第9話 同郷のリュウドウ、やっとくる。
「遅刻すんぞ、カイ!」
ポックがトイレの扉を蹴った。同じ料理を食べたんだが、なんでこいつは平気なんだ。
げっそりとなりながらも、トイレを出る。とりあえずは落ち着いた。なんか胃の中が空っぽだ。
「休むか?」
「いくよ」
入学式から体調不良で休んでいたので、あまり休めない。というか、そもそも体調不良の勇者なんていないよな。
「ったく、胃が弱いんだよ胃が」
ポックに悪びれるそぶりはない。昨日の料理に、こいつの胃には耐性ができていても、俺には耐えられないきのこが入っていたのだろう。もうこいつの料理は食わない。味付けはよかったが。
なんとか教室へと辿り着く。何か食べたらそのままホースのようにお尻から出て行きそうである。水だけでも飲んどこう。「大丈夫?休んだら?」とシュナの心配そうな目。「偉いわ、よく来たわね!」と謎に褒めてくれるロゼ。こいつの部下にはなりたくねえ。アルトがなんやかんやと言って来たが、しんどくてあまり覚えていない。
午前の座学。今日は魔法学であり、担当は学年主任のグラス先生だった。時々朦朧となりながらも、なんとか午前の授業を乗り切った。内容は全然覚えていない。永遠ほどながく感じたが、終わってみれば早かったな。
「ヒールで治らないの?」とシュナが訊ねてきたが、実は毒消しは結構高等なヒールだったりする。しかも自身にかけるのは他者にかけるよりもかなり難易度が高い。せめて飯さえ食えれば。
それでも、昼前にはましになっていた。さすがに申し訳なくなったのか、ポックが胃に優しそうなゼリーを買って来てくれた。少しいただく。さて、昼からの演習は乗り越えられるか。エネルギーが足りていない。
闘技場。甲冑姿のタケミ先生と、眉毛の濃いケントさんがいた。ケントさんは、タケミ先生に教えを請うている弟子的なポジションの人とのことだった。
「なので敬称に先生と付けないでください」
とその真っすぐな瞳でケントさんは言った。
タケミ先生は、相変わらずしゃべる様子はなく、身振りそぶりで何かを伝えようとしている。
「魔法演習、投擲演習、剣技演習と、演習授業は3種類あるが、どれも初回のみ2クラス合同で行います。次からは、クラス別ということです。今日は人数が多いですが、今日だけですので」
などと、ケントさんが適度に注釈を入れる。タケミ先生は、説明を終えたのか、プリントを配りはじめた。ケントさんが、「私がします、タケミ師匠」となぜかあわあわしているタケミ先生からプリントをもらい、手際良く配りはじめた。よく教師になれたなこの甲冑の人は。
ードキドキ♡剣技一回目の授業☆ー と題されたプリントを読む。素振りに始まり、打込み、実技という授業の流れだった。二枚目のプリントには、星マークやハートマークをちりばめながらも、剣、双剣、槍、斧、それぞれの素振りの型が丁寧に説明されている。まあ、クラスの大半がオーソドックスな剣を使う。
ケントさんによる、型の実演が行われる。なんと剣のみでなくすべての。いろいろ精通してるんだな。剣の型は、全国的に広まっている。プリントにかかれているのは、いわゆる基本的な型であった。ケントさんの型は、流麗とは違うが、しかし鋭く、力強いものであった。
「40分、基礎筋力を上げるためにも、魔力を使用せずこれを行います」
とケントさんからつげられると、クラスに悲鳴が上がった。
型の反復は、結構きつい。しかもみんな新学期早々で怠けているだろうし。地元にいたころの初等学校の剣技演習は、打込みがメインだった。型はアップで行うぐらいか。そうじゃないとみんな飽きてしまう。授業でこんなにも型に時間をかけるのは初めてだが、俺の親父がやたらと型の反復にこだわっていたので、家でいつもさせられていた。40分程度なら全然苦ではない。お腹の調子さえよければ、だが。
さて、もくもくと型を始める。二クラス40人が広がって一斉に行う。ふとあの唐変木を思い出した。闘技場についたとき、頭ひとつでかいので、すぐにわかったが、すぐに演習が始まってしまって声がかけられなかった。初等学校の卒業式以来だが、また同じ学校で授業を受けていると思うと感慨深い。そういえば、ロロはどこだ。見かけなかったが。なんて考え事をしながら型を反復していると、肩をちょんちょんとされる。振り返ると、タケミ先生がいた。手をあたふたさせている。一度しろということだろうか。型をはじめからする。その途中でタケミ先生がストップのジェスチャーをした。そして、俺の腰を抑え、右腕を少し内側に寄せた。腰が浮いていたか。右腕を内側に寄せたことで、剣がより内側から出る。なるほど。意図を理解し、再び型を行う。タケミ先生は大きく頷き、次の生徒へと向かった。ちゃんと先生してるんだな。
40分を終え、小休憩後二人一組の打込みが始まる。これも40分ひっきりなしである。初回の授業からこれとは、なかなかにSであるタケミ先生。俺はもうぎりぎりである。いつもはもっと動けるんだよ!ぎりぎりのぎりぎりで、なんとか打込みを終える。さて、実践である。魔法なしで、武器のみで実際に戦う。みんなくたくただが、実践になるとなんやかんや元気になる。やっぱり実践が一番面白い。さすがにレベル差があるので、タケミ先生が40人を5つのグループに分けた。なんと、一番上のグループである。シュナとロゼと、あの緑髪のやなやつ、クルテもいた。魔造刀が配られる。ちなみに、魔造刀も槍なり大剣なりと、いろんな形のものがある。
「カイ、お腹は大丈夫?」
シュナが、心配そうに言った。「余裕余裕」と返す。あんまり弱いところは見られたくないんでね、と思いながらも、午前の授業で死んでいた自分を思い出し、情けなくなる。
「カイ」
聞き慣れた低音が俺に話しかけた。頭一つでかいあいつである。相も変わらず、無骨な顔をしている。同じ故郷を持ち、俺に天才とは何かをありありと知らしめたやつ。
「リュウドウ。昨日ついたのか?どうしたんだ?」
そういえば、なんかかっこいい名前だな、こいつ。
「親父が死んでな」
重いよ。てかあの親父さん死んじゃったのか。そこそこ知っていたので、俺も葬式に出たかったんだが。なんだこのやるせない感じは。
「そうか」
と俺は、なんとも微妙なトーンで返した。
この唐変木、リュウドウは、何も言わない。ただ黙っている。そうだ、こういうやつだった。こいつが気を使って話すということはない。別に気まずいから黙っているわけでもはない。話すことが特にないから、ただ黙っているのだ。親父が死んだことも、事実として述べただけで、同情がほしいということもない。とにかく、こういうやつなのだ。
「変わんねえな、この唐変木」
「なにがだ」
「なんでもねえよ」
ちょっと安心したよ。
実践が始まった。魔造刀で自由にちゃんばらをするのである。8人で、しかも初回の剣技演習である。しかも一番上のグループ。自然と、誰が一番なのかを競う方向になっていく。誰が提案したか、ちょうど偶数なのでトーナメントのようになった。勘弁してほしい。
シュナとロゼが、あっさりと相手を打ち負かした。まあそうでしょうな。さて、俺の相手は。
「勇者様、俺とやろうぜ」
と緑の髪の毛が揺れた。やなやつだ。
「カイはお腹が」
とシュナがわざと大きな声で俺をフォローしようとしたが、これ以上弱いところは見せらんねえな!
「やるか!」
と俺は魔造刀を手に取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます