第50話 ???の闘技場〜久々に本気を出せた件〜
翌朝
ショウが目を覚ますと、昨日と同じように聖女がスライムちゃんに捕まっていた。
床に転がったまま笑顔でこちらを見ている、聖女も最早なれたものだ。
「―――おはようございます!今日もご覧の通り妻の勤めを果たせずごめんなさい」
ドアに鍵はかけていたはずだがどうやって入ったのだろう。
よく見ると昨日締めていたはずの窓が開いている、ここから入ったのか。
さすがは腐っても冒険者だ、2階に登るぐらい楽勝なのだろう。
「おはよう、・・・とりあえず準備して待っててくれ」
挨拶できて満足したのか、聖女は笑顔で部屋を出ていった。
ショウはベッドの上でスライムちゃんを抱いてステータスを確認する。
ショウのレベルはマイナス999、スライムちゃんのレベルは3281になっていた。
能力値は変化していないがレベルは上がり続けている、本当に大丈夫なのだろうか。
「とりあえず呪いにはかかってないからいいかな、何かあったらちゃんと言うんだよ?」
分かっているのかいないのか、スライムちゃんはぷるぷると震えていた。
ショウが準備を終えて外へ出ると、聖女はすでに馬車で地図を広げていた。
隣に座り地図を覗き込む、王国の東側の☓印は残り一個しか残っていなかった。
「今日はここに行くとして、あとは王国の反対側か。とりあえずここを調べたら一回王国へ戻ろう」
今日で4箇所目、地図の半分は制覇することになる。
通り道でもあるし報告も兼ねて巫女に会っておくか。
目的の場所へは馬車で2時間ほどでついた。
馬車を降りて目的の建物を見る、入る前から嫌な予感がした。
「これって確か、昔の闘技場だよな?」
ショウと聖女の目の前には、レンガを組み上げてできた大きな円形の建物が立っていた。
その昔、冒険者たちが腕を競い合ったとされる場所だ。
ギルドが出来てからは冒険者同士の決闘は禁止され、その殆どは解体されていた。
「エルフの国にもこんなものがあるなんて驚きですね」
人間もエルフも考えることは似ているんだな。
ショウは気を引き締めると一人で中へと入っていく、闘技場ということは間違いなく戦いになるだろう。
「しかしこんなわかりやすいところに魔王なんていないよなぁ」
一本道の通路を進んでいくと、周囲を客席で囲まれた直径20m程の円形の広場に出た。
驚いたことに客席にはダークエルフが隙間なく座っていた、おそらく100人以上はいるだろう。
ショウが入った途端ダークエルフたちからやじが飛ぶ、まるで荒くれ者の冒険者のようだ。
魔王の呪いにかかるとエルフといえどもここまで荒々しくなるのか。
「まさか全員と戦うとか言わないよな」
ショウは別に何人いようが負ける気はしなかったが、問題は別にある。
これだけの人数を相手にしていたら、ついうっかり一人ぐらい殺してしまいそうな気がする―――いや、間違いなく何人か殺してしまうだろう。
ショウが巫女への言い訳を考え始めたとき、ダークエルフたちが一斉に静かになった。
不思議に思っていると、ショウが入って来た方と反対側の通路から誰かが歩いてきた。
鈍く光る黒い鎧を全身に身にまとった騎士が現れた。
頭からつま先まで鎧に包まれているため、性別すらわからない。
その手には両刃の大剣が握られていた。
「よく来たな勇者。私は
剣鬼と名乗ったダークエルフは、声から判断するとどうやら男のようだ。
雰囲気でわかる、この男は確実に今までの奴らよりは強い。
ショウが何も言わないのを怯えていると判断したのか、剣鬼はこう続けた。
「彼らは観客だ。戦うのは私一人だから安心したまえ。もっとも、私一人だろうと君が死ぬことに変わりはないがね」
会話は終わったのか剣を油断なく構える剣鬼、ショウもカタナを構えて向き合う。
剣とカタナがぶつかる音が響き、激しい戦闘が始まった。
剣戟の音は時間が経つごとに激しさを増し、観客のダークエルフたちも次第に盛り上がってきたのか立ち上がって声を上げ始めた。
