幼少期編5

そうだ、まる子姉さんなら、なんでも答えてくれる。私の中にピキーントひらめきが走った。そして、まる子姉さんからことの詳細を私は知ることになるのである。そこには、私の想像を超える幸子さんの判断基準があった。人間として、それで自分の結婚を決めていいのか、この年齢になっても私はそれを良しとしない。



私は、幼い頃からあまりにもとんでもない父の素行に何度も母に尋ねた「なんで、お父さんと結婚したの?」。何度も繰り返された質問だったが、彼女がそれに対して答えることはなかった。お見合い結婚だということだけ私は聞かされて高校を卒業することになった。つまり、私が母親に理由を尋ね始めたのが3歳からだとしても15年間の空白がそこに存在したのである。

 ある日、我が家ではいつものことなのであるが事件が起こり、その際、私は執拗に彼女を問い詰めた。「なんであんな人と結婚したんね。誰もあんなの選ばんよ」。母はしばらく椅子に座ったまま私と顔を合わせないようにか、窓の外を眺めつつ黙っていた。母は、今でも私から見てもそれなりに可愛らしい顔をしている(少なくとも私にはそう見える)。だが、父はそうではない。人は見かけだけじゃないかもしれないが、性格結婚は存在せず、お見合い結婚というものは人類の歴史と同じくらいの長さを誇っていることからして、外見は大事だ。私の中でも外見は、人と付き合う上で最も重要視する。まあ、付け足して言うならば、男性の場合そこに稼ぎも入るのだろうが、それも顔に出るので要は顔だ。というわけで、父も例外に漏れることなく、お見合いでは相当数断られていた。逆に母は引く手数多であった。その母が、なぜに父を選んだのか。その理由を聞いて私は自分の頭がいわゆるホワイトアウトするという現象を知ることになるなんて、思いもしなかった。結婚理由を聞いてホワイトアウト。そんなの考えられない。それも、自分の両親の話だ。私を作り上げた遺伝子の大元だ。嘘だと思いたいが、母の理由はそれであった。

私が執拗に迫った結果、彼女は、相変わらず窓の方向から目をそらすこともなく言った。「ハンカチが綺麗かったから」。耳を疑った。ハンカチが綺麗だったら、結婚する人間が存在するなんて聞いたこともないし、それが我が親であることにぶっ飛んだ。ブッとぶしかないでしょ。ただ、私も18というほぼほぼ大人の感性を持ったお年頃の人間である。聞き間違いかもしれない「ハンカチがエルメスだった」と言ったのかもしれない。だったらまだ私の中でも納得がいく。こんなに粗野な外見の男でも、見合いの席では気を使ってエルメスのハンカチを使うのだ。そりゃ、性格は端正な部分があるのかもしれないし、当時エルメスのハンカチなんて、そうそう売ってない時代だ。父は国鉄職員であったから、当時日本全国お金を払わずに出向けたということもあって、銀座の三越ででもエルメスのハンカチを調達していたのかもしれないではないか。私の頭の中に一瞬にしてそのような曲解が創造され、できればそれが本意であって欲しいと思った。「お母さん、今なんて言った? ハンカチが綺麗だったから結婚したって言った?」。そうでありませんように、そうでありませんように、そうでありませんように。呪文だ。呪文を唱えるしかない。そして母の口は相変わらず窓の外の暗闇を眺めながら開かれた「持ってたハンカチが綺麗な白いハンカチだったのよ」。ガーーーーーーーーーーーン。世の中の男子よ。喜べ。見合いで白いハンカチを持ってたら結婚する女がここに一人存在するということは、後2、3人は存在するぞ。そんなわけで、彼らは夫婦となった。そして、私と弟は綺麗なハンカチのおかげでこの世に生を受けたのだ。

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