第2話

校舎には三つの階段があり端から裏階段、欅階段、表階段と呼ばれていた。生徒も教師も皆登校して教室に向かうには裏階段を使い、教室移動の際は欅階段と使い分けていた。滅多に日の目を浴びぬのは表階段で、誰が使うためにあるかも分からない。大方、孤独極まった可哀想な奴がコソコソと移動するのに使っているのだろうと在校生は皆思っていた。便も悪く薄暗く、新入生には毎度裏階段と間違われる残念な階段は掃除の当番さえも当てられない。塵ばかり積もって人の足音も話し声もしない階段は、天井から吊られた裸電球一つで照らされている。そこを通った騒々しい連中は不気味な影が着いて来ると言って、大袈裟に騒ぎ回っては嘘を揶揄していた。気の毒なのは階段だ。連中が避ける物は他も避けたがる。そういう事に疎い正直者は高慢に階段を使っては平生を気取り、囃す連中を一瞥してはこう言うのだ。「自分はなんとも無かったが?」

蓮は一連の流れを無関心に聞き流す人種だった。俗物の下らない戯論に一喜一憂するでも無く、それを衒って下手に目立つでも無かった。それでも塵の溜まった土足域に、筆箱を捨てられたなら無干渉でもいられない。蓮の波風立てない様子を嫌がった他所のクラスの連中が、昼時に蓮が席を離れている内に机の上にあったものを根こそぎさらったのだ。蓮が帰ってみれば机の上は綺麗に片付いていたが、無くなってはまずいものも大いにある。さらった連中を追ってみれば、弁当は捨てられ、教材とノートには落書きされていた。挙げ句の果てにはその日偶然借りていた辞書が破られていて、筆箱はその表階段に放ってあったのである。蓮は淡々とそれらを拾ってから低俗な連中の居場所を聞いた。欅階段の踊り場に屯していた連中を見付けて、側の便所から持って来た刺股でその主犯の腹を突いた。飛びかかってくる残りの連中を容赦なくそれで殴り倒してから、刺股らしく主犯を壁に押し付け捕まえた。この男は中々しぶとかった。蓮の顔を見て下品に笑うと刺股の先から蓮に向かって唾を吐いた。まるで獣である。騒ぎを聞きつけて教師共がようやく欅階段の下にやって来たので、それに向かってその獣を蹴り落としてやった。階段の上からも教師がやって来たが、蓮を取り押さえたりはしなかった。その脇に転がっていた残りの悪餓鬼共を襟首つかんで連れて行った。

連中は軽症、その親玉は数カ所の打撲で済んでいたが蓮には二週間の停学が言い渡された。蓮は暇が出来たと喜んでそれを受け入れ、怪我をさせた連中の親に辞書とノートを弁償させた。それから表階段の裸電球を秘密に割って、それを主事の人間に言って新しく明るい電灯に変えさせた。二度と筆箱を汚されないように階段を掃いてやっている頃、悪餓鬼共の頭が転校したと言う話が蓮の耳に届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てる @sasayuyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る