第2話 赤い髪のロゼ、なにかとつっかかってくる。

 屋内闘技場に、生徒が集まっている。視線の先に、黒いとんがり帽子と黒マントに、パンツスーツというよくわからない組み合わせの女がいた。たしか、学年主任のグラス先生だ。なんだか懐かしさを感じるのは、その黒いとんがり帽子が昔読んだ絵本にでてくる魔法使いが被っていたものと似ているからだろうか。


「改めて自己紹介をする。学年主任を務めるグラスだ。よろしく。君たちは、ルート王立ヴェリュデュール勇者学校の一期生にあたる。職業勇者になるためには、指定された勇者学校を卒業し、試験に合格しなければならない。しかし、我々は、試験の合格のために君たちに授業を行うわけではない。モンスターと、そしてその先にいるであろう魔王との戦いの為に、ここで多くのことを学んでもらう。ここに39人、一人まだ学校に来られていないが、計40人で1学年だ。座学やホームルームでは40人を二つのクラスに分ける。午前の説明でもあったが、一年次は40人が皆同じカリキュラムを受けてもらう。ひとくくりに、君たちは勇者教養科だ。2年時より専門性を高め、専修が別れる。また、2年時には、3人ないし4人パーティを組み、担当の先生のもとで実践形式の演習を行っていく。つまり、最初のこの一年は、その準備だということだ。弓、魔法、剣、それぞれ得意な分野があるだろう。しかし、この一年はどれも行ってもらう。さて、今日の授業は剣だ。ここからは、担当のタケミ先生にバトンタッチする」


 実は俺と同じ地域から来た生徒がもう一人いるんだが、見当たらない。まだ来ていないというのがそいつか。遅刻するようなやつではないが。

 グラスの後ろから、赤備えの甲冑をフル装備した大柄な男、タケミ先生が前にでた。いかついフルフェイスのマスクをしているので顔もよくわからない。マスク越しに、ごにょごにょとしゃべっているが、全く聞こえない。


「何しゃべってるんだろうね」


 とシュナが小声で言った。


「さあ、わからん」


 ざわつく生徒に、グラス先生が大きく咳払いする。静まり返る闘技場。


「タケミ」


 とグラス先生は、タケミ先生を見た。もじもじしていたタケミ先生であったが、その大柄な体をあわあわさせ、急いで手に持っていたプリントを配り始めた。

 初めてのクラス☆楽しくみんなで実践♡というタイトルから始まったそのプリントには、おおよそ大柄な甲冑男からは予想のつかないハートマークや星マークが所々に使われており、今日の授業の内容について書かれていた。闘技場内で一対一の実践を行う、とのことであった。


「剣と言ったが、今日は魔法、弓、なんでも使って構わん」


 とグラス先生は補足した。


 闘技場の客席に、数人座っていた。午前の説明会でもいた、先生方だ。


「とりあえず、実力を見たい、ってことか」


「なんだか緊張するね!」


 相変わらず笑みを絶やさないシュナ。絶対緊張してないだろ。


「っと、遅刻がいるな」


 生徒を数えながら、グラス先生は言った。


「ったく、どいつもこいつも」


 前に座っている女が悪態をついた。食堂で嫌みを言ってきた赤い髪のやつだ。ずっときれてんな。

 グラス先生が名簿を取り出した時、扉が開いた。


「すみませんです、遅れたのです!」


 謝っているとは思えないほど元気な声とともに、小柄な女が入ってきた。クールな銀髪の前髪をロールアップしており、満面の笑みがわかりやすい。


「名前は?」


 グラス先生が厳しい口調で訊ねた。


「ユキなのです。みんなよろしくです!」


 グラス先生の苛立が伝わっていないのか、ユキは明るく答え、


「そしてこっちがあ、ほら、早く自己紹介するのです!」


 と後ろを見た。

 ユキの後ろには伏し目がちな男がいた。こちらも銀髪だが、前髪が長く表情が読み取れない。


「・・・です」


 ぼそぼそと何を言っているかわからない。


「こっちはムツキなのです!」


 ムツキが、「し、静かに、ユキ」と伏し目がちになる。


「これで38人。もう一人来ていないな。まあいい、時間がない。さて、初めに戦いたいものはいるか?」


 生徒たちは、互いが互いを見合う。しかし、ちらちらとだが、視線を感じる。自意識過剰ではない。やはり、みな俺の戦いが見たいのだろう。困ったことにそれに見合った実力はないのだが。仕方なく挙手しようとしたそのとき、


