第34話 初仕事

       初仕事        



「分かりました! サヤも頼む! お前が居ないと、俺一人じゃ無理だ!」

「了解っす! やっぱ、当然っすよね! じゃ、着替えて来るっす!」


 慌てて服を脱ぐ俺に、岡田が説明してくれる。


「場所は長野県です! 詳しい事は、松本市役所で! 向こうは大雨で、この暗さですし、自衛隊も無理なようです! とにかく急いで欲しいとのことです!」


 ちなみにサヤは、アマンダとソヒョンに、にんまりと笑みを浮かべてから、マッハで部屋を出て行った。


「それで、シンさん、魔力とかは大丈夫ですの?」


 皆が慌ただしくする中、アマンダが心配そうな顔で確認してくれる。


「う~ん、微妙だな。片道だけなら余裕だと思うが、往復はきついかもしれん。松本なら、一旦富士までテレポートしてから、後は飛んで行くよ。帰りは急がないしな」


 すると、松井も顔を出してきた。


「これをどうぞ! 既に設定済のナビです!」


 お、松井、ナイスだ!

 松井が差し出したナビの画面を覗き込むと、松本市役所と表示された部分に、赤いマークが入っている。


 俺が外に出て擬態を解くと、すぐにサヤも隣の部屋から出てきて、松井から少し説明を受けた後、ナビを片手に飛び乗る!


「現地には、既に自衛隊が到着しています! 担架とかもそこで受け取って下さい。では、お気をつけて!」

「はい! 行って来ます! テレポート!」



 俺が富士の上空にテレポートすると、当然周りは真っ暗で、幹線道路と思われる光の筋がいくつかと、所々に光の塊が見えるだけだ。

 そして、ここは既に雨が降っているようだ。

 俺達はフィールドのおかげで特に濡れることもないが、視界がかなり悪い。


「サヤ、誘導頼む。これじゃ、何処を飛んでいるかさっぱりだ。まあ、あれ使えば見えるのだけど、今は魔力が惜しい。あ、衛星電話、ちゃんと持ってきたか? あと、魔力は?」

「そうっすね。勿論、ちゃんと持って来てるっす! で、魔力は半分くらいっすかね? アイテムボックスで、結構食ったみたいっす」


 俺は一旦雲の上に出る。

 これだと月明かりで、サヤもナビが確認しやすかろう。


「もうちょい左っすね。あと、あんまスピード出さないで欲しいっす。ナビがついて来れないっす」


 ふむ、自衛隊が貸してくれた奴だから高性能なのだろうが、それでも航空機用とかでは無さそうだしな。


 5分くらい飛ぶと、サヤが合図してくれる。

 高度を下げて行き、下を見ると、明かりの灯った、大きな建物の駐車場だろうか? いくつものパトライトの側で、数人が、赤い誘導灯を振り回している。


「あそこで間違いなさそうっすね」

「よし、降りるぞ!」



 俺が着地すると、周りは土砂降りだった!

 何台もの警察と自衛隊の車両が止まっており、制服姿の人達がひっきりなしに行きかっていた。

 そして、そこから数人が、俺の胸元に走り寄って来る!


「シンさん、お待ちしておりました! 私は、中部方面第10師団所属、第33普通科連隊、一尉の大原と申します! 状況を説明したいのですが、ここでは無理ですね。どこか、建物の陰でって…、その巨体では…」


 あ~、この人は俺が擬態できるのを知らないようだ。

 まあ、それはいいか。俺も魔力が惜しいしな。


「サヤ、頼む! 俺も、できるだけ近くで聞くから」

「はいっす! じゃあ、そこのテントがいいっすね」


 ふむ、自衛隊が臨時に張ったテントが手近にあるな。うん、あそこなら、俺も入り口から聞けそうだ。


 そして、サヤが俺から飛び降りると、周りで一斉にシャッターが光った!


 チッ! もう野次馬が来ていたか!

 報道陣と思われる、大きなTVカメラを振り回す連中が、警察や自衛隊の隊員の裏から俺を撮影してやがる!

 そして、大声で質問が飛んでくる!


