第2話 最強のニンジャマスター
「そのような愚か者、リョウマ様がお相手する必要はありません‼」
いきなり降ってきた時代がかった台詞を見上げようとして、日の光に当てられ、手で遮る。僅かな隙間から、廃ビル屋上に誰かが仁王立ちしているのが分かった。
その影は勢いよくビルから飛び降りると、空中で一回転して、俺達の前に着地、
がんっ
あ、失敗した。
「キョウ!推参‼」
…鼻血、出てんぞ…
見事に顔面から着地して、鼻血を流しながらも立ち上がってポーズを決めてみせたのは、…見るからに〝
いや、袖は肩まで着物も腿までだから少年漫画というべきか。何か、手甲に脚絆とか鎖帷子っぽいのまで着こんでる、まさに〝忍者〟
「あなたの相手はこのキョウがします‼」
…いや、鼻にティッシュ詰めながら意気込まれてもなぁ。
鼻ティッシュの顔は滑稽で、それが無くても、よく分からない戦闘ポーズは滑稽だった。小学生にしか見えないちんちくりんで、キリリと引き締まった太い眉と肩まで届かず切り揃えられた癖っ毛なので、男か女か分からない。
ただ、俺にはこいつを侮ると言う選択肢はなかった。
片目が〝赤く〟光っている。…リョウマと同じく。
「キョウ、勝手に一人で飛び出して、今まで何をしていました?」
「警察官に職質されていました!」
…そら、そのナリで街中歩けばな。
「いつも言っていますよね?行動前に必ずこちらに確認を取りなさい、と」
「…はい」
「そのボケのせいで、リョウマ様がどんだけ迷惑してると思ってんすか‼」
それからも理路整然とキョウの罪を並べ上げるアンさんと、それに相槌を打つと同時に暴言を吐くケイさん。二人同時のお叱りの集中砲火に、さすがのキョウもしゅんとしてしまった。何より『リョウマ様に迷惑をかけて』と言われた事に。
その、リョウマの右手が優しくキョウの肩へと落ちた。
「キョウ、よく駆けつけた」
「は、はい!リョウマ様‼」
「この無能共では、足止めの役にすら立たなかった所だ」
鼻血を垂らしながら満面の笑みで幸福を表現するキョウ。…そしてその陰で、最硬の無表情でもはや彫像の様に微動だにしないアンさんと、それをチラチラと横目で見ながらあえて彼女から見える角度でキョウを睨み付けるケイさん。
この3人の関係が、ちょっとわかった。
「どうしました⁉」
現れたのは警察官だった。幾ら路地裏とはいえさすがに通報とかがあったのかもしれない。…まぁ、そら、これだけ騒げば人を呼ばれるべな。
「あ、あなたは…ニンジャ⁉」
そう
「警察の人員で周辺の逃げ道を塞げ」
「了解しました‼すぐに上に伝えます」
こいつら権力側の人間だった‼
「降伏してください。このままだと、あなたも犯罪者ですよ?」
俺の心を見透かすように、アンさんが優しく声をかけてくる。彼女がその顔に始めて見せた明らかな笑みの表情は…まぁ、融資を求める銀行員のそれと同じだろうな。でも、こいつらが権力者側という事は、逆らえばリアル犯罪者の未来…
「降伏したら…俺の命は保証してくれるんだろうな?」
「できんな」
「………」
降伏する意味ないよねぇ⁉
アンさんの降伏勧告は、正直すぎる上司によって無駄に終わった。アンさんもさすがに半笑いだ。さっきの営業スマイルの百万倍も心がこもった笑みだったが。
そして、次の言葉にどこからか言葉が重なった。
「俺に必要なのは、その女だけだ」
「彼女だけは、捕えさせないよ」
重なった声…聞き覚えたのある、その声がどこから聞こえたのか…俺は大きな身振りで周囲を見回して探す。…遠くに聞こえる街の雑踏とは違う、明らかに近い声…そして、2回目に右後ろを振り返った俺の視界に入ってきたのは、紛れもなく、
「真紅のドクロ‼」
…を持つ、あのアメンボみたいな細っちい黒いレインコートの男だった。いつからか、奴はボロいビルの各階を屋外で繋ぐ、錆きった階段からこちらを見下ろしていたのだ。ちなみに、叫んだのはあのちんちくりんの赤忍者だ。
