運命の駒たち 最強のニンジャマスターVS最凶のサムライマスター
まさ
第1話 キミは運命を呪うかい?
「え?」
「一生、恋人ができない運命を」
「それ運命じゃないよねぇ‼」
いきなり、とんでもない事を言われたけど⁉
「…いや!待て!落ち着け、アユム。落ち着くのだ、俺よ」
ここは駅前…すぐに警察が来る。学校にでもチクられたら面倒じゃないか。それに、たかが占いだぞ?…今は21世紀で、ここは世界の大都市東京だ。そんな非科学的で薄弱な根拠の中傷でキレるのは、むしろそれが事実だと認める事。
…よし。
「このアユムさまに喧嘩売ってんなら買うぞコラァ‼」
殴りかからんばかりの勢いで振り返った俺は、…しかし、ピタリと止まる。
「真紅のドクロ…」
誰かの手の上に、真っ赤なドクロがあった。
表面は傷や凹みなどが一切無い、美しい流線を描いていた。目と鼻の四つの不気味な空洞…上顎だけではなく下顎もあり、その歯並びは不自然に美しい…大きさといい、真紅の色を覗けば本物の頭蓋骨と全く同じだった。
「キミ、本物の頭蓋骨を見た事があるのかい?」
ないけど。
しかし、目を惹く本当の理由はその輝きにあった。美しい宝石が光って見える、ではない。実際、光っていた。単なる日光の反射、などでもない。その内側から発する光…その輝きを見ていると胸の奥からこみ上げてくる、この思い…なんだ?
「金目の物を見た時に感じる衝動でしょ?」
俺は泥棒か。
ツッコミを入れようとして、見上げた俺はドクロを持つ男と目が合った。全身黒のレインコートの影から覗いていたのは…あ~っ…何か、目も、鼻も、口も、ついでに体全体も、全てが細くてひょろっちぃアメンボみたいな野郎だな。うん。
「ボクがキミよりカッコイイから、ひがんでるよね?」
ひがんでない。
「ってか、俺の心の声に一々ツッコミ入れんなよ‼」
「…キミさ、心が顔に出すぎ。だから、今日もフラれちゃったんだよ?」
「手前ぇ!どっから見てたぁ⁉」
「1時間も前に待ち合わせ場所に来て、ずっとソワソワ携帯をいじっていたけど、次第に不安そうにじっと見つめだして、待ち合わせの時間を15分過ぎた辺りからメールを送り、5回目のメールが帰ってこずに肩を落とした…とかかな?」
全部じゃねーか‼
「キミ…今年だけでも、もう24人にフラれてるね?」
何で知ってるのぉ⁉
「これからの人生、何百人に声をかけても、振り向く女性は現れないだろう」
俺、どんだけ可哀相なのぉ⁉
「そんな運命、このドクロに食わせてしまわないかい?」
「はぁ?」
「モテモテになるかもしれないよ?」
…何、だと?
「ボクも運命を呪い、運命を変えようとする者。このドクロはその道具なのさ」
87%までコートの男に背を向けたそこで、俺の動きは止まっていた。一見、カルト的なトンデモ話でしかないのだけど、その一見だけで、不可思議な力を感じざるをえないのだ。この真紅のドクロの怪しすぎる輝きには。
っつか『モテモテになる』に抗いようのない魅力を感じてる。
「表ならこいつを信じる。裏なら信じない」
こんな時、俺の行動は決まっていた。ポケットから10円玉を取り出し、指で弾く。背を向けた奴からは見えずに空を切り、それは俺の左手の手の甲に納まった。
「裏か。じゃーな」
コインの裏表とサイコロの目は天のご意思だからな。
あっさりと俺はその場を後にした俺を、どうやら別に追ってはこないようだな。適当に3分ほど歩いたここは、駅前から少し歩いたビルの前。人通りが多いのは休日だからではない。ここはカップルの待ち合わせ場所だからな。ふっ…
…いかん!心が折れそうだ‼
ビルの鏡に映る自分の姿をまじまじと見る…野球帽を逆向きに被ってるのが悪いとか?眠そうに見える半たれ目が悪いとか?びみょ~に180㎝ない身長が悪いとか?デートに〝道頓堀ザリガニーズ〟のシャツを着てきたのが悪いとか?あとは…
「〝運命〟なのか」
「ナニあの男、鏡の前でポーズ取ってキモーい」
「どんだけナルシストなのって、ありえなーい」
…いや、あの、運命、だよね?
