不思議な探偵さん
ドーランド邸の中の一室。カーテンを閉め切り、薄暗く、楽器や筆などが散らかり放題の部屋の中にも、玄関からの呼び鈴の音は聞こえてきた。その音に、今までベッドに座り込み、俯いていた青い髪の青年は顔を上げる。そしてゆっくりとベッドから立ち上がった。
「ようやく……ようやく来た……これで、終われる……」
青年は部屋の扉を開けた。
同じ頃、中学生くらいの青年と、小学生くらいの少女が、大きなシャンデリアが出迎えるエントランスへと、メイド達によって招かれていた。青年と少女がその圧倒的な光景に魅了されている中、エントランスに一つの声が響く。
「ようこそ。今巷で有名な探偵諸君」
その若々しい男の声の元を探るべく、二人が辺りを見渡していると、エントランスの左右から中央にかけて伸びる階段の上に、その人物は立っていた。白いワイシャツに黒のタキシードを着こなし、ぼさぼさの青い髪で、目の下にクマの出来た、中学生であろう青年だ。彼は階段を降りながら喋り始める。
「よく来てくれたね。君達の噂は聞いてるよ。えっと……そこの君が探偵かい?」
そう言って彼が指差したのは、同じく中学生くらいの青年である。しかし、青年は横に首を振った。
「いえ、僕は探偵じゃありません。僕は探偵の助手を務めさせて頂いてる、ジョン・ウォルダです。探偵は、この子です」
ウォルダがそう言うと、隣にいた少女は頷いた。そして、少女は自身の右足を左足の後ろに組み、スカートの左右を手でふわりと持ち上げ、階段をゆっくりと降りてくる青年に向かって小さくお辞儀をした。少女はその状態のまま、青年に自己紹介を始める。
「初めまして、ブラウニア・ドーランド様。私がハリソン探偵社の探偵、マリー・ハリソンです。以後お見知りおきを」
マリーのその美しく可愛らしい姿に、思わず動き回っていたメイド達も足を止め、マリーに見入っていた。勿論、階段を降りてくる青年、ブラウニアも例外ではない。しかし、すぐに我に返ったブラウニアは、マリーにお辞儀をして微笑んだ。
「これは失礼。君が例の探偵さんか。ほら、君達も突っ立ってないで、早くこの客人達を居間へご案内しなさい」
ブラウニアが手を叩きながらそうメイド達に命令すると、メイド達も我に返ったように、再び忙しなく動き始めた。戸惑うウォルダとマリーの元に、ブラウニアが近づき、話しかける。
「申し訳ないね。何にせよ、こうして客人を招くことは久しぶりでね。私の名前を何故知っているのか……なんて事は聞く必要がないかな。依頼書に書かれた私の名前を覚えてきた……そうだろう? 丁寧だね、感謝するよ」
マリー達に微笑みかけるブラウニアの顔を、マリーは無表情でじっと見つめていた。その視線を感じたブラウニアは、笑顔をほんの少し曇らせた。それからすぐに元の笑顔を作り、エントランスの奥へと手を伸ばす。
「メイド達の準備も出来たようです。さぁ、どうぞ奥へ」
メイド達とブラウニアに案内された居間は、とても落ち着いた雰囲気を作り上げていた。窓からは太陽の光が射し込み、部屋の中央に置かれたソファーと長方形のテーブルを照らし出す。部屋の奥には暖炉があり、恐らく冬になると温かく燃えているのだろう。そして、窓の向こうからは外の賑やかな音が仄かに聞こえてくる。
「さぁ、どうぞお掛けになって下さい。大事なお客様ですから」
ブラウニアにそう言われると、ウォルダは少し遠慮しがちに座り、マリーは何の躊躇いもなく、ちょこんとソファーに座った。二人が座った事を確認すると同時に、ブラウニアもソファーに座った。三人が丁度座ったタイミングで、メイド達がお菓子と紅茶を用意してきた。
「どうぞ、くつろいで下さい。お話はゆっくりしましょう」
「そうですか。では、お言葉に甘えて……」
そう言うと、マリーは真っ先にマカロンへと手を伸ばした。そして、手に取ったマカロンを口の中へ入れると――――ただ無表情のまま口をもぐもぐと動かした。果たして、美味しいと思っているのだろうか。ウォルダを除く誰もが、この時そう思ったであろう。
「ん⁉ 美味しいですね!」
誰もが求めていたその言葉を発したのはマリー……ではなくウォルダだった。ウォルダの言葉と一緒に、マリーも頷く。その反応を見て、メイド達、はたまた厨房から覗きに来た調理人達も、一斉に胸を撫で下ろした。
「喜んで頂き、なによりです。調理人達も喜ぶ事でしょう。何故なら、こうして客人が来ることは、本当に珍しいことですから」
マカロンを食べ終えたマリーは、紅茶を一口飲んで一服すると、ブラウニアにこんなことを問いかけた。
「……失礼ながらブラウニア様。その乱れた髪型から察するに、先程まで寝ていたのでしょうか?」
「え?」
「ですから、先程まで寝ておられたのですか? もしそうであるなら、朝早くに起こしてしまった事をお詫び申し上げようかと……」
………………。
………………。
一同は静まり返る。その沈黙を耐えきれなかったウォルダはマリーに小さな声で呟く。
「マリー、いくらあの髪型を見たからって、そんな事を言ってはいけないよ」
その通り。そんな事を口走ってはいけない。しかし、君の発言も如何なものかと。
「マリー、あの髪型はね、きっと今芸術家達の中で流行っている髪型なんだよ。ほら、芸術家って変わった人が多いし、この町は芸術の町と言われているし……」
違う、そうじゃない。仮にそうだとしても、その説明では全く以てフォローにはなっていないのである。
「なるほど、そうなのですね。てっきり、私は起きたばかりなのかと……私も起きた瞬間はああなっていますし」
マリーは納得したようにブラウニアの方へと振り返り、ぺこりと頭を下げる。何か間違った解釈をされているが、決して本当の事を言える訳でもない。ずっと引きこもっていてこの髪型になったなんて……。ブラウニアは困ったようにマリー達に微笑みかけた。それからマリー達に話しかける。
「……それでは、本題に移っても宜しいかな?」
「はい。ブラウニア様」
マリーにそう言われると、ブラウニアは一呼吸置いてから話し始めた。
「君達を呼んだのは他でもない。このことについて調査して欲しいんだ」
――人が死んだ事について。
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