバカにしてケイがつっかかった。ガチ受けしたシルバは爆笑して、アンさんまでが失笑…しかけて、真顔のリョウマを見つけて慌てて表情を整える。無表情なのではなく、明らかに意志の火がその黄金色の瞳には灯っていたから。

 

 「大凶星に勝てるのは大吉星なのです‼」

 そして、キョウはどんなに笑われようが、めげずに鼻息も荒く熱弁をふるい続け、後ろの机のパソコンを操作して正面のモニターで何やら検索し始める。

 

 「ってか、それ、どーやって探すんすか?名前でも分かるのぉ?」

 「名前なんて〝大吉星子〟に決まっているじゃないですか!」

 「…んなもんいるわけ」

 「いましたぁ‼」

 「いるのぉ⁉」

 総ツッコミの中、モニターに一人の少女の姿が映し出される。


 「あ…、可愛い」


 自然とその言葉が口をついた。

 美人ではなく、可愛い。目の大きさや鼻の高さ、眉の太さまでが完全な…そして自然な黄金比を描いている。その完璧さは、この場の全員は勿論、アイドルやモデルまで凌駕しているので『美人』と感じる筈なんだけど、可愛い。なんでだろ?

 

 「笑顔、…か?」

 両側の耳の後ろで束ねたツインテールでも、ナチュラルメイクですらないドすっぴんでもない、その笑みは、ただ無垢で他意が無かった。それこそ赤子が見せる様な…パッと見、高校生くらいなんだけどなぁ。


 「…これ〝あの〟大吉和菓子店の子なんじゃ」

 と、俺が写真に見惚れている間、女性陣はその経歴を読み進めている。ってか、よく考えたらふつーに個人情報が検索されてんな…おそるべし国家権力。


 あんまりテレビ見ない俺でも、さすがに『だーいきち、だーいすき』のCMは知っていた。かなり古い歴史を持つ、老舗のおまんじゅう屋さんだ。食った事ないけど、お届け物は大吉のまんじゅうで、みたいに有名だった。

 あえて言うまでもないけど、とんでもないお金持ちだぞ。この写真の制服だって確か超有名女子校の…な~んて事を俺が知ってる筈がないのだ。わっはっはっ。


 この子が〝大吉星〟なのか…?

 

 「…いや…いやいやいやいやいやいや‼偶然っすよ‼」

 もはや意地になってケイは否定しているようにも見える。…が、俺も彼女と同意見だった。〝大凶星〟とは違い、あってもおかしくない名前だしな。


 「会って、確かめてみて、損はないでしょ!」

 「なに言ってんすか!そんな大企業のご令嬢に簡単に会え…」

 「行くぞ」


 それまで全くの無言だったリョウマが、立ち上がった。そして、唖然として見送っている俺達を完全に置いてきぼりにして、赤絨毯を降りていく。

 一番先に我に返り、その後に続いたのは、やっぱりアンさんだった。二回ほど髪をかきあげて整えると、もはや一分のブレもないいつもの彼女だ。そのアンさんに尻尾ならぬポニーテイルを振ってケイが続き、それにシルバも続く。


 「だーーーーーーーーーーー⁉」

 …あ、キョウが階段から転げ落ちた。


 リョウマは別に走り去った訳ではないので、駆け足ですぐに追いつく。どこに向かっているのか…拉致同然に連れてこられた俺には分かる筈もなかった。辺りを見回してみても『何かオフィスっぽいなぁ…』以外の感想が出てこない。


 あの『独裁者の間』も、このビルの一室だったようだ。一室とはいえ、上のフロアも横のフロアもブチ抜いているので、実際には一室を遥かに超える広さだが。


 「リョウマ様、お車にどうぞ」

 不意に3歩ほど足を速め、アンさんが扉を開けたそこには、すでに車が横付けされていた。何ていうの?…リムジン?みたいな車。長~くて、後部座席が応接間になってるような…リムジン?みたいな車。言うまでもなく純白。

