第31話 ドラゴンの活用法

       ドラゴンの活用法



 ハンガーを出る前、サヤもその恰好では目立ちすぎると言われ、機材の物陰で着替えさせられる。

 ふむ、確かに年相応の服装だが、セーラー服ってどうよ?

 そして、それを用意していた新藤も凄いわ!

 まあ、彼女も気に入ったようだし、問題はないか?


 更に、全員にサングラスと帽子も渡され、なんか変な集団になってしまったが、これも仕方あるまい。サヤは既にこの国では有名人のはずだし、俺とリンはともかく、クリスの面だって割れている可能性がある。


 途中、税関だろうか、係員の立っているゲートを潜るが、新藤が声をかけると、笑顔で通してくれた。ふむ、これも根回し済みと。

 道中、先程の言葉遣いの話になり、結果、俺はリンのことをソヒョンと呼び捨てで。ソヒョンは俺に対しては、さん付けということで落ち着いた。

 少し抵抗があるが、仕方ないと諦めよう。


「それで皆さん、何が食べたいですか? ここなら大抵の物はありますね。もっとも、蛙とか、牛一頭とかは無理ですが」


 ぶはっ!

 大方、パイソントードの話とかも、全て把握しているのだろう。

 しかし、何でもいいと言われると、逆に迷うな。


「あたいは、シンさんと一緒でいいっす!」

「私もいいのでございますですか?」


 あら、ソヒョンのこの反応は少し困るな。メリューの国民となった以上、俺達とは対等だ。

 卑屈になる必要は何も無い。もっとも、あの国ではこれが当たり前だったのだろうが。


「うん、ソヒョンも、遠慮なんかしないでくれ。メリューでは全員対等だ。もっとも、アマンダに対してだけは、それなりに敬意とまではいかなくても、女王として扱ってあげて欲しいけど。それで、何か食べたいものあるか?」


 まあ、そうは言うものの、アマンダに対して敬語を使っているのはモーリスくらいなものか? しかし彼の場合も、あれが標準語のようだが。


「なら、私もシンさんと一緒がいいでございますです」


 う~ん、これは俺が決めないといけないのか?

 俺が迷っていると、クリスまでが俺に振る。


「ドラゴンさんも、この世界では簡単なものばかりだったでしょ? ここはどうせタカヒロの奢りよね?」


 ふむ、金の心配はサヤが居るのでしていなかったが、なら、決定だな。


「じゃあ、俺はラーメンが食べたいです!」


 うん、俺は以前、サヤとアマンダだけで伊丹で食った事について、少し根に持っている。


「あははは、せっかくの機会なのに、何とも庶民的ですね~。でも、何か気持ちが分かりますよ。ええ、じゃあ、あの店がいいでしょう」


 新藤が案内してくれたのは、中華料理屋だ。

 時間が2時ということ事もあり、結構空いていたので、奥の、衝立に仕切られたテーブルに案内される。

 途中、ソヒョンがきょろきょろしているのが気になるが、彼女も日本の飲食街は初めてだろうし、これも仕方あるまい。ただ、気をつけてあげないと、迷子になってしまいそうだ。


 席につき、メニューを渡され、日本に帰ってきたのだと実感する。


「チャーシューメン、タンタンメン、五目そば、それと、このラーメンセットに餃子2人前!」


 まあ、こんなもんだろ。これでも遠慮しているほうだ。

 そして、サヤも負けてはいない。


「チャーシューメン、広東メン、チャーハン大盛と餃子1人前っす!」


 新藤とクリスは、俺達の食欲については既に知っているが、注文をとりに来たウェイターは、目を丸くしている。


「な、なら、私もサヤさんと一緒でございますです!」


 ぶはっ!

 サヤに張り合っているのか分からないが、普通の女性には無理なのでは?

 俺が心配そうに見ると、慌ててクリスがフォローしてくれる。


「リ、リンさん、この二人は常人じゃないのよ? ここのメニューは、このラーメン一杯で、大体一人前なのよ。あ、あたしはラーメンセットだけでいいわ」

「そ、そうなのでございますですか? なら、クリスさんと一緒でいいでございますです」


 う~む、常人では無いと言われると、ちと傷つくが、事実なだけに文句も言えん。人じゃないと言われなかっただけマシとしよう。

 また、ソヒョンは、単に常識が無いだけと考えていいようだ。この注文の仕方からも、メニューを把握していない可能が高い。

 だが、皆と一緒に暮らしていれば、そのうち自然と身に着くだろう。

 今のメリューでは、ほぼ共同生活だしな。



 新藤もラーメンセットを注文し、ウェイターが引っ込むと、早速経緯を聞かれる。


「まあ、どうせ衛星から見られていると思うので、言えるのは、キム・ハンイルを拉致して、いくつか約束させたって事だけですよ。これ以上詳しい事は、俺達からは言えませんね。アマンダかモーリスさんから聞いて下さい。ただ、メリュー以外の国にとっても、悪い話で無い事だけは保証しますよ」

「ええ、タカヒロごめんなさいね。今はまだ、貴方は日本人だから、これ以上は無理ね」

「はい、それは当然でしょう。ですが、それを聞けただけでも収穫ですよ。勿論、この話もオフレコです。しかし、貴方達は本当に凄いですね~。これは、是非とも同盟を結ばせて頂きたいものですよ」


 ふむ、もはや事実上、同盟とはいかなくても、それに近い関係ではあると思うが?