「はい!はいはい!」


 とユキが手を上げた。


「ゆ、ユキ、やめたほうが」


 心配そうなムツキをよそに、ユキはずいと前に出る。


「いいだろう。ユキの相手は」


「あ、じゃあ俺が」


 と俺は手を挙げた。どうせ3年間一緒なんだ。最初にバレておこう。それに、病み明けで体も重いから先に終わらせたい。ああ、誰かに言いいたい。僕は病み明けなんです。本当にちょっと体重いんです。


「ユキとカイ、では闘技場の真ん中へ」


 俺とユキに、魔造刀が配られる。全国の実践授業を変えた、大ヒット商品である。剣部分が体温に反応し、柔らかくなる。かつ黄緑に変色するのだ。つまり、本気でばちばちやっても大丈夫。


「カイ、ファイト!」


「おう!」


 とシュナに返す。が、自信はない。

 全国の優秀な生徒が集まるこの学校で、はい!はいはい!と自信ありげなユキは、さぞ強かろうね!

 しかし、戦闘は10秒と持たずに終わった。


「ううう、強いのです!」


 俺に打ち据えられたユキが言った。俺が強い?親父、やったぜ!英才教育の賜物だ!なんて浮かれることはない。俺は自分が天才ではないことは知っている。ユキが、弱いのだ。


「そこまで!では、次の二人だ」


「ムツキ、すごいですここは!」


 と負けたにも関わらず、ユキは満面の笑みで履けていく。ムツキは、ため息をつき、「もう少し控えて」とユキに言った。

 クラスメイトは多少ざわついた。さすが勇者だ、と。よくよく考えればここで負けた方が良かったか。勘違いしている、みんな。


「ナイス、カイ」


 シュナがウインクした。まあ終わったしいいか。とりあえずほっとして、シュナの方へ向かおうとしたそのとき


「私と、その男を戦わせてください」


 さっそうと中央へ歩き出した女がいた。燃えるような真っ赤な髪の毛の、目つきの鋭い女。こいつは俺に何か恨みがあるのか。

 グラス先生は、「ほう。ロゼか」と一考し、「いけるか、カイ」と訊ねた。俺は、「はあ、うーん」と曖昧に答えた。すぐに終わったので体力的には余裕だが、病み明けだしな。もう一回戦うのもなんかな、と気持ち的にはあまり乗り気ではなかったので、どちらでもとれるように。しかし、グラス先生は俺の気持ちを察してくれなかったようで。


「よし、次戦、カイとロゼ、中央へ」


 渋々剣を抜き、中央へと戻る

 ロゼは、細身の剣を持って、俺をじっと睨んでいる。何か悪いことしたか?いや、わからん。これも勇者のせいか?ええい、なるようになれ。


「はじめ!」


 グラス先生のかけ声と同時に、剣がぶつかる。初手でだいたいわかる。こいつ、強い。二回、三回と打ち合う。打ち合う、というより、なんとかロゼの攻めを受ける。踏み込みが鋭い。なにより、早い。


「ふん、ただの有名人ってわけでもないのね」


 褒めてるのか?嫌みか?

 ロゼが、踏み込んでくる。寸でのところで切っ先をよける。よけたはずの切っ先から、赤い炎が伸びる。


「おわあ」


 情けない声とともに、俺は尻餅をついた。鼻頭が熱い。

 魔法ありかよ!ああ、なんでもアリって言ってたなそういえば。

 ロゼは、仁王立ちして


「ちやほやされていい気にならないで」


 と大声で言うと、剣を収めた。

 場内が静まり返る。

 俺は、とぼとぼとはける。


「いやあ、ダメだったな」


 情けないとは思いつつも、苦笑いでシュナのもとへ。


「ちょっと、許せない。先生、ロゼと私を戦わせてください」


 シュナは真顔で、剣を抜いた。


「ロゼがいけるならな」


 とグラス先生はにやりと笑った。

 ロゼは何も言わず、再び剣を抜いた。

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