第4話 世界一可哀想な男



 俺は、今まさに日本刀で斬り殺されようとした少女を、自らの命も顧みずに身を挺して助けた…文字通りのスーパーヒーローである。


 「…筈なんだけどなぁ」


 いきなりあらわれたタマモに半ケツを見られた挙句、理不尽にも殴り飛ばされた可哀想な男…俺は、納得してなさそうなタマモの目を隠れて、パンツも履かずに汚いズボンを履きかえる…うわぁ…何か、気持ち悪ぃな。このズボン…


 「あの、タマモ?」

 「………」

 無視された‼


 「…なんじゃ」

 汚物を見る目で見られた‼


 「説明させてくれ‼」

 真剣で、少し大きな声。タマモはやや気まずそうな上目遣いで俺を見つめる。切り揃えられた前髪の影から覗く黒い瞳は、少し潤んでいた。…いや!違うからね⁉あくまでもトキとの別れに涙してたので、俺が変質者的なアレじゃないから‼


 …で、どーするんだ?俺。つい口走ってしまったけど…まさかションベンちびったと「リアル汚物でした」オチをつけるのか?他にケツを出していた理由って何だ?ケツふりダンスの練習をしてたとか?ただのアホじゃねーか。

 いや、…何も詳しく説明する必要はない。感覚的に伝えればいいじゃないか。


 「あの…パンツの前がカピカピになっちまってさ」

 ばきぃ

 「死ね‼」

 あれぇ⁉

 

 俺に背を向けてタマモはずんずん歩き出す。俺がそれに着いて行ったのは、単純にここがビルの中なので、とりあえず外に出ようと思ったからだった。

 …が、タマモは予想外にビルの中を進んでいく。すでに警察によって避難誘導された後なので、誰にも出くわさないけど…もしかすると、警察の目を避ける為にあえてビル内を進んでるのか、って、完全に犯罪者側の思考になってんぞ、俺ぇ‼


 そして、辿り着いたここは、俺とタマモが初めて会った占いのテントだった。


 ちなみに戦闘が始まったのはここだけど、それからマフィアの掃討だ石兵八陣だ警官隊の壊滅だで、最後の戦場はここからボチボチ離れた場所ではある。それでも、広範囲ながら警官によって隔離された範囲内なのだけど。

 ポリに全く出くわさないという事は、相当遠巻きに現場封鎖しているんだろう。


 「よし」

 一人で黙々と私物を回収していたタマモが、額の汗を拭いて振り返る。そして品定めする様に…野球帽子から飛び出る俺の髪から、道頓堀ザリガニーズの縦縞のシャツを通り…工場のツナギの様なズボンの先へと、俺を見下ろしていく。


 「何をしておる‼さっさとテントをたたんで、商売道具を持ってこんか!」

 えー…


 タマモが紐を一本ピッと引くと、テントが空気の抜けた風船の様にしぼんで行った。俺はそれをメチャクチャに丸めてから右肩にかつぎ、反対の肩にやけに大きくてずっしりと重いカバンをかつぐ。そして、彼女の後を追って歩き出した。


 「って、どこ行くんだよ?」

 「知れた事。あやつを探す!まだ…まだ、近くにおるかもしれぬじゃろ‼」

 「っつーても、今は逃げるのがけんめーってもんですぜ?警察も警戒中だしさ」


 あっけらかんと聞いた俺を出迎えたのは、

 「…お主に何が分かる…?」

 深刻な…殺気をも孕んだタマモの視線だった。


 それに驚く間も与えられず、俺は胸倉を掴みあげられた。そして、女の力とは思えない勢いで俺はそのまま後ろの壁に押し付けられる。圧迫の衝撃で出かけた咳も、力任せに締め上げられる襟元のせいで無理やり飲み込まされた。


 「やっと…やっと…やっとあやつに会えたのじゃぞ‼それを、それをぉ⁉」

 「お、俺のせいじゃないっすよ⁉」

 「わしのせいじゃと言うのか⁉」

 「言ってませんがな‼」


 「そうじゃ!わしのせいじゃ‼わしなんぞの為に、あやつは…あやつは‼」

 「ってか、苦しいってばよ‼」

 ようやく、自分が俺の胸倉を掴んで締め上げ…ってか、殆ど首を締め上げている事に気づいて、タマモが力を抜いた。


 「す、すまぬ…」

 心からすまなそうに、タマモが首を垂れる。力なく体を小さくし、髪も枯れた花束の様にしおれ、僅かに潤んだ瞳は深海の底の様に真っ暗だ。その沈痛とした面持ちは、さっき胸倉を締め上げられた事より、遥かに大きく俺の心を締め上げる。

