第28話 たった一日の戦争 2

        たった一日の戦争 2



 その男は、起きるなり喚き散らす!

 そして、周りをきょろきょろしてから、俺と目が合う。

 俺を見上げながら目を丸くし、かなり驚いたようだが、それも本当に一瞬だった。


 すぐに正面のアマンダで視線が止まる。


「なるほど、僕は捕らえられた訳だ。それで、ここはメリューで、貴様が魔女エルバイン。そして、あいつが魔竜ってことか」


 ふむ、この男、指導者張ってるだけあるな。

 取り乱したのは、ほんの僅かな時間。すぐさま落ち着きを取り戻したようだ。


 それに、アマンダが少し顔を顰めてから返す。


「はい、その通りですわ。では、改めて伺いますわ。貴方が北朝鮮の指導者、キム・ハンイルで間違いないですわね? 言っておきますが、ここでは嘘は通用しませんわ」

「まあ、そうなんだろうな。さっきの嘘は通用せず、この僕だけが此処に居ることからも理解できるよ。ああ、その通りだ。それで、これから僕をどうするつもりだ?」


 お、これも予想外の返答だな。

 てっきり否定すると思っていたが。


「それは、貴方の返事次第ですわ」

「それは分かっている。僕は既に敗者だ。敗者の運命は、僕が一番良く知っているつもりだ。だが、出来るならば一ヶ月、いや、一週間でいい。僕を生かしておいてはくれないだろうか?」


 ん?

 この男は充分に肝が据わっており、且つ、それなりに頭も切れるのは理解したつもりだが、この流れで命乞い、それもたった一週間ってどういう意味だ?


 すると、それにはモーリスが答える。


「後継者を指定したいでござるな?」

「ああ、その通りだ。僕には子供は居るが、まだ幼い。そして、僕はやっと権力を完全に掌握したばかりだ。ここで僕が居なくなれば、当然我が国は混乱する。そうなれば、同じ民族同士での不毛な殺し合いが始まるだろう。更に、再び大国の代理戦争にも巻き込まれる。今のアメリカと中国の関係からも明白だ。おまけにお隣も、我が国の核ミサイルが欲しくて堪らないようだしな」


 なるほど。この男の言う事はもっともだ。

 アメリカもそうなる事を危惧して、程々にとリクエストしてきた訳だし。

 そしてこの男、この場に至っても、本気で自国民のことを考えているように見える。


「貴方の、指導者としての心構えは理解致しましたわ。では、始めましょう。何故、メリューに向けて、核ミサイルを放ったのですか?」

「それは……」


 キムは淡々と答える。


 ほぼ、モーリスの考え通りだった。

 ただ、核ミサイルの性能を証明したかった理由には、紛争当事国への売買まで考慮していたようだが。


「納得しましたわ。では、次ですわ。何故、各国からの批判を無視し、約束を反故にしてまで、大量破壊兵器を作るのですか? 力を求めるのは分かります。ですが、もう充分ではないのですか?」


 すると、キムは一旦俺に振り返ってから答える。


「それを貴様に訊かれるとはな。力があり過ぎて困る事など、何一つ無い! その魔竜がそれを証明しただろう! たった5人の独立国家など馬鹿げた事がまかり通ったのは、そいつ無くしては語れまい!」


 ふむ、この男の言っている事は正論だろう。

 だが、そもそも俺が只の人間だったならば! こんな力が無ければ! 国家樹立なんかしていなかった!

 今までその力を得る為だけに突き進んで来たこの男には、到底理解できないことかもしれないが。


 あり過ぎる力は、脅威以外の何物でもないことを!


 アマンダとモーリスは、俯きながら、黙って首を振る。

 しかし、キムにはそれは目に入っていないようだ。尚も熱く語る。


「なので、虫のいい提案だとは思うが、貴様、いや、エルバイン陛下、我が国をメリューに併合しては貰えないだろうか? 貴女のカリスマ性の下、僕を公開処刑すれば、我が同志も納得せざるをえまい。政治体系だって、我が国は実質的には王制だ。そして、そうなれば、もはや大国に振り回されなくても済む! 貴国も、我が国の安い労働力を手に入れる事ができ、その結果、世界の覇者となれるはずだ!」


 ぶはっ!

