第10話  どんぞこまで不幸になろう



 「…何で、戻って来るんだ?」

 トキさんの、お宅訪問。


 「星石レーダー防御装備が必要なんだ」

 「はぁ」

 「よろしく」

 「…何で、ボクがそれを作らなくちゃいけないんだ?」

 「…ねぇ?」

 「こっちが聞いてるんだよ‼」

 いや、ただ星石の〝専門家〟で思いついただけだし。


 トキは珍しく細い眼を見開き、口を開けっぱなしにする。そして、すぐに顔色を隠そうと振り返って、俺にレインコートの背帽子を向ける。


 「せっかく、あのド汚いマンホールをまた通って、ここまで来たんだぞ?」

 「…だから?」

 「手ぶらで返すのも悪いなぁ、って思うだろ?」

 「思わない」


 こいつに貸しがあるかと言えば…まぁ、あるんだけどさ。前回の戦いの後、動けないこいつを担いで森を抜けたの、俺だし。そもそも『ニンジャマスターの手下』の俺のカオがなかったら、軍隊のひしめくあそこから出られる筈もなかった。

 トキにも自覚があるんだろうな。顔を隠したままで、こちらを向く。


 「…作ってもいいけど、条件がある」

 「金か?500円しか持ってないぞ」

 「違う‼」

 ポケットをジャラジャラ探った感じだと………629円。


 「ボクとタマモを、ニンジャマスターの手配対象から外してくれ」

 「………」

 「できないのか?」

 いや、…リョウマはお前ら二人の事なんて、忘れてんじゃね?


 リョウマにしてみれば、トキなんて深紅の『ドクロの付属品』程度の認識なんじゃなかろうか…タマモは、その付属品の関係商品。実際、この二人を探せという話を忍者屋敷で聞いた事もないし、リョウマから二人の話が出た事もない。


 「多分、大丈夫だと思う」

 「本当か⁉アユム!」

 後ろからタマモが顔を覗き込ませた。見ると、背にリュックを背負っている。服装はいつもと同じベリーダンサーみたいな。どこかに行くのだろうか…ってか、俺にバレたからアジトの移動か。その準備をしていたってとこか。


 それは、少女のように屈託ない笑み。しっかりとしたメイクとか、露出の多い豊満なボディとかから彼女を見てしまうけど、タマモの本質はこっちなんだろうなぁ。

 いかん、見とれていたらトキに睨まれてた。


 「ヨロシクお願いしマース!」

 話が纏まったと思ったのだろう、興味津々でまんまる眼鏡の下の目じりが下がりっぱなし、口元も緩みっぱなし、のムフフ顔でシルバが頭を下げる。


 「あとは、必要な物が幾つかあるけど、それはそっちで用意するんだよね?」

 「予算500円だぞ?」

 「頑なだな!その金額‼」


 「資材関係ナラ、ワタシがご用意できマース!」

 片手を「はいっ!」と上げて、シルバが会話に割り込んできた。トキは…戸惑っている。俺がシルバを『ニンジャマスターの星石関係の専門家』と伝えると、トキは感心を素直に顔に出した。そして、礼儀正しく深々と頭を下げる。

 

 「ゼヒ、アナタのお仕事をハイケンさせて頂きたいデース‼」

 「いや、こちらこそ『ニッポンのニンジャ』の星石技術を学ばせていただきたい」

 まるで同等以上の扱いに、シルバは顔を真っ赤にして動揺を隠そうとしない。さらに日本語をたどたどしくして、夢中でトキに色々質問していた。


 「………」


 ぼぐっ


 いきなり、タマモに腹パンされた‼

 「な、なに?」

 「…ムシャクシャしただけじゃ」

 通り魔じゃねーか‼


 …まぁ、何に腹を立てているのかなんとなく分かるけども…ようやく、気づいてトキがタマモに笑顔を向けて、顔を背けられる。今度はトキがムッとしてよせばいいのにこちらに向かって歩み寄ってきた。あ~あ、泥沼…

 

 「…別に、仲良くお話をしていればいいのじゃ」

 「僕が彼女としていたのは、仕事の話だよ」

 「…それがどうした?」

 「キミが、その男としているのと同じだよね」

 

 ぼぐっ

 

 「これはただ、犬を躾けているようなものじゃ‼」

 「お前はわんこを殴るんか⁉」

 「そんなひどい事をするわけなかろう‼」

 俺にやってんだよ、それ‼


 …なんか、すっごい殺気をタマモに感じて仕方ないので、俺は先に戻るとシルバに伝えた。同時に、サイコロと5円の補充も頼む。笑顔で手を振るシルバから感じる俺の用済み感…まぁ、互いに利害関係しかないからなぁ。


 「行く前に、どんな大星石か見せてくれないか」

 「………」

 え?