 っつか、当たり前だけど、ここってこいつら以外にもスタッフいるんだな…少なくとも、アンさんに電話で指示されてここに車運んだ人がいる。


 自動でリムジンの後ろのドアが開き、リョウマが何事もなく自然に後部座席へと乗り込む。続いて掌と拳を鳴らしてやる気を見せたケイが運転席に、アンさんとシルバがその隣の助手席へと乗り込んだ。そして、


 「………あの」

 「私達はどうすればいいのでしょう⁉」

 ナチュラルに、俺とキョウがハブられた。


 たっぷりと三秒ほども敬礼状態で静止するキョウの前で、ようやく車の窓がゆっくりと開かれ、ケイさんが嫌そ~~~な顔を覗かせる。

 「…ゴメン、席無いっす。てきとーについてきて?」

 イジメか‼


 せめて代替案を出してくんないかな!辺り見回してみるも、他に乗り込む車がある訳で無し。ここは出入り口であって車庫ではない…ってか、道路だから!そこに走っているのはトラックばかりで、タクシーはおろか普通車すらまばらだよ!

 それを口に出すより前に、後ろのドアが開いた。


 「キョウ、乗れ」

 無表情で促され、キョウは顔を真っ赤にして体中を震わせながら膠着させる。そして、リョウマが首でクイッと促すと、陸上選手の様な俊敏さで車に飛び込み、リョウマの向かいの座席にちょこんと座った。あの緩み切った幸せな顔…

 一方、前の座席は…ドス黒くて直視できません…


 「…俺は?」

 「出せ」

 ひどすぎる‼


 一瞬の躊躇すらなく、車は走り去った。その排気ガスに咳込んで、俺はぼーぜんと見送った方向を眺めて立ち尽くす。ふと見上げてみると…どんよりと空も暗いよ。今にも泣き出しそう…まるで俺の心だな。

 

 「俺、帰ってよくね?」


 呟いた俺は無意識にポケットに手を入れて10円玉を転がしていた。…こいつで奴らの味方になるって出たしなぁ…しゃーないか。

 …でも、追っかけるっつーてもなぁ。そもそも目的地が分かんねぇ。大吉和菓子店のご実家ってどこだよ?こういう時に聞く所は…ぴっぽっぱっ…と。


 「はい!こちら110番」

 「あ、ニンジャマスターのもんだけど」

 「ニンジャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」

 …どんだけ怯えられてるんだよぉ。


 なんかリョウマが警官に命令してる風だったから、もしやと思ったけど、想像以上みたいだった。電話の向こうでガタガタと狼狽が音になって表れている。

 「リョウマの命令で車出してほしいんだけど、パトカー回してくんないかな?」

 「は、はぃぃぃいいいいいいい‼すぐに‼」


 2分と待たずにパトカーが事故スレスレの急スピード&急停止で到着し、到着するなり両ドアから警官が飛び出して敬礼する。そして他人の家を目的地に告げられると、個人情報を無視して目的地設定し、赤灯とサイレンを鳴らして走り出した。


 「よ、お待た~」

 「何でパトカーから出てくんだよ⁉」


 ケイのツッコミに出迎えられ、俺がパトカーから降り立ったそこは、時代劇に出てくる様な純和風の巨大な門構えだった。重厚で漆黒の瓦に覆われた門の先にはこれまた時代劇に出てきそうな塀が続いている。

 入ってすぐに純和風の錦鯉の住む丸い石に囲まれた池とかあって、その庭園には石灯籠が置かれている…そんな想像が容易にできる純日本風のお屋敷だ。


 そして、それ自体が芸術品の彫り物の様な表札には『大吉』と記されていた。


 「…デケぇなぁ」

 抑えられずに言葉が口をつく。この大企業の社長さまの知り合いとかいるの?知ってるから来たと思いたいが…こいつ、何事もなく門をぶっ壊して『娘を出せ』とか言いそう…いや、言うな。その時、どーやって止めようか…


