第13話 初めての魔法演習 アルテと走る。

 歴史学、こんなにも眠気を誘う授業はなかなかにない。しかも、先生の喋り方がさらにそれを助長させる。抑揚のない淡々とした喋り方をするのは、ハゲ頭と茶色く変色した前歯が特徴のリプカン先生である。基本無表情。


「、、、である。ルート王国最大の危機の一つでもあるバルサルカルの反乱は王暦520年、現在からちょうど500年前の出来事である。狂戦士とも呼ばれたバルサルカルは、人並みはずれた強大で強靭な身体を持ち、千人力の力があったと言われておる。これを治めたのがかの有名な二人の勇者である。この時初めて勇者ということばが使われた。リールウェインとロンドルフである。二人は親友でもあったが、しかし王暦546年、決裂し、果てに戦いとなる。国を二分するまでに至ったこの戦いは、結局リールウェインとロンドルフによる一対一の戦いで幕を閉じる。その戦った場所をレッドローズといい、そのままレッドローズの戦いと呼ばれる。しかしレッドローズという土地がどこにあるのかは分かっていない。世間では真の勇者を決める戦いであったと言われ、勝ったリールウェインは大いに敬われた。しかしあっけなくもその10年後に暗殺される。犯人はわかっていない。奇しくも、そのほぼ同時期に、いわゆる『モンスター』が発生したと」


 チャイムが抑揚のないリプカン先生のことばを切った。長かった。睡魔には本当に抗えないものである。なんとか耐えて、次の地理学。「またリプカン先生!?」と教室に入って来た先生を見てクラスが騒ぐ中、リプカン先生と同じ頭皮、顔をした男がにかりと笑う。


「わしはリプキンじゃ。流星群もこんなにも大きくなったか」


 とリプキン先生が真っ白な前歯を見せ、微笑んだ。声はリプカン先生より聞きやすく、表情も明るい。いわく、双子らしい。性格は正反対なんだとか。しかしところどころ仕草や雰囲気は似ている。勇者たるものあらゆる地域に出向いてはモンスターを退治せん、と世界の地理を学ぶわけだが、自身の経験も交えての授業はなかなかに面白かった。後でアルトに聞くところによると、双子の魔法使いとして若い頃はぶいぶい言わせていたらしい。


「って、お前、なんでいるんだ!」


 長い長い午前を終え昼飯時、ポックと飯を食っていると、なぜか隣のクラスのリュウドウもいた。


「いいじゃねえかカイ」


 とポックがリュウドウの肩を叩く。


「僕のルームメイトだ、そんなに邪険にしないでいただこう」


 前の席でアルテと飯を食っていたアルトが、こっちを見て言った。

 無言で俺を見るリュウドウ。


「いや、いいんだよ、いても。でも言っとかないといけないだろ、一度は。ていうか、クラスに馴染めてないのか」


「うむ」


 とご飯をかき込むリュウドウ。昨日俺がつくったやつをタッパーにいれたやつだ。


「うまいな」


 リュウドウは朴訥と呟いた。

 明日もつくってやるか!


 昨日の午後の演習は、丸々剣技だった。今日は、魔法演習と投擲演習の二構成である。魔法演習は、魔法学の担当でかつ学年主任もしているグラス先生が指導してくれる。闘技場に集まる生徒たち。昼休まではいたはずのポックの姿がない。ふけたか。


「魔力には容量がある。それぞれの魔法には特色があるが、しかし根本を辿れば、その供給源は一緒だ。その魔力量を増やすことは、可能だとされている。今日は、その訓練方法を学ぶ。それぞれの魔法を最小の力で抑えながら、できるだけ長く持続させる」


 とグラス先生は、地面に手をついた。闘技場の土が小さく舞う。一定の力で、ずうっと。

 数分後、グラス先生は地面から手を離した。


「一定の力を持続させる。これは魔力量を増やす訓練になると同時に、魔力コントロールアップにも繋がる。明日魔法学で魔法適性について取り扱うが、とりあえず今日はクラスを2つにわける。今から名前を呼ばれたものは私のところに。他のものは、ケントのところに」


 俺は名前を呼ばれず、ケントさんのところへ。


「君たちの魔法は、例えば炎を出す、氷らせる、といったものとは違い、少し訓練方法が特殊になってくる。個別に指導していく。まずは、カイくん、アルテさん」

 

 とケントさんが名前を呼んだ。

 昨日わかったのだが、クラスでアルトの前の席の女、アルテは、アルトと双子であった。普段はぼーっとしており、どこを見ているかわかない。アルトと違い、あまりしゃべらない。リプカン先生、リプキン先生の双子と違って、顔もめちゃくちゃ似ているわけではない。本当に双子か?


