第12話 ロロ、入院する。

「おいカイ、病院にいくぞ!」


 ポックが慌ただしく現れた。


「どうした?」


「ロロが病院にいるらしい!」


「きのこか!」


「あいつは食べてねえよ!お前もこい!」


 いや、まあ行くが。

 放課後スタート。


 我らが通う、ルート王立ヴェリュデュール勇者学校の隣には、ルート王立ヴェリュデュール医学学校が併設されており、さらにその隣に付属病院がある。体力の回復、怪我の治癒、軽い毒や麻痺からの回復ならヒールで事足りるが、深刻な症状となると病院へ行くしかない。ということは、ロロはかなりひどいということになるが。昨日ポックのきのこ料理を固辞したロロは、食中毒ではないはず。きのこが嫌いらしい。


「アコゲの毒ね。明日にも帰れるわ。あなたたち、危険エリア付近まで行ったかしら?」


 眠っているロロのそばにて、目力の強い女医さんが俺たちに訊ねた。

 答えに渋る俺とポック。危険エリア付近といえば、ロロを付けてデメガマを発見したときか。言うわけにはいくまい。いや、待てよ。他にも、危険エリアに行ったことがあったな。


「え、ええ、植物学の授業で。ちょっと迷って奥の方へと行ってしまって」


 俺の答えに、「植物学?あいつのクラスね、もう」と女医さんは頭を掻いた。ケイ先生を知っているのか。ごめんなさいケイ先生。


「まあいいわ。アコゲっていってね。毒蜘蛛なの。痛みも、噛まれた感覚もないんだけど、翌日ぐらいに免疫ががくっと落ちて、菌に感染しやすくなったりする。伝染するものでもないし、他の学生に体調不良はいないようだから、多分これ以上のことはないだろうけど。あなたたち二人は一応検査しておくわ」


「い、いや、俺たちは特にそんな」


 と固辞しようとしたが「お前はしといたほうがいいだろ、とりあえず」とポックが言った。

 そうだな。毒キノコくってるしな。 

 検査することが決まり、病室を出て、一旦待ち合い室へ。


「なんだ、長くなるのか」


 待合室にいたリュウドウが立ち上がり、訊ねた。


「いや、検査はすぐ終わるらしい」


「ならここで待つ」


 リュウドウは再び座った。


 俺とポックが呼ばれ、検査室へ向かう。


「カイ、なんであいつはなんか病院に用があるのか?」


「いや、わからん。まあ、暇なんだろう」


 すぐに友達ができるタイプでもないしな。

 血液を採取される。結果はすぐに出た。あまりの早さに驚いたが、女医の方がもっと驚いていた。


「二人とも大丈夫だけども、おかしいわ!おかしすぎる!二人にヒモノレラ菌が微かに出てる!変な茸食べたでしょう!なんで平気なの?普通なら3日間はお尻からも口からも洪水よ!」


 やっぱり昨日の茸料理か。ポックは舌をだして「てへてへ」と笑って誤摩化している。


「あと、あんた、カイ。あんたはアコゲの毒も微弱に出てるわよ!ダブルパンチよ!ヒモノレラとアコゲにかかってなんで普通にしてるのよ!1週間は寝込んでもおかしくないわよ!」



 まあ、今日一日はなかなか辛かったですが。


「いやあ、昔からヒール体質っていうか、治りが早くて」


「いや、おかしいわ。うん、おかしい」


 今度は女医の目が輝きはじめた。患者から被験体に変わった瞬間である。


「あ、明日も早いので」と早々に逃げ出す。「また来なさい!必ずよ!」と背中から聞こえたが、別にいいだろう。今度は体を開かれて隅々まで調べられそうである。



「そういえばポック、お前にはなんでアコゲの毒が出てないんだ?」



「ああ、俺敏感肌だから、虫が肌に触れたらわかるんだ」


 敏感肌なのに森での生活が好きとは。いや、待てよ。


「って、なんでお前はヒモノレラ菌がでてるのに普通なんだよ」


「俺、その菌の耐性できてるから」


 いや、こいつの方がおかしいだろ。


「早かったな」


 とリュウドウが立ち上がった。


「今日は俺が飯をつくるよ」


「まじか!?ナイス、カイ!」


 目を輝かせるポック。


「すまんな」 


 とリュウドウがぼそりと言った。


「え、お前もくうの!?」


 と俺はリュウドウの方を見た。

 リュウドウは、すっと目を伏せた。いや、こんなナイーブなやつじゃなかっただろ!