 …しゃーねぇなぁ。


 「…なんか、アテでもあるのか?」

 「あ、あるぞ!〝不幸な人間〟を、これで探すのじゃ!」

 その手にあったのは八角形の黒い金属板。多分『遁甲盤』とかゆーやつなんだろうな。意外にも小さく掌サイズ、そして、刻まれる文字の光は星石の光。おそらくは、タマモ…もしくは八門使い専用の特別に能力が高い遁甲盤なんだろう。


 「あやつはドクロ完成の為、運命を呪う〝不幸な人間〟を探そうとする筈じゃ」

 あー…最初、俺がトキに声を掛けられたのも〝不幸な人〟を探してたから、か。


 「あやつは何故おぬしに声をかけたんじゃ?」

 「………」

 24回連続でフラれたから、何て言える訳がない。


 「また、お主の前に現れるかもしれぬのう」

 「………」

 次は30回フラれた時っすかね。


 路地裏を伝って港の方向へと向かっているのかな…汗一つかかず、文字通り涼しい顔をして先を進む彼女とは対照的に、俺は顔一面にかいた脂汗が髪の先から滴り落ち、その汗と共に抜けていく力に、どんどん体が低く低くなっていく。

 「何じゃ?もうヘバったのか?だらしのない…」

 「じゃあ、あんたも荷物持ってよ‼」

 「よし、この道を左じゃ」

 聞いてました⁉僕の話ぃ‼


 これもー殆ど軍隊の行軍訓練だけども‼さらに同じ場所を行ったり来たりしてるのは別に俺へのイヤガラセではない。…多分。行く先々で警備中の警官を避けつつ進んでいて、なおかつ不幸な人間を探しているからだ。

 その、タマモの足が止まった。


 「不幸な者がいるのは、ここじゃな」

 「あーーーーー‼あなた達は⁉」

 真っ赤な忍者が現れた。


 「ここで会ったが百年目‼」

 …いや、ついさっき会っただろ。


 時代がかった台詞を吐いて指さしてくる不審者ニンジャがそこにいた。普通ならば即通報する案件なのだが、今の俺は国家の敵…こんな不審者からも守って貰えない立場なのだった。おまわりさん、このちんちくりんを補導して‼

 そして不敵な笑みを浮かべつつ、袖から鎖がついたモノを取り出す。

 

 「星石鎖は見つけましたから‼」

 「…それは、手錠だな」

 「あれぇ⁉」


 2秒後、スパッツの反対側のポケットからニヤリと笑って星石鎖を取り出した、こいつのメンタルはどうなっているんだろう…などと考えている間にも、鎖の星石配置を終えたキョウが、今まさに星石鎖を足元に配そうとしていた。


 その時。


 ばっしゃーん

 「うぉっぷ⁉」

 不意に、車がはじいた水を、キョウは頭からかぶった。


 ぱっこーん

 「痛ぁ⁉」

 突然、飛んできた野球ボールが、キョウの顔面にぶち当たった。


 わんわんわんわんわんわんわんわん

 「な、何で何で何で何で何でぇ⁉」

 はずみで、犬のしっぽを踏みつけて、キョウは追い回された。


 「ど、どこです⁉」

 その間に、俺達がその場を後にしたのは言うまでもない。


 「お、おのれぇぇぇえええい‼逃げ足の速い卑怯者め‼」

 …いや、歩いて立ち去っただけですよ?


