第54話 ???の塔~降りるのは一瞬だった件~
聖女に魔法をかけてもらったあと、ショウは下の階まで凶拳を運んでやった。
壁に空いた穴から勢いよく風が吹いていたので、あのまま放置して落ちられたらたまったものではない。
「ここまで運んであげればもう大丈夫かな、呪いも解けてるだろうし俺たちは降りるか」
当然だが、登った分だけ帰りはきつくなる。
ショウは今から降りなければならない階段の数を考えてため息をついた。
これならいっそ飛び降りたほうが楽じゃないだろうか・・・。
「ショウ様、どうかしましたか?」
ショウが動かないことに気づいたのか、先に階段を降りようとしていた聖女が振り返る。
ショウはその場で少しだけ悩んだ。
地道に降りるべきか、一気に飛ぶべきか。
時間はかかるが安全を優先するのであれば、階段を降りたほうが良いだろう。
だが壁の穴から見えた景色ではすでに日が落ちかけている、このまま普通に降りれば町へつくのは深夜になるだろう。
「仕方ない、飛ぶか。聖女もちょっとこっちへ来てくれないか?」
ショウは飛ぶことを選択して聖女へと手を差し出した、彼女も一緒に帰るのだから当然一緒に飛んでもらうしかない。
聖女はショウの考えが全くわからないので、首を傾げていた。
飛ぶとは一体なんだろう、とりあえず手を差し出されているのだから掴まないわけにはいかない。
最上階の壁の穴までやってきた二人は外の景色を眺める。
風は強く吹いていて、覗き込むと飛ばされてしまいそうだ。
ショウは少しだけ身を乗り出して地面を確認する、この高さなら大丈夫と判断したのか大きくうなずいていた。
手をつなげてウキウキしていた聖女だが、ショウの行動を見る内に次第に顔が青ざめていった。
「あの・・・ショウ様?まさか飛ぶってここからじゃないですよね?」
違うことを祈りつつ、準備運動をしているショウへ尋ねる。
この高さから飛び降りればいくらレベル300を超えていたとしても無事ではすまない。
「ここからだよ、普通に降りてたら町へ着くの深夜になっちゃいそうだし。これぐらいの高さなら俺は平気だし。もちろん聖女様は俺が抱えるよ、さすがにこの高さじゃ厳しいだろ?」
聖女の心配をよそにショウはどこか楽しそうである。
準備運動は終わったのか聖女を抱き抱える、不意打ちでお姫様抱っこをされた聖女は思わず顔を赤らめてしまう。
ショウは改めて穴から地面を見下ろす。
危険な物はないこと、誰もいないことを確認すると穴へ向かって歩きだした。
「じゃあ行くぞ。舌かまないようにしっかり口閉じてろよ」
聖女はショウの首に回す手により一層力をこめた。
『抱き抱えてもらえたうえにこんなに密着できるなら、飛び降りるのも悪くないですね』
聖女は予想外の幸運に喜びそんなことを考えていたのだが、その考えはすぐに撤回された。
一瞬だけふわりと体が浮いた感覚の後、重力に従って急速に落下する。
まるで地面から吹いているような強風で周囲の音がかき消される、先ほどまで遠く離れていた地面がとてつもない早さですぐそこまで迫った。
「きゃあああああ!!!」
聖女は生まれて初めて絶叫した。
さっきまでの喜びなど一瞬で吹き飛び、頭を死の恐怖で埋め尽くされていた。
それでも彼女は強いものである、目の前にあるショウの顔を見るとすぐさま乙女の回路が暴走を始めた。
『最愛の人の腕に抱かれて死ぬ、そんな最後も悪くないですね―――』
聖女があきらめたその瞬間、ショウは落下の勢いそのまま着地した。
着地の衝撃で地面は割れ、あたりに土煙が立ちこめる。
後ろに立っている塔も少しだけ揺れたような気がした。
「やっぱり何ともなかったな。ほら着いたぞ」
ショウは地面に埋まった足を引き抜きながら聖女に声をかける、だが返事がない。
よく見ると聖女は気を失っていた、涙の跡が着いていたので、どうやら相当怖かったようだ。
ショウは仕方なく聖女を馬車へと運んであげたが、問題が発生した。
荷台へ下ろそうとしたのだが首に回された手が外せない、気を失っているというのになんて力だ。
「―――仕方ないか」