現れるなり、真紅のドクロは全ての人の視線を釘付けにする。何故かは分からないが惹きつけられる、その異常な存在感。異常な輝き。
ただ、一人だけ、ドクロを見ていない人間がいた。
「トキぃ‼」
その声は…やっぱりタマモだった。が、それは初めて見るタマモだった。耳を疑った悲鳴の様な声もそうだし、いつもは惜しげもなく出している胸を隠す様に体を丸め、下がった巻きスカートで見えなくなるほど内股に足をまげて体を縮める。
何より、その顔は今にも泣きそうだった。
〝トキ〟と呼ばれた本人…レインコートの男だけは、タマモを見なかった。突然の叫びにあのリョウマすら含めた全員がそちらを向いた中、ただ一人向かなかった事が、むしろその特異さを強調している。偽りの無視。無視の反対。
もっとも、リョウマは別に意に介した様子もなかったが。
「この女を殺されたくなかったらドクロをよこせ」
それ悪党の台詞‼
「ドクロを渡せば、彼女は無事に逃がしてくれるのか?」
「ダメだな」
交渉にすらなってねぇ‼
「貴様らが安全に捕まる為に、人質交渉をしてやっている。感謝するんだな」
どー見てもこっちが悪役ですけど⁉
真紅のドクロの男は苦笑もせずに、フードの陰で前髪をクルクル巻いて何やら思案していた。リョウマの発言が示威や交渉ではない事を分かっていたからだ。
「…なら、ドクロも彼女も渡す訳にはいかないよ」
トキが手を上げるのを合図に、路地裏のあちこちから続々と人が現れた。
ある者は刃物をちらつかせ、またある者は歯の数本抜けた口から笑い声を漏らし、またある者はただひたすらいやらしいニヤケ面でタマモの体だけを頭の天辺から爪先へと胸とフトモモを中心に舐めるように眺める…
…パッと見、どー見ても『悪役』にしか見えない人達が。
「あのエロイヤらしい目…あんたの仲間っすね⁉」
俺の印象ってここまでひどくなってんの⁉
「ええ。…コピーにしか見えませんね」
よく見てよく見てぇ‼全然、違うから‼
「全身ユニフォームって、怪しすぎます」
忍者服で職質されたお前にだけは言われたくねぇ‼
いや、人を見かけで判断してはいけない。見るからに凶悪そうなツラした刺青一杯の人達だけども、もしかしたら、ラブ&ピースな集団かもしれないじゃないか。
「あの刺青…こやつら、マフィアの『八鬼』じゃ‼」
見た目のまんまだったよ‼
「今から戦いが始まる…キミ達は、その混乱に乗じて逃げるといい」
…と、不意にトキと目が合った。糸の様に細い目の奥に光るあの光…その瞳は俺を見下すようでいて、そのくせ視線を俺から動かさない。…あからさまに、俺の隣へと向けないように。その、自分を凝視する、隣の視線と合わないように。
「バカか?貴様は」
リョウマはそんな情緒に全く関心がなかったけど。話の腰を折り砕いたその手には、肩にかかっていた色とりどりの石が光る、あの鎖が握られていた。
「こんなゴミども相手に〝戦い〟になるわけないだろうが」
「んだとコラァ⁉」
ゴミどもがいきり立つ。そりゃそーだ。目を血走らせ、意味不明な暴言を連呼し、唾を飛ばしまくる…もっとも、リョウマ自身はそれに対し反応すらしなかった。一言でいえば『無視』だ。尊重の反対語のそれに、さらにいきり立つ。
リョウマは淡々と周囲を見回し、鎖を地面に配する。
「シカトしてんじゃねぇ‼」
いきなり、乾いた爆発音が周囲の空気を切り裂いた。
「…今の…なに?」
「じゅ、銃撃」
「銃ぅぅぅぅううううううううううううううううううううう⁉」
勿論、善良な一市民である俺は銃声など聞いた事がない。
ただ、何かが俺の眼前の空気を豪速で切り裂き、そして、リョウマの髪先を掠めて廃ビルの壁にめり込んだ。その先を辿るとあるのは、未だ煙吹く拳銃の口径。…この状況で、それを否定するのは不可能だった。
