第3話 透明魔人のランプ

「あ、アラジンの魔法のランプだ」

 客がちょっとおどけた調子でいい、店内のテーブル上に置かれていたランプを手に取ってこすって、笑った。連れの客も楽しそうにしている。


 店内の様子は一見すると何の変化もない。客も、ランプをしばらくいじったらテーブルに戻し、他のものを見始めた。しかし、店の主人は少しの間、緊張した。


 じつは、そのランプは魔法のランプなのだ。こすると中から魔人が出てくる。透明の、魔人が。


 透明の魔人が現れて、15秒以内に頼み事を伝えれば、透明魔人は粛々とその言いつけをこなし、またランプにすっと入る。一人につきお願いはいくつまで、という制限はない。ただ、ひとつ頼んだ後は、しばらく間を置くのが頼む側の姿勢として望ましい、のだそうだ。


 このランプを手に入れた時、店の主人も先ほど客がしたのと同様に、「魔法のランプだ!」とおどけながらこすってみた。すると、中から透明の魔人が現れ、「ご主人様、ご用件は」とよく響く低音で言葉を発してきて、このランプおよび透明魔人自身の仕様を伝えてくれた。怖かったが、怖かったから逆らうこともできず、とにかく問われるままに「店の掃除をお願いします」というと、「かしこまりました」と聞いている方がかしこまりたくなるような重い低音で響き渡る丁重な返事をしてから、すぐに店内をすっきりきれいにほこりひとつない状態にしてくれたのだ。店の掃除を頼む分には心配はいらない、と主人は知った。


「ランプをこすって15秒以内に申し付けください。15秒過ぎると私はランプに戻ります」そう教えられたので、店の主人はそれを守っている。必ず15秒以内に魔人に話しかける。


 店内でランプを見つけると、ほとんどの客は「魔法のランプだ」といってこする。そのとき、透明魔人がランプの中から現れるのが、店の主人には気配が察せられるのだが、客には何も見えないので気づく者はこれまでいなかった。今日の客もそうだ。そして、どういうわけかランプから現れた透明魔人も客の前ではひとことも発せず、15秒経過するとランプの中にもどっていく。


 目の前にいるのに無視するような者とは関わりたくない、というのはわかる。でも、ひとこと透明魔人が客に話しかければ、客は異変に気がつくし、すると店の雰囲気も興が乗ってわきたつだろうに。ランプのことが分かれば高値で買おうとする者も現れるだろうに。店の主人は客にランプがこすられる度にいつもそう思った。


 夜、店を閉めてから、店の主人はランプをこする。そして、「店内を掃除してくれ」と透明魔人に告げる。「かしこまりました」と重低音の返答が響き、店内はきれいになる。店の主人は透明魔人に「何故客の前では黙ったままなのか」と聞いてみたくて仕方がないが、姿が目に見えず気配だけは濃厚な魔人にそうたずねる勇気がもてず、いつも掃除だけしてもらっている。口調は丁寧な相手だが、余計なことは聞かないほうがいい、と感じながら。


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