第6話 いっしょにたたかいましょう


 天井が見えない。

 

 必然的に見上げてしまうその階段の頂上には、華美に装飾された玉座の肘置きに右手で頬杖を突き、豪奢な赤絨毯から浮かせて空中で長い脚を組み、上から見下す黄金色の瞳も顔を上に傾けてさらに見下ろす角度を増して、主が鎮座していた。


 …うん、やっぱりどー見ても、悪の総帥だぞ?


 「こちらが迎賓の間でございます」

 「大切なお客様を迎える間なの、ココ⁉」

 遥か頭上から、足くんで頬杖ついて見下ろしてる人いるけど⁉


 いや…一応、正装はしているのか?リョウマは他の連中と同じ詰折制服ではなく、ニンジャっぽい。頭に巻いた布から、羽織った狩衣、忍者服から脚絆まで、オール白は変わらないけど。こいつが戦闘以外でこの服装をしてるの、初めて見た。


 「客をそこに並べろ」

 いや、もうこれ絶対違うよね⁉


 「リョウマ様、サムライマスターの皆さまです」 

 サムライマスターは5人。男4人女1人。こちらはチョンマゲに羽織袴だったりはしなかった。全員があの日に博物館で見かけた…あ、今日もいるな…眼帯と同じく黒いコートを羽織っていた。そして、一行の長らしき老人が歩み出た。


 「右から、スケさん、カクさん、おギンに、ヤシチじゃ」

 なんか聞いた事あるパーティだな‼


 「わしは〝ご隠居〟と呼ばれておる。ほっほっほっ」

 …隠居してるからか?おじ~ちゃんは、余りにも小柄で、そして全てが細かった。実は、見た目は一番サムライっぽい。…まぁ、月代を剃っているのではなく天然なのだけど。髷を切られたみたいな髪型で白髪をなさっている。

 一番左にあの眼帯がいた。そのヤシチさんの前に、キョウが飛び出した。


 「この前は、すみませんでした‼」

 アンさんに突き出されたキョウが、膝にぶつける勢いで眼帯に頭を下げた。謝罪を受けた眼帯だが、何も答えずに俯いて重い沈黙を醸し出す。…何か、先生に付き添われて近所のおじさんちに謝りに来た小学生。…みたいな絵面だ。


 実は、殺人未遂の謝罪だけどな。


 むしろ気まずそうに、眼帯が視線をキョウから外して泳がせたのは、真っ赤な忍者服を着た不審人物だったからではない。…多分。頭上から鉄筋を降らせて殺されかけたんだからな。「はいそーですか」と謝罪を受け入れられる筈もなかった。


 「あー…うん。これからは、気をつけるんだぞ?」

 「許してくれるんですか⁉」

 …マジで?


 改めて眼帯…ヤシチさんの顔をまじまじと…失礼だから見ないけども、精悍で健康的な30代って感じだよ。黒くて太い右側の眼帯にしか目がいかないのだけど、外してスーツを着たらふつーのちょい疲れたサラリーマンがそこにいそう。


 「…そーゆーのってさぁ、アンタらのが謝りに来るモンじゃないのぉ?」

 ごもっとも。


 反射的に、心で頷いて、目が発言者を見る。それはたった一人の女性のサムライだった。サイズの規格が狭いのだろうか…小柄な体に相応しくない、大きいサイズの黒いコートを着ているので、実際よりさらに小柄に見える。

 スケさんだっけ?パッと見た感じは女子高生?茶髪を後ろで二つ縛って止めた髪型とか薄い化粧の感じとか、朝の電車にふつーにいそう。

 …表情は、むしろヤのつく組事務所とかに居そうだけどな。


 「忍者の世界ではさぁ~忍術誤爆されても『ゴメン』で済ませてるんだぁ?」

 …俺、ゴメンすら言われてないよ?