一瞬、真っ暗になった俺の視界が少しづつ広がって行く。すると入ってくるのは、銃、銃、銃…ってか、殆ど全員が銃を手にしているじゃねぇか⁉
マフィア怖ぇぇぇえええええええ‼
…気付けば、俺は完全に逃げ出す姿勢で後ろを向いていた。他の連中も似たり寄ったりだ。タマモは俺を盾にする気マンマンで後ろに隠れ、アンさんは初めて表情らしい表情を見せて恐怖し、ケイさんは完全に背を向けて頭を抱えて蹲ってる。
「はっはっはっはっ‼こんな連中、リョウマ様の…むぐぐ」
「バカぁ!さっさとひっこめ‼」
…約一名、アホがいるけど。
「ほらほらぁ、兄ちゃん!どう………よ?」
ただ、撃たれた本人は、いたって冷静だったが。
涼しい顔…と言うんだろうな、美しすぎる。自分の顔の横を通って行った弾道へと視線をやり、20人からいるマフィア全員に銃口を向けられていながら、リョウマは一切のネガティブがない顔をしている。と言ってポジティブも無かったが。
ゴミを見る目、だ。
勿論、この隙に俺達〝一般人〟が側の壁に隠れたのは言うまでもない。跳弾を恐れ、俺は鏡に棒を取り付けて簡易バックミラーを作って壁の向こうの様子を窺う。
「何すか⁉その盗撮ミラーは‼」
「盗撮言うな‼命懸け感が薄れるだろ⁉」
ちんちくりん、その変質者を見る目、やめろ‼
「へ…へっ、どーせ内心はビビッて声も出ないんだろ?そうに決…ま…って…」
マフィア達はの声はどんどん小さくなっていく。自分達の言葉に自信がなくなっていくから。リョウマのその美しすぎる横顔に、ひとかけらの恐怖も見つける事が出来なかったから。そもそも、自分に向けらる銃口を一つとしてみていないから。
「来い、ゴミども」
「う…撃てぇ!撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てぇぇぇええええええい‼」
単純な兆発への、単純な回答。20人からいるマフィアの銃口が、一斉に火を噴いた。もはや耳を塞がずにはいられない轟音が路地裏に響き渡る。硝煙が霧の様に辺りが充満し、この場の空気にさえ引火するんじゃないかと思えた。
しかし、ただの1発とて銃弾はリョウマには掠りすらしない。
「な、何でだよぉ⁉」
傷がついたら巨万の損失が出そうなその端正な顔に、そして同じく幾ら金銀を積んでも修復できない指先に至るまで、毛筋ほどの傷もついてはいない…全くの無傷だった。百を数えそうな全ての銃弾が、リョウマを避けて背後へと消えていく。
〝何故?〟に対して、リョウマの答えは単純だった。
「忍者に銃は効かん」
「もしかして…アレ、全部〝偶然〟当たらないのか…?」
「…そうじゃ」
なんかもーすげぇな!〝偶然〟って‼
「己の進む方向を全て吉格にしておるのじゃろう。…銃は発射口での1㎜のズレが、命中時には大きな誤差となるから、八門を極めし者には有効とは言えない。理屈としては確かに〝忍者に銃は効かん〟のじゃが…」
タマモの説明は淡々としていているが、顔は青ざめている。それは体調のせいではない。理論としては理解できても、現実としては理解できない…そんな顔だ。
「来る、来る…、来る、来るぅぅぅぅぅううううううう⁉」
マフィアリーダーの青ざめようは、もはや深刻な病気か何かだったけど。リョウマは一直線ではないけど、明らかに一点を目指して進んでいたから。
俺がミラーの角度を何度も変えるのは、リョウマは一直線にそのマフィアを目指していないからだ。所々で右に左に後ろに戻ったり…『吉なる方位』を探して。
「今、そのミラーでアンさんの胸元見ようとしてたっすよね⁉」
「レベル99の変態でも、この状況でそんな余裕あるか‼」
アンさん、道端のうんこを見る目で微笑まないでぇ‼
