第11話 ホラー
「ハンニャを発見!俺はヤツを追う‼」
足元で跳ねる水溜りの水は、下水道ではないが十分に汚い。…この工場の汚水だろうか。2mはある金網に立ち往生し、慌てて右へと逃げていく。パイプを幾つか潜り跨いだ先で、工場の扉に入ろうとするも、鍵が閉まっていて開かない。
そしてついに、袋小路にハンニャを追い詰めた。
「…クックックックッ…この刀が、血を欲しがってるぜ!」
うん。ただの中二病だな。
「この刀は〝奈落に沈む漆黒の極剣〟アポカリプス」
たたみかけんな。
「そして、魔王の血で黒く染まったこのマントは〝深淵より生まれし虚無」
「もうええ」
…あの日から、この手の事件が多発していた。じ~さんの〝力〟で強引にモミ消した副作用…ネットを中心に蔓延する『日本刀で警察官を数十人殺したハンニャ』とゆー存在しないダークヒーローに憧れる、中二病による銃刀法違反事件。
「ああ、うん。やっぱ、ただの不審者だよ」
「…ピンクのランドセル背負う成人男子に言われたくねぇ」
否定できねぇなぁ。
シルバから渡されたトキ制作『星石レーダー妨害リュック』は、…どー見ても小学生のランドセルだった。…いや、確かに能力は問題ないみたいなんだけどさ、これ背負って電車とか乗ってるんすよ?俺…あの、これ、イヤガラセじゃないよね?
一応、合わせてユニフォームも女性会員限定フリル付きピンクユニにしているのだけど、さすがにこの程度では違和感を隠しきれないらしいな。
「お前の血を、この刀に吸わせろぉぉぉぉおおおおおおおおおお‼」
ニセハンニャが振り上げた刀は、勿論〝大星石〟ではない。ただの刃物だ。当たり前だけど、当たるとケガします。当たり所が悪いと死にます。
対して俺が右手に持つのは、サイコロ。
「…手前ぇに出るサイの目は~」
サイコロはコロコロと転がって、奴の足元で止まる。
「凶だ」
ざばーーーーーーーっ
空から、バケツの水が降ってきた。
「賽卦五行殺。…二式、水行」
「す、すんません‼」
上からそれをぶちまけたこの工場の人か?…が、慌てて謝ろうと覗いて…引っ込んだ。水をかけたのが、ハンニャの仮面を被った日本刀を持つ怪人だったから。
「な、なんだこれぇ⁉」
「偶然?」
サイコロの目は天のご意思ですよ?その目が『水難に会う』と出たら、それはどうあがいても避けようがない運命。特に、仙人である俺の投げる賽の目はね。
「通報があったのはここですか⁉」
景気よく工場の汚水を踏み跳ねさせて、二人一組の警官が駆け寄ってくる。さっきからインカム交信してんだから、そら応援は来るよね。
周囲を見渡してその状況を確認し、警官は取り出した手錠を振り下ろした。
「変質者確保‼」
俺に。
「なんでやねん‼」
「…え?いや、ピンクのランドセルを背負った変質者じゃないんですか?」
「誰がんなこと言った⁉」
「アンさん、とおっしゃる方が」
アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼
「あ、ピンクのランドセルの変質者が街中で誰かと戦っている、でした」
アンさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼
「な、何か分からんけど、この隙に…」
「逃がしません、よ」
左右の顔の違う青年が飛び掛かり、へし折る勢いでニセハンニャの腕をひねり上げて地面へと組み伏せた。太い眼帯で覆った反対の顔で俺に笑いかける…その下では、すでに仮面は割れ砕け、顔面は地面に挟まれてひしゃげ果てている。
「痛い痛い痛い痛い‼う、訴えてやるか…ゴメンナサイ‼許してくださいぃ‼」
仮面が外れて露になったのは、30代くらいの小太り中年女性だ。泣き叫んでいるのなど全くお構いなしに、眼帯は黒コートの中から取り出した手錠をかける。
…存外、悪に容赦ない奴だな。