 実際、今回の件も、日本とアメリカの協力無しでは、少し手こずっただろう。

 もっとも、口にはできないが、既にその見返りを与えてはいるのだが。



 その後は、ソヒョンの話になる。

 新藤もオフレコと言ってくれたし、問題なかろう。

 もっとも、自爆テロのことについては伏せたが、既に池上から伝わっているようだ。


 話によると、予想通り、ソヒョンは日本への工作員として訓練されていたようだ。

 だが、彼女は、訓練機関ではそれ程優秀とは認められていなかったようで、焦っていたと。

 また、美人だったので、あの将軍様からは気に入られていたようだが、逆に仲間内からは嫉妬されていたらしい。

 なので、ちゃんとした成果が欲しかった彼女は、あの場で俺との交渉を買って出たそうだ。

 その後は、知っての通りである。

 また、彼女に親族は既に居ないとのことだった。


 ふむ、あの命令は無意味だったか。まあ、別に損になる訳でもなし、問題なかろう。



「それで、シンさん、以前言っていた、バイトの話ですが、どうでしょうか? あ、ここではなんですね。良ければ、さっきのハンガーで」

「あ、それは俺も興味があります。じゃあ、サヤ、クリスさんとソヒョンを頼む。俺は食料以外、特に欲しい物もないし、あそこで待ってるよ」

「了解っす! 金はあたいが持ってるっすしね。クリスさん、ここらへん分かるっすか?」

「ええ、あたしも色々頼まれてるし、ここだけじゃ揃いそうもないわ。じゃあ、タカヒロ、ドラゴンさん、行って来るわ」

「では、戻ってくるときは、私の名前を出して下さい。通して貰えるはずですから」



 新藤と共にハンガーに戻ると、既にテーブルがセットされており、若い女性隊員が、お茶を出してくれる。

 俺が席に着くと、新藤と恵南が俺の前に腰掛ける。


 ふむ、恵南が同席するということは、兵器関連だろうか?


「じゃあ、恵南団長、お願いします。私はこの件に関しては素人なので」

「では。シンさんの事だから、私が出しゃばってきた意味は、もう解っておられるかと思いますぞ。話は簡単ですぞ。我が国では、F3という、次世代戦闘機の開発に取りかかっておりましてな。だが、我が国の技術だけでは、流石に厳しいところがありまして。それで……」


 ふむ、恵南の話によると、戦闘機を純国産で開発したいところなのだが、それにはかなりハードルが高いらしい。当然、アメリカもそんな技術を教えてくれる訳も無く、結構行き詰まっているようだ。もっとも、馬鹿高い金を払えば不可能ではないのだが、それでも大幅な制約がつく。そこで、根本的に視点を変えてみたいとのことだ。


「なるほど。それで、いとも簡単に音速を出せる、俺の身体を調べさせて欲しいと」

「理解が早くて助かりますな。たったの一月でいいのですぞ。しかも、謝礼は5億! 無論、この金額も決定ではありませんぞ。シンさん次第と言えますな」


 ふむ、更に欲張れると。

 しかし、これは却下だろう。


 勿論、金は欲しい。それだけあれば、メリューのインフラもかなり整備できるだろう。家だってあんな仮設住宅ではなく、宮殿とは行かないが、それなりのものになるはずだ。現状、アマンダをあの家に住ませているのは、本当に心苦しい。

 だが、そもそも俺が飛んでいる仕組みは、ほぼ魔法だ。俺にエンジンなんかはついていない。彼等の参考になるとは思えない。


「申し訳ありません。大変魅力的なお話ですが、アメリカからも、似たような打診をされていて、既に断っているんですよ。一応、アマンダとモーリスさんにも伝えておきますが、期待はしないで下さい」


 うん、モーリスは、俺の糞に至るまで拒否していたので、この返事で良かろう。


「では、期間を……」


 ここで、条件を引き下げようとする恵南に、新藤が割って入ってきた。


「ほらね、団長。メリューは、こういう事には動かないんですよ。シンさんと魔法に関しては、メリューの生命線なんです。いくら同盟を組んだとしても、こればかりは無理でしょう」