 キョウはボロボロになって、必死の形相で周囲を見回す。そして、しばらく俯いた…と思ったら、空に向けて何やら絶叫する。…あ~あ、警察来ちゃったよ。何やらギャーギャー言い合って…あ、首根っこ掴まれて連れてかれた。

 どっからどーみても〝不審者ニンジャ〟だからな。


 少し離れた海まで遠望できる見晴らしの良い高台から一部始終を見下ろしていた俺は、気持ちの良い海風に横顔をなでられながら一つ溜め息を吐いた。


 …うん。今の数分間は無かった事にしよう。


 「何をしておる!〝不幸な人間〟を探しに行くぞ!」

 タマモはずんずんと商店街を南へ南へと進んでいく。途中、道行く人に見られて怪しまれてはいけないと遁甲版を隠しているが…その行為に意味がない事を、俺は知っていた。その視線は全て…タマモに向けられていたから。

 今のタマモはナイスバディを惜しげもなくひけらかす、ただの美女だ。妖艶な笑みを浮かべてるとかじゃないが、ついさっきのどん底に沈み切った表情ではない。タマモの顔は…無理に元気を装っているのがありありと出ていた。


 歩いても歩いてもビルばかり…と、急に俺の周囲が暗くなる。すぐ隣に荷台をダンボールでいっぱいにした荷物満載のトラックが止まっていた影だった。どうやら店舗の閉店でそれを積み込んでいる最中らしい。


 「確かにここには、不幸な者が居そうじゃの」

 「ぬぬっ⁉あなた達は‼」

 …うん。いたな。


 …まぁ、あえて言うまでもないが、この見た目小学生の少年忍者の様なそいつは、キョウとかいう実は成人女性だ。…パッと見、男の子だけどなぁ。眉はキリリと跳ね上がり、櫛を入れた事もなさそうなショート…ヘ…あー


 「痛い目を見る前に、降伏するのです‼」

 「いや、痛い目を見てるの、お前ぇ‼」


 キョウは頭から水をかぶり、転んだ拍子に泥だらけにし、犬の牙や爪に服の一部をひっかけて破られ…るだけではなく、左足一面をペンキでピンクに染め、折れた木々をまるでアフロの様に頭に茂らせ、顔にマジックで落書きをされていた…


 この短期間に、お前に何があったのぉ⁉


 「へくしょい‼」

 それはキョウの両鼻の穴から鼻水が飛び出す、大きなくしゃみだった。音だけではなくて動作も大きく、反動で空気だけじゃなく地面まで揺れたと錯覚する程だ。


 ぶちん

 トラックの荷物を縛っていた縄が切れた。


 俺達の目の前でトラックの荷物が荷崩れを起こして、俺とキョウの間に割り込んだ。無理に縛り付けられていた反動か、飛び跳ねるように勢いよく眼前を埋めていくダンボール、ダンボール…ついには互いの姿さえ見えなくなってしまった。


 「こ…」

 「こ?」

 「この卑怯者ぉ‼」

 俺、何もしてませんよねぇ⁉


 「そこで待ってなさい!今、回っていきます‼」

 勿論、俺が待ってやる義理なんてなかった。キョウは俺から見て右側にしか行けないので、俺達は単純に逆方向を目指す。少し戻った脇道に入って進み、行き止まりの塀をよじ登って、商社ビルの中を何事もなく通り抜ける。


 そこで改めて、タマモが遁甲盤を掲げて見せた。

 「今度こそ、運命を呪う不幸な人間を探す、トキを見つけるのじゃ!」

 …悪い予感しかしねぇなぁ。


 そんな俺の心の叫びに全く気付かず、タマモは意気揚々と遁甲盤を操作し始める。今度は北西か。小学校の横を通るとあの銃撃戦の影響か集団下校をしていた。

 そして、俺達は文房具屋の角を曲がった。


 「わしの求めるモノがそこに‼」

 …オチが見えるけどなぁ。


 「ま、またあなたですか⁉」

 「…これ?」

 「違う‼」

 やっぱりそこにいたのは、あのちんちくりんだった。


 また、すぐにでも襲い掛かってくると思いきや、キョウは俺と視線が合うと露骨に顔をしかめた。まぁいつも睨み付けてはいたんだが、それとはまた違う…疑惑とか軽蔑とか…そーゆー目。ついさっきのタマモと同じ、汚物を見る目だ。