「それでは、私はこの男を共に警察に連行してから、少し遅れると思います」
眼帯の言う『少し遅れる』ってのは、侍屋敷へ集合にって話だ。何か、ようやくカクさんの怪我の具合がよくなったからとか。…結構、重症だったからなぁ。
俺は今、サムライ達と行動を共にしていた。さっきから連絡を取っていた相手もこの眼帯だしな。何故かって?ハンニャの情報を得る為だ。ハンニャなんとかしねーと、俺がリョウマに殺されるかもしれねーからな。
『貴様を殺す理由ができた』って、…すっげぇイイ顔してたからな。
ニンジャマスターには〝八門五行を悪用した者を殺す権限〟があるので、あいつがハンニャとみなすサムライの側にいる俺は…いつ殺されてもおかしくない。
ただ、幾ら自分の望みだからと言って、その建前を利用して俺を殺しに来るとは思えない。額の星石を抜きにしても、そういう〝嘘〟をつく男じゃない。
「邪魔だから死ね」
…とか、ふつーに言うからな。
「でも、世話になるばっかでなんか悪ぃなぁ」
「何をおっしゃいますか!あなたはカクさんを救った恩人‼」
…いや、助ける気なかったんで…心から深々と頭を下げられると、心が痛む…
「それに、個人的にもあなたと任務をしたいので」
「は?」
「いや、別に、赤いニンジャちゃんから解放されるからとかじゃないですよ‼」
…何か、重ね重ねすんません…
総理の前で共闘を約束した手前なのか、表面上はニンジャ側からキョウが、サムライ側から眼帯が、協力して合同捜査をしているらしい。この案件の警察への通報をアンさんが行っているのも、その仮面夫婦事業の一環だな。
そして案の定…あの赤忍者は行く先々で問題を起こし、その尻拭いを全て眼帯がやっているらしい。もう、ほんと、疲れたサラリーマンみたいな横顔だよ‼
「さ、さあ!犯人を連行しますよー‼」
俺は…まだ時間あるし、
「ママー!あの人、大人なのに何でランドセル背負ってるの?」
「いいから!指さすんじゃありません!」
…トキのとこに行くか。うん。
トキの新しい隠れ家は、駅前ビルの中の一室だった。木を隠すには森の中…というよりは、風水で絶対に見つからないと出る場所を優先しているらしい。確かに、実際に出入りしてみれば人影は皆無で、今まで誰ともすれ違ったこともない。
ここの4階だったっけ…3階だった気もする…記憶がてきとーなまま階段を上っていく。3階だった。『美少女怪盗巫女エルフ魔女っ娘』…とゆー謎のポスターが貼ってあるので間違いない。…ここの倒産した会社が作っていたゲーム?
「コレは?コレ教えてくだサーイ!」
その途中で、声がもう届いてきた。弾むように明るい声だ。
「つまり、この向きが大事なんだ。あと、こっちに大きい星石を使う」
「へぇ!凄いデース‼」
不用心にも扉は開かれていて、廊下からも部屋の中が窺えた。
シルバはリンゴのように顔を耳まで紅潮させて、その興奮を隠そうともしない。髪と同じ銀色の瞳を眼鏡と一緒にキラキラと輝かせていた。
ずっと独学だけだったシルバは、こうして本物の専門家に色々と話を聞けること自体が嬉しいんだろうなぁ。そもそも、この〝運命を操る〟自体がトンデモ話で、それ自体を話し合える相手もいなかったろうしな。顔に『喜』しか見当たらない。
一方、トキも相槌を打つだけでなく、自分から話を振り、雑談を交え、和気藹々と話してる…よな。愛でるように、慈しむように、目を細めて…って、元々か。
「………」
…何やってんだ?あいつ。
「何をやっておるのじゃろうのぅ?あやつは」
まったく、気づかなかった。後ろから不意に発せられたその声。今も気配なんて感じない。気のせいだったのだろうか…気のせいだったに違いない…え?後ろを振り返ればわかるじゃないかって?…怖くてそんな度胸とてもないっす‼
「…返事をせい、アユム」
「はいぃ‼」
ああ‼〝気のせい〟であって欲しかった‼
