第45話 動き出す大国

         動き出す大国



 帰ってから、大量のロープを俺の背中から降ろすと、松井がまだ何かあるようだ。


「では、次は講習会です! 昨日、日本からDVDが届きましたので、それを基に、私の教えられる範囲だけですが、救難活動の授業です!」


 ぶはっ!

 だが、これは助かる。

 前回のレスキューは、結果的には大成功だが、まだまだ課題が見えた。

 俺達のやり方に常識は通用しないとしても、やはり人の命が関わっている以上、基礎からきちんと知って置くべきだろう。


 そして、この感じからは、松井はメリューにも雇われたと見ていい。

 流石はモーリスだな。


 人間に擬態し、ソヒョンも加え、俺の家で授業を受ける。

 松井は、ロープの結び方から始まって、怪我人の搬送の仕方等、DVDに沿って丁寧に教えてくれる。


 うん、かなり勉強になるな。

 結局、その後は丸一日講義を受けた。

 三人でノートを取りながら、真剣に聞く。


「本来ならば、基礎体力から訓練しなければならないのですが、サヤさんは既に充分。リンさんも、最低限の体力はあるかと思われます! では、明日以降も、時間の許す限り続けますので、復習をしておいて下さい!」 

「はい、ありがとうございました!」

「どうもっす! 明日も頑張るっす!」

「ありがとうございますです! 松井さんの説明、分かり易いでございますです」



 その晩、夕食時に、アマンダとモーリスが何かあるようだ。

 二人は、俺とサヤとソヒョンを順番に見ながら、どう切り出すか悩んでいる感じだ。


「アマンダ、何かあるのか? 遠慮せずに頼むよ」


 すると、二人は顔を見合わせた後、モーリスが口を開く。


「国連の事務総長と常任理事国と日本が、非公式にではござるが、直々に面会を希望しているでござるよ」


 ふむ、国連の目的は分かるな。

 大方、俺とサヤの力で、世界各国の抱える紛争問題を処理してくれってところだろう。

 メリューがたった一日で北朝鮮を締め上げたことは、世界中でトップニュースになっているはずだ。

 そして日本は、メリューに関しては、もはや外せない国と。

 そらそうだ。今や、メリューの事は日本が一番よく知っている。


 モーリスが更に続ける。


「拙者も、陛下とよく相談したでござる。断りたかったでござるが、飾りとはいえ、世界の最高機関でござるので、行くかどうか悩んでいるのござる。それで……」


 モーリスの話によると、5日後に、ニューヨークに来て欲しいとのことだ。

 そして、最初はアマンダ達も丁重に断るつもりだったようだが、常任理事国、例の5大国全てが、揃ってうちと話したがっている。どうせ、いつかは会うことになる相手だ。ならばそこで、纏めて話を聞いた方がいいのではと。


「何を言って来るかは、俺でも見当がつきます。でも、俺達もこの世界に居させて貰っている以上、少しくらいは義理立てしておくべきってところですかね?」

「流石はシンさんですわ。私もそう考えて、これはお受けするべきと考えているのですわ」


 ふむ、なら仕方なかろう。

 ただ、もしそこで交渉となると、些か不安だ。

 モーリスは人が良過ぎるし、アマンダはこの世界のことに関してはど素人。俺も、まだ22歳のヒヨッコだ。海千山千のお偉いさんと、対等に渡り合える訳が無い。

 中東やアフリカを任されでもしたら大変だ。

 あそこでは、確実に死人が出そうだし、それこそ要らぬ敵を作ってしまう。


 俺が腕を組んで考え込んでいると、モーリスが軽く頭を下げながら、にやりと笑う。


「シン殿の懸念はもっともでござる。拙者の力不足のせいで申し訳ないでござるよ。でも、強力な援軍が来るでござる! 本来ならば、日本との同盟がなってからの予定だったでござるが、少し問題が出てしまったので、丁度いい頃合いでござる。あっちの方は、このままでなら大丈夫だったそうでござるが、これも、国連との話次第で、同盟どころでは無いかもしれないでござる」


 ふむ、強力な援軍=新藤だな。

 そして、彼がうちに亡命してくるのは、俺も想定済みだった。クリスと結婚した場合、今までの感じから、彼らがどちらの国籍を選ぶかは明白だろう。

 また、国連との話の行方によっては、同盟どころではないというのも納得だ。メリューが丸ごと国連軍とかになってしまったら、日本との同盟そのものが白紙に戻りかねない。

 ただ、彼はメリューとの交渉役のはずだ。その仕事を途中で投げ出すとは思えないのだが?