 「警戒しているのか…その警戒が、それが〝大星石〟である証だね」

 「…警戒ってゆーか」


 ここでこの〝あおぐろいぼう〟見せたら…俺、タマモにぶん殴られるよね?


 「…なんじゃ?」

 なんでもありません。なんでもありません。なんでもありません。


 「人前で見せられないもの、か」

 「はい」

 公然わいせつ罪です。


 「…仕方ない、か」

 今後のアジトの移動場所を後で教える告げたトキに、それまでに少し大きめだけど星石センサー妨害のバッグを作って渡すので、必ずそれに入れてくるように言われた。…まぁ、こいつらも追われてるっぽいしな。

 そして、そそくさと俺は手近なマンホールを目指しその場を後にした。


 再びマンホールを下へと潜ると、タブレットの以前進んだ道順を戻る機能で下水道を戻る。…まぁ、全部シルバに設定してもらったんだけど。…本当は狭くて臭くて虫がいる所は御免だったんだが、ここからしか行けねぇからなぁ…


 「…あら?ここは」

 最初に入ったマンホール…だよな、これ。


 そこは、見知らぬ景色だった。ネオン煌めく繁華街…うーむ、昼と夜とでこうも顔が変わるのか…マンホールから這いずり出る俺は、…変な人扱いだな。ツナギにヘルメットでもしてれば良かったんだろうけど、もろ野球帽とユニフォームだし。

 …やべ、何か警察に電話してるっぽい。


 帽子のつばを掴み、俺は足早にそこを去る。…どこへ?とりあえずは目の前に見える細い裏通りだろう。いや…裏通りとも呼べない、ビルとビルの隙間だな。体を横向きに、いたる所を刷り、時々何かをへし折りながら抜ける。

 すると、今度こそ人気のない裏通りへ出る。薄暗くて、じめじめして、ゴミの匂いがするな…そらそーか、お店の裏側のゴミ箱街道だ、ここ。


 そこに、ハンニャが立っていた。


 「リアル通り魔じゃねーか‼」


 仮面にマントの怪人は、俺のツッコミに呼応するように刀を抜き放つ。宝石の様に輝く黒い刀身…一番近いのは、スケさんの〝底のない泉の様な…悪寒しか感じない、黒い瞳〟だな。…まぁ、どちらも星石なのだから当たり前だけども。

 …本来なら、この狭い路地裏であんな長刀を振り回せる筈ないのだけど、あれは『折れず、朽ちず、曲がらず、あらゆるモノを斬る光り輝く剣』だからな…


 「オマエヲ、コロス」

 「………」

 喋った。


 その声は小さく、どこか作為的で、老若男女が全く分からなかった。仮面の中からだしな…ただ、その込められた〝意思〟だけは明確に理解できた。

 『オマエヲ、コロス』


 「俺、お前にそこまで恨まれる何かをしたっけ?」

 「ジブンノ、ムネニ、キケ」

 「………」

 なにも思い当たらねぇけど⁉


 「ああ!」

 「…リカイ、シタカ」

 「この〝あおぐろいぼう〟を見せたからか」

 問答無用で短刀を投げられた。


 あ、危ねぇ…俺は尻もちをつきかけて、中腰で下がる。どうやら、違うらしい。これは「…ふざけてんのかコラ」だな。他…他…他…ええと、俺こいつに何した…賽卦五行殺をやったけ…いや、でも、斬りかかられたからだし…


 …そもそも、こいつって、あの時のハンニャなのか?