「なんだカイ、ケチケチすんなよ。2人も3人も一緒だろ!」


 珍しくポックがフォローにまわる。


「いいよ、いいに決まってんだろ!」


 チビとでかいのと、寮へと向かう。リュウドウって、剣以外なにもできないんじゃないか。そういえば一人っ子だったな。ふと、ポックって女だったな、と思い出す。女医的には驚きはなかったんだろうか。

 その日の夜。デメガマに餌をやるため準備をしていると


「ほい、これつけろ」


 とポックが小瓶を俺に投げた。


「なんだ、この臭い?」


 小瓶をあけ、ポックに訊ねた。妙な芳香のような、鼻につく臭いだ。


「これは、ニエの香だ。虫除けみたいなもんだ」


 なんでも博士のポックが答えた。こう見えて彼の机には難しそうな本が並んでいるのだ。


「サンキュー」


 小瓶の液体を体に振りかける。


「まあ俺も付いてってやるから心配すんな」


「おう、助かる」


 弓を背中にかけたポックは、頼もしかった。

 デメガマの食料、というより飲み物なのか。ドロリ蜜を瓶一本分である。ドロリ蜜、高い栄養価とその凄まじいほどの甘さで有名な、名前どおりのどろりとした密である。市販にも出回っている、ロロの地元に植生しているススの木の樹液である。ある日、ススの木を舐めているデメガマを発見し、それ以来あげるようになったらしい。あの大きな口と舌でススの木をべろりとなめている絵を想像すると、なかなかに気持ち悪い。


「門限前に帰るぜ。ププ婆が五月蝿い」 


 ポックの言うププ婆とは、寮長のことだ。腰もピンと伸びており、婆さんというにはまだまだ若い。パンチパーマとそのおばさんくさい大きな声が特徴で、とにかくいろいろと細かく五月蝿い。靴の並べ方、キッチンの掃除、あいさつとうとう。疎まれることも多いが、お菓子をくれたり、おかえりと笑顔で迎えてくれたりと、やさしい一面もある。なにより、朝食はププ婆が作ってくれるのだが、これがおいしい。たまに晩飯も作ってくれたりする。

 正面玄関から、すんなりと寮を出られた。寮の入り口近くにはププ婆が結構な割合で座っているのだが、今日はいなかった。門限まであと一時間弱あるので、今出ても文句を言われる訳ではないが。

 ポックの先導で、スムーズにデメガマのもとへついた。俺たちの声に反応し、洞穴からデメガマが出てくる。昨日初対面だったのだが、もうめっちゃ懐いている。よだれを垂らしながら、よってきた。腹減ってるだけか。ドロリ蜜の入った瓶を渡す。半量ほど飲むと、俺の頬を舐めた。避けるのも傷つくかなと受け入れたが、べとりとドロリ蜜が頬についた。意外と臭くなかったのが救いか。苦笑いで、デメガマをなでる。へっへっへ、と大きな頭を小さく上下さしている。ふむ。ちょっとかわいいかもしれない。

 帰りも、スムーズに帰ることができた。門限ぎりぎりだったので、玄関の掃き掃除をしていたププ婆に小言を言われる。特にポックが。入学早々森に何日もいたポックはかなりププ婆に怒られたらしく、もう反抗する様子はない。それに外で水浴びしているところを見られている。「は、すんまへん、はい、ではおやすみ」とふざけてるのかまじめなのか、逃げるようにポックはププ婆から離れた。

 明日はもう少し早く行くか。

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