俺は勇者じゃない。
@jobjob
第1話 ぼっち飯に出会いあり。
微かな視界。赤いもやがかかっていた。そして、大きな光。目を開けられないほどの。次に、突風が吹く。まだ小さかった俺は、体を吹っ飛ばされる。痛い。これが、その時覚えている感覚。その時の感情はーーーただただ心配していた。誰かを。その光の先、突風の発生源にいるであろう誰か。
次に意識を取り戻したときには、それ以前の記憶を失くしていた。だから、俺はそれが誰だったかを覚えていない。ただ、わかっていることが一つある。
俺は、勇者じゃない。
ーーーーーーーーー
ルート王立ヴェリュデュール勇者学校 今年できた、ルート連邦王国の中心都市リーフにある勇者を育成する学校だ。王立の勇者学校は初めてである。全国から優秀な生徒が集められ、立派な職業勇者を目指す。モンスターは狡猾で、そして強い。職業勇者はそれを退治するのが仕事だが、さらに大きな敵をも想定していた。それが、魔王だ。遠い昔にどこかに封印されたとされている魔王。おとぎ話でしかでてこなかった存在であるが、10年前、それは人々にとってフィクションではなくなった。世界中のモンスターが、暴れだしたのだ。魔王の復活を本能的に察したのだ、と人々は恐怖した。異変は、それだけではなかった。天変地異が各地で起こった。一部の識者はモンスターたちの動きに注目し、その向かう先を割り出そうとしたが、しかし当のモンスターも右往左往とその目的地を探しているようであった。そして、とうとう世界は闇に包まれた。大地の揺れ、天の轟、モンスターの咆哮、人々の悲鳴。しかし、それも一瞬の出来事であった。大きな光が世界を包んだのである。空は晴れ、大地は収まり、モンスターは散逸し、人々は歓喜した。誰よりも早く魔王復活の場所を特定し、再び封印に成功したもの。その光の先にいた、唯一の存在。それが、俺ということになっている。つまり、俺が魔王を再び封印した勇者、ということになっている。話がこれで終わればいいのだが、余計なことをいったやつがいる。かの名宰相グウォールの祖先であり、予言者として名高いストラだ。
「魔王は、再び復活する。そう遠くない未来に」
この一言が、ここ10年で勇者学校が乱立された理由であり、また、俺が、拾われた先の歴戦戦士であった親父に、戦士として英才教育を受けさせられた理由でもある。人々は信じて疑わなかった。俺が真の勇者である、と。しかし、いつかを機に、それも言われなくなった。忘れられたからではない。俺があの光の場所にいた子供であるということはみんな覚えている。俺に、戦士としての才能がないことに気づき、皆が気を使って言わなくなったのである。言い方を間違えた。英才教育を受けてきたおかげもあって、そこそこは剣も使える。しかし、人々が求める天才でないことは明白だった。なにより自分が一番わかっていた。努力では補えない才能という壁を。有名人でありながら、それに見合った力がない。これはなかなかに辛い。それでも、俺はこの学校に入学することを選んだ。実の息子のように育ててくれた両親の期待に応えたい。のが二番目の理由。一番目の理由は、記憶を取り戻す旅に出るためだ。10年前、あの光以前の記憶がない。自分は何者なのか。そして、その光の先には、確かに誰かがいたはずだ。俺は、それが誰かを、知りたかった。もし魔王が本当に復活するならば、それが誰かを思い出し、探さなければいけない。その、真の勇者を。
俺は、勇者じゃないから。
「君って、勇者なんだってね!?」
学食で一人飯をしていた俺は、女の声にびくりとなった。
悪い意味で有名な俺に誰もが距離を置いているなか、ずけずけとコンプレックスをえぐってくるやつの顔を拝もうと振り返る。
長い紫の髪の毛をポニーテールに束ねた女がいた。大きくてまっすぐな目が俺を見ていた。純然なその瞳に、俺は毒気を抜かれ
「そういうことになってるね」