マフィアリーダーは恐怖に顔を歪めて銃弾を撃ち続ける。何発撃っても当らない銃弾を、どんどん近づいてくる忍者に向けて…それはもう悪夢としか言いようがないのだろう。溜まりすぎて涙が決壊したぐちゃぐちゃの表情がそう言っていた。
「動くな」
鳴り響いていた轟音が、うって変わって静寂へと変わり果て、場を押しつぶす。
その中心で数十丁の銃口を突きつけられている〝筈〟の男の一挙手一投足を、全員がただ息を飲んで見守るしかできなかった。それは、あのトキですら例外ではない。恐る恐る涙目でケイさんも壁から顔を覗かせたが、アンさんはまだ壁の影だ。
…赤忍者が、ヘンなポーズで一時停止してるけど、無視しよう。
「キョウ!息しないと死んじゃうぞ‼」
「リョ…ウマさ…まの命令…は絶対(がくっ)」
ってか、喋るなら息吸えよ。
「動くな」の理由は、銃口の様にこめかみに突き付けられたリョウマの人差し指だ。それを突きつけられるマフィアリーダーは、青ざめて顔中を汗と涙と鼻水で満杯にし、失禁までしている。まさに水浸しだった。
そして、ここまで音が聞こえる程に歯をガタガタと音を立てて声を漏らす。
「い、いいいい、いの、命だけは助けてぇ…おねおね、お願いぃ…」
「相手が同じ事を言ったら…貴様はやめるのか?」
リョウマの指先がこめかみに触れた。
「え?」
刹那、男の体が地面に崩れて落ちた。
それは本当に何の前触れもなく…そのまま地面に吸い込まれる様に倒れたのだ。勿論、受身を取る様子も、それどころか勢いよく倒れたのにも関わらず、うめき声もひとつも上げていない。…そして、その後動く事もなかった。
指でつついただけで人が…死んだのか。
「命理を…突かれたのじゃ」
〝命理〟とは文字通りその人間の〝命の理〟…つまり、当たり所が良ければ、マンションの十階から落ちても掠り傷一つ負わないし、逆に当たり所が悪ければ、よろけて壁に頭をぶつけただけで死んじまう…って事らしい。
だから〝偶然〟って、とんでもねーな‼
すぐにそれを受け入れたのは、タマモが指一本でアンさんを倒すのを見ていたから。あれはきっと〝当たり所悪く〟骨なり関節なりが外れてしまったんだろうな…
沈黙の闇の中、黄金色の瞳がギラリと光った。
「に…にににににに、ニンジャぁぁぁぁああああああああああああああ⁉」
何故、銃弾が当たらないのか、何故、一突きでリーダーが倒れたのか、何から何まで理解できない、できる事と言えばただ喚いて騒いで暴れるだけ…リョウマがまずリーダーを狙ったのも、この為だろう。
「ハッ‼今〝ニンジャ〟って誰か言いませんでした⁉」
気のせいだから寝てろ。
「お、おおお、落ち着け‼きょ、距離を取るんだ‼奴に飛び道具は…」
「火遁〝ホムスビ〟」
バスケットボール大の『火の玉』がリョウマの手から投げ出された。
それは、特に狙いをつけられた物ではなく、マフィア達を掠めて焦がしつつも、後ろの壁へと激突して燃え上がらせた。マフィア達は、燃え崩れる壁をただ眺めるだけだ。この、戦闘中の、今なのに。
あとは、ただ〝刈り取って〟いくのみ。
リョウマが指で突き、殴り、蹴り飛ばす。その一撃で、ある者は気を失い、またある者は粗大ゴミの下敷きになり、別のある者は火の玉に焼かれ転げまわる。全て確実に〝一撃〟で勝利していくその様は、まさに無人の野を行くが如し…
「何で!何で‼何で⁉当たらないんだよぉ‼」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、チンピラが引き金を引き続けた。しかし、気味が悪い程に無表情で近づいてくるリョウマに掠りもしない。ついに目の前まで来られて恐怖の余り失禁までしたその男の首筋に、トンっと手刀が落ちる
確かに、それは戦闘と呼べるものではなかった。
こんなクズども相手に〝戦い〟になるか…って、その通りだった。20人からの銃まで武装したマフィアが、完全に沈黙するまで3分とかかっていない。
