第6話 初めての植物学
『中庭』
字のごとく、u字に建てられた校舎の中部分にある庭だが、実態はただの森であり、uの中部分だけにとどまらず、その先まで広がっている。中心都市リーフの、数少ない自然がそこに存在する。一般公開されている整備された一部分を除いて、その大半は立ち入り禁止となっている。今回は、立ち入り禁止エリアと一般公開エリアを仕切る柵が集合場所となっている。昨日俺と戦ったユキと、その弟らしきムツキもいた。隣のクラスらしい。
チャイムはとうになった。が、先生らしき人が来ていない。
「ごめんごめんごめん、遅れたああああ!」
つなぎ服を着た女が走って現れた。おっぱいが揺れている。荒れた呼吸とずれたメガネを整え、言う。
「植物学担当のケイです!よろしく!今日は時間割の加減で二クラス合同だけど、来週からは別々です!勘違いしなように!」
大きな瞳が、子どものように輝いている。髪がピンと跳ねている。なんというか、残念美人だ。特に生徒の反応を待つことなく、ケイ先生は、こほんと咳払いし、話しを続ける。
「我が校では、とにかく勇者になるための実践的な授業を行います。植物学とは、基本的に座学であります。しかし、モンスターの討伐となれば、あらゆる場所に出向くことになるでしょう。そこで、植物の知識はとても大切になってくるのです。さて、リーフは大都会です。唯一といっていい大きな森、ここ、ヴェリュデュール自然公園は、学校の管理下にあります。この柵より向こうは一般公開されておりません。しかし、授業ではどんどん入っていきます!」
興奮気味に、早口に、ケイ先生は話を続ける。いわく、この森には、3つのエリアがある。一般公開されている公園エリア。生徒が授業で使う学習エリア。ここはやや危険。さらに奥、危険エリア。ここは生徒も立ち入り禁止。危険エリアは魔法で入れなくなっているらしいが、それでも付近に近づかないで、とケイ先生がクラスを見回す。そのとき、ケイ先生が「げ、あんたは」と顔色を変えた。その視線の先に、にやにやと笑っているポックがいた。
「ま、まあいいわ、とにかく、さっそく今日は学習エリアに入ってみましょう。油断すると危険なのであまり勝手なことはしないように。さあ、レッツらごお」
とケイ先生を先頭に、柵を超えて学習エリアへと向かう。
「おいポック、ケイ先生のこと、なんかしってんのか?」
「へへ、まあな」
ポックはにやにや笑うのみである。
日中だが、高木に日が閉ざされ、薄暗い。植物学初授業は、学習エリアの散策もかねて、食べられる茸を探すことになった。各々探し始めるが、どれが食べられる茸でどれが食べられない茸かなんてわからない。
茶色いいたって普通っぽいきのこがあったので、取ろうとする。
「おいカイ、それはやめたほうがいいぞ」
とポックが木の上から言った。
「なんでだ?」
「それは毒持ちだ」
「どうしてわかるんだ?」
「まあな。知識、経験、見た目、臭い、勘、いろいろだ」
ポックは木から下りると、そばに生えていた真っ白いきのこをもぎ取り、
「ほれ、それはいけるぞ。臭いかいでみろ」
と俺に投げた。言う通り、臭いを嗅ぐ。途端、頬が吊り上がり、腹筋が締まる。口が閉じられない。自然と、声が漏れる。
「ひ、ひ、ひひひ」
「ははは、それはわら茸だ!笑ったように顔が引きつるんだ!ひはははは、カイ、お前その顔、ははは」
「ひ、ひひひ」
くそ、糞がああああ
「ははは、俺まで笑いとまんねえ、はははは」
ほほの力みが緩む。腹筋も。戻った。
「ポック、この野郎!」
と追いかけるが、木から木へと、身軽にポックは逃げていく。
「あんたたち!また五月蝿くして!」
ロゼの声が背中から聞こえた。が、構ってられるか!