 ふむ、流石は新藤だな。

 このまま恵南に食い下がらせて、印象を悪くするのは得策ではないと判断したな。

 そして、彼の言った事は事実だ。アマンダも、魔法は最重要国家機密だと、既に明言している。


「そうですか。やはり無理でしたか。だが、私は諦めませんぞ。こんなチャンスを…、いや、済みませんな。とにかく、今のメリューと協力しあえる事があれば、嬉しい限りなので、些細な事でも相談して欲しいですぞ。では、私は失礼しますぞ」

「はい、ありがとうございます。本当にすみませんね」


 ふむ。この様子だと、また何か言って来そうだが、それはその時にで良かろう。



「じゃあ、次ですね。入って来て下さい」


 恵南が軽く挨拶をして席を外すと、新藤が振り返る。

 すると、奥の扉から、一人のがっしりとした身体つきの中年の男が出て来た。青っぽい、作業着のようなジャンパーを羽織っている。


 その男は、満面の笑みで、俺に近づいて来る。

 ん? どっかで見た顔のような気がする。


「初めまして、シンさん。僕はJAXA所属の、元宇宙飛行士、若森わかもりと言います。いや、しかし、これがあのドラゴンさん? こうしてみると、普通の人間だよね? あ、ごめんごめん」


 あ~、この人、知ってる!

 昔、TVで顔を見た事がある。確か、国際宇宙ステーションで働いていた人だ!


 俺は、若森の差し出す手を、両手で握る。


「初めまして、シンです。ええ、貴方の事はTVで拝見したことがあります。俺も、お会いできて光栄ですよ。まあ、この姿はただの擬態なんで、宜しければ解きましょうか?」

「いや、それには及ばないかな。お互い、この方が話し易いよね。あ、でも、後で写真撮らせて欲しいかな」


 ふむ、有名人のくせに、結構ミーハーなようだ。

 ま、それは俺も同じか。かなり舞い上がっていると、自分でも思う。


 若森の用件は、自衛隊とは違い、喜んで協力してあげたくなる話だった。


 なんでも、今の日本のロケットは、国際的に見ても、かなりの水準らしい。

 それは打ち上げ成功率が物語っている。ここ20年の成功率は、98%と、ほぼ100%に近い。


 しかし、そんな日本でも、まだ有人の打ち上げはした事が無い。

 これは、技術的な問題もあるのだが、何よりも、失敗だけならまだしも、絶対に人を殺せないということのようだ。

 ふむ、これは納得できるな。人命を失ったが最期、寄って集って叩かれ、その結果、予算も大幅に削られるだろう。

 そういや、アメリカも一度大事故を起こしてから、かなり慎重になったと聞いた気がする。


 そこで、俺の出番ということだ!

 俺が打ち上げた有人ロケットについていき、もし失敗した場合、最低限、先端の人が乗っている部分だけでも回収して欲しいと。


「面白そうな話ですね。そういった事なら、俺も力になれると思います。ですが、最初から俺が、衛星軌道くらいまでなら運んであげられますが?」


 すると、若森は、大きく頷きながら返す。


「うん、それが最も手っ取り早いのは僕も分かっているんだよ。でも、それじゃ日本の技術は進歩しないだろ? なので、こういった言い方は嫌だけど、シンさんは飽くまでも保険だね。勿論、それなりにギャラは用意しているよ。一度の打ち上げにかかる費用は、最低でも100億以上かかるからね~。まあ、値段の交渉は僕の役目じゃないんで。それで、今の返事からはOKでいいよね?」

「はい、と言いたいところですが、大きそうな話なんで、俺の一存では無理かな? じゃ、ちょっといいですか? アマンダとモーリスさんに聞いてみます」

「うんうん、新藤さん、お願い~」


 すると、新藤が衛星電話を俺に差し出す。

 あら、直接アマンダにテレポンするつもりだったのだが。まあ、あまり能力をひけらかすのも何だしな。

 しかし、何とも用意のいいことで。完全に読まれているな。


「既にダイヤルしていますからどうぞ」


 出たのは、モーリスだった。

 ま、アマンダにこの電話が使えるとは思えないし、当然か。


 俺が今の話をすると、モーリスは快諾してくれた。

 その後、アマンダに代わり、やはりOKと。

 そして、モーリスが最後に、金額の話は今する必要は無く、後は新藤に任せておけとのことだった。

 ふむ、新藤なら信用できるし、それがいいだろう。


 若森の話はこれで終わりのようで、日時と金額の交渉とかは、また後日ということになる。早くても1年後とかなので、急ぐ必要は無さそうだ。

 彼は、最後に俺が実体化して、俺の胸元で手の上に立っている姿を、新藤に写真に撮って貰う。


「じゃあ、これから僕も忙しくなるけど、お互い落ち着いたら、絶対に僕を乗せておくれよ~。これ、約束だからね!」

「あはは、そんな事で良ければ喜んで。では、また」


 そして、俺に手を振りながら、ご機嫌で帰って行く。

 うん、俺もこういう話なら気分がいい。

 なんか、破壊したり、人を傷つけたりする事以外でも、自分が役に立てる気がしてきた!

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