第2話 神様は助けてくれない
「アンさーーーーーーーん‼リョウマ呼んでぇぇぇええええええ‼」
「どうかしましたか?」
「誘拐事件‼」
「ついに、やりましたか」
「は?」
「余りにもモテないご様子でしたので、いつかやるのではと」
ぶちっ
「………俺が、犯人じゃねーよ」
銃を携帯なさっている‼十数人の男たちによって‼俺の目の前で‼札束詰まったランドセルを背負った‼キノコ頭の天使が‼その白いコートの背を押されて‼今まさに‼黒いワゴン車に拉致られようとしているんだよ‼
見ろ、あの…ニコニコした顔、を?瞳なんか、…クリクリして愛玩動物みたい、だぞ?その震える手は、…いや、俺に手を振ってる、な?
…おい、全然、緊迫した描写にならないではないか。
うーむ…確かに、パンチパーマに刺青とか、全員黒スーツとか、の一団じゃない、ってか、そんなのすぐ通報案件ですがな。…でも、皆さん銃を不法所持しているのでカタギじゃないっすよ?今も俺を見る目なんてまんま肉食獣…
「おい!どこに電話した⁉」
ほらぁぁぁああああ‼ふつーに怖いよ⁉
俺の耳元から、凄い形相で電話をもぎ取った男が、その鬼のように血走った目をディスプレイへと落として、…ドン引きした表情で電話を返してくれた。
『ニンジャ屋敷』に電話しましたが、何か?
ジャケット姿の一般人に偽装していても、本質は電話を取り上げた今の形相です‼鬼ですよ、鬼‼…それでも電話を返してくれたのは、一つには、彼らの誘拐を邪魔さえしなければ、俺にも店にも危害を加える気はないのだろう。
勿論、俺は邪魔しないぞ。
…いやいやいやいや!銃刀法違反者どーしろと⁉まぁ…銃刀法違反者は、俺の隣にもいらっしゃるのだけど。俺の隣にいるこの男こそ、奴らが電話を返してくれた…とりあえず敵対を様子見した、もう一つの理由なんだろうけど。
「豆腐の角に頭をぶつけたら出血したーーーーーーー‼」
「………」
すまん。俺の隣、誰もいなかったわ。
…どうしてそうなったか知らんけど、確かに、その男は天パ頭に豆腐をぶつけて出血していた。その傷口は…体中が傷だらけのどこが今回の傷だ?眼帯をしていない方の目からは大粒の涙を流し、でかい図体で泣きわめいてるな…
「あの人、大丈夫ですか?」
それは銃を突きつけられて言うセリフじゃねぇ。
泣きわめいて騒ぎまわる大の大人とは対照的に、銃を突きつけられているキノコ頭の顔は…相変わらず天使だった。モロ目の前に突き付けられている銃がまるで向けられているのが飴玉か何かの様に、それを見ながら微笑んでいる。
青ざめて困惑しているのは、むしろ突きつけている側だった。
「あの…こいつら、旦那のツレですか?」
ああ、そう判断するのか。
キノコ頭のありえない余裕を、日本刀を持った着流し天パ男…大凶星の知り合いだからと思ったらしい。そういえばこいつはマフィアの用心棒やっていたのだし、あの〝全てを斬り割くサムライマスター〟を裏の人間が知っているのは当たり前だ。
「…こいつら?」
問われた大凶星は首をかしげる。そして帰ってきた顔は、…悪魔だった。
「あれぇ?ど~だったけなぁ?」
「………」
「う~~~~~~ん…見た事あるようなぁ?ないようなぁ?」
「………」
「なぁ、俺ら知り合いだったっけ?」
「知らない人だよ‼」
あとで覚えてろよこのヤロウ‼
「だってさ」
「…よし。ガキ、車に乗れ」
「イヤです」
そこは断るんかい。
それまで従順その物だった子供からの、明確すぎる『NO』に、銃を突きつけている側の皆さんも動揺を隠しきれなかった。言った側は、何も変わらぬニコニコ顔だけど。本っっっ当に屈託のなさすぎる笑顔だった。
「な、何でだ?」
「僕は、アユムさんの側から離れません!」
俺を巻き込むなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼
「アユムさんが一緒なら、いいですよ?」
「お前も一緒に来い!」
最悪じゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼
「…来るよな?」
「…はい」
俺、可哀想すぎる‼
唯一、銃の脅しがちゃんと効く俺は、素直に、我先と、黒いワゴンへと乗り込むのだった。その俺と腕を組むように横並びして、キノコ頭がちょこんと隣に座る…が、ひょいと抱きかかえられて正面に移動させられる。
その、まさに車のドアが閉まる瞬間…大凶星がニヤついて手を振っていた。
「いってらっしゃ~~~い」
「少しは助けようとかしろーーーーーーーーーーーーーーーー‼」
そして、車は走りだす。窓から外は見えない。…窓がないから。諦めた俺はずっと下を向いていた。右には反社会勢力の皆さんがお座りになり、ついでに左にもいらっしゃいます。前を向くと…これから遠足に向かうようなワクワク顔がある。
「どこに連れて行ってくれるんでしょうね?」
…地獄の一丁目じゃないんすかね。
こいつらの目的が〝カネ〟である事は明白だった。運転手は高架下で逃げた男の一人だしな。…じゃなきゃ、いきなり銃もちの十数人現れねぇ。じゃあ、何でランドセルだけを奪わず、わざわざ『拉致』とゆー犯罪行為をさらに重ねるのか…
「………」
ってか、この時点でもはや、俺達を生かして返す気、ないよね?