ショウと剣鬼は斬り合いを止め距離を取る、かなりの剣戟を交わしたはずだが二人共無傷だった。
「人間の割になかなかやるな、勇者と呼ばれるのも納得だ。だがもう遊びは終わりだ、そろそろ本気でやらせてもらおう」
ショウは剣鬼の強さに驚いていた、確かに今までのダークエルフとは比べ物にならないほど強い。
「確かにあんたは強い。―――これなら俺も本気を出して良さそうだな」
ショウはニヤリと笑うとカタナをしまい、なんと素手になった。
この行動には流石に剣鬼も驚いたようで、わずかに肩をピクリと震わせていた。
観客のダークエルフたちからの野次が飛ぶ、互角に戦っていたはずの人間が武器をしまうなど馬鹿にしていると思ったのだ。
「本気を出すと言いながら武器をしまうとは、本当は実力差を知り諦めたのだろう?」
ショウは答えないかわりに拳を握り剣鬼に向き合う、その態度が更に剣鬼を怒らせた。
大剣を握る手に音を立てるほどの力を込めてショウに斬りかかった。
迫りくる大剣を前にショウは余裕の表情をしていた。
確かに剣鬼は強い、だからこそショウは嬉しかった。
なぜなら―――本気を出しても死なないと思ったからだ。
ショウは大剣を難なく躱し剣鬼の懐へと潜り込むと、鎧の中心目掛けて全力で拳を叩き込んだ。
鎧は一瞬で砕け足が地面から離れた剣鬼は、衝撃波を放つ程の速度で吹き飛んでいく。
観客席まで吹っ飛んだ剣鬼は数人のダークエルフを巻き添えにして動かなくなった。
「やりすぎたかな―――」
ショウの予想では剣鬼はレベル600以上はある。
なので手加減することなく全力でやったのだが大丈夫だろうか。
「剣鬼様はまだ生きている!人間に負けた事実など残してはおけない!やつは生かして返すな、俺たちで仕留めるんだ!」
どうやら生きているようで一安心だ―――待て、俺たちで仕留めるんだ???
ショウが疑問に思っているとダークエルフたちが武器を手に立ち上がり、一気に観客席から降りてきた。
「結局こうなるのか・・・」
観客のダークエルフたちは見るからにレベルが低い。
ショウは結局この日も、殺さないように気をつけながら戦う羽目になったのだった。
「―――遅いですね」
聖女は馬車の中でショウを待っていた。
轟音が響いてきた後も、10分ほど慌ただしい音が聞こえていたが今は静かになっている。
「今度こそ仕方ありません。もしかすると疲れ切って動けなくなってるかもしれないですし、仕方ないので私が行って癒してあげないと。これは仕方ないのです」
聖女が中へ向かおうとしたとき、中からショウが―――現れなかった。
一本道になっている通路を過ぎて広間へと向かう、そこで聖女は驚きの光景を目にした。
山積みになっているダークエルフ達、中には血を流している者もいたが全員気を失っているだけのようだ。
「やっぱり来たのか、待ってて正解だったな」
ショウは通路を出てすぐ横の壁にもたれかかるようにして座っていた、どこか怪我をしたのだろうか。
聖女は慌てて近づき体を確認しようとしたがショウに止められた、どうやら疲れて座っていただけのようだ。
「怪我が無いようで何よりです。それにしても今日はすごい人数ですね」
聖女は再び山積みになっているダークエルフを見上げる、ざっと見て100人以上はいるだろうか。
「じゃああとはよろしく、俺はつかれたから少し眠らせてもらうよ。何かあったら起こしていいから」
そう言うとショウは横になって寝息を立て始めた、聖女は山を目の前にして杖を強く抱きしめる。
「―――頑張ります」
夫が頑張ったのだから妻である自分も頑張らないといけないだろう。
それに今日はスライムちゃんを抱いていない、これは千載一遇のチャンスではないだろうか。
「終わったらお目覚めのキスぐらいしてもいいですよね?」
眠っているショウを見つめて優しく微笑んだ後、解呪のために魔法を唱えるのだった。
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