第48話 メリューの出すべき情報

        メリューの出すべき情報



 モーリスの声と共に、今まではアマンダとカオリンをガン見していたと思われる記者達の顔が、一斉に引き締まる。

 しかし、思ったよりも数が少ないな。報道用に用意されたテーブルは僅か6台。見た感じ、一つの机を一社で独占しているようだし。

 そして、一社につき、記者とカメラマンを合わせても数人程度なので、この広いハンガー内は閑散としていると言えよう。寧ろ、警備の人数の方が多そうだ。


 モーリスがマイクを握って立ち上がった。


「では、始める前に、既に通知は行っていると思うでござるが、この記者会見でのメリューの方針を確認させて貰うでござる。先ず、最初に陛下から報告があるので、それについて質問があれば挙手して欲しいでござる。但し! こちらが答えたくない質問には答えないでござるし、また、答えられる質問でも、メリューが重要と思わない質問には、一つの質問につき100万円支払って頂くでござる。宜しいでござるか?」


 ふむ、前回のサヤのぼったくり会見の延長と見ていいか? そして、あのやり方はモーリス達も気に入ったと。

 ちなみに、カオリンはこのモーリスの説明と共に、一度俺に軽く会釈をしてから俺の足元に椅子を持って来て、段ボール箱を抱えてちょこんと腰掛けた。


 記者達は、明らかに嫌悪感を顔に出しているのだが、全員、黙って頷く。

 そして、早速手が挙がった。


「どうぞでござる」

「産日新聞の○○です。その方針については、既に承知の上で来ているので、思うところはありますが従いましょう。しかし、ここに呼ばれている報道社の数が、何故こうも少ないのでしょうか? 日本記者クラブに所属している新聞社、放送局、通信社だけでも100社以上になります。何故、私達だけなのですか?」


 ふむ、それは確かに俺も疑問だった。

 大きな記者会見を開く場合、普通、数十社ではきかないはずだ。


「それは簡単な理由でござる。メリューが認めた、日本の大手と思われる報道社が、貴殿達だけだったからでござる。フリーの記者や地方新聞社等は、申し訳無いでござるが、今回は混雑も予想されるので、呼べなかったでござる」


 うわ~、理由は納得できるが、モーリス、それ言っちゃっていいのか?

 それって、ここに呼ばれなかった大手マスコミは、報道機関ではないと宣言されたようなものだ。

 そして、この質問は、メリューにとっても意味のある質問と。


 だが、この記者は、この説明だけでは納得していないようだ。


「しかし、私達としては認めて頂けて嬉しいのですが、これは、報道管制に当たるのではないでしょうか? また、こう言っては何ですが、私達が、メリューに対して都合のいい記事しか書かない新聞社という誤解を招きかねません」

「報道管制は、程度の差こそあれ、何処の国もしているでござるよ。全くしていない国など皆無でござる。代表的なのが軍事機密でござろう。そして、此処に呼ばれた貴殿達ならば、メリューを含めた国家や団体に忖度せず、恣意的に世論を煽らず、事実のみを報道してくれると期待しているでござる。その結果、メリューを批判する記事も掲載されるでござろうが、それを理由に貴殿達を排除するつもりは無いでござる。メリューは、貴殿達の今のスタンスが崩れない限り、末永くお付き合いしたいでござるよ」


 ふむ、これなら納得だな。

 その記者も、軽く一礼して席につく。


「では、その件についてはもういいでござるか?」


 モーリスが促すと、記者達は全員顔を上げ、軽く微笑む。

 まあこれは、ある意味褒められている訳だしな。


「それでは、陛下、お願いするでござる」


 アマンダが、サヤに渡されたマイクを持って立ち上がった。



「今日、最初に皆様にお話ししたいのは、あちらの世界、メリューのある世界と、それを滅ぼした魔族についてですわ。そして、これがメリュー星の地図です。以前、シンさんとサヤさんが作って下さいましたわ」


 アマンダが一枚の地図を広げると、一斉にカメラマンが近寄って来て、それを近くから写す。

 ふむ、あの地図、アマンダが持っていたとは好都合だったな。

 しかし、二人で記憶を頼りに描いたものなので、はっきり言って、精度は全く無いと言っていい。だが、無いよりはマシだろう。


 すると、近くまで寄って見ていた記者が感想を漏らす。


「これ、何となくだけど、翼を広げたドラゴンに見えるな」


 ふむ、言われてみればそうも見えるか?