「それで、問題って?」

「あ~、あれは、いつばれても不思議では無かったでござる。ただ、予定より早かったというだけでござるよ」


 そして、モーリスはにやにやしながら話を続ける。

 それによると、新藤とクリスのツーショットを、週刊誌にすっぱ抜かれたそうだ。

 それで、新藤が交渉役、更には、日本の国会議員として相応しくない、と世論を煽られてしまったそうだ。

 まあ、そらそうだな。メリューの国益の方を重視するのでは?と、普通は疑う。


 もっとも俺は、彼は、純粋に両国の為になるような提案しかしていなかったと思っているのだが。


「別に、『会っていたのは、ただの情報交換』、と言い張っても良かったのでござるが、タカヒロは、筋を通したのでござろう」


 なるほどな。俺も、あの人らしいと思う。


「でも、メリューにとっては、寧ろいい話じゃないですか。俺も、新藤さんなら大歓迎ですし。それで、5日後にニューヨークはもう決定なんですか?」

「特に意見が出ないなら決定でござるな。後は返事だけでござる」

「まあ、仕方ないですね。新藤さんが居てくれるなら、俺に反対する理由はありませんよ」

「あたいじゃ、口を挟めないっす」

「同じくでございますです」


「では、当日はシンさん、サヤさん、宜しくですわ。リンさんは留守番をお願いしますわ」


 ふむ、俺が輸送機で、サヤは護衛と。


「分かった」

「了解っす!」

「かしこまりでございますです!」


 そこに、机の中心に置いてあった、衛星電話が鳴る!

 慌ててモーリスが取り、応対する。


「こちらメリューでござる。クリスでござるか? ……。いや、目的は、拙者もそっちがメインだと思っているでござるよ。……。そんな手があったでござるか! 分かったでござる! 陛下に確認して、かけ直すでござる! ……。あ~、それは気にする必要は無いでござるよ。それで、おめでとうでござる!」


 いいタイミングだ。

 相手の声までは聞こえないが、何についての会話かは想像つくな。


 モーリスが電話を置き、興奮した様子で皆を見回す。


「これは、タカヒロの案でござるが、行くのではなく、呼びつける、でござる! なので、こちらから出向く必要は無いでござる! 但し、これは大変な事になりそうでござるよ。来るのは、事務総長と、おそらくは常任理事国全てのトップ。後は日本でござろう。陛下、如何でござろうか?」


 なるほど! 話があるなら、そっちから来いと!

 よくよく考えれば、わざわざ相手の土俵に乗る必要は無いのだ!

 そして、来るのは、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、日本と。


 皆でアマンダを注目する。

 彼女は、少し考えてから、いたずらっぽい笑みを浮かべて返事をした。


「クフッ、新藤さんのお考えがよく理解できましたわ。ええ、それがいいですわね。相手も、こちらがまだ落ち着いていないのを知っての事です。大してどころか、全くおもてなしできませんが、それでも来る覚悟があるか、見極められるという事ですわね」


 そう、もてなしなど全くできない。ホテルどころか、控室すら無いのだから。

 そして、この島に降りられるのは、現状、ヘリと垂直離着陸機のみ。

 それも、一国につき一機が限度だろう。もっとも、拡張しないとそれすらも無理だが。

 つまり、必要最低限の人数しか連れて来られない。下手したら、SPすらつけられない。

 彼等も、それくらい充分承知しているはずだ。


 相応の用件と覚悟が無ければ、絶対に来ないだろう!



 皆が含み笑いを浮かべる中、モーリスが再び電話に手をかけた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「アンドレ事務総長、メリューからの返事ですが……。それが、日時は大丈夫なのですが、ニューヨークでは厳しいと…」

「ん? 何処ならばいいのかね? 日本かね? まあ、日本ならば落としどころか。私も、久しぶりに観光と洒落こむか」

「い、いえ! メリューでないと無理と……」

「何だと?! あの、何も無い島に来いだと?!」

「はい。ですが、羽田であのドラゴンが出迎えてくれるそうです。但し、定員は4人までなので、参加人数の調整をお願いしたいと……」

「え? それ、そもそも席が足りていないではないか! 参加メンバーは、常任理事国全てと、最も多くの情報を握っている日本だ! その調整もこっちでやれってことか?」

「では、断りますか?」

「いや、行くしかなかろう。全く、橋渡し役を買ってやったつもりが、利権争いに巻き込まれ、貧乏くじもいいところだ! だが、上手く行けば余りある成果だ! 常設国連軍という、宿願を達成できる! それに今回は、表向きは国連の呼びかけ。私が行かねば始まらんし、主導権は私にある!」

「では?」

「うむ、私はそのドラゴンで行くとしよう。これから、私が奴の主人になるのだからな。勿論、随伴のヘリも回しておいてくれたまえ」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「キャロライン首相、場所はメリューだそうですよ。どうなされますか?」

「あら~、これは一本取られちゃったわね。でも、寧ろ好都合ね。乗り遅れたが最後、残飯にもありつけないのは必然。メリューの権益、絶対に割り込むわよ! 既に、日本とアメリカには先を越されちゃったんだから!」