 「…何で、さっきからあなたとばかり会うんです?」

 俺達が〝不幸な人間〟を探してるからだろうねぇ…

 「ストーキングですか⁉」

 何でだぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ⁉


 キョウが胸を隠す様に忍者装束を握りしめ、俺を警戒して内股で後ずさった。顔をこわばらせ怯えきった瞳で、小さい体をさらに小さく丸め震えながら俺を見る…

 …って、何で俺が完全に変質者扱いなんだよ⁉


 「そもそも、お前が俺達を探してたんだよねぇ‼」

 「あ」

 〝あ〟じゃねーだろ。


 「観念しなさい!もう逃がしませんよ‼」

 「逃げときゃよかったよ!本当‼」


 何事もなかったように…ほんとーに、今さっきのストーカー騒ぎなど何もなかったように、キョウは狼の様にギラギラと瞳を輝かせて、手をニギニギしながら不敵な笑みを浮かべ、まさに俺に飛びかかろうと構えをとる。


 「退け、タマモ!ここで〝不幸な奴〟探しても、こいつに当るだけなんだよ!」

 それでも反論しようとするタマモを、俺は目で制した。冷静に考えれば、そんなのは言うまでもない。ただ、今のタマモは駄々っ子だった。理屈をいくら言った所で、屁理屈で無理やり返してくるだけだろう。問答は無用だ。


 「安心しな。こんなちんちくりんに殺されたりしねーから」

 一転して笑顔を見せた俺だったが、今度はタマモが睨まれた事を許せずに睨み返す。それでも、トキがここに居ないという事実だけは認めたようだった。


 とりあえず〝退いて〟くれたな。


 「女性を逃がしてナイト気取りですか⁉似合いませんよ‼」

 …不敵に笑うのか、顔のマジックを消すのか、どっちかにしてくれ。


 「しかーし‼リョウマ様の敵、〝悪〟は放置できません‼」

 …ビシッと指さして格好つけてる…とこ悪いが、片っぽサンダルだぞ…


 「戦いの年季の差というものを教えてあげます‼(ぶーーーーっ)」

 …鼻水をふき取る今、攻撃してぇなぁ…


 なんかもーやる気は全くないんだが、そもそも、ちんちくりんいたぶるのは…と俺が躊躇している間に、ゴソゴソ何取り出すんだ?キョウがポケットから卵型の物体を取り出し、勢いよくひもを引っ張った。

 「これを、使います‼」


 びーびーびーびーびーびーびーびーびーびーびー


 「防犯ベルじゃねーか‼」

 「アンさんが、これで連絡をとれって」

 お前、バカにされてんぞ⁉


 「お嬢ちゃん、どうしたの⁉」

 警官来ちゃったよ‼


 現れた二人のおまわりさんは、即座に俺を羽交い絞めして、防犯ベルを鳴らすキョウの腕を掴んで止めようとする俺を隔離した。俺が振り解こうとする前に、手を離し「まぁまぁ」と宥めようとする、その目は全く笑っていなかった。


 がちゃん

 「…手錠?」

 「ロリコン罪で逮捕だ」

 その罪で捕まるのはイヤだ‼


 しかし、手錠をかけられた状態で駆けつけた増援含め、十名もの屈強な警官達にあがなえるはずもなく、赤色灯が煌めきサイレンの鳴り響くパトカーに押し込まれ、到着した警察署の地下にあるブタ箱へとノンストップで叩き込まれた。


 …いやいやいや、ちょっと待てい‼弁解の機会は⁉弁護士への連絡は⁉なんか書類とかは⁉もーちょっと、何かあってもよくない⁉何この手際の良さ‼

 その違和感が俺の背中をぞくりと撫ぜた時、地下に靴音が鳴り響いた。


 「いいザマだな」


 それは純白の詰折制服を着た、美しすぎる看守…ではない、あのニンジャマスターだ。…透き通った黄金色の瞳に、美しく並んだ白い歯。眉目だけでなく鼻筋から顎まで整った容姿…ここまで見間違いしようのない奴も珍しいな。


 後ろには、例の三人もいた。その長髪の切り揃えと同じく、留置所でもその佇まいを1㎜も崩さない静寂不動のアンさん。真逆に留置所の暗さや汚さや臭さを探して眉を顰める、ポニーテイルと同じくふわふわと軽佻浮薄のケイさん。

