個性と光
「君達を呼んだのは他でもない。このことについて調査して欲しいんだ」
――人が死んだ事について。
「誰か、亡くなってしまったのですか?」
「あぁ、その通りだ。死体は見つかっていないけれどね」
ブラウニアは神妙な表情でマリーの問いにそう答える。対して、マリーもさらにブラウニアに問いかける。
「何故死体が見つかっていないのに、死んだと分かるのですか? そして、一体、誰が亡くなったのですか?」
「そうだね。正確に言うならば、まだ死んだかどうかは分からない。でも、死んだも同然だと思うのだよ。被害者は僕のよく知る人。最近は全く外に出ず、外部との接触も極力絶っているようだ。それがもう二年だ。死んだと考えてもおかしくはないだろう。だから、私が調べて欲しいのは、何故そうなってしまったのか……ということだ。理解していただけたかな?」
「なるほど、分かりました」
マリーは邸宅に入った時と変わらず無表情で、そう答えた。
「では、さっそく調査に取り掛かって欲しいところだが、マリーさん。君は『ものに秘められた過去を覗く』という力を持っていると伺っている。その力を使って、恐らく調査をするのだろうけど、僕は未だその力について信じきれていない」
「……では、どう証明すればよろしいですか?」
「話が早くて助かるよ。そうだね……あそこに置いてある絵画について調べてもらおうか」
ブラウニアが指差す部屋の隅には、埃を被った絵画が乱雑に置かれていた。マリーはブラウニアの方を見て小さく頷き、ゆっくりとその絵画の元へと近づく。そして絵画の元に辿り着いた時、もう一度ブラウニアの方を見る。
「こちらの絵画で間違いないですね?」
ブラウニアは頷く。それを確認するとマリーは絵画と向き合い、絵画にそっと触れる。そしてゆっくりと目を瞑り、小さな声で『タイム』と呟いた。それから少しの間、マリーはその状態のまま静止していた。そして、ついにマリーはゆっくりと目を開け、立ち上がり、ブラウニアの方へと振り返った。
「では、私が視てきた事をお伝えしましょう。まず、この絵画を描いたのは、ブラウニア様、貴方のお父様ですね。貴方のお父様はよくこの部屋の窓から外の様子を眺め、筆を動かしていたようですね。それと……公園や広場に幼かった貴方を連れて、その情景をキャンバスに収める事も好んでいたそうですね……ここまで合っていますでしょうか?」
「うむ、何一つとして間違った事はないね」
ブラウニアのその言葉に、思わずマリー……ではなくウォルダも胸を撫で下ろしていた。また、ブラウニアは言葉を続ける。
「父上はこの町で絵師としてやっていた。元々いい所のお坊ちゃんで、お金も沢山持っていたから、普通の仕事に就けば十分に暮らせていけたのに、父上は趣味である絵描きを仕事にしたのです」
「……そういえば、ブラウニアさん。ご両親の姿を見ないのですが、どこにいらっしゃるのですか?」
ウォルダは少し遠慮しがちに聞くと、案の定、ブラウニアは俯いた状態で答えた。
「父上も母上も、自殺しました。家計が厳しくなり、せめて僕が暮らせるようにと、メイド達と遺産を残して自殺しました。本当に、馬鹿な結末ですよ」
「ですが、お父様は確実に貴方に夢を与えておられた。違いますか? 絵描きに没頭しつつも、息子の事を誰よりも可愛く思っている。そんなお父様の背中を見ていた幼き頃の貴方は、非常に目を輝かせておられました」
「……昔の話だ」
ブラウニアはそう吐き、居間の窓の方へとゆっくり歩いて行った。そして、窓の外を眺めながら、静かな声で語り始めた。
「個性を作り出すものとは何か。個性というものは独りでに生まれるものではないと、私は考える。人から与えられたものが基盤となり、その基盤の上に自身の経験が積み重なっていく。そうして出来上がるものが個性であると、私は考えるのだ。つまり、何者にもなれない者には、誰かが『光』を与えてやらねばならない。だが、『光』は有限だ。いつかは供給しないと、尽きてしまう」
ブラウニアはマリー達の方へと振り返り、言葉を続ける。
「この町は『芸術の町』と呼ばれている。そんな狭い世界で生きるには、誰にもない個性が必要だ。個性の無い者は道端で物乞いをするホームレスとなる。だからといって、個性の素となる『光』を与え過ぎても、それは自身を破滅へと導くだけだ。父上の様に……」
ブラウニアの言葉に首を傾げるマリーは、ブラウニアに問いかける。
「では、『光』を供給すれば良いではないですか。与えてもらったものを返してもらえれば、それで良いのでは?」
「甘いね、君は。与えた『光』なんて返ってこない。だって、与えられた事にすら、彼らは気付かないのだから。気付かずに、日々を生きていくのだから」
ブラウニアはマリーの元へとゆっくり近づき、足を止める。
「君は中々面白い子だね。話を本題に戻そう。誰が、何故、どのように亡くなったのか。この『芸術の町』に蔓延る闇を晴らしてみたいと、君は思わないかい?」
「ええ、是非とも。その為に、私達を貴方は呼んだのでしょう?」
マリーは無表情で、微笑みかけるブラウニアの顔を見上げる。ウォルダも二人の中に交じろうと近寄ったが、その瞬間ブラウニアがウォルダの方に手を伸ばした。
「恐らく証拠品であろう物は僕の部屋に置いてある。それを沢山の人で散らかされては困る。だから、僕とマリーさん、二人で部屋に向かおうじゃないか」
マリーとブラウニアはじっとお互いの顔を見つめる。そして少しすると、マリーは目を瞑り、口を開いた。
「そう仰るのでしたらそうしましょう、ブラウニア様。ウォルダも良いですね?」
「う、うん……」
マリーとウォルダの了承を確認したブラウニアは、マリーをその部屋へと案内し始めた。案内される瞬間、マリーはウォルダに誰にも聞こえない位の声で、通りすがりに呟いた。
――注意して物事を見ておいて下さい。
その言葉とウォルダを残し、マリーとブラウニアは居間を後にした。
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