「シンさん! これは日本への救援ですか?!」

「シンさん、北朝鮮との戦争の事を詳しく!」

「シンさん! 和解とはどういった内容で?!」


 あ~、これ、多分だが、この大雨で災害が発生し、それを取材に来た人達なのだろう。しかし、そんな事以上のいいカモを見つけたってところか。


「え~っと、はい、救援です。で、俺が質問に答えている間に人が死ぬかもしれませんが、それでもいいなら答えますよ?」


 ふむ、これは効いたようだ。全員、一斉に押し黙る。

 しかし、連中もこの土砂降りの中、仕事とはいえよくやるものだ。その根性だけには、少し敬意を払いたい。



 大原とサヤがテントに入ったので、俺も、その入り口に巨大な頭を並べる。

 周りにいる人達はかなりびびっているようだが、こればかりは我慢してくれ。ま、そのうち慣れるとは思うが。


 中では、大原と数人の隊員が机に地図を広げ、それをサヤが食い入るように見る。


 大原の話によると、山小屋に到着予定の、登山パーティー5人に連絡がつかないそうだ。

 そして、彼等の登山ルートの近くを流れる沢の下流で、いきなり水量が減ったとの報告があったそうだ。


「え? 沢の水が減ったのなら、逆に安全なんじゃないんすか?」


 サヤのもっともな質問に、大原が答える。


「いえ、逆に最悪なんです。この現象は、どこかで土砂崩れとかが起こって、自然のダムが築かれ、沢が一時的に堰き止められている状態なんです! そんなダム、すぐに決壊します! 俗に鉄砲水と呼ばれる奴です! なので、もし彼等が沢の近くに居たら、それに巻き込まれる可能性が高い! なので、メリューに依頼となった訳です!」

「わ、分かったっす! じゃ、詳しい場所をお願いするっす!」


 うん、俺も納得だ。

 サヤがナビを差し出すと、別の隊員が説明しながら、彼等の通ったと思われるルートに、チェックを入れてくれているようだ。


「残念ながら、携帯が通じるエリアでもなく、これ以上は絞れません。そのマークに沿って、捜索をお願いします! この暗さとこの雨では、我々も何も出来ないんです!」


 まあ、それはそうだろうな。

 だが俺だって、魔力を温存しつつ、この暗さの中まともに飛べるかどうか、少し怪しいものだ。

 でも、サヤと一緒なら、可能なはずだ!


「分かりました! それで、何か分かったら、すぐにサヤの衛星電話にお願いします! そして、全力は尽くしますが、見つけられなくても恨まないで下さいね」


 俺がテントの外から答えると、彼等も異存はないようだ。全員、首を前に倒す。


「じゃ、すぐに準備するっす!」


 サヤは自衛隊の人と電話番号を交換し、トランシーバーも借りたようだ。そして、テントの中で俺のハーネスを取り出す。当然、彼等はアイテムボックスなど知らないので、目を白黒させているが、それを軽く無視して俺の首にかけさせる。

 やっと我に返った人達が担架を持ってきたので、それを俺の背中に置き、更に、大型の懐中電灯と、大量のロープも積んで、準備完了だ!


「じゃあ、行って来ます!」

「「「「お願いします!」」」」



 俺が捜索地点の上空と思われる場所に差し掛かると、サヤも動き出す。


「ファーサイト! サーマルビジョン! う~ん、やっぱ木が邪魔っすね。シースルー! あ、あれがその問題の沢みたいっすね。確かにこの大雨なのに、水量が多いとは思えないっす」

「じゃあ、先ずはその沢に沿って飛ぼう。うまくすれば、その堰き止められた場所を見つけられるかもしれない。そうなれば、そこの下流から重点的に探そう」

「了解っす! あ、もう少し下げていいっすよ」

「分かった!」


 うん、本当に視界が悪い。おまけに下は真っ暗で、これじゃ、目の前に崖があっても気付けるか微妙だ。本当にサヤ様々だな。

 しかし、もしその自然ダムとやらを見つけられたとしても、俺とサヤでは、それをどうこうするのは厳しいと思われる。

 アマンダも居れば何とかなると思うが、彼女は魔力切れだし、俺の背中の定員は、おそらく6人くらいだろう。もっとも、松井のように訓練されている人達ならば、100人乗っても大丈夫!なのだが。事実、彼は俺の尻尾にぶら下がっていたしな。