…後ろにいるのは、タマモだ。その声には一切の抑揚がなく、全くの無感情で、たいして大きくもないのだけど、…凄みが半端ねぇ。
言い換えると、殺意。
「…のぅ?あの二人は、何をやっておるように見える?」
「星石レーダーガードを作っているのではないかと思われます」
「…男と女が仲良くしておるようじゃのぅ」
聞いて!俺の話‼
「…お主は、どう思う?」
「…えーと、星石レーダーガードを作っているのではないでしょうか?」
「………」
無言にならないで‼
まぁ、確かに…ラブストーリーのドラマみたいに見える。何だろうね、…あの互いに意識した微妙な距離。二人の間には一片のネガティブもないのだけど、周りにあるそれを警戒しているような。二人の間の空気は、好意以外の何物もないのだけど。
…そして俺は、ホラー映画の途中で死んじゃう奴だよ‼『振り返った、そこに⁉(END)』だよ‼最後に悲鳴を上げて、画面に血が流れるアレだよ‼
…そうだ。大声を出せば、
「大声を出したら、…コロスぞ?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い‼
油汗にまみれ、歯をカチカチと鳴らし、顔から血の気が引く…他の人が俺を見たら、急病人に見えたに違いなかった。…時を同じくして、扉の向こうでもスーっと言葉が失われる。覗き込んでみると、二人は何も言わず、ただ見つめあっていた。
「トキさん、ワタシ、ワタシ…」
「…手を、握っておるようじゃのぉ」
俺の手をツネりながら言わないで‼
「い、いけないよ?ボクには…」
「…腕を、抱き寄せておるようじゃのぉ」
俺の腕をひねり上げながら言わないでぇ‼
「もう、何も言わないでくだサイ…」
「…あれ以上、顔が近づくと…どうなるんじゃ?」
これ以上、顔が曲げられると…もげちゃうから‼俺の首ぃ⁉
「…何をやってるんだ、そこで」
「関節技をかけられてるんだよ‼」
いいかげん、トキたちに気づかれた。
咄嗟にシルバがトキから離れて横向きに俯いた。…何か、落ち着きなく左に束ねた髪をいじっている。落ち着きがないのはトキも同様で、タマモに話しかけようとして、やめて、…を繰り返す。俺は、解放されるなり地面に倒れ、…動かなかった。
そしてタマモは、…無だ。
「お主たちこそ、何をしておったのじゃ?」
「な、何って、」
「キス、するところ。じゃったよな?」
「…タマモ、ちょっと」
トキに促されてタマモが隣の部屋へと向かう。タマモを先に通してから振り返った…何だよ、あのトキの露骨に見下す目は…あ、俺、地面に這いつくばってるんだから当たり前か。体の埃を払っていると、部屋の中から言い争いが聞こえる。
まぁいいや。俺は…はて?ここに何しに来たんだっけ…ああ、星石レーダーガードができたかどうか、…聞ける状況じゃねぇべな。えっと…あれ?
「探し物はコレ、デスカ?」
振り向いたそこにあったのは、満面の笑顔。…うん、なんか、よかったね?シルバに言う言葉を見つけられずに、無言で受け取ったランドセルをゆすってみる…ちゃんと入ってるな。これ失くしたらリョウマに殺される…
こうしてシルバが俺とふつーに接しているのは、サブカル仲間と星石技術論議をしたり、そのサークル内で恋愛ごっこをする方を優先しているから…とゆーより、現状は俺ともサムライとも、リョウマは敵対していないという証左なのだろう。
まだ言い争ってるみたいだなぁ…そこに顔出したら面白そうだと思う自分がいる。…が、タマモに殺されるよね?とゆーもう一人の自分の声のが大きい。
結局、俺は部屋を後にして、サムライ屋敷へと向かった。
「失礼」
「あ、こんちわ~っす」
すれ違った人に何気なく返事をして、素通りして、5歩まで歩いたところで振り返る。…スルーしかけたけど、ここにきて、初めて人に遭ったぞ。すでに遠ざかる後ろ姿だけど、なんだろう、この違和感…今のは黒スーツか?
