第5話 初めてのモンスター学

「えー、それでは、えっと、何から決めるんやったかいのう」


 と白髪まじりの男が、おでこにかけた老眼鏡を目元に戻し、プリントに目をやる。


「ヤング先生、室長を決めるんでしょう!」


 とロゼが立ち上がった。

 還暦ぐらいに見えるヤング先生が、初々しい我がクラスの担任である。


「そうやったそうやった。で、ええっと、室長を」


「はい!私が、なります!」


 とロゼが手を挙げる。


「ええっと、みんな、いいかのう?」


 しーんとするクラス。決定かと思われたそのとき


「ふふふ、君、僕よりも目立っちゃあいけないよ」


 と立ち上がった男がいた。俺の前の席のやつ。金髪をかきあげ、「僕も立候補しよう」と白い歯をきらりと光らせる。


「はい、ええっと、ロゼくんが室長で、アルトくんが、ええっと、副室長でいいんかいの」


「いや、ちがいます先生!僕も、室長に」


 ホームルームの終わりをつげるチャイムが重なり、なし崩し的に室長と副室長が決まった。休み時間、机に伏せるアルトの肩を叩き「まあ、さっきは結構目立ってたぜ」と言った。「ほ、ほんとうかな?カイ」とアルトは涙目をにっこりとさせ、俺の方を見た。


「お、おう」


 切り替え早いな。


「君は勇者らしいね。でも、僕よりも目立ってはいけないよ」


「はあ、まあ、俺は勇者ではないんだが。どちらにせよ、最初だけだよ俺は」


「そうかい?昨日は結構目立ってたけど」


「昨日の剣技演習か?お前も目立つならあそこで目立てばよかったんじゃ」


「え?ああ、僕はね。攻めるのはあまり得意じゃないからね」


 となぜかアルトはウインクした。顔はかっこいいんだが、なんだかそれを感じさせない天然さがあるな。

 ふと窓の方を見ると、ポックが窓から出ようとしている。三階だぞここ。まああいつには関係ないが、しかし黙って見ているわけにもいくまい。


「こら、ポック!」


「なんだよ、カイ」


「普通はこっちから出るんだよ、馬鹿」


「こっちの方が近いんだよ」


「どこへ行くんだ?」


「おしっこ」


「トイレ、な。トイレならドアから出た方が」


「いや、あそこの木影らへんで」


 ポックは中庭を指差した。

 一応木に隠れてしようとはしてたんだな、と小さな感動を覚えつつも、「トイレはちゃんとあるんだよ、トイレは」と廊下に出てトイレの場所を示し、「男の方に入れよ」と言った。


「わかってるよ、うるせえなあ」


 ポックは渋々教室を出た。

 席に戻ると「目立ちたがりが多いな」とアルトが嘆いていた。何を競っているだ。


「カイ!」


 紫の髪の毛を揺らし、シュナがやってくる。


「髪下ろしてるのか」


「うん、ロゼがね、座学のときは下ろしてもいいんじゃないって」


 シュナは、後ろにいるロゼを見た。

 ちなみに、ロゼも髪型を変え、ツインテールにしている。


「ロゼと仲良くなったのか。意外だな」


 昨日あれだけ戦ったあとなのに。熱いヤンキーみたいなやつらだな。


「昨日寮のお風呂で一緒になってね」


 うむ、妄想がはかどる。

 ロゼが顔を出し、言う。


「カイ、勇者と煽って悪かったわね。でもね、説明会で寝るのはダメよ」


「ああ、なんだ、それで怒ってたのか」


「私はね、不真面目が嫌いなの」


 面倒なのが室長になったな。

 ポックがトイレから戻って来た。開口一番


「おう、昨日は悪かったな!」


 とロゼとシュナに言った。


「外で水を浴びるなんて、破廉恥にもほどがあるわ。男だからといってそういうことをしていいというわけではないわ」


 ロゼは、ポックに言い放った。

 昨日ポックの業水を見た女子ってのはこの二人か。ポックが女だとはばれてはいないらしい。


「全く、問題児が多すぎる。私がしっかりしなくては」


 いや、ロゼよ、お前も昨日の感じだと結構やばいやつだったが。

 チャイムが鳴った。ぞろぞろと、席に戻る。

 一限目、モンスター学が始まる。


「モンスター学の先生を務めるトーリだ。一応先生ということになっているが、私は他の先生と違い、別の研究施設から来ている講師だ。流星群のみんな、よろしく」


 とトーリ先生が爽やかに言った。すらっとした立ち姿、筋の通った鼻、優しそうな目尻。女子学生のうっとり率よ。ちなみに、流星群というのは、俺たち世代の呼称である。俺たちが生まれた年に、100年に一度の流星群があったらしい。その星がそのまま子どもになったんだということで、流星群なんだとか。まあ、記憶のない俺は正確にこの年代なのかもわからないんだが。


