第二幕

 第二幕の前に、少しだけ補足をしておこう。


 どうやら私の目論見通り、演劇部には全然新入部員が入らなかったらしい。しかしたった一人、たった一人が入ってしまった。物好きな人もいたものだ。何故あの劇を見て入部する気になったのか、不思議である。


 まあいい。演劇部破滅のカウントダウンは、着実に始まっているのだから。


 季節は過ぎ、九月になった。九月といえば、文化祭である。うちのクラスは焼きそばをやることになった。でも正直、クラスの方はどうでもいい。それよりも気掛かりだったのは、演劇部だった。


 第二幕、幕開け。


 私は文化祭前日まで待った。ここで決定的な終止符を打たねばならない。そのためには、焦っちゃいけない。時が来るのを待つ。大丈夫、何も心配することはない。舞台は順調に進んでいる。


 最終下校ギリギリの時間。私は真っ暗になった部室を見て、微笑んでいた。誰も見てくれる人はいないけど、私は十分な満足感を得ていた。そう、今から演劇部を潰すという、優越感から来る満足感。元部長が演劇部を潰すなんて、なんという皮肉な話だろうか。


 私はすぐ近くにある、倉庫の扉に手を掛けた。しかしそこには、私の目を見開かせるような光景が広がっていたのである。


「なんでないの」


 工具が、一つも。

 確か演劇部には、大道具を造る用にいくつか工具があったはずだ。トンカチやノコギリやドライバー。その全てが何処にもない。おかしい。部室にベニヤ板で造られた大道具があるのだから、少なくとも工具は使っているはずだ。というより、どうしてこんなにも倉庫がすっきりとしているのだ。私たちがいた頃の倉庫は、色んな物が散乱していて、工具もその辺にあったはず。なのに、どうして。


「片付けられたか……」


 私は小さく舌打ちをした。これは想定外だった。あいつらが倉庫を片付けてしまうなんて。

 けど、工具を探している時間はない。ここで明かりを点けたら、人に見つかってしまうかもしれない。それにもうすぐ、先生が見回りに来てしまう。ぐずぐずしている暇はない。行動しなければ。


 倉庫を閉め踵を返し、私は完成している大道具の方へ向かった。私の前にそびえ立つベニヤ板。これは何の大道具なのだろうか。まあ、そんなことどうでもいい。どうせこれから壊すのだから。こんなの壊したら、ただの木材だ。


 とりあえずベニヤ板を倒した。ばたん。大きな音がした。誰かがこの音を聞き付けて来るのではないか、という心配が過る。もっと慎重に壊さなければ。そうして、私は丁寧に解体していった。


 まずベニヤ板を折った。折ったら簡単に割れてしまった。案外脆いものだ。次に足も使って、ベニヤ板が立つよう固定している部分を壊そうとした。けど無理だ。工具がないと、難しい。諦めて、ベニヤ板に貼られている紙を剥がした。うん、これで十分ではないだろうか。


 後は適当に机をひっくり返したり、置いてあるガラス製の小道具を床に叩きつけたりした。その時随分と派手な音がしたので、私は内心ひやひやした。

 もっと色々豪快にぶち壊してやりたかったが、これはこれでいいだろう。それにしても工具がないなんて。あれがあれば、もっと壊すことが出来たのに。少し落胆しながら、私は部室を後にした。


 次の日聞いた話によると、どうやら演劇部は公演を中止したらしい。


 第二幕、無事終演。

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