っつか、窓の外がいきなり暗雲立ち込めて真っ暗闇になったんすけど。
「お嬢様、どうか私とお戻りくださいませ」
「お、お主は⁉何故、ここに」
…うん。何か、ヤバ気な事が起きてそうだ。
部屋の外まで聞こえる、大きな声。それに続いて、露骨に混乱狼狽する慌ただしい物音が続いた。さて…俯いた視線の先で、俺の右手が10円玉を転がしていた。
表が出たら、戦う。裏が出たら、逃げる。
「あ、安心してくれ、タマモ。彼を呼んだのは」
「貴方に話しかけてはおりません。どうか口を閉じていてくださいませ」
…裏だな。よし、逃げよう。
「…どうか、抵抗などお考えになりませぬよう。無駄な事はご承知のはず」
「こ、ここに〝大星石〟があるんだぞ‼」
…へ?
その言葉を理解するのに、俺は3秒かかった。そして、ランドセルを持ち替えて、恐る恐る中を覗いてみると、………ヤマイモが入っていた。
「………」
俺、ここ数日、ヤマイモ背負って歩いてたのぉ⁉
いや、そういえば、最初に入れた時以来、中を覗いたことなかったけど!開けたらレーダーに見つかっちゃうみたいに言われてたからさ‼
「…トキ、その白い筒は、どうしたのじゃ?」
「あの仙人の大星石に決まっているだろ?彼女に盗って貰っ」
そこで、トキはあることに気づいてしまった。
「ほら!だからさ、そういう事なんだ‼
「…ワタシを、利用してたんデスネ…」
「え?」
…今、どクズ発言したぞ?お前…
無論、壁を隔てた廊下の俺にはシルバの顔なんて分からないのだけど、…むしろ、見られなくてよかったよ。そして、あれから一言も発しない、それを自分のせいと言われてしまったタマモの顔もな。…トキの残念な顔だけは、見たかったが。
「れ、連絡した通り、この大星石を渡そうと思って呼んだんだ!代わりに…」
「無駄な事はご承知のはず、と申しあげましたが」
そして、それは目的すら果たせなかった。
「私の仕事は『お嬢様を連れ戻る』でございます。…トキ様が失くされた〝深紅のドクロ〟につきましては、どうぞ当事者同士でお話していただきたく思います」
必要以上に言葉を選び恭しく低頭平身でありながら、一片の妥協も会話も許さない威圧がその言葉にはあった。『表面は極めて礼儀正しいが、実は尊大で相手を見下している』、…まさに慇懃無礼を擬人化したような男だな。
「こうなったら、ワタシが〝忍術〟を使いマース‼」
「む、無駄だ‼そいつは、ボク達八門使いを殺すのが役目なんだぞ⁉」
「では、どうするというのだ⁉」
話をまとめると、トキは俺から盗んだ大星石を材料に、組織の追手と交渉しようとしていたんだろうな。失くした大星石は弁償するから、と。
そして追い詰められたトキは、当然、
「くっ、こうなったら、この大星石の力を開放して…」
「やめんか、ボケぇ」
それを無くしたら、俺がリョウマに殺されるだろうが‼
「あ、アユム⁉わしらを助けに」
振り向いた時、すでに俺はそこにいなかった。
「逃げんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
そら、逃げるわ。サイコロの目がそうなんだから。
「コラァァァァアアアアアアアアアアア‼アユムーーーーーーーーーー‼」
「ギャーーーーーー‼追ってくんなーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
まんま鬼の表情で、タマモが追ってくる⁉…っつか、一度振り返るたびに一歩、確実に近づいて来んだけどぉ⁉一定間隔で、顔が拡大されてくよ‼やばいやばいやばいやばいやばい…これ、あと5回も振り向かないうちに捕まっちゃうよ‼
「階段…表が出たら上‼裏が出たら下‼」
弾かれた10円玉は、ちょうど階段の手すりに当たって床に落ちた。それを見て、俺は階段を駆け下りる。さらに下の階へ駆け降りる。さらに下の階へ…