ショウは聖女を抱えたまま馬車へ乗り込み、手綱を握ると近くの町へ向けて馬車を走らせるのだった。
「今日も疲れたよ~」
ショウはベッドの上でスライムちゃんを抱きしめていた、今日は珍しくベッドが二つ有る大きな部屋を借りていた。
隣のベッドでは聖女が寝息(?)をたてていた。
町へ着いた後も聖女は目覚めなかったので、仕方なく同室のベッドで寝かせてあげていた。
鍵のかかっていない部屋に一人で寝かせておくのは、いくら宿屋といえども危険だろう。
「まぁ疲れてたってのもあるんだろうな、昨日も今日もかなりの人数を助けているし。本当、よくやるよ」
ショウは隣で寝ている聖女に目を向ける、桃色の髪が呼吸する度にふわふわと揺れ、時折良い香りが漂ってきていた。
ショウが聖女を見ていることに気づいたのか、スライムちゃんがおなかの上でびしびしと飛び跳ねはじめた、多分嫉妬しているのだろう。。
「心配しなくても俺はスライムちゃん一筋だよ、とりあえ、ずかな、り痛いから、やめて、欲しいな・・・」
スライムちゃんのおかげでレベルマイナス999になっているのだが、その状態でもスライムちゃんの愛情表現は痛かった。
スライムちゃんのステータスを確認すると、なんとレベルが8000を越えていた、いったいどこまで上がるつもりなのだろう。
「魔王なんかより、もうスライムちゃんの方が強いんじゃないかな―――」
怒っているスライムちゃんをなだめて、ショウはようやく眠りにつくのだった。
ショウがいびきを立て始めてから数分後、隣のベッドで寝ていたはずの聖女が起きあがった。
スライムちゃんを抱きしめて寝ているショウをしばらく見つめた後、小さくため息を吐いた。
「寝てしまいましたか。予想はしていましたけど、本当に手を出さないのですね―――」
実は、聖女は気絶などしていなかった。
塔から飛び降りたときに一瞬だけ意識が飛んだが、その後はずっと気絶したふりをしていたのだ。
何でそんなことをしたのかというと、ショウが自分に手を出してくれないか期待してのことだった。
結果として、聖女の期待はむなしくも裏切られてしまった。
ショウは気絶している聖女に全く手を出さなかった、それどころかいつも以上に優しく扱ってくれた気がした。
「女として見てくれてるのかは不安ですけど、大事にしてくれるのはわかりましたし、今日はそれで満足しておきましょう。やはり早く魔王を倒さないと次の段階へは進めませんね」
それに今日は密着できたりと色々嬉しいことが多かったし、聖女にとってはハッピーな一日だった。
早く魔王を倒そう、そう固く決意してショウのベッドへ潜り込もうとしたのだが、スライムちゃんに弾かれたため仕方なく隣のベッドで眠りにつくのだった。
『寝顔を見つめながら寝れるだけでも悪くないですね』
いろんな意味で、聖女はたくましくなっていた。
翌朝
聖女とスライムちゃんのお決まりの騒動が終わった後、ショウと聖女は部屋の中で今日の予定を話し合っていた。
「とりあえず今日はここへ行ってみるか、残りも少ないし本当に魔王がいるのか怪しくなってきたな」
地図を眺めながら今日の目的地を指さす。
地図に記された×印も少なくなってきた、本当にこの×のどこかに魔王がいるのだろうか。
「いることを信じて頑張るしかありません。いなかったらそのときに考えましょう」
聖女は、昨日の出来事など全くなかったことのように振る舞っていた。
ショウの横で真剣に地図を眺めている、聖女もショウと同じように魔王がいるか不安になってきた。
目的地も決まったので、さっさと移動することにしよう。
準備を整えた後馬車へと向かったふたりを、思いがけない人物が待っていた。
美しい飾りが施された銀の羽飾りを胸に刺し、緑のローブを身にまとった長身のエルフ―――サンソンだ。
サンソンは二人に気づくと不敵な笑みを浮かべた、よく見るとその視線はショウだけを見ているようだ。
「待ってたぜ、人間の勇者」
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