さっきあんな事を言われただけに、そのワードが頭の中に居座ってしまっている。と言っても、〝運命〟を否定できる人って誰だ?これがあなたの運命ですよ、こうすれば運命は変わりますよ…そんな職業があったよーな…
「ああ、占い師か」
そういえば、最近よく当たるって占い師の噂があったな。
暫く進んだそこは、ビル街を挟んだ一つ細い道路だった。お祭りやらイベントの時は屋台が並ぶ通りだ。そこを少し歩いてショッピングモールに入り、2つ目の路地を道なりに左に曲がると、そこはもうゴミ箱やらが乱雑している街の裏通りだ。
そこに、ぽつんとテントが一つ。深緑色?何とも形容しがたい色なのは、中からの明かりが漏れているからかもしれない。大きさは物置程度。
テントの中は思った以上に薄暗い。そして、想像以上に何も無かった。まぁ、俺の想像が俗なのかもしれんけど、水晶球とか、タロットカードとか、何やら怪しげな魔術の道具とか…そんな物は勿論ない…どころか、机すらない。
占い師の座る椅子と、後ろにカバンが一つ。
そして、ランプの明かりに照らされる影が一つ。顔を覆う大きな薄黄色いフードが、さっきのドクロ野郎を連想させるが、こっちは単に商売上の衣装だろう。
「占い、お願いしま~す」
無言だ。
いらっしゃいませ、くらい言ってもいいだろうに…これも商売上の演出か?占い師らしき…あ~っ、男か女か分かんねぇな…奴は、振り返りざまに俺が入ってきた事を確認している。そして、椅子へと腰掛けた。俺に、気づいてるよ…ね?
「運勢、占ってほしいんすけど」
「イヤじゃ」
何でお店開いてるのぉ⁉
「俺の何処が悪いんすかね」
「顔じゃな」
占い関係なくね⁉
「…あ、ああ、顔って、人相とかそういう意味か?」
「金と女と出世と安定に縁のなさそうな相が出ておるの」
それもーただの悪口だよねぇ‼
「今日はもう店じまいじゃ!さぁ、帰った帰った‼」
…えー…
「おぬしが現れた時、明らかにわしに凶事が起こると見えたのじゃ‼」
さらに問いかけるのを遮る様に、フードを揺らめかせて占い師は立ち上がる。俺が何も言えずにいるその目の前に『CLOSED』の看板を置き、くるりと後ろを振り返ってカバンに荷物を詰め始めた。その時、
「貴様は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて出て来い」
「ほれ、見ろ!じゃから言ったであろ‼」
「俺のせいみたいに言うな‼」
…ってか、何だよ今の完全〝犯人〟に言うベタベタな台詞は⁉
犯人…目の前にいるこいつは、フードで顔を隠した職業占い師とゆーあからさまに怪しい人物像だった。その不審人物を負い狙う集団と言えば、一つしか思い当たらない。ビビりつつも振り返ったそこにいたのは、…やっぱり制服の一団。
でも、警察ではない。
3人の男女の着る、一見一昔前の学生服にも見える詰襟の制服…陰になって見難いが、背後の2人の女性は藍色だった。そして、中央の深々と帽子をかぶる男のそれは汚れなき純白。…パッと見は、ヘンな人だな。将官なの?
制服に帽子。がもう軍服っぽいけど、右肩から襟にかけて宝石が散りばめられた鎖…飾緒?を付けていることが、さらに男のそれを軍服っぽくみせている。
一番は腰に差している日本刀なのだけど。あれ、…持っていいやつ?