 「何でヘンな目でリョウマ様の横顔を見つめてるんですか⁉」

 多分、世界平和的な事を考えていたと思う。


 「とりあえず…あー…呼び鈴とか、どこ?」

 どうしようかと指が空をさまよっていると、扉が勝手に開く。…自動ドア?まぁ、考えてみれば、こんなクソ重そうな扉を一般人の力で開けれる筈もないか。


 「ようこそいらっしゃいました!」

 元気よく手を振って少女が駆けてくる。それは紛れもなくあの写真の少女だった。学校の制服だから分かり易い。あとツインテールのビジュアル。青っぽい色のネクタイにブレザーでミニスカートの女子校生が胸を揺ら…ぁ…ってか、


 「でかっ⁉」

 ばきぃ

 「何、口走ってんすか、あんた⁉」

 …すまん、思いが抑えきれずに口から飛び出した。


 ケイに殴られた頭をさすりながら、自然と俺の視線は下に落ちる。で、当たり前だがまた殴られた…この大人のお姉様がたより遥かにデケぇぞ…俺、あんな揺れる胸、初めて見た…いや、胸って揺れるモンなんだな、おい‼


 「リョウマ兄さま!」

 その胸を惜し気もな押し付けて、多分、大吉星子ちゃんはリョウマに抱き着いた。勿論、抱き着かれたリョウマは無表情だったが、それでもあのリョウマが頭を撫ぜてるの嫌ではないのか…ってか、〝あの〟リョウマだぞ⁉なにあの異常行動‼


 「俺の許嫁のセーコだ」

 「許嫁ぇぇぇぇえええええええええええええええええ⁉」

 …どんだけショック受けてんだよ…アンさんまでが今まで見た事ない、他人と同じ様な表情してますよ?中でも、さっきまでの天国から一気に地獄の底まで落とされたキョウの落胆ぶりが凄い。…そんな開けたら、顎外れちゃうよ?


 「ちなみに幾つ?」

 「14歳です!」

 「じゅうよん⁉」

 …かたや14でこのダイナマイトバディ。かたや成人でこのちんちくりん…


 「まさに豊穣のビーナス!これが吉凶の差か‼」

 「あ、頭をぺしペし叩かないでください‼」

 こいつが年不相応にちんちくりんなのも同じ理由か。まさに正反対。


 この広い屋敷にお金持ちの実家、アイドルを片足飛びで越える容姿とボディ、(一応)スーパーイケメンの許嫁…空を見上げれば、雲一つない快晴だよ。


 うむ…この恵まれ過ぎた生命体が〝大吉星〟か。


 「…おら」

 「え?」

 いきなり、誰かに背中を押された。…って、や、やべぇ!このまま倒れたら両手でセーコちゃんの胸をわしづか…んな事になったら、未成年者に対する痴漢行為で…ってか、その遥か前にリョウマに八門を駆使した見るも無残な殺され方を…


 ばきゃあ


 「ぶぎゃ⁉」

 瞬間、百㎏は優に超える巨大な扉が開閉して、俺の顔面を吹き飛ばした。


 「あらら?大丈夫ですか?」

 …どうやら、彼女には俺が突然コケたくらいにしか見えていないようだ。受けた本人的には顔面をハンマーで強打されたくらいの衝撃で立ち上がる事もままならないんだが…鼻血が流れているのは、滑稽さの演出ではなくマジな奴だから‼


 「故障でしょうか…ごめんなさい!」

 深々と頭を下げるセーコちゃんに、俺は何とか笑顔を作って片手を振る。これはリョウマの…じゃないな。それだと、リョウマは左眉だけを跳ね上げた…こんな驚いた表情をしない。本当の〝偶然〟起きた出来事…いや、この現象は…


 「リョウマ…ちょっと、彼女外に連れ出してもいいか?」

 「…ああ。セーコ、来い」

 「デートですね!やったぁ‼」

 満面の笑みでセーコちゃんはリョウマの腕にしがみついた。


 天下の大吉和菓子店のご実家があるだけの事はあり、この辺りは高級住宅地らしかった。まぁ、デカくて、広くて、綺麗な家ばっかだしなぁ。少し離れた駅の近くには有名な私立大学のキャンパスもあり、オシャレな町でもあったりする。


