10,ギモン
次の日、私の下駄箱に、上履きは入っていなかった。その分空いたスペースに、死んだカラスの死骸が詰められていた。目に光は無く、黒い翼は淀んでいる。私が知りたいのは「死」であって、「死骸」ではないのだから、こんなもの詰めたって無駄なのに。
仕方なく、靴下のまま教室に入った。クラスメイトの興味と蔑みの視線を感じながら席に着くと、先生が入ってきた。
「皆、おはよー……う」
流石の先生も、教室に立ち込める姿なき魔物の気配に気づいたのだとわかった。
「どうしたんだ、皆?」
クラスのボスが開口した。
「先生ってバカだよねえ」
「何だよ、バカって~」
先生がいつものノリで返しても、サル山のボスは笑わない。
「だって、恩田椿ちゃんと援助交際してるんでしょう?」
爆弾が、この教室に落とされた。クラスは一瞬にして凍り付き、暑いこの夏に、氷河期が訪れる。
その後、先生はボス猿の手によって上手く丸め込められてしまった。自分のキャリアか、一人の生徒の信用か。ボス猿は選択を迫り、先生はもちろん自分のキャリアを選んだ。
選択する前、先生が縋るような目つきで私を見たとき、私は何も感じなかった。そんな小さな事はどうでもいいから、早くこの状況を解決して、と目線を贈ったが、先生が正確に私の意図を読み取ったとは、到底思えない。それでも、私は別に恨んだりはしなかった。
私にとって、先生はその程度の人間だったから。「死」が何か、その質問に答えてもらうためだけの、駒に過ぎなかったから。
私と親しくなる前の先生は、自分が教師であることに誇りを持っていた。
「生徒の質問には、誠意を込めて答える。だから、分からないことがあったら、すぐに質問しなさい」
これが、先生の口癖だった。わからないことは、先生が全て答えてくれる。それならば、私の「死」への疑問も、先生が答えてくれるのかもしれない。これでやっと、「死」が何なのか、わかるかもしれない。
そう思ったから、私は先生に近づいたのだ。別に、特別な関係になりたかったわけではない。だから、この日の放課後、ボス猿から「ゆみちゃんは先生のこと好きだから、椿ちゃんは手を引いて」と言われた時も、特に何も感じず了承した。
その日から先生公認のストレス解消道具となった私は、登校から下校まで、終始悪戯をされるようになった。始めは、私を転ばせたり、下駄箱に生物の死骸を入れるたり、という子供じみたものだった。
しかし、日を追うごとに、ストレス解消はヒートアップしていった。持ち物全てに「死ね」と書かれたり、すれ違う度に「死ね」と言われたり、トイレに頭を押さえられて「死ね」と言われたり。
死ね。
その言葉の意味を、あなたたちは知っているのか。
死というものの実態を、本当にわかっているのか。
ストレス解消道具になって半年、溜めこんだ「死」への疑問が、どうしようもないくらい膨れ上がっていた。先生に、聞きたい。先生に、答えてほしい。
もう、ボス猿に支配されるのは疲れた。ゆみちゃんはいつまで経っても先生にアプローチしないし、目が合うともじもじして隠れている。そんな人に先生と話す特権を与えるなら、私がもっと有意義に利用してやる。
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