幼少期編9

ガシャッと聞こえた後に一度車のドアの開閉の音がした。続いて、タイヤがコンクリートを引きずるような鈍い音が聞こえる。車庫入れし直すんだろうなと思いながら特段気にもせず、小説の世界の中に入って行こうとした瞬間予想しない音が聞こえた。急アクセルの後についさっき聞いた壁にぶつかる車の音の数倍大きなガシャーン…。普通の人には、いや私たち家族以外にはわからないかもしれないことだが、残念なことに何が起こったのか私は、すぐに理解できてしまった。

彼は、私が血を引いている源泉であるところの完璧主義という部分が非常に強い。全てにおいてではないが、いたるところで心理学で頻繁に使われるゼロヒャク思考が発揮される。今回もそれが発動したのだ。次の展開もいつものことなので水戸黄門を見ているように安心して私は活字に半分以上の意識を持っていくことができた。ほら、パタパタとサンダルを心そぞろに履く音、玄関の鍵を急ぎ手に開ける金属音、その後「なんばしよっとね。あー、もうバカんごたる。はよ降りなっせ。あー、もううるさか。寝なっせ!」母の怒鳴り声。母は、日頃無口であるし、どこかしら愛嬌のある小動物のようにしか見えない。そして天然ボケを日常的に見せつけてくれることから、まさかそんな瞬間湯沸かし器のような突沸した感情を表に見せるなんて相当近しい人間でなければ理解できない。二人の足音が聞こえなくなると、さっきまで車の音以降に出歩いていた半分以下の私の意識はすっかり戻っていた。読んでいる方にわかるように説明したほうがいいのだろうな。彼は、お酒を飲んで車に乗って帰宅しガレージに車をぶつけた。ぶつけた箇所を確認しに行き、自分への憤りなのか、もう一度車を自らぶつけたのだ。極めてごく日常的な情景である。そりゃ、そうするよね。お父様。というわけで我が家に車というものが常駐するのは私が高校を卒業する頃までほぼなかった。1週間もしたら、手放さなければならないか、幸子さんが返品するのだ。

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