 「いいんだ、スケさ」

 「ヤシチぃ、アンタは黙ってな」

 投げっぱなしの、一言の圧力で眼帯を押し黙らせた。


 こちらも、年の離れたサラリーマンと女子高生の兄妹みたいな絵面なのだけど、…実際に感じるのは、ハンパない上司と部下感。いや、多分、同僚だと思うけど、台詞そのまま「お前は黙ってろ」に服従する感じが凄ぇ…

 その圧力を無言のまま俺達に向けてくる。…無駄に見下してくる感じは、どっかのニンジャマスターと変わらない。ただ、無表情の能面リョウマとは真逆の、…ほんとーに真逆の、思いっきり見下す感情をこめまくった嘲笑面なのだけど。

 その二人が、階段の上と下で視線をかわしていた。


 「なぁ~~~んで、アタシらのが呼び出されなきゃいけないのぉ?」

 「ハンニャの中身が、貴様らの誰かだからだ」

 一言で、笑いが消えた。


 …誰も、何も、しゃべらない。リョウマは、ただ階段の上から見下ろしているだけなのだけど、…その重圧がハンパねぇ‼一度、サムライの一人が意を決して見上げたけど、目が合った瞬間、反射的に目を明後日の方向に泳がせる始末…


 誰かなんか喋ってぇ‼重圧の余り、ケイがもう呼吸できずに顔真っ赤だよ⁉なんかもー一人宇宙空間にいるみたいになってるよ‼


 「え?ハンニャの正体って、怪盗☆白仮面じゃないんですか?」

 バカがいて助かった‼


 「ハッ⁉…怪盗☆白仮面がこいつらなんですね⁉」

 バカ思考をリミットブレイクさせんなーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 咄嗟にキョウは大きく後ろに飛び退くと、ポーズをつけながら星石鎖を…取ろうとしたんだろうな。しかし、手に持ってるそれは、…トランプだ。

 「このキョウが相手です‼」

 …7並べでもすんのか?


 結果的にはコレで良かった。みんなの緊張が解けたから。…黒いコートの中に入れていた手を、おそらく脇差を握っていた手を、サムライたちは外に出す。


 …まぁ、一番救われたのはケイだけど。重力に引かれるまま、すとんとお尻から地面に崩れて放心状態だ。その様子を、見る余裕もなく息を整えるシルバと違い、見下ろすアンさんの無表情はさすがだな。手ぇ貸す気ないけど。

 キョウは…いい加減、トランプに気づけ。


 「何か証拠でもあるのかよ⁉」

 さっき、一人だけ言い返そうとした男が、汚名挽回と声を張る。カクさんだっけ?多分、一番のイケメン。髪も顔も適度にお化粧した、もー、分かり易い『誰もが一目置く学校で一番人気のスポーツマン(サッカー部)』みたいな感じ。

 ちなみに俺は『野球部でもないのに野球のユニフォームを毎日着る、誰もが一歩引いて見守る学校で一番変な人』って感じだな。


 「…証拠など必要ない」

 「は?」

 「俺が『八門五行を悪用した』と思った時点で、有罪だ」

 …ムチャクチャゆーよな、こいつ…。


 「な、なんだとコラぁ⁉」

 「や、やめなよ!カッちゃん‼」

 もう完全にコートから脇差を取り出しているカクさんの腕を、隣のぶっとい腕が掴んで止める。ただ、それはゴツい外見とは裏腹に非常に非力であり、カクさんが感情のまま跳ね上げると、あっさりと跳ねのけられてしまう。

 おギン、だっけ。きっと睨まれたら一番怖そうなゴリラ面なのだけど…その顔は想像できなかった。正反対の、自信皆無の表情で、力技なら1秒で止められそうなのに、何とか話し合いでカクさんを留まらせようとグタグタ説得を試みる。