結局、刀も抜かなかったしな。…まぁ、抜けばむしろパニックは鎮まったか。
俺は警戒しながら壁から身を出し、キョウは一、二歩スキップして両手を開いて着地する。ケイさんは腰が抜けた様に四つん這いで這い出し、アンさんは未だ壁の影から出てこない。そして、タマモは苦しそうに胸を抑えて一点を見つめていた。
無論、その視線の先…トキは逃げられなかった。屍の野を無力に見渡すだけだ。
「別に、死んではいないぞ」
「へ?」
急所を殴るならまだしも、指で触れたショックで人が死ぬ…その〝偶然〟が起きるには、ただ大凶の方角から大凶の命理を突くだけではとうてい無理らしかった。
「何故わざわざそんな運命操作の手間をする必要がある?無力化できればいい」
人助けにもうちょっとマシな理由はないんすかね⁉
「死んでいた所でどうという事もないがな」
殺人罪って、知ってますかーーーーーーーー⁉
「八門による犯罪に証拠などないからな。それを処理する〝忍者〟の長には国家公認の特権がある。八門五行を悪用したと〝思われる者〟の処分だ」
「………」
それ、独裁者の特権じゃねーか‼
八門の使い手と〝断定された〟ならともかく、〝思われる〟って、どんだけ適当なんだよ⁉それ、ぶっちゃけ誰でも犯罪者として殺せるって事じゃねーか‼
そんな俺を無視しようとして、一つ舌打ちをし、リョウマは深々と被っていた帽子を脱ぐ。意外な長髪が放たれ、危うくその横顔に見入ってしまいそうに、ならなかったのは、額に中央に第三の目…ではない、何か黒いモノが光っていたからだ。
「…ハナクソ?」
ばきぃ
「あんな大きなハナクソがある訳ないじゃろ⁉星石じゃ‼」
「嘘を言えば、これによって俺は死ぬ」
…こいつ、ウソついたら死ぬのか。
リョウマの人をゴミとしてしか認識してない性格…優秀すぎるが故に他人を見下しているのかと思ってたけど、そんなんじゃなかった。
配慮という名のウソをつかない、同情という名のウソをつかない、社交辞令という名のウソをつかない、そういう風に調整されているんだ。
そうか〝嘘をつかない人間〟というのは〝他人の事を考えない人間〟の事か。
「ってか、そもそも〝星石〟って何なん?」
「…星石は、運命を呪い、それを否定した人の思いが込められた石じゃ。八門使いは自らが生まれ持った星石と、足元の八方位に配した星石とで、運を操作する」
リョウマやタマモが足元に飾緒やネックレスを配したのはそれか。
「…自らが生まれながらに持ってる星石?俺も持ってんの?」
「人は皆、二つの玉を持っておるじゃろ」
「キンタマ?」
ばきぃ
「わしにそれないじゃろ⁉」
「だ、だって、二つの玉ってゆーから‼」
「目ん玉じゃ‼」
…ああ、リョウマやキョウの片目が光る理由ってそれか。
なるほど。だから天地自然の方向に反した、己だけの方向を指し示すと…凶格の方位であっても、無理やり吉格の方位へと変えられる…凶を吉に…変える?
「ラッキーアイテムなんじゃね?」
「そう…特に大きく高純度の星石には、偶然という名の奇跡を起こす力がある」
基本的に〝運命〟を決める最も大きな存在はこの地球…そして太陽。しかし、八門使いは星石その配置で意のままに〝運〟を変える事ができるらしい。銃弾が逸れる、とか、一突きで相手を倒す、とか、炎が巻き起こる、とか…運ってすげぇな。
「全ての〝大星石〟が揃えば、あらゆる願いが叶うとも言われておる」
「大金持ちになれるとか⁉モテモテになれるとか⁉そーり大臣になれるとか⁉」
「そうじゃが…なんじゃ?その小市民の願望は」
すいませんねぇ‼
「大星石…つまり〝アレ〟の事だよな」
あらためて、視線が一つ処に集まる。…初めて会った時、トキが言ったのはそういう事か。運命を呪う人の想いをあの真紅のドクロに集めていたんだ。
…あいつの、運命を変えて叶えたい望みってなんだ?
