8,ナカナイ

 絵本で読んだ、『マッチ売りの少女』、『人魚姫』、『フランダースの犬』。どれも、最後に主人公は死んでしまう。眠るように目を瞑って、パタッと動かなくなる。

 なぜ人は、死んでしまうの?

 そもそも、死ぬって何なの?

 ただ、それだけを知りたいのに、誰も教えてはくれなかった。たまにしか来なかった祖母や祖父、近所のおばさん、子供、犬、ハトにまで聞いても、皆気まずそうに目を逸らしたり、無視したりする。

 私は次第に、得体の知れない「死」に憑りつかれるようになった。四六時中、「死」のことを考えていた。道端で潰れた芋虫の死骸を観察したり、動かなくなったセミを潰してみたりして、理解しようと努めていた。

 一つだけわかったことは、皆、閑寂だったということ。

 「死」が何なのかまでは、分からなかった。


 以前から病を患っていた母の死ぬ間際に、私は質問した。

「死ぬってどういう感覚?」

 父は、私を殴った。痛かった。

「不謹慎だぞ!」

 どうして殴るの?私は知りたかっただけなのに。

「椿ちゃんは、死ぬってどういうことだと思う?」

 母は、怒りを浮かべる父を制して、私に問いかけた。

 死ぬのは怖い。

 だって、何もわからないのだから。誰も、教えてくれないのだから。

 私はそう答えた。母は笑った。

「ママは、死ぬのが怖いとは思わない。だって、生きる方が怖いんだもの」

 母がなぜそう言ったのかは、私は今でもわからない。

 死ぬのは怖くない。

 それはどうして?

 死んだら、何もできなくなる。息を吸うことも、朝起きて、みんなに「おはよう」と言うことも。好きな人にドキドキしたり、映画を見て泣いたり、笑ったり、感動したりすることも、何もかも。

 生きるのが怖い。

 それはどうして?

 生きることは、楽しいこと。毎日友達と遊べる。おいしいご飯が食べられる。大好きなクマのぬいぐるみとお昼寝ができる。

 それのどこが怖いというの。

 私にはわからない。死ぬことも、生きることも、母の言葉の意味も。

「ほら、泣いちゃだめよ。わからないのなら、自分で突き止めなさい。それまでは、泣いて諦めちゃだめ。約束できる?」

 私は頷いた。「死」がわかるまでは、絶対に泣かないと、心に決めた。

 そして、母は私の顔をひと撫ですると、目を瞑って動かなくなった。隣では、何度も何度も、父が母の名を呼んでいた。

 母は死んだ。「死」が何かを教えてくれぬまま、芋虫やセミの様に、静かに逝ってしまったのだ。

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