 仮面にマントだから『中身』が博物館とは別人だったとしても、全く分からない。…とはいえ、あの漆黒の大星石の輝き〝十咫の剣〟は否定しようもなく同一なので、それはハンニャに仲間がいるという事なのだけど。


 「輝き…だよな?」


 闇夜だからより鮮明なのだけど、実際には刀の形に光がない。そこだけ影絵みたいになっていた。…けど、そこに輝きも感じる。どっちが錯覚なんだろうか…


 じりじりと後ずさりながら、俺は周囲を見る…ビルの隙間に戻るのは論外だな…後ろから刺される。そんな道からしか来れないここは、人通りもなさそうだ。色んな店の裏口?ゴミ置き場?そこらのドアを開けようとして、鍵がかかってたら…

 ダメだ‼この距離だと、逃げようとして立ち止まったら死亡確定‼

 

 …っつーても、サイコロは使い切ってるし、5円ホルダーも預けちまった。よーするに、武器がない。せいぜいポケットに小銭があるくらいだよ?

 

 絶体絶命の危機…‼


 「…ありゃあ?…」

 その時、扉が開いた。


 扉を出てきたその男は、…でかい。190㎝はありそうだった。てっぺんは天パっぽい癖っ毛で、藍色の和服…着流し姿だな。相当に酒を聞し召していらっしゃるのか、顔だけではなく体中が真っ赤だった。…そして、体中が傷だらけだった。


 大凶星?


 …危うく口をつきそうになった言葉を、慌てて飲み込む。一方、ハンニャもその視界から身を隠す様に体を傾け後退る。そして二人はその身を闇に同化させ、息を殺した。共に…いや、誰もが、この世で一番合いたくない相手だからな。

 服の裾から見えてるのは包帯だから、…やっぱあの時ドラックに轢かれたのは間違いない。でも、普通の病院で通報せずこいつ受け入れるか…?


 「…ここ、外かぁ?まぁ、いいか」

 どうやら、こちらには…あちらにも、大凶星は気づいていないようだ。…そうとうに酔っているな…フラフラしながら、正面の壁にぶつかった。二度三度叩いて、それがようやく壁だと確認した大凶星の動きがピタリ、と止まる。

 ポロリと何かがこぼれた。


 じょろじょろじょろじょろじょろじょろ


 …そして、壁に向かって黄色い液体を放出し始めた。


 じょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろ


 「長ぇよ‼」

 「…ん~~~?」

 「こっち向くなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 ぎゃーーーーーーー飛沫が靴にかかった‼


 「お~~~、仙人様じゃね~か~…おっひさ~」

 「そのポーズで普通に話しかけてくんじゃねぇーーーーーーーーーーーーー‼」

 「ん」

 「ん?」


 げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ


 ぎゃーーーーーーーーーーー吐~~~い~~~~た~~~~~~~‼

…もう、なんか地獄絵図だ。辺りはツーンと鼻を衝くしょっぱいんだか酸っぱい匂いで充満してるし、地面も壁も…モザイクしか見えねぇし、BGMは嘔吐と飛沫と呻き声…俺は仕方なく背中をさすってやったが…こっちも吐きそうだ…


 「…あれ?」

 気づけば、すでにハンニャの姿はなかった。


 「俺に恐れをなして逃げ出したか」

 俺も逃げたいけどな‼


 「アユムちゃん⁉」

 「え?」

 大凶星が出てきたドアから、茶色いセミロングの髪にパーマをかけたOL風の女性が俺をそう呼んだ。いつもとメイクの感じが違うので一瞬戸惑ったけど、間違いなく姉貴だ。なんだろう…いつもはシッカリ、今日は透明?


 「…姉貴、なんでこいつと一緒にいるの?」


 姉貴の話によると、偶然、道端に血だらけのこいつが倒れていたのを見つけたので、介抱したらしい。警察や救急車を呼ばなかったのは、その傷から…カタギじゃない気がしたから。一瞬、迷ったものの、とりあえず自宅で介抱をした。


 「見つけた時は、ほんと、すぐ死んじゃうんじゃないかと思ったんだから」

 大丈夫。そいつ、殺しても死なねーから。


 一晩、苦痛に悶え苦しみながら寝たら、翌朝はもう動けるというのだから…超生命体だよな、本当…その理由は〝大凶星だから〟一瞬でも早く長く痛みを感じる為なのだけど。そして、動けるようになると飲みに行きたいと言い出したと。