「この中で、モンスターを見たことがあるものは?」


 トーリ先生の問いに、数人の生徒が手を挙げる。俺は、一応見ているはずなんだが、しかし記憶がない。拾われてからは、聖令都市であるクノッテン市に住んでいたので、モンスターに遭遇することはなかった。シュナとポックは、手を挙げている。二人はオークター地方とトネリコ地方から来ているので、納得である。地方は、モンスターに対する防備が低いのだ。トネリコ地方に関しては、モンスターの実害が有名でもある。意外なところで、アルトも手を挙げていた。なんとなくシティボーイだと思っていた。


「では、人型にあったものは?」


 二人だけ、手を挙げたままだった。アルトと、そして、その前に座っているロングヘアーの女。アルトと同じ、金髪だ。


「ふむ。まずは、二人ともよく生き延びたね。モンスターを退治する。その為に勇者がいる。しかし、実際はそのモンスターと遭遇することは、聖令都市ではまずない。けど、少し外に出れば、モンスターとの遭遇率は格段に上がる。クラスメイトにもすでにその恐ろしさを知っているものがいる。それをみんなに知っておいてもらいたい。そして、特に恐ろしいのが人型だ。さて、モンスターとは何だろう、他の動物との差は何だろう」


 ずばりと、ロゼが手を上げる。「ロゼ」とヤング先生が指名する。


「はい、モンスターとは、魔王が生み出した、人にあだなすものです。人を襲い、人を食らう。モンスターは、動物と違い、目は充血し、体は赤黒いものが多く、全体から薄く瘴気を発しています」


「素晴らしい。特徴もしっかり捉えているね。では、魔王とは?」


「魔王とは、人になりたかったモンスター、と習いました」


「そう。だから魔王は人型をしている、と言われている。そして、それに近い人型のモンスターは、他のモンスターを統率し、また、凄まじいパワーを持っている。とされている。けど、人になりたかったモンスターが魔王だ、というこの説は、最近では間違っているという見方が強くなっている。そもそもモンスターの発生からの話になってくる。動物とモンスターの比較発生学、比較進化学がこの15年で再び見直されはじめた。しかし、いまだに古くからある還元的アプローチからの脱却がなされてない。魔王の正体も、モンスターの発生、進化についても、未だに解明されていないことが多い。最近の学説では、モンスターはこの500年以内に発生したと考えられているしね。まあ、なにが言いたかったかと言うと、とにかくわかっていないことが多いんだ。そんな難しくて学術的な勉強は、リーフ大学の学生に任せて、だね。君たち勇者は、もっと実践的なことを学んでいこう、ということだね。モンスターの生態を知り、実際に相対したときにどういった対処をするべきか。では、モンスター図鑑の2ページを開いて」


 ペラペラと、生徒たちはページをめくる。


「さて、モンスターは5等級に別れている。5が最も危険で、そこから危険度が下がっていく。人型は、もれなく5。まず、逃げる。逃げられたら、の話だけどね」


「今の俺たちは、どれくらいのレベルなのでしょうか」


 となんとなく疑問に思ったので質問する。


「カイ、どれくらいだと思う?」


「うーん、2?」


「はははは」


「1?」


「そうだな、1で、やっと戦いになるだろう」


「1、ですか」 


 と肩を落とす。魔王を倒した光の先にいたものと、どれだけの差があるのだろう。


「いじわるをしたね。1対1なら、の話だ。モンスターは、単独で行動するものが多い。勇者になる君たちは、3人、ないしは4人で行動することになる。全国各地から、選りすぐって集められた君たちだ。今のままでも、しっかりとチームワークを取れさえすれば、1ならまあ倒せるはずだ。2になるともう少し練度が必要かな。ただ」


「ただ?」


「モンスターにも、兵隊のように統率のとれた集団がいる。その場合は、その場で勝てそうであっても、まずは退避し、勇者組合に連絡だ。間違いなく、その背後には人型がいるからね。やつらは知恵がまわる。罠をはってくる。しかし、我々はやつらを退治しなくてはならない。さて、5ページを開いて。人型の一体目から今日は詳しく知っていこう」


 落ち着いた、聞き入ってしまう話し方である。

 あっというまに一限目は過ぎた。


「ああ、知恵熱がでそうだよ」 


 アルトは、頭をぺしぺしと叩いた。人型とあったらしいが、ヤング先生の話し振りからもあまり深く聞かない方がいいか。


「次は植物学だ。まだまだ頭を使いそうだな」


 と俺が言うと、アルトはわざとらしく肩をすくめた。俳優みたいなやつだな。

 時間割によると、基本的には午前は学業、午後は剣や魔法などの演習になっている。一年次は基本ずっとそうらしい。午後に座学は眠いしな。今日は午前の2限で終了、いわゆる半ドンで、明日から一日がっつり始まってくる。 


「カイ、二限目は中庭であるらしいよ。隣のクラスと合同だって」


「そうなのか?」


 とシュナの声に振り返ると、視線の先に、窓から飛び降りようとしているポックがいた。またかよ。


「こら、ポック!」


 すでに遅かった。というか、俺はあいつの何なんだ。母親か?


「大丈夫なの?ポック」


「ああ、シュナ、あいつは大丈夫だ」


 と俺はわざとらしく頭をかいた。俳優みたいに。

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