第4話 ルームメイトは臭い。

 ヴェリュデュール勇者学校の勇者教養科には、大きな寮がある。全国から生徒が集まってくるためだ。さて、2人部屋になっているんだが、入寮してからというもの、ルームメイトに会っていない。来たときから小難しい本が置いてあったので、俺より先に入っていたのは間違いないのだが。しかし今日は疲れたな、なんてベッドで横になっていると、部屋のドアが開いた。瞬間、俺は声を上げた。


「く、くっせええ!」


 失礼なことばである。それは重々承知だ。しかし、だ。この臭いは、臭すぎる。その臭いのもとに、小柄な男が立っていた。女子でも小さい部類だ。ぼさぼさの頭、薄汚れた服。なんだこいつは。


「く、臭いとは、なんだ、臭いとは!」


 と小柄な体を一杯に怒りを表現する。男にしては声が高い。


「いや、さすがに臭すぎる」


「な、なんだと、この」


 男が言い返そうとしたそのとき、「なんかくせえぞ」と廊下に生徒が集まりはじめた。


「あ、まって、おーけー、なんでもない」


 と俺はすぐさまルームメイトであろう男を中に入れ、扉を閉めた。臭いが部屋にこもる。臭い。


「ぐ、やはり臭いか」


 男は顔を赤らめる。なんだ、羞恥心はあるのか。


「いや、さすがにくせえよ。なんとかこっそり風呂行ってこいって」


「お前、いいやつだな」


「は?よくわからんが」


「お前、たしか勇者だろ」


「まあそれはみんなの勘違いなんだが」


「俺はポックだ」


「え?」


「名前だよ、名前」


「ああ、俺はカイだ。よろしく、ルームメイト」


「ああ、よろしくな」


 とポックは白い歯をみせにっこり笑った。歯は奇麗なんだな。ていうか今日の剣技演習に来てなかったのはこいつか。


「今出ると廊下のやつらがまた騒ぐぜ。しかしこのままいてもらっても困るな」


 くせえし、とは付け加えなかった。


「大丈夫だ。窓からでて業水する」


 とポックはすたすたと窓の方へ向かう。


「は?ここ三階だぞ」


「俺には関係ねえよ」


 ポックは再びにかりと笑い、窓を開け、身軽にも飛び降りた。


「おい!」


 俺は窓へ駆け寄る。

 窓枠にかぎ爪が引っ掛けてあり、そこから地上へとロープが垂れている。ポックはすでに地上に降り、


「おーい、あぶねえぞ、ちょっと離れろ」


 と俺に言った。

 言う通り少し離れると、かぎ爪の引っ掛けがゆるみ、下へと落ちていった。再度俺は外を見る。少し離れた外灯の下の水道で、ポックが髪の毛を濡らしている。いや、それだけじゃ臭い取れねえだろ。


「おい、これを使え!」


 泣く泣くマイシャンプーを投げた。なんかケサランの実やら、トリケタランの溶液やら、よくわからん成分の入った、頭皮にいい高いやつだ。ついでに、ポックのタンスから適当に服を見繕って下へ投げた。


「おお、ありがとうよ」


 とポックが言った。

 5分後、女子の悲鳴が聞こえた。なんか聞き覚えがある声だな。にしてもあの水道の場所、女子寮の玄関から見えないこともない。てか、風呂に行けばよかったと思うんだが。

 今顔を出すといろいろと面倒だな、とベッドに横になった。


「いやー散々な目にあったぜ」


 うとうとしていると、臭くなくなったポックが現れた。ふっくらと赤いほっぺ、まんまるお目目とかわいらしい少年のようだった。いわく、寮長まででてきたが、あまりの臭さにとりあえず風呂へ行くことになったらしい。業水は禁止になったとのこと。そりゃそうだ。


「ほれ、泡、すまなかったな。ちょい泡立ちにくかったが」


 ポックがシャンプーを投げた。半分ぐらい減ってる。高かったのに。


「にしても、よく寮長が許したな」


「ああ、俺が男だったらアウトだったかもな」


「は?」


「あ、やべ、言っちまった」


 男じゃない?女?


「誰にも言うなよ、カイ」


 とポックは白い歯をにっかりと見せた。

 この風変わりなルームメイト、話を詳しく聞くと、実際に女らしい。というか、女だ。「ほれ、ちんこもないぞ」とズボンを脱ぎだしたのでさすがに止める。「おっぱいは小さいが」と服をめくりだしたのでそれも止める。「お前、まじでやめとけ」と真剣に注意すると「なんだ、みたくねえのか」となぜか不満げ。

 ポックは、トネリコ連邦の唯一の乾燥地帯、サバを拠点とする流浪の魔法使い夫婦のもとで育ったという。初等学校に入学したもののすぐやめてしまい、学校というもの自体あまり行ったことがないとのこと。リーフ市に来て早々、慣れない都会に嫌気がさして、学校のそばにある大きな森に行ったらしい。部屋に帰ってくるのは5日ぶりだとか。トネリコ連邦といえば、豊かな森と世界樹があることで有名な地域だが、たしか、10数年前に戦があり、一部無法地帯になっているとか、立ち入り禁止区域があるとかなんとか聞いたことがある。やや興味があるんだが、もう少し仲良くなってから訊いた方がいいか。


「で、なんで女のお前が男子寮の、しかも俺のルームメイトなんだ?」


「ああ、俺は女と一緒なんて無理。そんな乙女な生活は嫌だ。あんな小綺麗なやつらと一緒なら、多少汚いやつらとのほうが住みやすいだろ」


 で、学園の許可は下りたと。なんでだよ。ていうか多少汚いってなんだよ。


「とりあえずお前が女であることは、隠しとけばいいんだな」


「ああ、話が広がっちまったら俺は女子寮に移されるってグラスに言われた」


 とにかりと笑った。女と言われなければかわいいい少年だが、女だといわれればかわいい少女に見えてしまうものである。首を大きく振り、妄想を振り払う。「どうした?」とポックはきょとんとしている。来て一週間も経っていないが、会うやつ会うやつ変なやつばかりだな。


「そうだ、ポック。これ、部屋に届いてたぞ」


 俺は、部屋に届いていた男子用の小さな制服を渡す。


「なんだ、これ」


「明日から座学も始まるし、クラスにも入るから制服着用だとさ。なんでお前のは今日届いたんだ」


「知らねえよ。男にしては小さすぎたか?サイズが」


 小さいのはいじっていいんだな。


「そうだな、ははは、特注だな」


「うるせえ!」


「いってええ」


 すねを蹴ってきた。切れんのかよ。痛がる俺を見て、ポックはけらけら笑っている。最早かわいくもなんともない。

 翌日、制服姿に寝癖をぴんと跳ねさせたポックは、かわいかった。


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