ただ〝軍服〟に全く違和感なく、その着こなしから規律が、全く微動だにしない態度から冷徹が、そして俺を見下す黄金色の右目からは殺意が、染み出していた。
…そう。片目が光っているのだ。黄金色に。
帽子を深々と被る中央の男は、その黄金色の右目で俺を見下すだけで、一言も発しなかった。何か…何だ?この腹の底からグツグツと湧き上がる感情は…
「嫉妬じゃろ?」
怒りだよねぇ⁉
「俺が奴の何に嫉妬するっつーんだよ⁉」
「顔」
断言するなぁぁぁあああああああああ‼
「…あのなぁ、幾ら俺でも、さすがに今、嫉妬しないよ?」
「うむ。あそこまでイイ男過ぎると、もはや嫉妬など感じられぬじゃろう」
お前、何か俺に恨みでもあるのぉ⁉
確かに…野郎が美形なのは認めるよ…すっごい美形様ですよ‼細面なツラといい、綺麗に筋の通った鼻筋といい、凛とした眉といい、長い睫の奥で揺るがない瞳といい、これほど麗しく眉目秀麗に整った顔立ちの人間を今まで見た事が無い。
ずっと押し黙っていたその口から、初めて言葉が発せられた。
「とりあえず、貴様は死ね」
俺、今後の人生でこれ以上酷い事を言われない自信があるよ‼
人通りの少ない路地裏で、いつだって喧騒とはほど遠いのだろうが…今のこの静けさはそれとは全く違っている。痛々しい程に冷たく凍り付いたこの空気は。
…あれ、ヒトに向ける目じゃねぇ。
吐き捨てた俺は勿論、さらには容疑者扱いしている占い師も勿論、背後にいる味方である筈の二人に対してさえ、一切の感傷を抱かない…〝モノ〟としか見ていない黄金色の瞳。それは否が応にも「死ね」に1㎜の誇張もないと伝えてくる。
そして「貴様は」って事は、逆にこの占い師は死ななくていいって事だ。
「おい!占い師‼どういう事だ⁉お前、何か心当たりあんのか⁉」
「…やはり、あやつはこの街にいるのじゃな⁉」
「決定だ。捕らえろ」
はああああああああああああああああああああああ⁉
何かよく分からんが、一触即発の空気になっちまった‼黄金色の瞳がギラリと光り、占い師は半歩程後ずさって、対する向こうの女性二人も身構える。
「俺は…関係ないから帰ってよく…ね?」
とりあえず、言ってみる。理屈ではそうなのだけど、さっき「死ね」と断言された。やはり口封じというか、見てはいけないモノを見てしまった人の末路は…
「さっさと失せろ」
「へ?」
「〝邪魔だからとりあえず死ねばいい〟と思って言っただけだ」
ゴメン‼これ以上酷い言葉に上があったよ‼
酷い言葉ではあるが、救いの言葉でもあった。実は俺が背を向けた所を攻撃する…つもりが無い事を、あの曇りない〝ゴミを見る目〟が証明してくれていた。
占い師は俺を引き留めなかった。…まぁ、戦力外の一般市民だからね、俺。こんな制服集団相手に、ハナクソ程の役に立つとも思えないだろう。…それでも、震えるその手が俺の服の裾を掴みたがっていた。溺れる者は藁をもつかむ。
こんな時、俺がやる行動は一つしかなかった。
「表が出たら、占い師を見捨てる。裏が出たら、占い師を助ける」
指に弾かれた10円玉が大きく空を舞って、地面に落ち、コロコロと転がった。
「…裏だな」
「じゃあ、助けるか」
「何でじゃ⁉」
「コインの裏表とサイコロの目は、天のご意志ですよ?」
「それが何でじゃと聞いておるのじゃ‼」
大きな身振りで声を出した反動か、占い師のフードが背中へとはだけた。
その代わりに現れたのは、美しい黒髪を瞳の上辺りと、肩にかかる位でで真っ直ぐ切り揃えられたボブカット。目尻の下がった半月系の瞳を釣り上げるように描かれた黒いアイシャドー。白い肌に生える紅色の口紅…
そう、まるでクレオパトラみたいな美女だった。
「困っている女性を助けるのは当然の事‼」
「コインの裏表とかゆーておったよねぇ‼」
「お嬢さん、お名前は?」
「タマモじゃ‼…って、何でお主に教えねばならぬのじゃ⁉」
憤ってフードを脱ぎ捨てたタマモのフリルのついたブラと言ってもいい上着の端に、くっきりと谷間を作る胸。惜しげなくヘソを見せている、くびれた腰。巻きスカートから露わになる、フトモモ。そして、それらをするべき完璧なスタイル。
ってか、占い師とゆーよりベリーダンサーだぞ?
