第2話 はじめてのお買い物

 俺の名はノイン。

 東京都周辺に発生した多重結界を行ったのち、《物怪もっけ》と呼ばれる異形のモノを討伐していた矢先──秋月燈心の友その一が住んでいた実家とよく似た世界に飛ばされたようだ。


 すでにこの世界に飛ばされてから二七三六〇秒経過しているが、別段異常事態は発生していない。しいて言うならば、このミッションこそが最大にして最難関とも呼べる。というのも同行者が──


「ござる♪」


 きゃっきゃと踊っている木霊、福寿ふくじゅとだからだ。もちもちの肌に、半透明の姿。これは《アヤカシ》であり、森の眷族。なぜか燈に懐いており、時や空気を読まずに現れる。


「ござーる」


 基本的に「ござる」しか話さないので、何が言いたいのか俺には今一つ分からない。だが、ミッションは遂行しなければならないのだ。


〇二時二十三分まるふたふたさん……行動開始」

「ござる♪」


 俺は福寿を抱き上げると、庭の一角になるヘリへと乗り込んだ──が、「買い物しに行くのに、ヘリを使わない」と燈に指摘された為、仕方なく乗用車で街に向かう事とにした。



 ***



 二時四〇分、日本家屋、居間。


 部屋は十五畳ほどあるが、ふすまを外して隣の部屋と繋げると三十畳ほどの大きな広間へとなかった。襖は式神が外しており、物置にあるテーブルは白拍子の葵が軽々と担いで運んでくる。


 「うーん。ノインと福寿だけで大丈夫かな……」


 折り紙で飾り輪っかを作りながら燈はやや不安げに呟いた。


「なに買い出しリストは渡したのであろう。ならばそう問題は……」


「そんなに気になるなら、アタシが見てこようか?」


 葵は燈へと歩み寄る。出会って間もないのだが、妙に燈には親し気に話しかけてくる。


「ありがとう、葵さん。でも車で移動しているから、追いつくのも難しいだろうし──」

「大丈夫よ、走ればすぐに追いつくもの。それに戦力は多い方がいいでしょ」


「あ。この人を野放しにしたら絶対に不味い」と燈と式神は察したのだった。


「あー、うーんと……」


「それなら私も同行してきましょうか?」


 珍しく龍神が名乗り出たことに燈は目を丸くした。


「ええ!? 龍神が?」

「私では問題がありますか?」


 ずい、といつも以上に威圧的に燈へと顔を近づける。


「……まあ葵がすごく強くて暴走しても龍神なら何とかしてくれるはず……。あ、でも地形を変えるような事とかしないでくださいね」


「もちろんです。この世界の理がどのようなものは不明ですが、害は今のところありませんし、穏便に済ませますよ」


「あるのが前提なのか」と燈は思ったが、その言葉を飲み込んで代わりにこう答えた。


「それじゃあ、お願いします」


 一部始終を見ていた葵は、若き頃の龍神の姿に感銘を受けていたのだった。


(かーさまととーさまの若い頃ってこんな感じなのにね! ふふふ、こんな世界に飛ばされた時は暴れてやろうと思ったけど、眼福だわ)



 ***



 二時四十五分、日本家屋、台所。

 白を基調とした広々とした台所が用意されていた。

 またある程度の材料は冷蔵庫などの揃っており、孝太郎と橙夏はそれぞれに作る料理に必要な材料を用意している。


「じゃあオレは特製ケーキ作りで、橙夏はメイン料理な。台所も広々使えるし、腕が鳴るッスね」


「うん。じゃあ私は下ごしらえするー」


 ぱたぱたと動きながらも料理を始めた瞬間──幼女の傍にある料理器具が一斉に動き出した。目に見えない何かが鶏肉をさばき、塩とハーブで揉み始める。


「うわあ。凄いッスね」


「えへへ、料理限定ですけど」


 孝太郎と橙夏の姿を見守っているのは巨大な猫ケット・シーと青い兎だった。床に寝そべって昼寝をしているように見えるが──実際は互いに牽制しているのだった。



 ***



 三時三十分、とあるショッピングモールに到着する。

 俺はGPS機能を使い、大きめのスーパーにたどり着く。注文があったのは主に飲み物。それも酒関係が多い。

 昔から神やアヤカシ関係は酒を好む。それも美味い酒。


(それからつまみと……)


「ござる!」


「ん?」


 福寿はいつにも増して、ぴょんぴょんと飛び回り何かを訴えている。

 だが、燈や龍神ならいざ知らず、俺は「ござる」と言っている意味が分からない。

 ふと、文字なら理解できるのではないかと、メモ用紙とペンを渡したが──


「ござる」


 としか書かれていなかった。

 お手上げだ。


「ござる。ござござ……ござるる!」

「すまん、わからない」


 福寿はよろよろと崩れ落ちる。

 伝わらなかったのがショックだったようだ。いや、むしろ今までそれで通じていた方が可笑しいのだ。


「ござるぅ。ござござ……」

「……」


 俺は全身義体化している。それにアヤカシはもちろん、人とのコミュニケーションもさほど経験がない。だから余計に何を言いたいのか理解できないのだ。

 心の友その壱、燈なら分かるのだろうか。


「ござるうぅ」


 福寿は我儘わがままでも、自分勝手でもない。

 なにか伝えようとしているのだとしたら?


「……なにか、欲しいものでもあるのか?」

「ござる!」


 こくこくと福寿は頷いた。


 なるほど。言葉が分からなくとも向こうは俺の言葉を理解している。なら、あとは簡単だ。


「わかった。欲しいものの場所へ連れて行ってくれ」

「ござるぅ!」


 ぴょんぴょんと上機嫌になった福寿は跳ねるように歩く。

 

 ふと視線を巡らせるとなんとも奇妙な光景だった。

 少なくとも俺のいた世界ではアヤカシがするなどありえなかった。普通に一反木綿や、異国の神々であるガネーシャ、吸血鬼などが人間に混じっている。


「本当にこの世界は一体どうなっているのやら」




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