「………」
具体的な俺の結末は『脅しの道具として、先に拷問される』か。
「………」
もう、東京湾にチンされる未来しか見えねぇ。
「いかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん‼」
「こ、こいつ⁉騒ぐな‼」
いきなり叫んだ俺を、前横の男が力づくで押さえつける。どうする?どうする⁉どうする‼車から飛び降り…って、俺の席ど真ん中だよ。無理。じゃあ戦う…いや、だから、俺の席はど真ん中だよ。無理。どうすればいいんだよぉぉぉおおおおお⁉
絶望の中、見上げたそこに…天使がいた。
「この、タコツボを買うのです」
聞くより先に、帰ってきた答え。それに疑問を言うより先に、帰ってきた笑顔。
「…買えば、神様は俺を救ってくれるか?」
「救いません」
買う意味を教えてくださいよぉ‼
…いやいやいやいや、神なんかに助けを求めた俺がアホだったんだ。もっと現実的なものに助けを求めようぜ。例えば、そう、リョウマが助けに来るとか、
「………」
すまん、それは最も非現実的だった。
…じゃあ、いきなり地震が起こるとか、雷が落ちるとか、隕石が落ちるとか、…って、それもはや明日のテストに現実逃避してる中学生だよ‼
自力で戦うしかないのか?武器の準備だけはして…
「おい、ボディチェックはしたんだろうな?」
「はい!所持品は、小銭と、5円の棒金?と、サイコロ、と…あとオモチャっす」
すんません、それが俺の武器です。
サイコロは敵に五行の不幸を与える『賽卦五行殺』、5円の棒金は全てを断ち切る『銭剣』、小銭…10円玉もまた、その裏表の成否で全ての攻撃を無効化&反撃する『陰陽二元の陣』…と、全てが運命を決める武器だ。
コインの裏表とサイコロの目は、天のご意思だぜ?
「タコツボ、買いましょ?」
とはいえ、ここでの〝不幸〟は俺も一蓮托生だべな。〝事故死〟とゆー
「毎月1万円でもいいですよ?各種ローンも安心完備!」
…(無視無視)…このスペースで振り回せるもんは限られているしな、それに、
「大丈夫!払い終わるまで、僕がお付き合いしますから!」
いや、それ意味ないじゃん‼…じゃねぇ、ええい!気が散る‼
「ついたぞ、降りろ」
ぎゃーーーーーーーーーーーー‼もう少し俺に考える時間を‼
…拳銃に逆らえる筈もなく、車を降りたそこは…地下駐車場?だった。この黒いワゴン以外に止まっている車はなく、ただただ、一面コンクリートの灰色の世界…殆ど、必要最低限以外は蛍光灯がついていないので、床の終着点は闇だ。
「お先真っ暗ですね!」
「言い方に気を付けようか‼」
それもとんでもない笑顔で言わないで欲しい。…今も、思いっきり銃を突きつけられているんだけど…その相手に無垢すぎる笑顔を向けて、むしろビビらせてるぞ。
そのせいで俺への警戒は全くないのだけど、…気づかれたら…銃がすぐに向けられるな。相手がこっちを見ていない事を何度も確認してから、見つからないようにポケットからサイコロを…頼むから後ろ向くなよ~、
「…ああ、神の声が聞こえます」
「へ?」
「〝後ろを見よ〟と」
神ぃぃいいい‼邪魔すんじゃねぇ‼
あっけらかんと子供が指さした方を振り向くと、そこでは一人の男がコソコソとポケットをまさぐっていて、視線が合うとおどおどと愛想笑いを浮かべる。
「お前、ポケットから何を出そうとしている⁉」
「あの、サイコ…」
「サイコガンだと⁉」
そんなSF兵器ポケットから出ねぇよ‼
そのツッコミは声にはならなかった。俺に向けられる血走った目はすでに狂気を孕んでいたから。この異常な状況は、反社会的な皆さんにさえ耐えきれない緊張を強いていたらしい。異常の原因は、…変わらず天使の微笑みだ。
「ナメやがって、構わねぇから、手でも足でも撃っちまえ‼」