 実際に脇差を抜いたのは、もう一人の男だった。


 「安心しろ。あの現場でハンニャと戦った貴様は、対象外だ」

 「自分だけが助かれば、仲間を見捨てる男に見えるのか?俺が」

 …完全に向こうがヒーローで、こっちが悪の秘密結社だな。


 「刀をしまいな、ヤシチ」

 スケさんに一喝され、ハッとして眼帯が見上げた赤絨毯の階段の先では、すでに右目を黄金色に輝かせたリョウマが刀を抜き放っていた。露骨に、スケさんは舌を打ち、言い争っていた二人もジトっとした重く湿った視線を向けた。


 「…こっちから刀を抜くバカがいるぅ~」

 責任を感じて決めたヤシチの覚悟は、実は全くの無駄だった。


 「先に刀を抜かなければ自分達は安全、と思っているバカどももいるがな」

 …サムライへの攻撃は、もはやリョウマの決定事項だから。


 もはや完全に宣戦布告としか思えないそれに、一番ビビってるのは…ケイだな。一生懸命お祈りしたのに、…厄災は自分の前からいなくならなかった。と絶望して顔を青ざめさせている。サムライマスター達はと言えば、冷静に警戒態勢に入る。

 …うーん、じ~さんは未だ余裕だな。何か奥の手があるんだろうか?


 「…俺達を拷問して、自白でもさせようってか?」

 「いや?」

 「そ、そうだよな」

 「手練れから、殺していく」

 本気かよ?…と、誰も聞かなかった。


 「ハンニャの中身は『サムライで、相当の技量を持つ者』…これは確定事項だ。ならば、貴様らを上から順に殺していくのが最も被害が少ない」


 リョウマウソをついたら死ぬから、とかそんな情報は必要なかった。知っていても、今は頭の片隅にもなかっただろう。…あの、俺達を見下ろす黄金色の瞳が、全てを物語っている。すでにサムライ達の手はコートの中へと消えていた。

 サムライ達の視線が、無論、体は正面に向けたまま、入ってきた扉の方向に向けられていた。求めたのは逃げ道と言うより、入口で渡してしまった物だろう。


 「あんさんたちのダンビラはココやで~」

 …それをあざ笑うかのように、5振りの刀をこれ見よがしに頭の上にひけらかせて、スパイみたいな黒の全身タイツがリョウマの隣に現れた。チンピラ言葉が無くても、あのエロ過ぎるワガママボディラインはコンに間違いなかった。


 「驚きの余り、声も出ないみたいやなぁ~‼」

 …いや、ひょっとこ面に驚いてね?


 「撃て」

 「はいなぁ‼」

 ひょっとこが無造作に刀を放り投げ、代わりに銃を構えた。残念すぎるコミカルな面と、ワガママボディ、それが取り出した人殺しの道具…余りのアンバランスについて行けずに硬直する面々に、何の躊躇もなく引き金が引かれた。

 「死にクサレ、こんボケカスがぁ‼」

 

 「危ない‼カッちゃん‼」

 咄嗟に大きな影が躍り出て、弾丸を弾いた。〝巨漢〟という言葉が実にしっくりする筋骨隆々の体は、サムライ達を完全にその身の後ろに置いてしまう。おギン…とか呼ばれてたっけ?その左瞳はルビーのように赤い光を反射していた。

 続いて発射される弾丸も、3発続けて脇差で受け流す。ギンの巨体はあれだけ大きい的なので、コンも刀の無い場所へと銃口を変えているのだけど、むしろ全ては吸い込まれるように脇差に当っては地面に転がった。

 ついに弾が切れ、2度空撃ち音がした所で、ギンが刀の影から赤い瞳を見せた。


 「…サムライマスターに、銃は効かない」

 あれも〝偶然〟当たらないのぉ⁉


 「逆か」

 「…逆?」

 ああ、なるほど。避けてるんじゃなく、当ててるのか。


 ニンジャマスターに銃は効かない。自らの進む道を全て〝吉〟にして、偶然全ての弾道が逸れていくからだ。同じく、サムライマスターにも銃は効かない。こちらは逆に刀身を〝凶〟にして弾道を集中させているらしい。