 セーコちゃんは、まさに〝天真爛漫〟を絵に書いたような性格だった。明るく優しく朗らかで100%ポジティブしかなく、ウソや隠し事なんか全くなし。勿論、人を疑うなんて絶対にありえない、言われた事を何でも信じてしまう子。


 「…ナーニ、カマトトぶってんすカネ…」

 「…およしなさい。相手はまだまだまだまだまだコドモよ、コドモ…」

 「…幾らなんでもブリッコしすぎじゃないすか?ムカつくわ…」

 後ろの集団がダークすぎる‼


 彼女達の言い分も一理ある。余りにも天真爛漫すぎる…それこそ、幼児のように全てを全肯定され、傷つけようなんて人間が一人もいない…その状況でなければ、この性格はあり得ないんじゃないか?そして100%カマトトじゃない。素だ。

 言うまでもなく、彼女は幼児ではない…どころか、あのボディだぞ?


 「おい、あの子…見ろよ、あの胸」

 「へへへっ、可愛い~じゃん」

 二人組の目つきのいやらしい大学生くらいの男が2人、セーコちゃんの大きすぎる胸をロックオンした。…そう、これが日常的に発生する筈なんだよ。

 「お~い、彼…」


 どん


 「…あ~あ、ぶつかったらあかんで~車、へこんでしまったやんけ」

 「へ?」

 「これは弁償してもらうしかないっすね~!ちょっと事務所いこか?」

 「え?」

 「ぁあん⁉人のモノ傷つけたらベンショーするのがアタリマエやろが‼」

 「ええええええええええええええええええええええええ⁉」

 大学生達は強制排除された。


 「…ああ、こーなんのか」

 無論、セーコちゃんは気づきすらしてない。リョウマですら、大学生達がチンピラ2人にインチキ高級車へと押し込まれて拉致されるのを視界の片隅で見つけただけだ。離れた後ろで見ていた俺達だから、その〝偶然〟を全て確認した。

 下心で彼女をナンパする者が、人知れず抹消される様を。


 「いてっ!」

 とゆー間にも、ちょっと先の横断歩道で小学生の子供がコケた。そのまま大泣きしてしまって、信号が青にもかかわらず縦の車がみんな止まる。リョウマとセーコちゃんも何事かと足を止めて…あ、オバサンが駆け寄ってきた…


 そこを、急スピードの車が横の直線を駆け抜けた。


 「すっごい、スピード!」

 …いや、あれ、もし横断歩道で〝偶然〟子供がコケてなかったら、その時に現場の交差点にいただろうセーコちゃんを巻き込んで大事故が発生していた筈…逆に言えば、彼女が事故に遭わないように、あの子供は転んで膝をすりむかされたのだ。


 「はわわわわ⁉」

 とゆーセーコちゃんも、よくコケそうになる子だった。もっとも、コケてもそこは低反発枕のよーな地面だったりで決してかのじゃ傷つく事はなく、むしろ、リョウマに抱き着いたりニャンコを発見したりとラッキーを呼んでいるのだが。


 そして、木の葉が、チラシが、ビニールが〝偶然〟彼女を完全に護るのだった。


 「すげぇな‼あのパンチラガード‼」

 ばきぃ

 「何、口走ってんすか⁉あんた‼」

 待て‼まだだ‼

 

 「チ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ン…」

 「いしや~きいも~や~きたて~い~しや~きいも~やきたて~い~しや~き」

 「…ポー」

 俺の突然の絶叫は、石焼き芋屋さんの登場によって遮られた。何やら俺が叫んだことだけは分かったのだろう、セーコちゃんがこちらを向いて手を振っている。隣のリョウマが、…俺を殺しに来ないので、声が届いていないのは間違いなかった。


 ばきぃ

 「だ、だから、何口走ってんすか⁉あんた‼」

 「突然の下ネタにも完全に対応!凄すぎる‼」


 うん。間違いなく、彼女〝大吉星〟だわ。


 あの素で天真爛漫な性格がその証明だし、彼女をそうたらしめている〝偶然〟も確認した。あらゆるネガティブなモノが彼女の周りから完全に排除される〝偶然〟を。それはまさしく、あの〝大凶星〟の対極にある存在と言えるだろう。


 「よかったな、キョウ…?」

 何か静かだと思ったら、キョウがゾンビみたくなってる…ゆらゆらフラフラと後をついて来るだけ…リョウマに許嫁がいた事がそこまでの大ダメージだったのか?