「あの…何でそんな服装してるの?」
「日本でのスタンダードな占い師とは、こういう姿ではないのか?」
そのデタラメ教えた人、誰?
…じゃない〝日本人が〟って、つまり彼女は日本人じゃないのか。見た目だと…よく分からん。確かに掘りが深い感じもする…どうやらこのおかしな言葉も、その服装と共に仕入れた〝平均的日本人が持つ占い師像の喋り方〟なんだろう。
「アン、ケイ、貴様等は女を捕えろ」
男が一歩前に踏み出した…左手に仰々しい真紅のガントレットを装着して。それは『悪魔の爪』とでも名付けるしかない刺々しさだ。コスプレ…じゃねーべな。
肩から色とりどりの石が光る『飾緒』の鎖を1本引き抜くと、足元へ落とした。
「こんな野郎、リョウマ様が相手にするまでもないっす!私が男を…」
「…ケイ、リョウマ様にもう一度同じ事を言わせるつもりですか?」
「あ、アンさん!すんませんした‼男はお任せするであります‼」
雑な言葉で怯えた様に敬礼し、慌てて帽子とコートを脱ぎ捨てたのはポニーテールの女性。その後ろにいるもう一人は、手に持つPCに向けて冷淡に呆れ果てた吐息を吐く、一見すると笑みを浮かべている様に見えるロングヘアーの女性。
どうやら前者がケイさん、後者がアンさん、らしい。
まずはアンさん。前も後ろも1㎜のズレもなく綺麗に切り揃えられたロングヘアーだけではなく、その眉、襟元、服装の足元に至るまで全てが完璧に整っている。そこには一切の妥協も許さない姿勢がにじみ出ていた。
そして、ケイさん。単純に息苦しさを嫌って襟元を開けていたり、腕まくりをしていたり、隣が完璧だけに一見するとワイルドだが、その奥に潜む弱気が言葉や表情の節々からダダ漏れていた。敬礼して見せたその手も僅かに震えている。
そして、ケイさんがボタン一つで50㎝くらいに伸びた特殊警棒を構えた。
対して、白いうなじを露にして…胸を押さえてやや俯いていタマモが、そのうなじにかかっていた…ブラジャーに多少布と飾りが増えた程度の上着の下の、大きな胸の上で弾むネックレスを外した。ってか、あの石の輝きって同じじゃねーか?
…何だ?二人とも…同じく足元に宝石の光る鎖で円を作ったぞ…
鎖は彼女の手の動きに合わせて広がって輪を描く。彼女はその輪を、右から左へと円を描く様な動きで足元…巻きスカートと呼ぶには余りにも足を露出した…特に右足はもう付け根まで見えてしまうのではないかという…その足元へと落ちた。
がんっ
「どこを見ておるのじゃ⁉お主は‼」
今、客観的説明しかしてませんよねぇ⁉俺‼
「よそ見をしていていいのか?」
振り返ったそこでは、リョウマが火の玉を投げようとしていた。
「って『火の玉』ぁ⁉」
「ゴミは焼却だ」
無造作に投げつけられる火の玉…それに気づいた時はもう遅く、俺にできるのは頭を抱えて後ろに飛び込むだけだった。運よく、なのか、狙い済ました筈のそれは俺の髪先を焦がして、背後の直線状にいたケイさんの足元へと飛んで行った。
「ひ…っ、うわっ⁉」
ケイさんは驚いて、座り込む様に地面にお尻をつく。さらに、飛び火でもあったのか、上着についた火がジャケットに燃え広がって…うわぁ。大参事…
「敵の心配をする余裕があるのか?」
「おわっちぃぃぃぃ⁉」
クイっと手まねくように動かしたリョウマの指の動きに合わせるように、俺の足元に火柱が上がる…ってか、俺の足が燃えてるよ⁉鎮火ぁ‼無様に地面を地面を転げ回ったり、痛くなるほど足を叩いたりして、何とか火を消し止められた…
あ、あの左手の禍々しく真っ赤なガントレットから火炎放射…してる訳じゃなかったよな?炎を投げたの右手だったし。っつか、クイっに至っては、奴からすら火が発してない。俺の足元から自然に…
「ま、魔法使いか⁉お前は‼」
「忍者だ」
「…は?」
俺はリアクションができなかった。
…今、もしかして〝忍者〟って言った?ないないない!忍者はない‼確かにここは日本だけども‼現代日本に忍者はいない‼…でも、あの不自然な魔術的発火は…いやいやいや、実際の忍者は火遁とか使えないから‼忍術ってそんなん違うから‼
「…いや、あの、忍者って、黒装束で手裏剣投げる人の事…だよね?」
「バカか?貴様は」
その、心の底から見下した目、やめろ‼
「そんな不審者が街中を歩いたら、目立ちすぎるだろうが」
「真っ白な詰襟制服も目立ちすぎると思いますけどねぇ‼」
「忍者とは忍術を…陰陽五行や八門遁甲を極めし者の事だ」
ハチモン?
