Interlude1
「何なんだ、あいつは……!」
大男が医院のある方向を振り返って苦し紛れにそう唸った。
暮れかけた空を黒い鳥が飛んでいく。その鳴き声は無様に逃げてきた男たちを嘲笑うようにも聞こえた。
「あの闇医者が用心棒を雇ってたなんて聞いてねェぞ」
仲間に同意を求めようにも、ひとりは鼻を、もうひとりは腹部を押さえてうずくまっている。あからさまに舌打ちをした。
またしてもあの医者を引き抜けなかった。もう失敗は許されなかったのに、組の幹部にどう報告したものか。
胡散臭い笑みの医者と気味が悪いほど整った容姿の青年を思い出し、大男はぎりっと
青年のほうは見知らぬ顔だった。
ひとつひとつ精巧に作られた人形のような風貌は趣味の悪い好事家が飛びつきそうなものだが、色素の薄い髪の下から垣間見えた瞳には氷よりも冷たく、触れた者をことごとく切り裂いてしまう鋭利な光が宿っていた。けれど、そこに殺気や害意なんてものは微塵もない。
目の前に敵がいたから排除する。ただ、それだけ。
「あの右目……」
大男は自分の首に手をやってつぶやく。ぬるりと指先に血がつく。
純度の高い赤い宝石を埋め込んだかのごとき眼。凝った作りの義眼のようにも見えたそれを縦断するように刻まれた引き攣れた痕が、むしろ眼の美しさを磨いていた。
そして、眼帯が外れて右目が曝されたあとの青年の動きはこちらの行動を先読みしているかのようで。
そのアンバランスさと不気味さがひどく恐ろしかった。思い出しただけで冷や汗が出てくる。
それをごまかすように他の男たちをせっついて起き上がらせた、そのとき。
「おや、『彼』に会ったのですか」
静かで落ち着いた、けれど底冷えするような声。
きぃ、と金属がこすれる音がした。
三人が一斉にそちらを見ると、そこには車椅子に座った男がいた。
三十を超えたあたりの痩せた男だ。科学者か研究者然とした黒い長袖のコートを肌のように着こなし、左目に片眼鏡をつけている。
その後ろで車椅子を押す人物もまた同じ色の外套をまとっているが袖はかなり余っており、フードですっぽりと顔を覆っていたせいで体格も容貌もわからない。ただ、その身長は百六十を超えたあたりか。
「何だ、お前?」
大男の低い唸りをさらりと受け流し、夕闇の最も暗い部分から滲み出してきたかのような片眼鏡の男は爽やかに笑って見せた。
「『彼』とどこで会ったのか、お聞きしたいのですが」
『彼』とは、あの人形じみた青年のことだろうとすぐに察しはついた。
しかし、今の大男の機嫌はすこぶる悪い。
「報酬もなしにこっちの手のうち明かすわけにはいかねェなァ?」
「ああ、それは困りましたね」
漆黒の革手袋をはめた手で顎をつまんだ片眼鏡の男は本当に困っているように眉をさげる。その両脚と背後の人物はぴくりとも動かなかった。
「なら、こうしましょう」
無造作にも思える言葉のあと、顎に添えていた手を肘掛けに戻した。
瞬間、フードをかぶった黒い人影がかき消えたように見えた。この動きは、大男の拳を跳んで避けた青年と同じ――。
状況を理解する前にピアスの男がどさりと倒れた。悲鳴の代わりに喉元からアカイロが吹きあがった。
「てめェ!」
残ったふたりは怒号をあげながらそれぞれに武器を取り出そうとする。
しかし、次の瞬間にはスキンヘッドの男が苦痛の声をあげてうずくまっていた。その右手を直刃のナイフが貫いている。
「これじゃあ、まるで化け物……!」
青ざめた顔を引きつらせた大男の目の前に黒い人影がいた。振り上げられた袖の中には鋭く輝く銀色。
直後、肉を断つ湿った音が響き、屈強な体が崩れ落ちた。
「言ってくださらないのならば仕方がありません。『私たち』を知る者は少ないほうがいい」
今はまだ、と片眼鏡の奥で細められた眼は、檻の中の対象を観察するような研究者のものだった。
と同時に、漆黒の人物が音もなく袖の中のナイフを放つ。それは過たずスキンヘッドの男の胸に突き刺さり、驚愕の表情をしたままどうっと倒れた。
路地にしばしの夕暮れの静寂が訪れる。
淡々と黒い人影が骸に突き立てられたナイフを回収する。
車椅子の男は先ほどまで騒いでいたものたちから視線を外すと片眼鏡をかけ直し、す、と手袋をした手を差し出した。
まるで淑女をエスコートする紳士のように。
「行きましょう」
ナイフをしまった人物は従順にうなずいて、黒い白衣の男の手を優雅に取った。
NoTitle ソラ @nknt-knkt
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