 流石に世界の覇者は無理だろうが、俺達の力があれば、防衛力に予算をほぼかけずに済み、国を発展させることは可能だろう。日本だって、アメリカのバックがあったからこその発展だったのは否めない。


 そして、その為ならば、この男は命を捨てるつもりだと。

 キムの髪の毛は、微動だにしなかった。


 う~む。この男の覚悟の程は理解できたが、なんだかな~。

 そもそも、たった5人の国家が、人口数千万の国家を併合させるなんて、いくら将軍閣下とやらの協力があったとしても、無理があり過ぎるだろう。


「それは拒否しますわ。そして、貴方も指導者ならば、異世界の力などに頼らず、己の力で民を幸せにすべきでしょう。なので、我が国は貴方を殺しはしません。生きて、最後まで責任を全うしなさい!」


 流石はアマンダだな。俺もそれでいいと思う。もっとも、それなりのペナルティーは払って貰いたいところだが。


 しかし、これにはキムが驚いたようだ。


「で、では、この僕を許すと? 我が民族では、敗者には死あるのみ。政権が変われば、前政権に携わっていた者の粛清は当たり前だ!」

「いえ、許すわけではありませんわね。なので、今から今回の件に対する代償を支払って頂きます」


 アマンダはそう言いながら、立ち上がり、その男の背後に回る。

 キムは、必死に後ろを振り向こうとするが、拘束されたままでは為す術なかろう。


「…………」


 彼女は、キムのうなじに手を当て、小声で呪文を唱える。

 すると、そこが一瞬紫色に光った!


「貴方を奴隷にしましたわ。所有者は、私とシンさんです。本来ならば、所有者はメリューの国民全員といきたいところですが、矛盾した命令が出される可能性がありますので。では、戦争は終わりですわ! そして、命令します! キム・ハンイル! 帰ったら、我が国と和解したとだけ発表しなさい! 更に、核など大量破壊兵器を持つことは禁止しませんが、それを現在の国境より外に出す事を禁じます! 以上です!」


 ふむ。メリューでは、犯罪者を期限付きの奴隷にするのは、よくある処分だ。

 俺も、この処分は妥当だと思う。もっとも、期限はおそらく一生だろうが。

 そしてこれにより、実質上、メリューが北朝鮮を属国にした訳だが、アマンダはそのような扱いはしないだろう。先程下した命令が全てのはずだ。


 また、核を捨てさせないのも納得だ。如何にこの男の命令が絶対とはいえ、流石にそれをさせると、下の者が納得しないだろう。現在のあの国は、核こそが全て。クーデターが起こるのは目に見えているし、その処分を何処に任せるのかも問題だ。


 キムはきょとんとしているが、これは仕方なかろう。


「じゃあ、サヤちゃん、縄をほどいていいですわ」

「了解っす!」


 サヤが駆け寄り、あっという間に縄をほどく。

 キムはまだ呆然としている。


 ふむ、理解できないのも当然だろうな。

 なら、ここで教えておいてやるべきだな。


「キムさん、この女性に見覚えはないか?」


 俺は、俺の横で、これまた呆然と立ちすくんでいるリンを指さす。

 すると、キムは彼女に近寄って行き、怒鳴りつける!


「え? ん? お前はソヒョンだな! そうか、お前が裏切ったのか! 自衛隊の制服なぞ着やがって! いったい、僕を、いや、国をいくらで売った!」


 おや、こいつの命令では無かったと。


「わ、私は、将軍閣下を裏切ってなどいませんです! む、むしろ、閣下が逃げる時間を作ろうと、交渉役の志願までしたです! そしたら、気が付いたら……」


 あ~、これはしまったな。

 彼女は顔を手で覆い、泣いてしまった。

 大方、爆弾を着けさせられた時の記憶が蘇ったのだろう。


「うん、貴方は知らないのかもしれないが、リンさんは自爆テロをさせられた。彼女は、俺の手の中で爆発したよ。もっとも、早めに気付けたので、こうして無事保護できたが。なので、キムさん、あんたは指導者として責任を取るべきだろう。命令だ! 手をついて、彼女に許しを乞え!」


 キムは、かなりぎこちない動きで、彼女の前まで歩み寄る。


「そ、それは気の毒だが、国家の為に命を捧げる事は……うわっ! い、痛い!痛い!痛い! わ、分かった! そんな命令を下した奴を僕が……って、痛い痛い!」


 キムは頭を抱えてのたうち回る!

 それを見て、サヤが冷静に忠告する。


「命令にちゃんと従おうとしないと、そうなるっす。先ずはきちんと手をつくっす」


 キムは頭を抱えながらも膝を折る。

 だが、手を地面に着けようとまではしないようだ。

 まあ、一国民に最高指導者が土下座など、意地でもできないのだろう。


「す、済まなかった! だ、だが、お前も国の為になれ……、う~ん……」


 ふむ、俺も初めて見たが、ここまでとはな。

 将軍閣下様は、そこで気を失ってしまった。

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