「やめないか!」
その声が3秒遅かったら、俺の体に穴が開いていたに違いない。その声はこの空虚な空間に響いたが、決して大きな声ではなかった。それでも、暴発しかけた男をピタリと凍り付かせるだけの圧力、というか、信念がその声にはあった。
頭を抱えて地面に蹲っていた俺は、咄嗟に四つ足で這いずってその場から逃げた。そして、キノコ頭の陰に隠れて向こうを覗いてみる…反社会勢力の皆さんのジャケット背中しか見えねぇな。視界が、姿勢が低すぎるもんな…この盾。
俺を助けてくれた恩人様は、声のみで姿は見えず。声から分かるのは、男性で、若い…くらいか。それを取り巻く下卑た愛想笑い達とは明らかに違うけど。
「…誰だ、そいつらは」
「〝カネ〟ですよ」
「金…、さっさと逃がしてやれ」
「あんたにゃ関係ねぇでしょ?」
ヘラヘラと軽い声、がドスのこもった重い声に変わった。
「アタシらとアンタらは協力関係すよねぇ?商売に口出ししないでください」
「では、協力者として言わせて貰う。…部外者をここに連れてくるな!」
「ハッハッハッ!大丈夫でさあ。…生きてここは出しませんから」
やっぱそーなのぉ⁉
無数の、笑ってはいない笑い声が地下駐車場に響く。もはや誰一人として、俺は勿論、キノコ頭にも銃を向けていなかった。自分に向けられているのが『笑い』とは真逆のモノだと理解している男が、露骨に舌打ちをする。
「…何だって、こんな奴らと…こんな奴らと為す事が、正義の筈が…」
「へいへい、…ま、邪魔だけはしないでくれます?アンタの上司の命でしょ」
せせら笑った口角が、殴られた勢いでとんでもなく上までひしゃげた。
「…生憎と、こちらも協力関係であって、ヤツと私は上司と部下ではない」
前歯と血反吐と呻き声をまき散らして、地面を転げる男が…やがて無言で痛みをこらえるようになるまで、男たちはその様を眺めていた。
「て、手前ぇ‼仲間に、…なにしやがる⁉」
「子供に銃を突きつける〝仲間〟など、私にはいない」
反論しようと開いたその口を、刀の鞘で強打され、男が薙ぎ払われる。それを目ん玉むき出して追った男の、その顔面が同じく鞘で殴られてひしゃげて吹っ飛ぶ。威勢を取り戻そうと叫びかけた、喉を鞘の先で突かれて男は俺の背後の闇に消える。
男が刀の鞘を一振りする度、確実に一人が倒されていった。それによって、その外見の断片が見えてくる。黒いコート、日本刀、そして、
「そこまでだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ‼」
これだけ人がいるのだから、さすがに銃を抜く事に成功する者もでる。銃を向けられた黒コートは、…かまわず左にいた男を薙ぎ払う。さらに、かまわず一歩前に踏み出した瞬間、銃口から弾丸が放たれた。
「え?」
が、銃弾は黒いコートに当たって、滑って、逸れていった。
「…無駄だ。私に銃は効かん」
「た、たまたま当たり所が良かっただけだ‼ううう、運のいい野郎だな‼」
それは、精いっぱいの強がりだった。…が、実は、完璧に真実をついている。銃弾は『たまたま当たり所が良かったので逸れただけ』です。自分の強がりが正解とは知らない男は、熱病にうなされたような表情でまた引き金を引く。
「あれ?」
が、銃弾は舞い散るチラシに軌道を逸らされ、明後日の彼方へ消えた。
「全ての攻撃は『絶対防御』の前に無力だ」
「あ、あああ、悪運の強い奴め‼が‼が、ラッキーがそう何度も続くかよぉ‼」
これもまた正解だった。『悪運強く、ラッキーが続いただけ』です…が、同意を求めて周囲を見回すも、見つけられるのは、のされて歪む表情と、…恐怖と狼狽と不安でその100倍も歪む、引き金を引いた自分と同じ表情。
「…あ」
が、銃弾は右目を覆う黒い眼帯に当たって、落ちた。…ん?
「眼帯?」
そこにいたのは、顔の右半分をベルトのような眼帯で覆うサムライだった。左手には鞘に入ったままの日本刀を持ち、黒コートの内側に隠した右手は脇差を握っている。よく鍛えられた長身の、30歳くらいのどこにでもいる顔だった。
次の瞬間、眼帯の黒コートサムライは逃げ去った。
「………え?」
カタギじゃない皆さんは、文字通り、置いてきぼりにされた。
自分達を問答無用で殴り続け、銃弾を何発受けてもダメージを受けなかった化け物が、逃げた。何で逃げたのか…そんな事を考えてる顔じゃない。ってか、何にも考えてない。ただ、いなくなった先を見ていた。そこは、ただの暗闇なのだけど。
「賽卦五行殺ぅ~」
勿論、俺はその隙をつくのだけど。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー⁉」
サイコロが止まった、そこから大量の虫が溢れ出てきた。その、足元から這い上がってくる余りのおぞましさに、慌てて果てて銃を暴発させる。それが残る二人の手足をぶち抜いて戦闘不能にし、彼自身は暴れた拍子に頭を打って気絶した。
サイコロの目は五。土行の凶か。
このサイコロは〝仙人〟の俺が使い続けた…サイコロ鉛筆の芯が入っている仙具だ。故に、その目は回避不能な〝運命〟。各面に水・火・土・金・木の五行の星石で数字を刻んでいるので、出した目によって五行の厄災が〝偶然〟降りかかる。
周囲を見回してみる。呻き声、白目、悶絶…うん、襲ってきそうなのはいないな。そそそそっと、俺は彼らから離れて、連れてこられた車のライト前に立つ。
「…なんとか助かった」
「これが神の力です」
邪魔しかしてないよねぇ、神‼
ぷすぷすと鼻息も荒く胸を逸らしているその様には、愛らしさしかなかった。反論する気を完全に奪われて、俺は重い溜息を吐いて腰を下ろす。
「さっきのお侍さんはお知り合いですか?」
「〝真人〟だ」
「シンジさん?」
違う。
さっきの、眼帯の黒コートサムライ。見知った顔、ってか、眼帯だった。そして、見知った能力だった。あの〝真人〟の『絶対防御』はな。
何で、銃弾が無効化されたのか、その理由が『絶対防御』だ。ぶっちゃけ〝運よく無事で済む〟のだけど。〝運命〟を操作して…通常、星石や八門五行を駆使して行われるそれを、真人は無意識にオートでやっているらしい。
その〝真人〟が何で逃げたのか。〝
…とりあえず、ニンジャ屋敷に助けを呼ぶか。真人が関わったからには、アンさんもリョウマに報告せざるをえんだろうしな。
「問題はこんな地下のコンクリート空間に電波が届くかだけど…」
「大丈夫です!神の声、届いていますし」
…その声って電波なの?
「もしも~し、アンさん?」
「スケさんですが~?何かぁ?」
おっと、ニンジャに電話したら、サムライが出た。
電話の向こうのちょっと間延びした声の主は、スケさん。眼帯の元同僚。同じ黒いコートのサムライ軍団の、事実上のトップだ。自称〝天才〟というだけの剣技を持っているけど、見た目は茶髪を二つおさげにした、小柄で可愛い女子校生だ。
「あの、リョウマいる?真人の…『眼帯』の事で話が」
「殺した?」
「は?」
「勿論、殺したんでしょ?殺したよね?殺さない筈ないよね?はい、殺した」
「いや、あの、殺しては…」
「殺してから電話してこい!この無能が‼」
ぶちっ
…えー…
五秒半ほど、俺はスマホに目を落としたまま固まっていた。余りにも理不尽。その理由は、彼女の全く個人的な動機なのだけど。彼女に『眼帯』は禁句なのだ。一字一句の誇張もなく〝殺したいほど〟さっきの眼帯サムライを憎んでいるから…
…男と女の間に何かあったかは知らんけど、とりあえず、真人の絶対防御の前に、天才の剣技は文字通り手も足も出ず、そのプライドはズタボロだったからなぁ。
「よし」
もう一度忍者屋敷に電話するか。
「あの……もしもし?」
「殺した?」
ぶちっ
「よし」
違う回線に電話しよう。
「もしも~し」
「殺したよね?」
ぶちっ
「………」
助け呼べねぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ‼
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