第14話 投擲演習にポックは来ない。

 艶やかな額である。センターで分けられた髪の毛は、耳の上で少し大きめのピンによってぴっちりと止められ、後ろに大きく束ねられた髪の毛は、かんざしでまとめられている。ピンと伸びた耳、筋の通った鼻筋、切れ長の目は、街で見かけたら立ち止まらずにはいられないだろう。というレベルを遥かに超えた、絶世の美女である。美人すぎて目を伏せたい。


「遅い!早くもたるんだか!」


 その美人が、室内投擲場いっぱいに響くほど大きな声で叫んだ。彼女こそが、投擲の先生であるレイ先生だ。

 小走りになる生徒たち。俺も。


「ロロは明日まで休みと聞いている。もう一人いないな」


 空気が張りつめる。レイ先生が、名簿と睨めっこしている。


「1組のポッコ。ポッコがいないぞ!」


「ポック、です、レイ先生」


 とケントさんが訂正する。演習にはいついもいるケントさん。

 レイ先生はほほが染め「こ、こほん」とわざとらしく咳払いし「ポックだな。ああ、あのポックのことか。なぜポックはいない」と誰となしに訊ねた。

 魔法演習もいなかったが、何してんだあいつは。昼飯まではいたんだが。


「まあいい。はじめるぞ。投擲、といっても一概ではない。弓、つぶて、ナイフ、他にも、こんなものもある」


 と見せてくれたのは、掌サイズの星形をしたものである。それを、レイ先生が投げた。遠くの的の真ん中に刺さる。


「これは、手裏剣というものだ。投擲を戦闘のメインに据えないもののなかには、投擲武器は使わない、と考えているものもいるだろう。重要度の問題だな。実際、投擲演習は、剣技演習や魔法演習よりも授業数が少ない。しかし、戦闘の幅を広げることができる。この手裏剣のように、小型で持ち運べる物もある。遠距離魔法が使えるから、というものもいるかもしれないが、戦闘において、魔力は基本的には温存するものだ。また、魔力が無くなったときの選択肢としてあったほうがいいと私は考えている。君たちの戦闘にあった投擲武器があるかもしれない。選択肢を増やすためにも、まずどんなものがあるか、知ることからだ」


 ぞろぞろと投擲武器がでてくる。さて、毎度おなじみ、実演はケントさんである。が、剣とは違いやや苦手らしく


「ケント、お前投擲の訓練、さぼってるだろ」


 とレイ先生と交代する。苦笑いのケントさん。

 いろんな武器が出たが、さすがスペシャリスト、吸い込まれるように的の真ん中にいく。

 レイ先生の実演が終わると、ぞろぞろと生徒たちが投擲武器を物色し始める。


「今日は好きにしていいぞ。いろんな武器を投げてみろ」


 興味深そうに武器を見る生徒たちに、レイ先生はにこにこと笑って言った。

 戦闘において、基本的に剣を使う。俊敏生も失いたくないので、あまり物はもちたくない。レイ先生が最初に投げた手裏剣ならわるくないか。十字形のものから棒状のものもある。


「手裏剣に興味があるのか?」


 意外と人気のない手裏剣を一人さわっていると、レイ先生が話しかけてきた。目が合う。感想は、もうほんとに、奇麗だなあ。ん?鎖骨から下に伸びるように、ちらりと痣が見えた。戦闘で追った傷だろうか。まあいい。


「はい、あまり大きくないほうがいいかと」


「カイ、お前の戦闘スタイルは剣だったな。それと、魔法適性はヒールか」


「両立しませんかね」


 実は少し悩んでいた。シュナに、パラディンだね、と言われたこともあったが、なんか中途半端なような気がする。実際、パラディンと言われるような、ヒールと近接両方を得意としている勇者を知らない。


「かなり難しい。というより、私は知らない。有史にも、『パラディン』と呼ばれるまでにヒールと剣を使いこなした戦士は一人いるのみだ。が、お前が二人目になればいい。まあ、どちらにせよある程度接近戦はできたほうがいい。そもそもヒーラーが貴重だし、接近戦もできるヒーラーは守る必要が減るのでまわりからしたら助かる。なので、個人的には、片手剣で中盾を持ったほうがいいように思う」


 有史二人目って、荷が重すぎる。にしても、中盾を持つということは、防衛力を高める方に、ということか。


「投擲としては、どんなものがいいのでしょうか」


「うむ。盾に剣だ、メインの邪魔をしない程度に、非常時に使う、と想像した方がいいだろう。この棒手裏剣だが」


 とレイ先生は棒状の手裏剣を手に取り、手首に巻き付けてある布に何本か差した。


「こういうふうに装備もできる」


「なるほど、防具としても使えなくもない、と」


 これいいな。これにしよう。ひょいと投げてみるが、なかなかうまく行かない。


「いいな、それ」


 重低音の朴訥とした声が背後から。


「なんだリュウドウ、お前も手裏剣か?」


 レイ先生が問うと


「他にピンと来るのがありません」


 とリュウドウは手裏剣を物色しはじめた。こいつに投擲のイメージは沸かないな。


「お前はかなりの剣術をもっているな。そして、魔法もパワー系。そのどでかい剣を戦闘でも使う予定か?」


 武器は午前の座学のときは武器防具ロッカーに入れておくが、演習時は装備していく。


「はい」


 とリュウドウは答えた。

 リュウドウの剣は、飾り用にも見えるほどでかい。


「ふむ、カイと同様に、メインではなく近接の邪魔にならないぐらいがいいな。十字の手裏剣を手首に一つずつまくだけでも、防具にもなる」


「なるほど」


「いろいろと試してみるといい」


 レイ先生は、俺とリュウドウの背中をぽんと叩き、その場を去った。最初のイメージより優しい。

 手裏剣をなげるリュウドウ。めちゃくちゃ下手である。


「お前、投擲のほうはだめなのか」


「難しいぞ、これ」


 と投げつつけている。まだまだ時間はかかりそうである。

 チャイムが演習の終わりを告げる。

 放課後が始まる。


「シュナ、面白いなそれ」


 シュナは、丸い腕輪のようなものを手首にかけていた。


「これね、チャクラムっていうんだって。戦闘の邪魔にもならないし、ちょっと試してみようと思って」


 隣にいるロゼもつけている。なんかおしゃれアイテムに見えてきた。


「ポックはどうしたの?さぼり?」


 とロゼが厳しい口調で俺に訊ねた。


「いや、昼飯のときはいたんだが」


「ルームメイトでしょ?ちゃんと言っておきなさい」


「へいへい」


 なんで俺が怒られなければならんのだ。

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