それからは無我夢中でどこをどう走ったのか…気が付くと、後ろから迫っていた足音は消えていた。立ち止まり、荒い息を整えながら恐る恐る振り返ると、…誰もいない。ホッと胸をなでおろして見上げると、
『世界メイド蝋人形展』
…何、それ。
周囲を見回しても…、いや、ふつーのオフィスビルだよね?なんか、昔潰れたアニメ会社?みたいな。珍しくもない単純な白い壁。天井も床も同じく。
おそるおそる中を覗き込んでみると…うわぁ、うじゃうじゃいらっしゃる…薄暗い部屋に、あのひらひらエプロンドレスの人形がいっぱい。無表情な笑顔で、1㎜も動かずにじっと、部屋中のそれら全員が、俺を見ていた。ような気がした。
…人の気配は、ないな。まぁ、世界メイド蝋人形展は俺も来る気ないけども。
「おかえりなさいませ!ご主人様」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
び、びびび、びびったぁ…
不意に声をかけてきたのは、入口のリアルすぎるメイド蝋人形だった。『萌え』とかカケラも感じられねぇ、すっごいリアルな白黒ヒラヒラメイド服の蝋人形。
ぶちっ
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
いきなり、照明が消えた。
…そ、外は大雨っぽいから、それか?勿論、昼だから真っ暗にはならないのだけど、暗雲立ち込める外は真っ暗だし、室内は本格的に薄暗くなった。時折落ちる稲光がメイド人形をさらに怪しく照らし、肝が冷えたところで轟音が心臓を揺さぶる。
「…帰りてぇ」
「ご案内しましょうか?」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
入口のメイド蝋人形が、無表情な笑顔を向けて話しかけてきた。要らないから、この機能‼いや、AIとか技術を駆使した案内ロボットらしいけど‼
…ん?AIって事は、会話が成立するのか?ちょっと聞いてみるか…
「あ、あのさ、誰かいないの?受付のお姉さんとか」
「申し訳ございません。職員の個人情報にはお答えできません」
「…いや、いるのかいないのか教えて」
「(ぴー)ストーカー行為です。センターに連絡します」
なんでやねん‼
あ、やべっ…ツッコミで首が180度真逆になっちまった。どうするかな…と俺が悩む間もなく、首が高速回転で戻ってきた。…ただ、その表情は笑顔、と、困惑、と、怒り、と無表情とが各部分ごとに独立するホラーになってしまっている。
「…ぉしゅ…ぃん…さぁま?」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
俺は目の前のそれから逃げる為だけに猛ダッシュでドアにかぶりつくと、必死にノブを回し続けた。…硬すぎて、一向に回らないドアノブを。何でぇ⁉俺、今、入ってきたよねぇ⁉鍵⁉鍵がかかってるのか⁉
その、俺の横顔を誰かがのぞき込んでいた。
「鬼ごっこは、もう終わりでございますか?」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
何で俺、こんなホラーなイベントに巻き込まれてんのぉ⁉
ゴキブリの様にカサカサと壁を伝わって距離をとる。その様子にすら微動だにしないそいつは、パッと見、黒スーツにサングラスの量産型戦闘員だな。
いや、蝶ネクタイだから執事キャラなんだろうか。だからこのメイドだらけの中に紛れて違和感なかったのか?っつか、存在が人形みたいなのか、こいつ。人間味のカケラもない。何だろう、このモブ感…見た目も年齢も〝どこにでもいる〟感。
「タマモ様は…ご一緒ではないご様子でございますね」
ただ、口開くと個性の塊だけどな。