しかし、ダメだ。速い。諦めて立ち止まると、ポックが木から下りてきた。
「ひ、ひひっひ、すまんすまん、怒るなよ。においかぐぐらいなら、10秒ぐらいで止まるんだ。食っちまうと5分近くはあの表情のままだったな。あーおもしれえ」
「おもんねえよ。もうお前には頼らん」
「あんたたち、あんまり奥にはいっちゃダメよ」
とつなぎ服に収まりきらない大きな胸を揺らしながら、ケイ先生がかけてきた。
「へいへい。なんか見られたくないものでもあるのかなあ、先生」
ポックは意地悪な笑みを浮かべる。
「うう、そ、そんなものないわよ。とにかく、ここら辺は危ないから、もう少しこっちで探して!」
うーむ。明らかに何かがある。後でポックに聞くか。
わら茸の一件もあり、謝罪の意味を込めてポックに食べられる茸を一緒に探してもらう。赤色の見るからに毒のありそうな丸い茸を持って来たので、「大丈夫なんだろうな?」と念を押す。
「なんだ、信じないのか?」
「信じられるか!」
「怒り過ぎだろ。まあとにかく、これは食えるよ。エッグマッシュとかいって立派な食用きのこだ。痛みやすいんであんまり流通はしてねえけどな」
「ほう」
博識だなと感心しながら、茸をポックから受け取る。うーん、これが食べられるのか。わからんもんだ。
「カイ。どう、見つかったかな?」
アルトが、木の陰からひょっこり現れた。
「ああ、これ」
とポックのくれたエッグマッシュを見せる。
「それ、めちゃくちゃ毒っぽくないかい?」
「毒じゃねえよ馬鹿」
とアルトを殴ったのは、ポックである。
「いったい、ってなんだ、君!」
「初めて話すやつに君とはなんだ君とは!」
とポックが再びアルトを殴る。いや、君はいいんじゃ。
「いや、初めてしゃべる人を殴るほうがおかしいだろう!」
とアルトが言い返すと「おお、そうだな、すまん」とポックが謝った。
「わかったならいいんだ、わかったなら。僕はアルト」
「知ってるよ。副室長だろ。さっきのクラスで目立ってた」
「お、そうかな!?僕目立ってたかな!?君はいいやつだな。ポックっていうんだろ?君も目立ってたぜ!」
アルトの思ういいやつの基準がわからん。なぜか意気投合した二人が握手しようとしたそのとき、ポックがさっと弓を構え、「しゃがめ、アルト!」と叫んだ。「おお?」とポックの指示通り、アルトがしゃがむ。ポックの矢が一線、アルトの頭上の生き物を射た。
「なんだい?」
とアルトが頭上を見た。
羽の部分に矢が刺さっている。こんなにも大きいのは初めてだが、見覚えがある生き物だ。
「蚊か?でかいな、ポック」
掌サイズのそれを見て、俺は訊ねた。
「俺もこんなでかいのは見たことがねえ」
ポックは身軽に木に登り、刺さった矢を慎重に引き抜く。
「あ、あんまり、その蚊、触らない方がいいかも」
後ろから、声変わり前の声がした。おかっぱ頭で、メガネをかけたおどおどした小柄な男。少年、といったほうが表現的にはいいか。
「まあ、触る気はさらさらねえけど」
とポックは、器用に矢を葉っぱでくるんで、大きな蚊を抜き取った。地上に降りてくると、腰紐につけた小さな水筒で矢を洗い、少年に訊ねる。
「で、この蚊に毒は?水洗いでも大丈夫か?」
「う、うん。水で洗えば大丈夫だと思う」
「そうか。詳しいな、お前。俺はポック。名前なんだ?」
ポックの不躾な問いに、少年は顔を赤らめ答える。
「ぼ、僕はロロ。2組なんだ」
とロロは答えた。
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