最終話 2378お誕生日おめでとう

 六時十分前に、ノインと福寿、そして龍神と葵が帰って来た。

 ノインは古今東西の酒と飲み物を買ってきたようだ。燈はとりあえず事件とか戦闘がなかったことにホッと胸を撫で下ろす。


 誕生日会場にはずらりと橙夏特製料理が並んでいる。

 大皿にはサラダから、カルパッチョ、刺身、唐揚げ、エビフライ、フライドチキンやポテト、ローストビーフなどバイキング並みのクオリティだった。


 誕生日ケーキは二種類あり、一つはショートケーキともう一つはチョコレートケーキだ。片方は2378というチョコプレートに豪華なイチゴが飾り付けられている。

 たいしてチョコレートケーキは──


「なんで結婚式並みのケーキなの……」と燈は思った。

 何故かケーキ三段重ねなのだ。誰がケーキ入刀をするのだろう。というかしないといけないのだろうか。


「ひとまずパアッと食べるッス!」と孝太郎の言葉に賛同して、燈はグラスを手に持つ。もちろん、孝太郎、燈、橙夏、葵──は酔って暴れるかもしれない可能性があるので、シャンメリーを注いである。


「それじゃあ、2378さん誕生日おめでとう~~!」という言葉に合わせてケット・シーと木霊、そしてノインがクラッカーを鳴らした。

 いつの間に用意していたのだろう。と燈は思ったが、お腹もすいたのでとりあえず食べることにした。



 ***



「ござる♪」と福寿が燈に声をかける。ふと少女が振り返ると──福寿は小さな箱を持っていた。


「え? 私に?」


「ござる!」


「え、ノインと二人で選んでくれたの? ありがとう」


「なぜ今のでわかったのだ?」とノインは燈の読解力に感心していた。


(しかし龍神と青い兎の視線が鋭いのはなんだ? エビフライが好物なのだろうか?)


 ノインはタルタルソースを付けながら口に運んだ。


「わあ。ヘアピン可愛い」


「ござるる、ござござ」


「うん、前髪も伸びてきたから嬉しいよ。ありがとう福寿、ノイン」


 燈は福寿をぎゅっと、抱きしめた。ノインは「大したことはしてない」素っ気なく言葉を返す。


「ノイン……」


「なんだ? エビフライならまだあるぞ」


 大皿を差し出すノインに龍神は「いりませんよ」と顔を背けた。


「心の友その一が作ったらしい」

「食べます」



***



「じゃーん、アタシも橙夏と燈とえーっと孝太郎にプレゼントよ!」


 葵は意気揚々と三つのプレゼントを渡した。

 

「オルゴール。しかも可愛い」


 それぞれ同じメロディーで、手のひらほどの魔術書に似た形をしている。アンティークもののようで、文字も一風変わっていた。

 オルゴールの曲は|Happy Birthday to You《バースデーソング》。

「……出遅れた」と龍神は思った矢先、青い兎が燈と橙夏の傍に歩み寄った。


「あ、白夜びゃくやさま。どうしたんですか?」


 もふもふの青い兎は橙夏の膝の上にちょんと座り込む。垂れた耳を幼女は優しく撫でる。


「うわあ、可愛い。青い兎なんて珍しいね」


「はい。とっても大切な方なのです」そう言って、橙夏は優しく青い兎を抱き上げた。傍に居ることが幸福と言わんばかりの橙夏と青い兎を微笑ましく思えた。


「ん~、料理美味いッス」


「うむ、コウタロウのばーすでーけーきとやらも悪くない」


 孝太郎が振り向くと、白蛇が蜷局を巻いてショートケーキをもぐもぐと食べていたのだ。しかもちょこん、と座布団の上に座っている。


「白蛇様!? いつの間に!?」


「お前の作る洋菓子の匂いを追ってきた」


「蛇って嗅覚あるんだろうか?」と孝太郎は思ったのだった。と言うか、いつの間にか天狗のクダラ師匠や白澤はくたくと様々なアヤカシが誕生日会会場に参加していた。



 ***



「わぁ、美味しい」と、燈は橙夏の料理に舌鼓を打っている。シャンメリーも美味しい。ジュースだけど。


 式神はここぞとばかりにお酒を飲んでいる。というかいつの間にか浅間も現れており、アヤカシたち──河童や、コックコートを着た天狗の姿もあった。


(まあ、賑やかなのは良いことだよね)


「姫、少々よろしいですか?」


「ん? あ、龍神。お酒はもういいの?」


 確かさっきまで「誰が一番飲めるか選手権」が開催されたはずだ。

 龍神は燈の隣の座布団に座る。


「いえ、武神が出てきた段階で面倒なので抜けてきました」


(さらっと長丁場になると思ったから一抜けたのか……)と燈は微苦笑する。


「えっと、それで私に用とは?」と小首を傾げた。

 龍神に差し出されたのは小さな箱だ。ノインや木霊に貰ったのに似ている。


「……今年の誕生日を祝えませんでしたので」


 箱を開けてみると白と緋色の数珠だった。


(ここはネックレスか指輪だろうがヘタレが)と式神は龍神を睨み、

(指輪じゃないあたりがヘタレだな)と武神──浅間龍我は溜息を漏らす。

(父様のヘタレ)と葵はグラスを空にする。

(うわ……過去の自分のヘタレ具合が虚しすぎる……)と青い兎は思ったのだった。


「わあ、龍神ありがとう! しかもこれ魔除け用でしょ」

「ええ、防御力も多少上がりますしね。私としては無茶はして欲しくありませんが……。貴女のなそうとしている事に協力すると言いましたからね」


 燈は龍神の気持ちに胸が温かくなり、自然と口元が緩んだ。


「本当にありがとうございます。龍神」


 こうして賑やかな誕生日パーティーは夜遅くまで続いた。

 燈や橙夏、孝太郎、葵は早々に寝所についた。もしかしたら、眠ったら元の世界に戻っているかもしれない──そう思ったからだ。


 一時の不思議な夢。

 交わらない世界の境界が揺らいだ。

 それは奇跡とも呼べる出来事だったのかもしれない。


 誰かを祝う事も、祝われることもとても楽しかったと、燈は思いながらベッドに横になる。左腕には龍神から貰った数珠がある。ベッドの傍には葵にもらったオルゴールが部屋に響く。

 微かに、漏れる音を聞きながら燈はまぶたを閉じた。



「すてきな夢をありがとう」































 ***



 翌日。カーテンから漏れる光で燈は目が覚めた。

 身じろぎしながら、寝返りを打つ。

「あと五分」と思いながら重たげなまぶたを開くと──


「…………え?」


 三つに交わった世界は、変わらなかったのだった。




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