 …あと、赤い忍者服の意味不明なちんちくりんが一人。


 「キョウ、よくやった」

 「は、はいぃ‼リョウマ様‼」

 …防犯ベル鳴らしただけだけどな…


 キョウの不必要な好評価に、俺とケイさんが同時に舌打ちをする。アンさんは…不気味なほど不動の笑みを崩さない。でも、…目から漏れる光が怖い…

 そんな悪意に気づきもせずに照れ笑いするキョウに背を向け、リョウマが俺の前に立った。この野郎…ブタ箱の中で、小憎らしい程に綺麗な顔してやがる…


 「貴様、名は?」

 「俺か?アユムだよ」

 「アユム、俺のモノになれ」


 突然の勧誘。俺も驚いたが、後ろの三人は比べ物にならなかった。直情的に顎が外れるんじゃないかと開くキョウは勿論、アンさんまでもそれと同じくらい感情を露わにし、彼女にしてはちょっと考えられないほど目を丸くする。

 その最たるものがケイさんで、真っ赤な顔で、ちょっと鼻血を垂らしていた。


 「リョリョリョ、リョウマ様が、お、おとととと、男同士で、そそそそそ…」

 それ、意味違う‼


 「貴様の力は、俺に利用されるべきだ」

 …ほんと正直なクズだな、こいつは。


 「難しい契約条件などない」

 そう言うと、リョウマは俺の前に1枚の紙切れを差し出した。


 …ニンジャ…忍者か。NINJA‼ハッキリ言って、これに憧れない男の子はいないだろう!俺もそうさ!それを職業にできるのか‼それに、親方日の丸だから収入や生活も安定しそうだし…ま、まぁ、一応、条件くらいは見てやっても…

 

 なになに…

 『私は死んでも文句を言わずに働きます』


 「この紙にサインしろ」

 できるかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「隊ではこのキョウの下につかせる」

 考えうる最悪の待遇じゃねーか‼


 「ふふん、私の指導は厳しいですよ?」

 早くも上司風吹かせてんじゃねぇ‼


 「…断ったら?」

 「ロリコン変態野郎としての今後の人生が待っている」

 ド直球で脅すな‼


 「って、あいつ成人だろ?裁判で…」

 「バカか?貴様は」

 憐れむ様に、リョウマが俺を見下した。


 「噂を流すだけで十分だ。…人間を社会的に抹殺するにはな」

 おまわりさーーーん‼ここにド悪党がいますよーーーーーーー‼


 …断ったら、こいつ、絶対実行するな…そーいえば、ウソがつけない男だった。ただ、その前情報が無くても、こいつの顔を見れば一目瞭然だ。絶対、やる。

 俺…多分、今日、いい事しかしてないと思うんだなぁ。客観的に。何だかんだで結構タマモを助けたし、あのちんちくりんに至っては命懸けで助けましたよ?その結果が、コレなのか。俺は、…世界一可哀想な男に違いない…


 一生で一番深く溜息をついて、俺はポケットに手を入れた。


 「あ」

 …が、所持品は全て取り上げられていた。


 「10円貸して」

 「…いや、10円玉でどーすんすか?」

 「表が出たらあんたらの敵になる。裏が出たら味方になる」

 あからさまに訝しげなケイさんだったが、リョウマに言われてしぶしぶ蛙のガマ口から…ってか、カワイイな、おい。から、10円を取り出す。俺の手に渡ったそれはクルクルと宙を舞ってから、床で乾いた音を立てた。


 「裏だな」

 「…分かったよ、お前らの味方になる」

 「はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 「うるさいぞ、ケイ」

 「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよぉ‼」

 リョウマに窘められても、今回ばかりは引き下がらなかった。ケイさんは顔中で不満とか疑問とか混乱とかを存分に表現しつつ、言葉が出てこなくて何やらボディランゲージに忙しい。なんともなくアンさんに助けを求めてみる。

 …しかし、助けは来なかった。彼女に『リョウマに異を唱える選択肢』はない。孤立無援。いっぱいになった不安は、思いっきり俺にぶつけられた。


 「おい、この変質者‼」

 だからって、その呼び方ひどくない?


 「何でうちらの味方になるんすか⁉」

 「10円玉でそう出たから」

 「何で、タマモっつったか?あの女を助けたんすか⁉」

 「10円玉でそう出たから」

 「キョ、キョウをあの大凶星から助けたのは⁉」

 「10円玉でそう出たから」


 あっけらかんと答えられて、ケイさんはそれ以上の言葉を失った。その静けさに見渡してみると、何か、皆さんあんぐりと口を開けて言葉を失っていた。


 コインの裏表とサイコロの目は、天のご意志ですよ?

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