「八門に気をつけなさい!ケイ」
その聞き慣れない言葉に首を傾げたその時、背後で同じ言葉が発せられた。事態が動いたのは、実はタマモが隙を見せたからだ。苦しそうに胸を押さえて2度3度と咳込んだ、…それを見たケイさんが特殊警棒を握り直して駆け出したのだ。
「だいじょーぶっす!任せてください‼」
軽~く警告を聞き流しケイさんが足を踏み出した、
「にゃー」
そこを、不意に猫が横切る。
「え…痛だだだだだだっ⁉」
驚いて、場所を変えて落ちた足元に、割れたビール瓶のカケラ。
「いでぇ‼」
悲鳴を上げてのけぞった拍子に、電柱目掛けて頭から突っ込む。
打ち付けた頭から血を流してケイさんは地面を転げまわる…その様子を、俺もアンさんもただ呆然と眺めるだけだった。俺達は、今、何を見ているんだろうか…〝自爆〟としか言いようがない、その不可思議な光景は…
「い、いけない!彼女は⁉」
「〝地暗星〟」
タマモの人差指がアンさんの体を突いた。それは本当に、まるでエレベーターのボタンを押すような動きだ。場所も、隙だらけではあったが、背中の右側。
「いっっっっ…ぁぁぁああああああああああい‼」
…なのに、アンさんは苦悶の表情で背中を抱きかかえようという風に体を丸め、地面を転がり始めた。あの痛がり様…絶対に、演技とかじゃねぇ…
…何?これ。
何と言うのか…もう、そこから分からんからもどかしいんだが…客観的事実だけを言うなら『何か運よく、彼女が勝った』…うん、それだな!あの二人が勝手にコケたり打ち所が悪かったりしただけに見えた。
一言で言うと〝偶然〟だ。
「やはり八門使いだったな」
「だから、ハチモンってなんなの?」
「〝八門遁甲の陣〟じゃ」
「は?」
「あやつらは死門…大凶に自ら踏み込んだ故、自滅したのじゃ」
何を言っているか、さっぱり分かりません。
俺の表情を見て彼女も察したのだろう。露骨に溜め息を吐いて、話を続ける。〝八門遁甲〟…って言うと、俺は三国志演義の諸葛亮とかしか思い浮かばんけど、まぁ、あれの事らしい。天地自然から吉なる方角を占う、とそんな感じ。
八門とは、生門、休門、開門、景門、驚門、傷門、杜門、死門、の8つ。それぞれに吉凶があり、それらを自由に周囲に配して〝陣〟を描き、敵を迎え撃つ。
さっきの戦いを例にすると、真っ直ぐ進んでくる事を想定して、その足元に最も重い凶格〝死門〟を配置する。そこに踏み込んだケイさんに、運悪く猫が通り、ガラスを踏み、電柱にぶつかる…と凶事がその身に降りかかって自滅した、と。
…ええと、つまり…
「奴らは運悪く負けた、って事か?」
「わしが運を用いて勝った、のじゃ‼」
んなムキにならんでも…
「もしかして、野郎の火の玉も〝偶然〟投げたモノが燃え上がったのか?」
「そうじゃ」
どんだけ偶然が重なると火の玉投げれるのぉ⁉
いきなり、そんなトンデモ話をされても俄かに信じられん…が、確かに明らかに不自然な自滅っぷりだった。それは何だったのかと言われれば説明がつかん。
「この…〝星石〟を用いて運を操作するのじゃ」
促されて視線が落ちる。そこにあったのは、ほぼ脚の付け根まで露わになった美しい脚線美…すらりと伸びた足が組み替えた一瞬だけ投げ出されてから落ちた。