 大凶星を助ける…ねぇ。


 「…あのさ、姉貴…何か、不幸が起きなかった?」

 「別に?」

 きょとんとして姉貴は首を傾げた。


 「そっか。ならいいんだ」

 「…むしろ、うちに家族が一人、増えるかもしれない…かな」

 なにその最悪家族計画‼


 「アユムちゃんたちこそ、知り合いだったの?」

 「…まぁ、その」

 「いわゆる〝心の友〟?」

 お前、俺に対して『殺す』以外のコマンドねぇよな?


 「…そう。やっぱり、私達って〝縁〟あるのかな」

 俯いた髪の影で口角が上がった。やばいやばいやばいやばいやばーーーーーい‼


 「姉貴‼こいつは…あ~、無職だよ?」

 「…でしょうね」

 俺は姉貴の婚活グチを毎日のように聞かされていたので、姉貴が男を判断する最優先基準を知っていた。どー見てもこいつ、真逆だからな。


 「…でも、そんなダメな男の面倒を、一生見てあげるのもいいかな。って」

 姉貴ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 「ちょ、ちょっと支払いをしませてくるわね!…あと、お水買って来る」

 赤くなった顔を隠しきれずに、姉貴は入ってきたドアの向こうへとかけていった。ちょっと音高くしまったドアを、俺は暫く呆然として眺めるしかなかった。


 …マジ?


 「何だ?悩み事があるなら、にーにに言ってみろ」

 誰が〝にーに〟だコノヤロウ‼


 「…姉貴に近づくな」

 「シスコンかぁ~?」

 「…お前の恋人になるとか、不幸な結末しか見えねーだろうが」

 「不幸ってか…」

 大凶星が、思い出を夜空に浮かべていた。


 「俺に抱かれた女は、50%で翌日目を覚まさないな」

 「姉貴に近づくな‼」

 死の呪いじゃねーか‼


 「…俺は、愛する女も、信じた友も、守るべき家族も、全て不幸にしかできない〝大凶星〟だからな。死ぬってのは、俺が愛した証なんだなぁ」

 「ええと…女を抱かない。とゆー選択肢はないんだろうか」

 「最初はそう思ったんだけどさ、…結局、死ぬんだよな」

 〝好き〟がすでに死亡フラグ…


 「俺は全てを不幸にしかできない大凶星。相手が好きなら抱かない、なんて考えるだけ無意味だった…どーせみんな不幸になる。だから、意味ない事はやめた」

 正義の味方がこいつを殺そうとするのは〝正しい事〟なんだろうなぁ。


 「あ、だから絶対に無理強いとかしないぞ。来る者拒まず。去る者追わず」

 「…モテモテでいいご身分だな」

 「そーいや、定期的に女に言い寄られるなぁ」

 〝危険な男に惹かれる〟的なアレか?…デンジャラスにも程があるけど。〝甲斐性を求める〟とは真逆の、新しい遺伝子を求める的な理由なんだろうか…


 「ぃよ~~~し!じゃあ、兄と弟の親睦を深める為、飲みに行くか‼」

 えええええええええええええええええええええええええええ⁉

 強引に肩を組まれて酒臭い息を顔に浴びせかけられて、俺は無理やり連れていかれた…そして、俺は知る事になる。大凶星と飲みに行くのがどういうことか。


 一軒目。燃えた。

 二軒目。ヤクザが来た。

 三軒目。トラックが突っ込んできた。


 「ぷはーっ‼この一杯の為に、生き残ったよ~!」

 救急車と消防車とパトカーのサイレンを聞きながら、大凶星は崩壊した店から持ち出してしまったビールを一気に飲み押した。

 その体は…血達磨。包帯がもう意味をなしていない。血まみれで、アザだらけで、傷で埋め尽くされていた。…むしろ、何で生きているんだろうという重症なのだけど、逆だ。…こいつはこの程度で死ねない。死んで楽になれない。

 …無論、巻き込まれた俺もボロボロだった。


 「これだけ飲み食いしてタダとか、…もしやラッキー?」

 「全然プラマイゼロにもなってねぇよ‼」

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