「さて、君たち二人は、身体強化魔法の中でも聖なる魔力をもつ、いわゆるヒーラーだ。ヒーラーは、他者の傷を癒す、さらには体力の回復、毒、麻痺を治すこともできる。これは、自己にかけることも可能だ。すでにしっているだろうが、ヒールは、他者にかけるよりも、自己にかけるほうが難しい。自己にかける、これを日々つづけるだけでも、容量は伸びるし、魔力コントロールのアップに繋がる。魔力と体力は、明確に分離している。君たちは、自身の魔力を使って、自身の体力回復を行ってほしい」


 さて、課題が出たわけだが、つまり、体を休ませる、ということだ。魔力により、普通に休むよりも回復を促進させる。これが、なんと、結構難しい。し、かなり集中しなければいけないから、俺レベルだと逆に疲れる。


「君たちの、入学テスト時の3000メートル走のタイムがここにある」


 ケントさんがプリントを見て言った。嫌な予感である。


「さあ、走ってくるんだ!一回走って、疲れて、回復させてる。これを繰り返す」


「ただで?」


 アルテが訊ねた。


「うん」


 とケントさんが笑った。アルテは、がっくりと肩を落とした。いや、そりゃただだろう。

 3000メートルって。一番きつかったりするんだよ。


「よーい、スタート!」


 となぜかハイテンションでケントさんが言った。なんかSっぽいな性格。

 走りにはそこそこ自信があった。まあ一本目は当然というか、アルテに勝った。そんなに差はなかったが。5分後、自身への回復魔法を終え、再び走り出す。今度は、ほぼ互角。そして回復魔法タイムへ。しかし、息があがりなかなか集中できない。


「次、スタートするよ、二人とも。はい、スタート」


 重い腰を上げ、ケントさんの合図とともに走り出す。息も絶え絶えで走り抜ける。が、ついにアルテに負けた。


「わ、私の、勝ち」


 と上がった息で、アルテが言った。ぼーっとしてるのんびり屋さんかと思えば。その後5度のランがあったのだが、結局差は広がる一方だった。向こうの方がヒール能力が上だ。


「ちょっと初日から飛ばし過ぎたかな?ごめんね」


 ケントさんは優しい笑顔で言った。絶対Sだ。この人。


「ぜ、全然、よ、よ、余裕」


 とアルテが答えた。


「お、おれも、余裕、っす」


 負けてられんぜ。


「よし、じゃあ明後日はもう少し増やそう!」


 俺が落ち込むよりも早く、アルテが地面にへたり込み、わかりやすく落ち込んでいた。魔法演習は週3回ある。きついぞこれ。

 自分のことで精一杯であったが、ふと気になり、他の学生を見る。盾を持ったアルトと、長い棒を持ったツインのお団子頭の女の子が並んでいた。アルトの持っている盾は、普通の形状ではない。でかいし、なんか角張っている。


「あ、あれは、アルトの特殊武器」


 俺の視線に気づいたのか、アルテが言った。

 聞いたことがある。武器に魔力を注ぎ、変化させたり強化させたりする魔法があると。二人はそうなのか。

 グラス先生が、手を焼いている生徒がいた。銀髪の髪をロールアップにし、相変わらずの満面の笑みを浮かべるユキだ。初めての剣技演習で戦ったが、剣の方はだめだめだった。魔法がすごいのか。


「よし、やってみろ、ユキ」


「グラス先生、わかったのです!やってみるのです!」


 とユキが元気よく返事をするが、転がった石に魔法をかけるも、なにも起こらず。


「ムツキ、ムツキがすればいいのです!」


 とユキがムツキを見た。ユキとムツキはいつもニコイチである。

 ムツキは苦笑いを浮かべ、「ぼ、僕がしても意味がないよ」と答えた。

 

「ユキ、お前には力がある。しかしそれを無駄に使ってはダメだ。魔力に意志を込めろ。意志を持って、コントロールするんだ」


「グラス先生、難しいのです」


「魔法を最小の力に抑える。これは意外と難しい。指先に小さく魔力を集めるイメージをしてみろ」


「うーん、あ」


 とユキの指先からこぶし大の氷が現れた。


「まずはそのくらいからでいい。理想は、そうだな。何か物体があったほうがいいか。小石に薄く氷が張るぐらい、最小に抑えられるよう練習しろ。なんども言うが、魔力に意志を込めるんだ」


「はいなのです!」


 ユキは元気良く返事をした。

 さっきからユキがグラス先生を独占していたからか、そばにいたムツキは、はははと周りを気にしながら、苦笑いを浮かべている。

 にしてもユキ、剣もいまいちだったが、魔力コントロールも苦手なようである。よくここに入れたな、と思わんでもない。

 チャイムが鳴った。次は投擲演習である。魔法で自身の回復を行おうとしたが、そもそも魔力も限界に近かった。


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