「わしとやつのの足元の鎖…そして奴の手甲にも散りばめられた石…あれが〝星石〟じゃ。色が違うのは陰陽五行に則り火木土水金の属性を有するからじゃ」
タマモが前で組んだ腕が胸を持ち上げ、豊かな胸がより弾けんばかりに強調される。下着の様な服から覗くその深い谷間に、一瞬、俺は吸い込まれてしまった。
「生まれや方位の吉凶を読むのが通常の遁甲術じゃが、八門の使い手は星石を用い、その運命を操作し、本来なら凶なる方角を他の吉なる方角と入れ替えれる」
…いや、胸が…痛いのか?苦しいのか?この表情は…あ、目が合った。
ばきぃ
「どこを見ておるのじゃ⁉」
心配してましたよね⁉今ぁ‼
「…ちゃんと聞いておったのか?星石の属性は?」
「土水火風?」
ばきぃ
「聞いておらぬではないか‼」
「…漫才は終わりか?」
未だ辺りにはさっきの焦げ臭い空気が漂っている。辺りがゴミの散乱する路地裏だからなのか鼻につく不快な臭気に、その原因の男は深くかぶり直した帽子の影で眉をしかめていた…と言っても、その端正な表情は1㎜も歪んではいなかったが。
一方、タマモは疲労が見て取れた。さっきの仕草といい、顔の汗といい、向かい合うだけで銃を突きつけ合う緊張感なのか、それとも体調が悪いのか…
「吉なる方位、ってどっちだ?」
「…お主?何を考えておる⁉」
その問いかけに、俺は不敵な笑みで答えてやった。
理屈とかそんなのはどうでもいい。現実、自分の目の前で起こった事は否定できねぇだろ?どうやら、凶なる方向に踏み出せば不幸になり、吉なる方向に踏み出せば幸福になる。そういう事は現実にあるようだ。
「つまり、吉なる方向から殴りかかれば、俺が勝つって事だろ?」
「そ、そんなに簡単ではない!暦から天文地理に至るまで全てを熟知計算し…」
「いいから~、どっちからどこを攻めればいい~?」
「…北東…右斜め前じゃ!そして、き奴の右の脇腹の辺りを打てい!」
了解~!
「あと、左には絶対に進むでないぞ!そこは死門じゃ」
「ここ?」
ぐきぃ
「ぐぁあああ⁉あ、足くじぃたぁ⁉」
「じゃから左には絶対に進むなと言うたろうが⁉」
〝左〟に踏み出した足は、着地点を誤って横向きに着地して、そこに俺の全体重がかかる…その余りの苦痛に声も出せず、悶絶して俺は地面を転げまわった。
足を引きずりながら何とか立ち上がった俺の顔は、脂汗で一杯だ。
「つ、次はどっちだ⁉」
「正面が景門、左斜め前が生門、右斜め前が開門…左斜め後ろが死門じゃ!」
「ここだな⁉」
どんがらがっしゃーん
「い、いきなり電気製品のゴミの山が、なだれを起こしてきたぁ⁉」
「じゃから左斜め後ろは死門だと言うたろうがぁ‼」
〝左斜め後ろ〟に飛び退いた俺は…うっかりバランスを崩して、棒を掴んで体を支え…ようとした。しかし、それはゴミの山の支点であり、それを崩した俺には、数十㎏はある冷蔵庫を筆頭に、レンジ、パソコン、の角という角が降り注いだ…
「…おぬし、わざとやっておるじゃろ」
「お、男は〝禁止〟とか言われると、無性に進みたくなる生き物なんすよ‼」
「悪党め!このキョウが正義の鉄槌を下します‼」
「に、ニンジャーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
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