口調といい、どうやらタマモを迎えに来ていたのはこいつみたいだな。いや、さっきは逃げようと背後からこっそり、リレーのバトンタッチみたいに後ろ向きで白い筒とったから、見てないのだけど。よーいどん!で逃げたし。
「まさか、あの短い間に逃亡プランを立案実行されるとは、感服いたしました」
胸の辺りに手を当て、深々と首を垂れる。…いや、ただの偶然なんすけど。
まぁ〝結果論〟として、まんまとタマモをこいつから逃がせたようだ。どうやら、タマモは仙人である俺と一緒にいると決めつけていたらしい。だから、途中のどこかでタマモとはぐれたとも気づかずに俺を追ってきたのだろうなぁ。
「女性をご同伴でございましたし、すっかり騙されました」
「女性?」
その謎ワードに首をひねったそこに、女性がいた。銀の髪と目…いや、目は白いな。もう、真っ白な目を俺に向けてるよ。…おい!さらにゴーグルで隠すな‼
「どっから見てた⁉」
「…わりと最初からデース」
ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼
全然気づかなかったよ‼じゃあ、何か?俺はず~~~っとシルバ傍らにおいて、独り言言ったり、人形と話したり、奇声を発したりしてたの⁉
「あの無様に喚いていた様も、ご自身に注意を集める作戦の一環なのですね?」
「………」
うん。そう。
「火遁〝ヒノカグツチ〟‼」
いきなりだった。完全にその場の不意を突いて、シルバが〝忍術〟を発動する。足元の星石に運命を操られて、漏電か何かで偶然ついた火の粉が、次の瞬間には部屋全体を覆っていた。冷え切っていた室内の空気はいきなりサウナになる。
「…ぁ…つぃ…あつ…ぃ…よぉ…」
黒スーツは自分の周りに巻き起こる炎に、一瞥もくれなかったが。
…俺は、目が離せんけど。炎でメイド人形がドロドロ溶けていくよ‼いや、何で目ん玉だけ溶けないで垂れ下がるの⁉っつか、この音声ってAIなの⁉聞こえてんの俺だけなの⁉もう、今夜は電気全部つけないとトイレに行ける気がしねぇ‼
そして、黒スーツは何かをつまむように右手を上げた。
「失礼」
指パッチンで火ぃ全部消えたけど⁉
「雷の竜よ、喰らいなさい」
瞬間、今までにない強烈な稲光が窓の外からすべてを光で包み込んだ。
その、…見える筈のない一瞬、走馬灯なのだろうか…しかし、確かに、俺達はその雷の輪郭をクッキリと捉えていた。〝竜〟としか呼べない、その形を。
どんだけ偶然が重なったら、雷が竜の姿に見えんのぉ⁉
ただ、その雷竜は折れ曲がって別方向へと落ちた。黒スーツと同時に、俺もサイコロを投げていたからだ。出た目は『6』金気。おそらくは〝偶然〟避雷針になってくれたどこかへ落ちたのだろうな…いや、見える筈もないのだけども。
「さすがは仙人様でございます」
次々と起こる驚天動地に、全くついていけずに立ち尽くすだけの俺達に、黒スーツは深々と頭を下げていた。ただ、今までは伏せていた目を、今回は睨めあげていた気がする。サングラス越しなのでよくは見えないのだけど。
「お嬢様もいらっしゃらないご様子でございますし、これにて失礼させて頂きます。数々のご無礼、どうぞご容赦くださいませ」
「…やだよ」
「今、何と?」
「お疲れ様でしたーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
直立不同から直角90度、10秒頭を下げ続け…恐る恐る顔を上げると、そこには誰もいなかった。どうやら…行ったみたいだな?不意に、俺は腰からすとんと床に落ちてしまう。そして、大きく重く長い吐息を一つ吐き出してから、天を仰ぐ。
そこでは、シルバの真顔が刮目して俺を見下ろしていた。
「お互い、今日は何も〝見なかった〟………デスネ?」
「…はい」
最後の最後まで怖ぇよ‼
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