 …ただ、『不幸にも当たる』というのは『不幸にも壊れる』という事ではないのだろうか?それでは本末転倒なので、何か運命操作してるんだろうけども。


 「ギン、大丈夫か⁉」

 「う、うん。大丈夫だよ、カッちゃん」

 完璧に弾き避けたようでも、銃弾による衝撃は避けられないのか、それとも死の恐怖だけは避けようがないのか、ギンは大量にかいた脂汗をぬぐいつつ、片足をつく。…そら、ふつー怖くて銃口の前に身を晒せんわな。

 それでも心配かけまいと、精いっぱいの笑顔をカクさんに向けていた。


 「…手前ぇら…そっちがその気なら、こらもう戦争だよなぁ‼」

 最悪じゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 荒ぶる感情をそのままに、カクさんは力任せな雑な抜き方でコートから脇差を抜き放つ。前のめりにその刀を構え…青く光る右目が、まるで恋人の仇でも見るように血走った殺意をむき出しで睨み付けていた。…俺を。


 下がろうとした俺だが、つっかえ棒されて腰から上だけ後ろに折れ曲がった。右後頭部に視界を求めて、何とか視界の隅に入ってきたのは、ポニーテイルの結び目。完全に顔を下に向けて、俺の背を押す両手に渾身の力を込めていた。

 「あ、あんたが戦うんすよ‼」

 えー…


 「…めんどくさ~~~い。ヤシチ、アンタがやんな」

 「了解」

 身も蓋もない理由に、僅かの不満も見せずに従う。…にもかかわらず、スケさんの不機嫌さは増したように見える。右のおさげを弄りながら、あからさまに落ち着かない。眼帯はそんな様子を全く気にとめずに、ただ義務でも果たすようだ。

 「眼帯さん、あなたの相手はこのキョウです‼」


 つるっ


 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」

 あ、コケた。


 「銃が効かないんやったら…これはどないや‼」

 その向こうで、階段から飛び降り着地したムチムチひょっとこが、自分の足元に星石鎖の配置を終えたいた。刹那、その掌に赤々と炎が燃え上がる。

 「火遁〝ホムスビ〟‼」


 「あいつも忍術使えんのーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」

 「あの〝面〟には、ワタシのゴーグルと同じキカイが装備されていマース‼」

 ふふん!と鼻高々に、メガネをくいっとあげる。シルバご自慢の一品ってのは、八門五行の配置や命理を視認表示するゴーグルの事だ。つまりは『チュートリアルで忍術が使える』ように周囲の〝運命〟をどう動かせばいいかを教えてくれる。

 凄いけど…面を他のデザインにする選択肢はなかったんだろうか?


 対して、ギンは銃弾を弾いた白刃を超Lサイズの黒コートの中に戻すと、代わりに真紅の刀身の脇差を取り出して頭上へと掲げた。一方で、反対の手からは色とりどりの光を各所で放つ、星石鎖がたらされていた。


 「不動…明王斬り‼」

 炎はギンにぶつかる直前、一閃した刀に纏われた。


 そしてそのまま、地を蹴ったギンの振る刀の軌道に合わせて炎も後を追い、コン目がけて刀と共に振り下ろされる。そして炎は、すんでの所で剣閃自体はかわしたコンの、黒タイツに燃え移ってその身を焼く。


 「…撥ね…返した?」

 「俺達に、不用意に五行の術を使うもんじゃないぜ?」

 こっちはこっちで、すでに十分余裕を取り戻したカクが、蒼い炎を右目に灯すイケメンスマイルを俺に向けつつ、…まだ脇差は抜いていない。コンとギンの戦いを気にしていたのか、それとも俺の手にあるのが5円の棒金だったからか。