「はい。それで、どうやって行きますか? プリンス・オブ・ウェールズを派遣して、中継しますか? 今からなら充分間に合うかと」

「当然よ! 空母には、何でもいいから領事館を設置する為の物資を一式! 勿論、国家承認の方も進めておきなさい。とにかく、これは千載一遇のチャンスなのよ! 相手は丸ごと星一つ。しかも、先住民はたったの三人! EUなんて目じゃないわ! 再び、このイギリスが世界の覇権国家として返り咲くのよ!」

「イエス! マム! あ、後、羽田には、あのドラゴンが出迎えに来るそうですが、どうなされますか?」

「そ、それだけは遠慮しておくわ。本当は、飛行機ですら怖いのよ。あ、後、ウェッジウッドのセットでいいかしらね?」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「チッ! この私を呼びつけるとはな! モーリスめ! いい度胸しているじゃないか!」

「いえ、ゴールドマン大統領、こんな事を考え付くのはモーリスではないですね。かと言って、あの上品そうな女王の発想でも無さそうです。おまけに、羽田からならロキが乗せてくれるとか」

「フハハハハ。それはどういうジョークだ? あ~、あいつか! 全く、面倒な奴を解き放ってくれたものだ! まあいい、と言うより、そうでなくてはな。これから、このアメリカの一番のパートナーになるかもしれんのだから。それで、最上級のアメリカンビーフを丸々一頭だ!」

「了解しました。ロキへの手土産ですね。それで、奴には乗りますか?」

「乗るに決まっている! そして、横須賀から護衛機をつけてやれ!」

「イエッサー!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ペリエフ大統領、いえ、ツァーリ! 図々しくも、メリューに来いとのことです!」

「ふむ、そう来たか。空母クズネツォフ…は、まだ復役していないか…。じゃあ、羽田にヘリを待機させておけ! 俺自ら操縦してくれる!」

「はっ! ですが、羽田からは、あのドラゴンが送ってくれるそうです。但し、他国との乗り合いになるので、大統領お一人しか乗せられないと……」

「ふ、俺の器を量るつもりか? なら、喜んで乗ってやろうじゃないか! 羽田からは俺一人で充分だ! だが、無論ヘリも回しておけ。最高級キャビアも忘れるなよ」

「はっ!」

「後、あの潜水艦の艦長は降格だ! 浮上させられるなんて、撃沈と同義! 本当に、いい恥晒してくれたものだ!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふ~ん。これは、あのアメリカ人の策ではないですね。しかし、塩を送る羽目になるとは……」

「はい、塩どころか、翼を与えてしまったようです」

「ふむ、竜に翼と。君、上手いこと言いますね。まあ、こうなってしまったらどうしようもないです。話ができるだけでも幸運としなければ。あの事務総長の出身国に、支援した甲斐があったというものです」

「それで、ツァォ主席、遼寧を回しますか? 羽田からは、あのドラゴンが送ってくれるとか言っていますが?」

「ぐっ! いえ、ここは大人しく、決して目立たずにです。うちも、ロシア程ではないですが、既にダメージを受けている状況です。状態の悪い時はひたすら我慢。これは勝負事の常識ですよ。なので、日本からヘリのコースでお願いします」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ミシェーレ大統領、場所はメリューに変更で、羽田からなら、あのドラゴンが乗せて行ってくれるそうです。それとも、シャルル・ド・ゴールを回しますか?」

「へ? は? 何故にメリューで? あそこじゃ、まともに会談する場所も無いよね?」

「では、断りますか?」

「馬鹿言っちゃいけないな~。ここは、フランスもがっちり食いついておかないとね。それに、僕はあのドラゴン、一度乗ってみたいと思っていたんだ。でも、空母も回しておいてくれよ~。それと、ワインを適当に見繕っておいてよ。2010年ものなら間違いないかな?」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「総理! 会談はニューヨークではなく、メリューだそうです!」

「ふ~む、これ、多分だけど、新藤君の入れ知恵だな。しかし、覚悟はしていたがやはり痛い! 全く、シン君は秀吉の生まれ変わりのようだ。日本とアメリカ、最もいい人材を引き抜いて行くとは…」

「はい、辞職するにしても、同盟がなってからだと思っていましたよ。マスコミも余計な事をしてくれたものです。でもこれ、唯一領事館を有する日本は、地の利を得られますよね? 置き土産ってところですか?」

「勿論、そのつもりもあるだろう。後、羽田のヘリ、手配しておいてくれたまえ」

「それが…、羽田まで、シンさんが迎えに来てくれると…」

「ぶはっ! ま、まあ、私は遠慮しておくよ。しかし…、やってくれるものだ……。あ、私も亡命…」

「ダメです!」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る