 メリュー星には大陸は二つしかなく、その片方、アラガス大陸に殆どの人が住んでいる。

 そして、その大陸は、赤道のある点を中心に、十字状に東西南北に延び、南半球部分は、南米大陸のような感じで、それが尻尾と言いたいのだろう。更に、北半球部分が頭と、左右に大きく翼を広げているように見えると。

 ちなみにメリュー王国は、その翼の最東端に位置していた。


 また、殆ど人の住んでいない方、バース大陸は南半球、赤道を挟んでメリューの真南にあり、オーストラリアくらいの大きさなのだが、ここは全体的に火山活動が活発で、場所によっては、有毒の火山ガスが蔓延している。なので、海沿いにいくつかの小さな集落があったのみだ。まあ、距離的にもアラガス大陸からかなり離れているので、人間は、やっと辿り着いたばかりと見ていい。


「では、ここで一旦質問を受け付けるでござる」


 一斉に手が挙がる!


「この星の大きさは?」「シンさんによれば、地球より、僅かに小さいくらいなのでは?とのことですわ」

「この星に月、衛星はありますか?」「一つありますわね。メリューではラーナと呼んでいましたが」

「この星の、元々の人口は?」「メリューで数百万、全部を合わせると1億くらいでしょうか? この世界と違って、正確に国民の数を把握していた国はありませんでしたわ」


 他にも質問はあったのだが、それ程重要と思えるものでは無かった。

 しかし、地下資源の質問が出たので、サヤがメリューの金貨と銀貨を出すと、場が沸騰した!


「それでは、かなりの量のプラチナ、また、ひょっとしたら金も埋蔵されているのですね?」

「何とも言えませんが、金貨の方もそちらで鑑定して頂きたいですわ。後、この世界で石油と呼ばれている、燃える水も、湧き出しているところがございましたわ。ですが、臭いですし危険なので、全くと言っていい程、採掘はされていませんでしたわ」


 記者達の鼻の穴が膨らむ!

 俺もその事は知っていたが、あの世界では魔法があったせいか、そういった技術水準は低い。正に、猫に小判状態だったな。


 更にいくつかの質問が飛び、メリューには、ほぼ地球と同じ、いや、それ以上の資源が眠っているのではないかとの結論に達した時、核心を突いたと思われる質問が出た。


「では、現状、メリューと行き来できるのは、エルバイン陛下とサヤさん、そして、そのドラゴンだけですか?」


 う~ん、この人には、俺は人間扱いされていないようだ。

 ま、この見かけじゃ仕方あるまい。


 もっとも、クリスも俺の事をドラゴンと呼ぶが、俺はそこまで気にしていない。

 何故なら、彼女は明らかに俺を人間として見てくれていると感じるからだ。

 以前、ソヒョンの絡みで痴話問答になりかけた時、彼女はにやついていた。

 俺を、人間の男と見ていたからこその反応だろう。


「答える前に、『そのドラゴン』という言葉を訂正して頂きたいですわね。シンさんは人間ですわ!」


 ふむ、アマンダも不快だったようだ。

 記者は慌てて俺に頭を下げ、『シンさん』と言い直す。


「おそらく、一人でテレポートできるのは、シンさんだけでしょう。ですが、高い魔力を持つ人間が揃えば、地球とメリューとの、『ゲート』を設置できるかもしれません。しかし、今のメリューには魔族が居ます。あの者達が完全に滅びない限り、ゲートどころではありませんわね。もしもこちらの世界に来たが最期、この地球の技術をもってしても、生き残れるのは僅かでしょう」


 これには、皆が押し黙る。

 しかし、沈黙は一瞬だけだった。

 すぐさま手が挙がる!


「では、その魔族について詳しく!」

「はい、魔族とは……」


 アマンダは、魔族について丁寧に説明する。

 途中、俺とサヤにふられる場面もあった。

 その結果、おおよそは理解してくれたようだ。


「それでは現状、魔族に身体を乗っ取られないのは、貴方方三人だけという事でしょうか?」

「それは分かりませんわ。この世界の人々にも、魔法は使えなくとも、魔力はある事は判明しています。なので、私共同様、この世界にも魔力が高い方がいらっしゃるのではないかと思いますわ」


 すると、暫くの沈黙の後、また手が挙がる。

 しかし、その手には札束が握りしめられていた!


 なるほど、メリューにとって興味の無いと思われる質問をするつもりなのね。

 すぐにカオリンが段ボール箱を抱えて立ち上がる。


「どうぞでござる」

「では、その魔力、いえ、魔法とはどういうものなのでしょうか? 先日は、国家機密という事でしたが、ここまでのお話から、それを知ることこそが、魔族を知る事に繋がると思いますが?」


 ふむ、この記者の言い分はもっともだな。

 モーリスがアマンダの顔を覗くと、アマンダが軽く頷く。


「その金は不要でござるよ。それに答えるには、先ずはこちらの質問に答えてほしいでござる。魔法を使えない人間からすれば、シン殿を筆頭に元メリューの人間、いや、魔法が使える人間は脅威でござる。シン殿の力を見せつけられた人類の反応は、あの北朝鮮の核ミサイルに集約されていたと考えるでござる。そして、陛下達の話によれば、メリューにおいても魔法が使えない人間は多く、また、使えたとしても使える魔法の種類は人それぞれ。もし、地球人でも魔法が使えるとなれば、どうなるかは明白でござろう。魔法を軸にした、新たなヒエラルキーの誕生でござる。貴殿らは、そのリスクと向き合えるでござるか? 拙者には、まだその覚悟が無いでござるよ」


 質問をした記者は言葉を失い、カオリンも俺の足元に引き返して来る。

 そして、これには俺も考え込んでしまう。


 現在の地球の支配構造は、金と知名度だと俺は思う。

 そこに、魔法という要素が加われば、混乱は必至だ。魔法による犯罪も起こるだろう。

 道理で、モーリス達も積極的に魔法について聞いて来なかったわけだ!