 「表が出たら斬れる、裏が出たら斬れな~い」

 呟いた、俺の手の中で銭剣はまだ棒金のままだ。大凶星の時も使った手だけど、こいつを開放した瞬間の間合いの変化は有用だからな。…勿論、手に持ってるアレが脇差でなく長刀だったら、そんな間合いは誤差の範囲だったけども。


 「軍茶利明王…」

 対するカクは、右手の黒い脇差を肘を額に当てるように折り曲げて下に向け、左手の肘を胸に当てるようにして青い脇差を下に向ける。そして、ちょうどその腕の四角の中から、不敵に笑ってこちらを見ていた。

 くんだり…?あの眼帯も〝十咫の剣〟を止めてたしな…


 「まぁ、関係ねーけどな。…人為で天為は止められない」

 とはいえ、斬りかかられては困るので、俺は間合いを気にしつつ、じりじりと横へと移動していく。サムライマスターの〝構え〟も八門と同じく方角が何より大事だろうから。…と思ったのだけど、カクは目で俺を追うだけで微動だにしない。

 やや斜め右前の、右手が死角になりそうなそこから、俺は斬りかかる事にした。


 「…あれ?」

 見えねぇ…

 斬ろうとしたその一瞬、奴の姿が俺の視界から消えた。…瞬間移動したとかではなく、その一瞬、火の粉が飛んで俺が目を細めたのだ。右手での攻撃を諦め、左手の銭剣を振ろうとするも、今度はちょうど照明が目に入って瞼を閉じさせる。

 躊躇し、足が止まったその瞬間を、サムライマスターが見逃すはずが無かった。


 「やっぱりぃ」

 見えねぇ‼

 奴が向かってきているのは分かるのだけど、布の切れ端?か何かで、よく分からなかった。これでは俺にできるのは後ろに飛ぶだけ。…勿論、進んでくる向こうのが速くて正確だ。無駄のあがきと分かってもう一度銭剣を振ろうとするも、…やっぱりチラシという名のモザイクが俺の目にかかっていた。

 下がりきれず、尻餅をついた俺の首筋には、黒い脇差が突きつけられた。


 「俺の刀…軍茶利明王は見えない刀。…お前のその銭剣が50%の確率で何でも斬れようが、当たらなければ意味はない。同じく、全てを止められようが、な」

 「…何かズルぃな」

 「ズルくない‼」


 首筋に刀を突きつけられた、俺の視界にコンが飛び込んでくる。ギンにやられたのか…何故か、黒い全身タイツがボロボロに斬り割かれて、もはや露わになった真っ白い肢体の面積の方が広すぎる様で地面に転がされた。


 そして、その向こうでは鼻血を垂らしたキョウが片膝をつく。

 「や、やりますね…さすがはサムライマスター…‼」

 …いや、お前はコケただけだろ?


 尻餅をつく俺の喉元にはカクが刀を突きつけ、半裸で地面に転がるコンがに少しでも動くそぶりがあればギンの刀が襲う。鼻血を垂らして片膝をつくキョウの頭上には眼帯が立ち、藍色制服3人娘はスケさんの眼光一つで動けない。

 じーさんは…おい、コンをガン見してんじゃねぇ。


 「勝負あり、だな‼」

 それこそスポーツの試合に勝ったように、カクはギンとエアハイタッチをしてから、ギラリと見上げてリョウマを指さした。やっぱりそれをめんどくさそうに視界の端で見るスケさんだったが、…何か、眼帯の時と違うな…

 一方、無様に地べたに這いつくばされて刀を突きつけられる俺達を見下ろすリョウマの顔には、怒りも、落胆も、焦りもない。美しすぎる無表情だった。


 「バカか貴様は」

 「ぁあ⁉」

 「俺が人質を気にするような男に見えるのか?」


 「………」

 見えねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 …それは、その場の人間の共通認識だったに違いない。被害者と加害者が同じ顔をして互いを見る。…約一名「リョウマ様!私達を気にせずに‼」的な顔をしてるバカがいるけど、それ以外は「え?これ、これからどーするの?」とゆー困惑。