 「あ…ああ、はい!これで大凶星に対抗できますね!」

 「…リョウマ様の許嫁を利用するんですか?」

 アンさんがぼそりと呟く。


 「そ~そ~そら~幾らなんでもナイんでない?リョウマさまの許嫁っすよ?」

 「OH!マサーカ、あの警官隊のボロクソ場面見て尚、送り込むんデスカ?」

 ここぞとばかりにケイとシルバが追い打ちをかける。それは全くの正論なんだが、全く心にもない台詞でもあった。こいつら、むしろセーコちゃん死んでもいいと思ってる派ですがな。カマトトに死を、的な。

 

 「好きにしろ、キョウ」

 言うと同時に、リョウマはキョウの肩を抱き寄せる。


 「セーコ…こいつは俺の最も信頼する部下だ。仲良くしろ」

 「は~い!よろしくです、キョウ姉さま!」

 リョウマに肩を抱かれ、セーコちゃんに『姉さま』と呼ばれ、キョウは有頂天だ。あ、何やらメールの交換とかしてる。ヨダレが垂れちゃうほど顔が緩み切ってますがな…それを見るセーコちゃんの顔は、一片の曇りもない『尊敬』である。


 …一方、その後ろの一団は地獄の底まで落胆して戻って来れそうになかった。


 「あとはキョウの指示で動け」

 「…はい」

 うわぁ…嫌そうな顔…


 …ってか、これからあの二人はどこに行くんだろうか…デート?これ程リョウマに似合わない単語もないんだが…いや〝大吉星〟セーコちゃんの望みがそれなら、リョウマの意志なんて関係ないのかもしれない。


 二人の姿が見えなくなるまで敬礼していたキョウが、鼻息も荒く振り返った。

 「それじゃあ皆さん‼作戦会議を」

 「…すいません、今夜は皆で飲み会の約束があります」

 「え…」

 「そーそー前からの約束でさ、悪ぃ!」

 「じゃ、じゃあ会議はそこで…」

 「ノ~…プライベートにお仕事の話はナンセンスー」

 三人は取り付く島もなく立ち去った。…そして、キョウがぽつんと残される。


 「…私、嫌われてるのかな」

 まぁ、そーだろーな。


 これだけ露骨で『違う』と言えたら凄い。理由は明白〝リョウマにヒイキされてる〟から。勿論、別にちんちくりんが好きという理由ではないのだけど。単純かつ純粋に〝もっとも使える駒〟だからだ。…まぁ、だからこそなのかもな。


 「…飲み会とか…一度も誘われないし」

 キョウは俯いたまま黙り込んでしまった。なんと、こいつが肩を落としている。いつもは跳ね上がった太い眉もしなだれて、赤い瞳の炎は消え失せ、口はへの時に歪む…まぁ、こいつ、全く悪くねぇからな…


 「お前ちんちくりんだからさ、お店の人に説明とかめんどくせーじゃん?」

 「それですね‼」

 あっさり復活すんのな…


 「皆の楽しみを邪魔しちゃいけません!むしろその間、私達が頑張ります‼」

 …今、〝達〟って、ふつーに俺を数に入れたよな…


 「でも、一度くらい、飲み会行ってみたいなぁ」

 「飲みにくらい、俺が今度つれてってやるよ」

 「そーやって私を酔い潰してヘンな所に連れ込む気ですね⁉」

 …俺、今、いい話してたよねぇ?

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