 なので、今日、ソヒョンに魔道具を渡したという事は、ある意味彼女を巻き込んでしまったとも言える。もっとも、メリュー国民となった以上、魔法を避けては通れないのかもしれないが。


 かなりの間があった後、一人の記者が立ち上がった。


「魔法というものについてどう判断するかは、我々、報道関係者の役割ではないと思います。我々の役割は、事実を伝える事だけですから。そして、この世界の人々も、知らなければ判断しようがないでしょう」


 ふむ、責任は取らないが教えろと。


「ならば、この件については、後日に回すでござる。貴殿達なら既に知っていると思うでござるが、丁度、4日後に国連事務総長と常任理事国、そして日本との、非公式での会合がメリューで開かれるでござる。そこで相談するのがベストでござろう」


 ああ、その手があったか。

 確かに、今回集まるのは地球のトップと言えるだろう。

 だが、連中も簡単には引かないようだ。再び手が挙がる。


「分かりました。ですが、地球人にも魔法が使えるかどうかだけでも教えて頂きたい」


 それには、アマンダがマイクを取った。


「先程も申しました通り、地球の方々にも、魔力そのものはあります。そして、サヤちゃんの身体は地球人ですが、魔法が使えますわ。なので、メリューの魔術師としての意見であれば、可能ではないかと思っています。ただ、メリュー星で生まれ育ったというのが条件であれば、現状では不可能ですわね」


 うん、俺もそう思う。こればかりは、試して見ないことには分からない。

 そして、今のメリュー国民に魔法を教えていいのかどうかは、やはり難しい問題だ。

 なので、それについては全員から意見を聞く必要があるな。


 この話は、記者達もこれ以上は埒が明かないと感じたのだろう。

 質問の方向を変えてきた。


「では、その魔族さえ駆逐できれば、シンさんにお願いする、ないしはその『ゲート』というものを設置し、我々地球人も、メリューに行く事が出来るのでしょうか?」


 それは俺も考えていた。

 あいつらさえ居なくなれば、そもそも、俺達がこんな事をする必要など無いのである。

 アマンダと一緒にメリューに帰り、俺も狙われるなんて事は無くなる。

 勿論、来たいという人が居れば、喜んで受け入れてあげたい。


 この質問に対し、アマンダが一度モーリスの方を向くと、モーリスの表情は見えなかったが、しっかりと頷いたようだ。

 そして、アマンダが立ち上がる。


「ゲートに関してはまだ不明ですが、そうなった場合、可能な限り来て頂きたいと思っていますわ。魔族に関しても、この地球の兵器が有効かもしれません。そして私共も、数週間後にでも、もう一度メリューに行って、魔族の動向を確認しようと考えているところですわ」


 ん…? これは…?

 このアマンダの答弁で、俺はやっと気付いた!


 これの意味するところは、そう、魔族を倒すのに、武器だけでもいいから、地球側に協力して欲しいという事だ!

 見返りは、それこそ無限にある!

 地下資源もだが、魔法の知識だって、もし地球の人が使えるのなら、それこそ言い値で買わせられるだろう。もっとも、先の感じからは、アマンダとモーリスにそういうつもりはないようだったが。


 凄いな。


 これは、記者会見という形式での、この世界へのプレゼンだ!

 多分だが、このシナリオを描いたのは、モーリスと新藤ではなかろうか?

 アマンダには、この世界の、地下資源に対しての異常なまでの執着は理解できなかったはずだ。


 記者達は、一斉にノートパソコンやタブレットを叩き始める。


 そして、音が止むと、一人の記者がおずおずと手を挙げた。


「え~っと、こういう事をお聞きしていいのか分かりませんが、現在のメリュー、いや、エルバイン陛下の目的は、魔族に滅ぼされたメリューを再興するということでしょうか?」


 ふむ、再興までは考えた事も無かったな。

 だが、今までの流れからは、そう思われても仕方なかろう。


 俺としては、サヤはともかく、アマンダだけはメリューに帰してあげたいと思っていた。

 だが、それには魔族の根絶が必須な訳で。なので、地球の人に頼ってでも、魔族を滅ぼすという方針には何の異存もない。


 俺が背後からアマンダを伺っていると、何と、彼女の方から俺を見上げてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る