 やがて、それは重圧となって発言者に集まる。カクさんは5秒とそれに耐えきれず、見るからにヤケクソで、…俺の喉元に突き付ける脇差に力を込めた。


 「こいつを殺すぞ⁉」

 「好きにしろ」

 助ける気皆無‼


 「じゃあ、刀との交換でどうだ⁉」

 「………」

 悩むなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「な、なら、何となら交換するんだよ‼」

 「貴様らの命だ」

 おかしいだろ⁉その論理‼


 万策尽きて、もう歯ぎしりをするだけしかできないカクさんと、一本のしわすら発見できない綺麗過ぎる無表情のリョウマ。…もはやどちらが勝者か分からない。


 そこに、わざとらしい、あてつけがましい、ため息が吐かれた。

 「…やって見せなきゃさ、脅しになんないんじゃな~い?」


 「やめろ」

 「ヤ~シ~チ~ぃ?…アンタ、アタシの邪魔する気?」

 スケさんが脇差を抜いた瞬間、眼帯がその前に立つ。ケイたち3人の前に立つその立ち位置は、完全に『邪魔する気』だった。むしろ、眼帯の後ろの彼女達の方が、きょとんとして…現実をちゃんと認識していなかった。

 今、…まさに、自分達が殺されるところだったという認識を。

 

 その黄金色に、美しささえ感じてしまうリョウマの無機質さとは全く違う、底のない泉の様な悪寒しか感じない、黒い瞳。それまでとは打って変わった無表情で、スケさんは自分の前に立つ眼帯を眺めている。

 「…ふぅん…じゃあさ、何でアンタ、刀抜かないの?」

 「俺は、女にも、仲間にも、向ける刀は持っていない」

 瞬間、刀が横一文字に一閃された。


 「…アンタの、そーゆーとこがムカつくんだよ…‼アタシより弱いくせにぃ」

 

 あからさまに殺すつもりで眼帯へと振られたその刀は、まさに薄紙一枚でかわされた。構えも陣もないので、眼帯が素の体術でかわしたのだろう。

 …いやいやいやいや‼とんでもねぇ体術と胆力だな、おいぃ‼


 「…すまん」

 それは、心からの謝意だったのだろう。…が、結果は火に油を注いだ。パッと見ヒステリックに、…しかしその実、正確無比に命を奪う急所を狙って、スケさんが刀を振り回した。結果は同じく、眼帯がすべてさばききったのだけども。


 眼帯が移動した事で、キョウはほったらかされていた。カクとギンも人質惨殺をする気満々な上に、味方に斬りかかった同僚に気が気じゃないから。


 「よし!この隙に体勢を立て直しましょう‼」

 せめて口に出さずにやってくんないかな⁉


 …案の定、キョウはギンに力づくで抑え込まれた。どんなに暴れたところで、見た目からして戦力差はクマとリスだ。そして、カクも俺への警戒をし直す。この、やりきれない理不尽な現状への困惑を、全て俺にぶつける瞳をして。


 …実は、この状況で得をしている人間が独りだけいた。


 「バカどもが、殺しあえ」

 「クズって凄ぇな‼」


 一触即発のそこに、小さなため息が漏れた。


 「仕方ない。ワシの〝力〟を見せるか」


 今まで(コンのお色気以外)微動だにしなかったじ~さんが、動いた。

 悠々と、飄々と、堂々と、殺気立つ手下たちの前を歩いていく。ギンとカクは勿論、眼帯とスケさんの横さえも、朝の散歩道の様に通り過ぎる。それほど部下たちを統率しているのか、どんな事態にも対処する自信があるのか…

 

