第38話 巻き込まれるメリュー

         巻き込まれるメリュー



 皆が心配そうに見守る中、モーリスは一言も喋らずに電話を置いた。


「あれほど用心しろと言ったでござるに……。全く、自業自得でござる!」


 ふむ、おおよそだが、何が起こったか想像がつくな。

 モーリスはそう言った後、再び衛星電話を取り、ダイヤルする。

 うん、間違い無かろう。

 これは、羽田の領事館に連絡を取っていると見た。

 そして、またもや無言で電話を置く。


「クリスさんですのね?」

「クリスの電話からでござる。拉致されたでござるが、相手は不明でござる。また電話があるそうでござる。但し、拙者の読みではクリスは無事でござろう」


 詳しく聞くと、相手はとにかく話をしたいそうだ。それも、俺とだけ。

 そして、時間と場所を後程連絡すると。

 ならば、彼女は人質なので、手荒なことはされまい。

 もっとも、その話とやらに、俺がどう返事するかにもかかっているが。


「それで、モーリスさん、クリスさんがまだ無事なのは理解できますが、相手は何故、メリューではなく、この俺? それで、予想される相手は?」


 それに、モーリスは頷きながら答えてくれる。


「これは、明確なテロでござる。そして、アメリカならば、それへの対処方法は既に決まっているでござる。『テロには屈せず』、表向きだけではござるが、世界各国もこれに賛同しているでござる。但し、個人ならば、話は別でござる。相手は、シン殿個人との交渉にすることによって、情に訴え、無理を通そうとしているのでござる。そして、想像できる相手は多すぎるでござるな~。ありきたりのところで、日本との同盟反対派。これのバックには、中国か韓国、ロシアでござろう。穴では、弾圧を受けているウィグル人とか、中東、アフリカの紛争国でござろうか? ただ言える事は、この手際の良さから、相手はそれなりの組織だと思われるでござる」


 なるほど。

 同盟を組むメリューが応じなければ、同盟は成らない。

 先程の国会を見れば、反対派が躍起になったとも考えられると。

 そして、俺さえ落としてしまえば、後は何とかなるとでも思ったか?


 また、他の勢力ならば、俺への直接の依頼だろう。

 大方、俺の力を利用して、紛争を解決させたいと。

 ま、そこらはアメリカも同じだしな。


 そこへ、岡田が駆け込んでくる!


「す、済みません! SPをつけていたのですが、クリスティーナさんが拉致されました! 現在、全力で行方を捜索しているのですが……。本当に申し訳ありません!」


 う~ん、さっきからこの人、謝ってばかりだな。


「今、犯人から連絡があったでござる。もう一度、交渉の場所と時間を指定するそうでござるが……」

「そ、それで、相手の要求は? そもそも相手は……」


 慌てふためく岡田に、モーリスが丁寧に説明して、程無く岡田は落ち着いたが、今度は俺に振られてしまった。


「それで、シンさんはその交渉に応じるつもりなんですか?」

「う~ん、クリスさんの居場所さえ分かれば、こんな事しでかす奴とは、交渉の必要すらないんですが、話くらいは聞いてあげてもいいかな? くらいの感じですね」


 そう、彼女が監禁されている場所さえ分かれば、救出は容易い。

 サヤに動いて貰えば楽勝だろう。はっきり言って、昨晩のほうが困難だと思われる。


 しかし、これにモーリスが、毅然とした顔つきで反論する。


「放っておけばいいでござるよ。クリスだって、メリューの国民となった以上、覚悟はできているはずでござる。さっきも言ったでござるが、『テロには屈せず』が、基本でござる」


 ぐはっ!

 実の肉親なのに、何ともドライな対応だ!


「それだと、焦れた相手が本当にクリスさんを殺してしまうかもしれませんわ! 勿論、モーリスさんの仰っていることは当前ですわ。でも、私は女王として、彼女を助ける義務がありますわ!」

「そうっす! あいたもまだ短い付き合いっすけど、もし、クリスさんが殺されたら、後味が悪いなんてもんじゃないっす!」


 うん、サヤもアマンダも思った通りの反応だ。

 俺も、交渉はともかく、彼女だけは何としても助けてあげたい。

 だが、そうなれば、やはり交渉せざるをえないのか?


「拙者だってクリスを殺させたくはないでござる! だが現状、情報が少なすぎるでござる! なので、次の相手からの連絡まで待つでござる! ただ、覚悟だけはしておくということでござる。岡田殿、何か分かったらすぐに教えて欲しいでござる」

「も、勿論です! 攫われたのは、浅草の、とある和菓子屋の前。並んでいたところを背後から車に押し込まれたとの情報です。今、付近の監視カメラの映像を洗っていて、SPの話からも、既に車種と車番は特定できているそうです!」


 お、これなら希望が持てそうだ。

 車は盗難車の可能性が高そうだが、何処に逃げ込んだかさえ分かれば、後は何とでもなる。


 しかし、浅草の和菓子屋で並んでたって。

 大方、日本の土産でも物色していたのだろうが、何とも間抜けな話だな。



 その後、腹が減っては戦はできぬので、速攻でソヒョンの作ってくれたうどんを掻き込み、モーリスが岡田と共に、日本領事館に行く。

 俺達は、何か情報が入り次第、動けるように待機する。


「それで、サヤ、アマンダ、魔力はどうだ? 俺はまだ半分ってところかな?」

「私は、ほぼ満タンですわ」

「そうっすね~。あたいもそんな感じっす。でも、あたいのスキルだと、それ程消費しないっすから。でも、昨晩の魔力の消費は少し異常だったっすかね?」

「あ、サヤ、済まない。それ、アマンダが言っていた奴だ。信頼している者同士が触れていると、魔力が共有されるって奴だろ。俺は魔力切れだったので、サヤの魔力を使っていたみたいだよ」