と答えた。
「隣いい?私はシュナ。同じ一年。先生から、入学式から休んでる人が何人かいるって聞いてね」
と俺の返事を待つことなく、シュナは、ゲッティの乗った皿をテーブルに置き、俺の対面に座った。こうずけずけ来られるといっそすがすがしい。
「ああ、まあ体調不良でちょっといけなくて」
間悪く、病気にかかって2日休んだのである。ちなみに、人生で初めて体調を崩した。体力だけは自信があったんだが。それでも、医者からは驚異的な治りの早さだと驚かれた。今日は午前から大講堂でいろいろと説明会があった。ただでさえ無駄に有名なのに、入学式から二日も休んで、そりゃ周りも話しかけづらかっただろう。そして睡魔に襲われた俺は、途中から眠りこけていた。結局、誰とも話すことなく、昼休憩を迎えたのである。午後からはさっそく剣技演習がある。気まずいな。
「私も今日初登校なんだよ。その間に歓迎会もあったんだって。ちょっと乗り遅れた感じがあって」
図太そうに見えるが、意外と繊細なのか。かと思えば、ゲッティをずるずるすすりながら食べ始めた。
「おいしいね、これ!私の住んでたとこにはこんなのなくてさ」
口の端にタレをつけながら、シュナは言った。
「シュナ。言いづらいんだが、ゲッティはあまり音を出して食べるのはよくないかも」
「え?そうなの!?」
「一応、フォークで巻いて食べることになってはいる。世間的には」
「そうなんだ!ありがとう、えっと、名前教えて!」
「俺はカイ。てか、勇者がどうたらっていってたから名前知ってるかと」
「他の生徒の話が聞こえてきて。勇者のなんだかんだって人が入学式に来てなかったとかなんとか!」
とシュナは、フォークでなんとかゲッティを巻きとりながら答えた。
俺の情報をシュナは全く持っていなかったようだ。自分で言うのもなんだが、この王国内にそんな人がいたんだな。
「いや、周りがそう言ってるだけで、本当は勇者でもなんでもないんだがな。あと、食べにくかったらすすってもいいよ。俺気にしないし」
「カイは優しいね!初めての都会で緊張してたけど、よかったあ」
シュナは満面の笑みを浮かべた。
「シュナはなんで入学式こられなかったんだ?」
「私、オークターの奥地から来て。山を下りるのに思ったよりも時間かかっちゃってさ。カイはどこからきたの?」
オークター地方はいわゆる辺境の地だ。その奥地か。道理で俺の噂を知らなかったはずだ。
「俺はクノッテン市から」
「へえ、聖令都市から来たんだ!」
聖令都市とは、モンスターが侵入できないようにより強固な護りで固められた二つの都市である。ここリーフ市と、俺の育ったクノッテン市がそうだ。
食堂に、予鈴が鳴り響いた。ぞろぞろと生徒が動き出す。
「やばいやばい」
とシュナはゲッティを口に放り込み、立ち上がった。色褪せた茶色い装いに、腕と脛には戦士らしいアーマーを装備している。が、全体的には軽装備に見える。にしても、剣技演習の直前にそんなに食べて大丈夫か。
「行こう、カイ」
妙に頼もしい。口の端にタレがついたままだが。
「おう」
と立ち上がったそのとき
「お金、落ちたわよ」
と後ろから声をかけられる。
「あ、すんません」
と俺は振り返った。
燃えるような真っ赤な髪の毛を後ろで結い上げた、目つきの鋭い女がいた。女は、拾ったコインを俺に渡しながら
「有名人だからって、いい気にならないでよね」
と言い残し、そのまま去っていった。
こういった類いのことばはよく言われるが、それでも慣れるもんではない。呆然としている俺に
「カイ、何してんの、早くいこう」
すでに10数メートルさきにいるシュナが言った。なんでもうそんなに先にいるんだ。
小走りでシュナに追いつく。
「歩くの早いな」
「そうかな」
とシュナは太陽のような笑顔を見せた。
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