 俺はゆっくりと高度を下げながら、スピードも落として飛ぶ。


「やっと分かって来たっす。あれが登山ルートっすね。で、ここはまだ下のほうで……、あ、もうちょい左っす」


 サヤがぶつぶつ言いながらも指示をくれる。


 何か、火を焚くとか目印をしてくれていればいいのだが、この雨じゃ期待できまい。

 それに、彼等だって、この状況で捜索隊が出ているなど、考えていないだろう。


「むむ? あれじゃないっすかね? 右にゆっくりっす!」

「よし! 右にゆっくりだな!」


 俺が向きを変え、更に速度を落とすと、サヤが懐中電灯で、地上を照らし出した!


「見つけたっす! 多分あれっす! ぎりぎりまで下げるっす!」

「サヤ、でかした!」


 だが、下を見ると、生い茂る樹木しか見えない。

 多分、木陰に避難しているのだろうが、上からじゃさっぱり分らんな。

 言われた通り、その木々の上、ぎりぎりまで高度を下げる。

 そして、振り返ると、サヤが懐中電灯を持って立ち上がり、ナビをアイテムボックスに仕舞っている!


「ここでいいっす! 絶対にここから動かないで欲しいっす! じゃ、行って来るっす! 縮地!」


 背中から重さが消えると同時に、眼下に僅かな光が見える!

 うん、無事に着地したようだ。その光が動いて行く。

 そして、そこから大声が響く!


「メリュー捜索隊っす! 全員、荷物を降ろして、立って欲しいっす!」


 ぶはっ!

 メリュー捜索隊って! ま、事実だし、それはいいか。


 サヤの声に反応して、複数の声がしているが、この大雨で、何を言っているかはさっぱりだ。

 おまけに風も吹いて来やがった!

 飛んでいる時はそれ程気にならないのだが、こうやって止まっている時は、流されないようにするのにかなり気を遣う。正直、位置を維持するのに、木々の隙間からかろうじて洩れている、あの懐中電灯の光だけが頼りだ。


 頭に直接声が響く!


(間違い無さそうっす! 聞いていた通りの大学生5人組。一人怪我してたっすけど、回復させたんで、大丈夫だと思うっす。なんで、今から一人ずつ乗せるっす。絶対に動いちゃダメっすよ!)

(分かった! 早めに頼む! 俺もこの風で精いっぱいだ! あ、もしそいつらが懐中電灯を持っているなら、上に向けて固定してくれ!)

(了解っす!)


 下で何やら声がしだして、光がもう2個増えた!

 あの感じは、多分スマホだな。長くは持たないかもしれないが、上々だ!


 そのまま暫く待っていると、俺の背中に重みを感じる!


「え? ここ? え? え?」


 若い女性の声だ。

 振り返ると、サヤが両手で抱きかかえていた人を、ゆっくりと俺の背中に下ろしている。

 ふむ、多分、この女性ひとが、その怪我人だろう。


「って……きゃ~っ! な、何?! ちょ、ちょっと!」


 げ!

 サヤの懐中電灯の光が俺の顔に当たった瞬間、その女性は大声をあげる!

 これは不味いな。かなり怯えているようだ。

 だが、この反応は当然だろう。

 誰だって暗闇の中、いきなりこの顔が出たらびびるわ!


「だ、大丈夫っす! シンさんっす! あの、メリューのドラゴンっす! それ以上騒ぐなら、ほって帰るっすよ!」


 ぶはっ!

 もう少し優しい言い方してやれよ。

 しかし、有無を言わせない為にはこれが正解か?


