幼少期編17

小3の頃といえば、ちょうど男女の別に子供たちの意識が高まる年頃である。私は、もともと生まれながらにして体毛が濃かったこともあり、鼻の下の毛も濃かった。それが嫌で剃ろうとすると父が「濃くなるからやめろ」と言って剃らせてくれなかった。というわけで、ある日私には「鼻毛」というあだ名がついた。少しでも目立った行動が出れば「鼻毛、すげー」などと言われた。私も人間である。家で罵られてきた経験もあったこともあり、ここで引っ込めば私はずっと言われ続けるだけだ。と子供ながらに死ぬ気で、本当に死ぬ気で言った。「鼻毛で呼ぶな! これからは花ちゃんって呼べ」。それで私のあだ名は花ちゃんとなった。でも、そのあとも何かしら、ことが起こるたびに、男の子たちは、悪気があるのもないものも含めて、私の口髭のことをネタにして笑い物にした。こんなところで書かれると思ってないかもしれないが、これをきっと読んでいるMくんの年賀状に描いてあったハルクホーガンの顔は未だに忘れていない。いじめとは、そういうものだ。いじめている方は、自分の快楽や無関心から生じてくるものであるのにも関わらず、その因子はいじめられる側にある。だから、厄介なのだ。どちらだけが悪いということではない。お互いの表現方法の問題なのだ。


17


晴れて花ちゃんとなった私は、学校では強くて何にも動じない存在になることが必要だった。そうでなくなったら、私は花ちゃんではなくなり、鼻毛になってしまうのだ。家では、豚と呼ばれ、学校では鼻毛と呼ばれる。あまりにも辛すぎる幼少時代だ。幼い処世術とはいえ、私は守り通さねばならなかった。

40をとうに過ぎ、今私はこのことをこうやって公にすることがやっとできるようになった。高校生になった時、私はやっと自分の花ちゃんというあだ名のルーツから逃れることができるようになったのだ。だから誰から「どうして花ちゃんって言われるの?」と聞かれても決して本当のことを答えることはなかった。

しかし、過去は消せないのだ。


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ある日高校の同級生が私に行ってきた。

「お前がどうして花ちゃんて呼ばれるか、俺、知っとっけん」。男子は、さも鬼の首を取ったかのような顔をしていた。あれが本当に鬼の首を取った時の顔なんだろうなと思う。なぜなら、高校時代の私は、まさに何も怖いものなしの鬼のような存在だったから。

その鬼である私の首を取った男子に私は、冷静に言葉を選んで返した。

「それ、誰かにバラしたら、私登校拒否になるから。そして、その理由をちゃんと書いておくから。そのことだけは覚えててね」。

その男子は、二度とその言葉を吐くことはなかったが、私の中で「鼻毛ダメージ」がなくなったわけではない。


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手首を切るようになったのは、何歳の頃からなんだろう。もうすっかり忘れてしまった。小学校高学年の頃は、記憶にあるのでその前であることは確かだ。今でこそリスカなどというカッコイイ言葉が付いているが、当時はただの手首を切る厄介な子供だ。非常に非常に厄介な子供だったのであるが、皆さん覚えているだろうか、私には素晴らしい5歳年下の弟が居ることを。父母は、弟の世話を私に任せた。それなりに出来が良かった娘として世間様に通っていた私は、仕方なしに彼を受け入れたのであるが、彼との相性は最悪だった。琢磨(仮名)君は、現在でいうなら多動傾向が非常に強いお子様だった。でも、幼い頃の彼、特に保育園時代の彼は、実に可愛らしく、かわいい生き物がうろちょろして居る、そんな感じだった。常に「姉ちゃん、姉ちゃん」と私の後ろを付いて回る彼を私はちっとも可愛がらなかった。たまに気が向いた時だけ相手をしてやった。そのほかの時間は、彼は押入れの中に軟禁されて居るかビニール製の縄跳びで柱にぐるぐる巻きにして動けないようにしてあった。だって、うるさいし、目を離すとどこに行くかもわからない。その上うるさい。さらに、彼は私が欲しても欲しても手に入れることができなかった父母の愛情をこれ見よがしに注がれる存在。今の私に尋ねられても、当時の私がそんな彼を可愛がれという方が無理なような気がしてならない。

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