「あ~、それでっすか! 納得っす! なんか嬉しいっす! あたいのなら、どんどん使って欲しいっす!」


 サヤはどや顔でアマンダを見るが、アマンダは余裕でほほ笑み返している。

 そういや、彼女も俺の魔力を使っていたしな。


「あ、それで思い出したんだけど、昨晩、俺はサヤが最後に戻ってくる前に、完全に魔力が切れたみたいなんだよ。そして、俺は魔力を消費して飛んでいるはずだ。あの感じだと、サヤが戻る前に落ちていたはずなんだが、何故か落ちなかった。アマンダ、分かるか?」


 アマンダは顎に指をあて、少し考え込む。

 そして、軽く溜息をついた。


「はい、理由はいくつか考えられますわね。でも、昨晩の方達とは、もう会う事も無いはずですわ。それよりも、今はクリスさんですわ!」


 ん? あの溜息はなんだったんだ? 

 で、なんか誤魔化された?

 まあ、確かに今はそんな事よりもクリスだ!


 俺とサヤで、アマンダに日本での誘拐事件とかの前例を教えながら、犯人像とか、要求とかを検討する。

 だが、俺達だけでは全く進展が無かった。

 それでも、アマンダがこの世界の車とか、スタンガンとか、一般兵器以外の武器の事を理解してくれたので、これはこれで良しか。


 そこにモーリスが帰ってきた。

 うん、彼なら期待できる…、と、思ったがモーリスは浮かない表情だ。

 背後に松井も居て、彼も何かあるようなのだが、いい話の様子では無さそうだ。

 額に手をあて、少し俯いている。


「クリスに関しては、犯人の目星はついたでござるが、もう一つ問題が出たでござる。松井殿、お願いするでござる」

「はっ! 現在、この島の10海里内にて操業している漁船が数隻確認されました! 仕様からして、中国のものと思われます!」


 ん? 漁船の何が問題なのだろうか?

 ここは、元々公海。そこに俺達がいきなり領土を主張しただけで、彼等からすればいい迷惑だろう。いや、この海域がメリューのものだとすら知らない可能性が高い。

 なので、特にやかましいことを言いたくはない。


「確かに、領海内に侵入されたのでしたら、出て行って欲しいですわね。でも、メリューはここで魚を採っている訳でもないですし、別に気にしませんわ。ただ、ここがメリューの領海であることだけは、教えて差し上げねばなりませんわね。でも、急ぐことでもありませんし、今はいいですわ」


 ふむ、アマンダも同じ考えのようだ。

 だが、モーリスと松井は違うようだ。


「いや、本当に漁をしているだけなら何の問題も無いのでござるよ。余裕が出来た時にでも、追い払えばいいだけでござる。でも、拙者はあの漁船の目的は別にあると睨んでいるでござるよ。まあ、滅多な事はしないと思うでござるが、くれぐれも隙を見せない方がいいでござるな」


 あ~、そういう事か!

 上陸されたら最後、確実にトラブルになるだろう。


「はっ! 私もそう思います! 同盟がなされていれば、自衛隊から退去勧告とかも出せるのですが、今は単なる他国ですので、その権限は与えられておりません! そもそも、私も現在は自衛官ではありませんし」

「え? 自衛隊が力になれないのは分かりますが、松井さん、自衛隊辞めたんですか? へ? それならここに居る理由が? あれ?」


 俺が困惑していると、松井が答えてくれる。


「はっ! 今までは、このメリューは国家としては認められていなかったので、公海上での哨戒任務ということで理由付けができたのですが、今は、日本に認められた正式な国家。なので、海外派兵になってしまいます! 従って、私も書類上は一旦除隊し、現在は外務省に雇われた、外交官の護衛という立場です!」

「あ~、そうなってしまうんだ! 本当にご迷惑おかけしています」


 俺が頭を下げると、釣られてサヤとソヒョンも軽く頭を下げる。

 すると、松井は慌てて両手を振り、照れ笑いをする。


「いえ、私が自ら志望したことです! 気になされる必要は一切ありません!」


 ま、この反応は予測できた事か。

 すると、そこでモーリスが目を見開き、顔を上げる。


「そうでござったか。ならば松井殿、提案があるでござる! 貴殿、メリューにも雇われる気はないでござるか? 松井殿ならば、安心できるでござる。勿論、無理にとは言わないでござるが」


 お、これはナイス提案だろう!

 彼ならば信用できるし、もし俺達が居ない時にその中国漁船とかが来ても、時間稼ぎくらいはしてくれそうだ。


「はっ! 掛け持ちは禁止なのですが、私も正式に雇われている訳ではありません! 岡田さんに相談しますので、少し時間が欲しいです!」


 うん、これはこれで良かろう。

 松井は腕を組みながら、会議室を後にする。

 なので、俺達はそのまま作戦会議へと移行する。


「よし! なら、これでいいか! って、本当に大丈夫かな? じゃあ、相手の電話を待とう」

「そうっすね。ソヒョンさんも宜しくっす!」

「かしこまりましたです! 頑張りますです!」

「また私はお留守番ですの? でも、仕方ありませんわ。皆さん、くれぐれも無理はなさらないで下さいね。クリスさんさえ助けられればいいのですわ」

「そうでござる! あいつにはいい薬でござる!」

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