「ドクロをよこせ。そして死ね」
お前、正義の味方やる気ないよねぇ⁉
「…ここで、ボクは捕まる訳にはいかないんだ」
「そうじゃ!分かっておる…逃げるのじゃ、トキ‼」
トキが両腕を互いに反対の腕の袖へと入れた。袖と袖とが眼前で交差刺された刹那、袖から両手が引き抜かれる。現れた両手に握られていたのは、色とりどりに光る星石の鎖。慣れた手つきで一瞬でその配置を決めると、足元へと落とす。
「八門遁甲〝石兵八陣〟」
瞬間、八門が開放された。
と思う。いや、俺、分からんがな。俺は何となくだが、リョウマ達の反応からある程度の情報を察する事は出来る。その視線の動きから円の大きさも…結構…
「っつーか、でけぇな‼」
それに…いや、待て…つまりトキがいるのは円の中央じゃないって事にならねぇか?円の中心付近にいるのはリョウマで、円の淵に立っているのがトキ、だな。
「こ、これは…まるで迷路です‼」
よし、キョウ!説明‼
リョウマの周囲に8つの入り口らしき〝開門〟があるが…ある道をなるべく吉格を選んで進むと、死門の袋小路にぶつかる。といって、危険を冒してやや凶格へと足を踏み込めば、危険な位置から命理を突かれる。
「無論、あえて死門に踏み込むのは、ただの考え過ぎです。死門や杜門という凶格が的確に配置されているのではない。むしろ、驚門や傷門、景門などが効果的に」
「…のんびり解説している暇があるなら、周囲の石兵を処理しろ」
「は、はいぃぃい‼」
慌ててキョウが一歩踏み出した、そこは…死門だった。
ずるっ
「いったぁぁああああ⁉」
「何やってんだよ、お前は⁉」
コケてまた鼻血を吹き出したキョウに、ケイさんがティッシュを渡そうとした。
「コケ、ティッシュ」
「………」
「な、ななな、何も言ってないっすよ‼」
…うん。俺も何も聞こえてないぞ。
そして二人して…コケたり、尻に火をつけて駆けまわったり、拾おうとした銃が暴発したり…多分、ボケをかましているのではなく、石兵を探してるんだろうな。
「そうそう、周囲の石兵をどうにかしない限り、この陣は消えないから」
石兵…あの〝星石〟とやらと同じ光を放っている何か、って事だよな。さっきのリョウマの視線から円の範囲を予測すると…あれか。小さな灯篭の様な石の中で光る、あの輝きは間違いなく星石だ。そこに行くのも〝凶運〟で一苦労だが。
八陣と言うからには、あれが八方位にあるという事か…
…ついでに、俺の足元にあるコレも石兵らしいな。そう、俺達は石兵八陣の外にいる。キョウ達は陣の内にいる。そうでなければ逃げられないからな。さっきトキが星石を出そうとした一瞬、察したタマモが俺もろともここまで引いたのだ。
そして、トキもすでに背を向けていた。
「お願いだ…キミたちも逃げてくれ。奴がどこを進むか選んでいる間にね」
「ここか」
リョウマは迷いなく一つの入り口から進入すると、躊躇無く…何事もなく先に進んでいく。開門、驚門、休門、驚門、傷門、杜門、傷門、休門、休門、景門…
「…って、あのニンジャどんどん進んでいかれるけど…石兵、処理したの?」
「まだ一個も!」
威張ってゆーな‼
「リョウマ様だから読み解いているんです‼」
「ってか、明らかに凶格も通ってるよねぇ⁉」
「いえ!そこは全て八星や九官の加護によって、凶格を軽減しているんです‼」
「バカ…な」
それは、これまで常に飄々としていたトキが、始めて見せた素の表情だった。そして、先程のマフィア達と同じ表情だ。リョウマは時々体制を崩しながらも、全くスピードを緩めず確実に彼に近づいてくる。それは、ありえない筈の事だった。
「トキ!早く逃げるのじゃ‼」
すでにリョウマはトキの目の前にいた。
右手にドクロを持っているので、反射的に前に出される左肘。明らかにそれを予想しきった動きで、リョウマは渾身の力を込めてそこに拳を叩き込む。骨がきしむ程の一撃に、トキは歯を食いしばり、細い両目をさらに細くしかめた。
その一瞬の隙に、リョウマは半回転して背を向ける。
「〝地狗星〟」
180度分の遠心力を込めたリョウマの回し蹴りが、トキの腹に命中してその体を5mは蹴り飛ばした。ただでさえ、みぞおち付近を…しかもおそらくは大凶の命理を蹴り飛ばされたトキは、もはや立ち上がっては来れなかった。
トキは気を失ってはいない。震える体をうずくまらせたまま、左手で腹を押さえ、ドクロを持つ右腕のひじをついて、かろうじて顔だけはあげてみせる。いつも細く閉じた目と口だから分かり難いが、明らかに苦悶が刻まれていた。
「ば、バカな…あの迷路を一目で…見抜くなんて…」
「迷路?あれがか」
物理的にも見下しきって、リョウマがトキへとゆっくりと近づいていく。もはやトキには反撃の余力などないように見えたからだ。
しかし、三歩ほど進んだ所でリョウマの足は止まった。
「…大凶星」
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