第63話 エルフの国~巫女は運だけはよかった件~
「いやああああああ、助けて勇者様ぁぁぁぁ!」
森の木々をなぎ倒しながら迫るモンスターを背に、巫女は全力で走る。
彼女を追いかけるのは手に斧を持った牛の顔を持つ人形のモンスター、ミノタウロスだ。
整備された城の中庭と違い、森の中はかなり走りづらい。
すぐに追い付かれると思ったが、巫女はなかなかに粘っていた。
木々の間を抜け、草むらを掻き分けて全力で走る。
ここが平原だったなら、巫女などすぐに捕まっていただろう。
だがここは森のなか、そして逃げるのは運だけは良い巫女だ。
小柄な彼女なら通り抜けられる木々の間も、大柄なミノタウロスは通れない。
木々をなぎ倒しながら進むミノタウロスは、逃げ回る巫女を捕まえられずにいた。
「どうしてこんなことにぃ!ただ少し休もうとしただけなのにぃ!いやぁ!」
泣きながら走る巫女の頭上を、彼女と同じ大きさの斧がかすめる。
彼女がこんなことになった原因は、ほんの些細なことだった。
ショウが通った跡を歩いていた巫女は、休もうとして道を外れてしまった。
ほんの少し、ほんの少しだけ道を外れ、倒れていた木に腰を掛けただけなのだ。
罠だと思いずっと手を出せずにいたミノタウロスが、後をつけているとも知らずに・・・。
「しかし神殿は遠いですねぇ。結構歩きましたけど、いつになったら追い付けるんでしょうか・・・わっ!」
空を見上げ大きくため息をつく巫女、そのまま大きく体を伸ばしたとき、バランスを崩して後ろへと倒れてしまった。
巫女が地面に倒れると同時に、轟音とともに粉塵が舞う、驚いた巫女が慌てて立ち上がると、ついさっきまで彼女の座っていた場所に大きな斧が突き立てられていた。
あまりのことに声すら出せない巫女が固まっていると、斧がゆっくりと持ち上げられ、獲物に手を出せることに興奮したミノタウロスが、言葉にできない雄叫びを上げた。
「きゃあああああああああああ!」
それと同時にミノタウロスの雄叫びに負けない悲鳴をあげながら、巫女は森へ向けて走り出した。
そして、現在に至る。
命を懸けた鬼ごっこが始まって五分後。
「もう、無理・・・もう、走れない・・・」
元々体力の無い巫女が五分も走ったのだから頑張った方だろう、それでも何とか足を動かし続けたが。
「わっ!」
足が上がらず木の根に引っかかり、盛大にこけてしまった。
息はあがり、立ち上がる力も無い。
勝利を確信したミノタウロスが、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえる。
「誰か・・・助けて」
振り絞るように小さな声で助けを求めるが、返事はない。
背後で斧を振り上げる音が聞こえた。
巫女が諦めて目を閉じた、次の瞬間。
木々がなぎ倒される轟音が森の中に響き、それと同時にミノタウロスの断末魔が聞こえた。
目を閉じていた巫女は何が起きたかわからない、意を決して目を開けると、顔のすぐ横に斧が突き刺さっていた。
その斧は、すぐに塵のようになって消えてしまう、後ろを見るとミノタウロスはいなくなっていて、落石でもあったかのように木々はなぎ倒され、地面が大きくえぐられていた。
「助かった・・・の?」
巫女が疑問に思っていると、遠くから何かがこちらに飛んできているのが分かった。
近づいてくるその何かを見て、嬉しさのあまり巫女は体の痛みも疲れも忘れて立ち上がる。
地面をはねるように移動して、こちらへ向かってくる赤色の物体。
「スライム様!」
巫女のピンチを救ったのは、世界最強のスライムだった。
「助けてくれてありがとう!スライム様がいるってことは勇者様も一緒なの?」
スライムを抱きかかえて再会を喜ぶ巫女、彼女(?)が近くにいるのだからきっとショウも近くにいるだろう。
巫女は辺りを見渡したがショウの姿はない。
落ち込んでスライムを見つめていると、不意に声をかけられた。
「急に飛び出したと思ったら、こういうことだったのね。そのお嬢ちゃんとは知り合いかしら」
顔を上げるとそこには、白いローブを着てフードを目深にかぶった人物がいた。
声と体のラインから、かろうじて女性だと言うことが分かる。
「まぁ人助けは別に悪いことじゃないのだけれど、今はあまり時間がないから勝手なことはしないようにしてほしいわね。さぁもう行くわよ」
手を広げながらゆっくりとこちらへ近づいてくる女に、巫女は少しだけ違和感を覚えた。
『この人、エルフとも人間とも違う、何か嫌な感じがします!』
警戒されたことに気づいたのか、女の纏う雰囲気が不穏な物へと変わっていく。
「エルフのお嬢ちゃん、そのスライムは私のなの。だから早く放してもらえないかしら?」
そんなことにはまったく気づいていない巫女が、どうしたものかとスライムと女を交互に見比べていると、スライムが巫女の手から飛び出し女のもとへ飛んでいった。
「良い子ね、スライム。さぁ早く行きましょうか」
スライムを抱えてどこかへ去ろうとする女に、巫女は声をかけた。
「あの、そのスライム様は勇者様・・・人間の男の人と一緒ではなかったですか?」
巫女の問いかけに女は答えない、振り返ることすらせずに、森の中へ歩いていく。
「怪しい人ですね・・・勇者様も気になりますけど・・・どうしましょう」
巫女は腕を組んで悩みはじめた。
あのスライムは絶対にショウのスライムだ。
↓
そのスライムが何故か他の女と一緒にいる。
↓
しかもそのスライムと仲が良さそう。
↓
と言うことは無理やり奪ったわけではない
↓
ショウがスライムを預けるほどの仲
↓
・・・新たな
「こうしてはいられません!スライム様が一緒ならいずれ勇者様と合流するかもしれないですし!」
そうと決まれば話は早い、考えがまとまった巫女は女の後を追い始めた。
幸い女の歩く速度は遅く、疲れた巫女でもなんとか着いていくことができた。
この判断のおかげで、彼女は後に大いにショウの助けになるのだった。
巫女がスライムに救われて数十分後。
「これは、一体何があったんだ?」
ショウと聖女は巫女が襲われた場所を見つけていた。
「何か大きな岩でも転がってきたんでしょうか?それにしてはどこにも岩は見当たりませんね」
「野良モンスターと誰かが戦ったのかもな、調べたいからとりあえず降りてもらえるか?」
怒られた聖女が名残惜しそうにショウから降りると、ショウは屈んで地面を調べ始めた。
「俺が全力で岩を投げてもこうはならないぞ、これはとてつもない力の持ち主だな」
「ショウ様でも無理となると、これはスライムちゃんの仕業でしょうか?それにしてもいったいどこへ・・・」
所々木々が斬り倒されているところを見ると、争いがあったのは間違いないのだが、今は誰もいない。
「ちょっとだけ辺りを探してみるか、何かあったらすぐに呼んでくれよ」
「せっかく森の中で二人きりなのに離ればなれになってしまうのはなんだか寂しいですね・・・。頑張れるように先にごほうびが欲しいです」
そう言うと、聖女は目を閉じてショウに唇をつきだした、今はそんなことをしている場合ではないのだが・・・。
ショウが聖女を放っておいて離れようとしたその時。
「お二人ともずいぶんと楽しそうですね!!」
服どころか顔や髪までも汚れた巫女が、怒りに満ちた表情で森の中から現れた。
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