 じーさんがコートの中から、…ケータイを取り出した。


 「あ、総理大臣をお願いします」

 「…へ?」

 じ~さんは保留のボタンを押して、顔を上げた。


 「これがワシの力…〝権力〟じゃ!」

 クソみてぇな力を使ってきたよ‼


 「こちらをご使用ください」

 何事もなかったよーに、アンさんがじ~さんのケータイをパソコンを経由して巨大モニターへと映し出そうとしたり、カメラの位置を整え終わると、前に立つじ~さんの襟元やら身なりを整えたりと、まんま秘書の立ち位置に収まっていた。


 完全に水を差されたスケさんは、ありえない殺意を込めてじ~さんを睨みつけている。そして、刀を振り回す相手から目を離せずにいる眼帯と視線があって、脇差を投げつけた。眼帯はとっさに身をかわし、脇差は…あ、ケイの足元に刺さった。

 そしてリョウマは、玉座に腰を下ろし、頬杖をついて足を組んでいた。


 巨大テレビに総理大臣が映った。その絵だけ見ればただのお茶の間だけど、これはリアルライブのテレビ電話だ。何より、普通のテレビでは、一瞬で油汗まみれの赤黒い顔になる、こんな総理の表情が映し出される事はないだろう。


 「ご、ご隠居?これは、一体…」

 「ニンジャとサムライが、まさに戦闘状態じゃ」

 「それは見ればわかる‼ど、どういう事かね⁉」

 「件のハンニャがこいつらの可能性が高い。だから殺す」

 総理は「証拠は⁉」とか聞かなかった。「誰だ⁉」と、あちらからは見えない階段の先にいる発言者を探そうともしなかった。それが無意味だということを、それは聞いても絶望が増すだけだということを、知っていたから。


 …じゃあ何をしたのかと言うと、頭のバーコードを右手で何度も読み取るように動かし、左手で顔からあふれ出る油をふき取り、眼球を忙しく上上下下右左ABさせ、両手を空中でエアおっぱいモミモミをして…一言で言えば〝狼狽〟をした。


 「み、みんな、仲良く‼」

 小学校の努力目標か。


 まともな対策が出てこない自分に白い目が集中して、総理はこの世の理不尽を呪ったかもしれない。まぁ、いきなりこの状況をブン投げられて、可哀想っちゃあ可哀想だ。きっと本人は今すぐモニターをオフにしたいに違いなかった。

 …が、ニンジャとサムライは国防の要。半泣き顔でも踏みとどまった。


 「何か…もっとちゃんと調べる方法はないのかね⁉」

 「東京を守る風水を用いて、十咫の剣…強い星石を探す事は可能じゃよ」

 「それだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 スピーカーを地震のように震わせて、バラバラに割れ散ってもはや修復不可能の騒音でしかないそれには、耳を押さえるしかない。画面の中では、砂漠の中で見つけたオアシスに、オッサンが必死に駆け込もうとしていた。


 「まずはそれをやろう!ね⁉ね⁉ね⁉ね⁉ね⁉ね⁉ねぇぇぇええええええ⁉」

 「…好きにしろ」

 画面いっぱいの、オッサンの必死過ぎる懇願に、露骨すぎる嫌な顔をしたリョウマは、そう吐き捨てると玉座の背後の影へと消えた。


 …あの後ろってどうなってんだろう…


 一瞬、みんながそう思ったに違いない。そして、次の思考をする前に、サムライ達の前には刀が差しだされていた。…アンさんは手際が良すぎる。

 最大の礼節を持って恭しく首を垂れるアンさんから、サムライ達は憮然とした表情で自らの刀をひったくっていく。結果、解放された俺達は…何も言う言葉がありません。最後に刀を受け取ったサムライだけは、にっこり笑って俺を見下ろした。


 「凄いじゃろ?わしの〝権力ちから〟?」

 …愛とか勇気とか友情とかで解決してくんねぇかなぁ。



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