「はい、安心して下さい。後はこのまま……」

「ご、ごめんなさい! た、食べないで! 何でもしますから!」

「とにかく落ち着くっす! シンさんは人間を食べたりしないっす! じっとしてるだけでいいっす! 自衛隊にはもう連絡してあるっすから、帰ったら、暖かいお風呂と食事が待ってるっすよ~」

「は、はいっ!」


 うん、ここはサヤに任せよう。

 俺は、首を前に向け、極力彼女の視界に入らないようする。


 悲鳴もやんで、サヤが何かごそごそしているようだが、大方、ハーネスに固定しているのだろう。


「そのまま、そのハーネスをしっかり握ってるっすよ。腰のロープも、絶対にほどいちゃダメっすよ!」

「はいっ!」

「じゃ、次連れてくるっす! 縮地!」


 暫くすると、再び重みを感じる。

 また驚かすといけないので、俺も軽く首を捻るだけで背中を確認する。


 ふむ、今度は二人纏めてのようだ。

 女性を一人抱きかかえ、背中には、野郎が一人へばりついていた。


「へ~、これがあのドラゴンの背中か~。暗くて良く見えないけど、結構広いな。で、これが噂のフィールドって奴か! 雨が止んだかと思ったよ」

「先輩! ちょっと失礼かと…。すみません、本当にありがとうございます! あ、ミカ先輩も無事なようですね!」

「カオリンちゃん! ユウヤ!」

「あ~、何でもいいから、大人しくしてるっすよ~」


 俺の背中では、懐中電灯の明かりの下、先程の女性が、今連れて来た女性に抱き着いている。

 なので、サヤがユウヤと呼ばれた男から、腰を手早くロープで縛り、それをハーネスに結んで行く。


「じゃ、次っす。カオリンさん、ちょっとでいいっす。ミカさんから離れて欲しいっす」

「はい!」


 ふむ、この二人は既に説明されていたのだろう。

 かなり落ち着いている。男の方に至っては、しゃがんで、俺の翼を撫でていやがる。

 少しこそばゆいので勘弁して欲しいところだが、騒がれるよりはマシだろう。


「出来たっす! じゃ、次行って来るっす! あ、カオリンさん、出来ればそのスマホ、光らせておいて欲しいっす!」

「はい!」

「縮地!」


 ふむ、いい判断だ。

 カオリンと呼ばれた女も、スマホを光らせ、辺りを照らしてくれている。


 すると、ユウヤと呼ばれた男が何かあるようだ。


「あ、カオリン、スマホ持ってきたのかよ。俺も持ってくれば良かったな。え~っと、シンさんだっけ? 俺の荷物も取って来て欲しいんだけど?」


 ぶはっ!

 何を言い出すかと思えば!

 確かに余裕があれば、俺もそうしてあげたい。


「いや、今はそれどころじゃないんで。この雨の中、俺達みたいなのが来たことからも、察して欲しいんですが?」


 俺は振り返らずに答える。鉄砲水とかのことは説明するのが面倒なので省くが、一刻の猶予も無い事は事実だ!


「でも、財布とかも一緒だし、あれなしじゃ、本当に困るんだよ! あんたは使えないかもしれないけど、俺達にとっては必需品なんだよ!」

「ちょ! 先輩! いくら何でも……」


 ん? 何やら、周りの空気がおかしい!

 少し震えているように感じる!


「ちょっと黙ってくれ! 様子がおかしい! 全員、絶対にハーネスを離すなよ! 腕を回しておけ!」


 うん、これは何か知らんがヤバい!

 高度を上げたいところだが、そうしたらサヤが戻れないし、後の二人も心配だ。


「カオリンさん、下を照らしてくれ! サーマルビジョン!」

「は、はい!」


 ふむ、この悪天候でのホバリングに、結構魔力を消費しているのだろう。既に少し気怠いのだが、魔力が惜しいとかは言っていられそうもない。

 そして、これではっきりと見えた!


 ん? さっきはよく分からなかったが、ここは、沢のすぐ側の崖の上だ。高さもそれ程高くは無いようだ。


「よし! もう少し前も頼む!」

「はい!」


 げ!

 これは……!


 上流から、倒木やら岩やら、ごちゃまんと押し流されて来ている!

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