名探偵 vs 世界平和

てこ/ひかり

新米探偵・岬岐ちゃん憤慨!

「本日はお忙しい中集まっていただき、申し訳ございません」

「全くよ」

 真っ赤なスーツに身を包んだ女が、イライラとハイヒールで踵を鳴らした。


「コッチは仕事詰まってんだから……早くしてよね」

「わざわざ我々全員を現場に集めたのには、ちゃんと意味があるんだよな?」

 その隣にいた男が、丸いキャスケット帽の少女を、訝しげな目で睨んだ。

 集まった数十名の関係者に囲まれたその少女……新米探偵・嵯峨峰岬岐さがみねみさき……は、帽子を深く被りなおし、静かに笑みを浮かべると、ゆっくりと彼らに告げた。


「ええ、もちろんです。分かったんですよ、この事件の犯人がね……」


□□□


 真っ赤なランプがそこら中でぐるぐると回転し、閑静な住宅街に、集まったパトカーのサイレンが木霊する。道端で全員が見守る中、先ほど見事探偵にトリックを暴かれた犯人が、しおらしく警察に連行されて行った。長らく住民を悩ませていた連続殺人事件も、これにてようやく一件落着。あぜ道の片隅で、岬岐は一人ホッと胸を撫で下ろした。


 良かった。私の推理、間違ってなかった……。


「ちょっと待ってくれ」

 岬岐が一息ついて帰り支度を整えていたところ、関係者の一人が近づいて来て、不思議そうに少女探偵に尋ねた。

「今の事件……人間ドラマはどこにあったんだ?」

「へ? ドラマ?」

 岬岐が、男の言葉の意味を図りかねて首をひねった。男が頷いた。


「だってそうだろう? 殺人事件と言えば人と人とが織りなす人間ドラマじゃないか。なのに逮捕された男が語った動機と言えば、『金持ちを狙った』……これじゃ、何の面白みもないよ」

「そう、言われましても……」

 岬岐が返答に困り果てていると、さらに横からもう一人、別の男が顔を突っ込んできた。

「俺だって、今日は奇想天外なトリックが見られると思って、わざわざ商談を抜け出してきたんだけどな」

「はぁ。奇想天外、ですか」

「正直言って拍子抜けだね。蓋を開けてみれば、使い古された密室トリックを現代風にアレンジしただけ……」

「まぁ、そんなものなんじゃないでしょうか? 実際の殺人事件なんて……」

「ちょっと待ってよ。私なんて、事件にまつわる男女の愛憎劇が見たくて、出張先から飛ばして来たのよ!?」

 するとその脇で、今度は赤いスーツの女性が、悔しそうにハンカチを噛んだ。


「なのに何で関係者全員、誰も恋愛関係に発展してないのよ! バカじゃないの!?」

「ですが、今回のは衝動的な犯行でしたので……」

「”殺そうとしたら好きになった”くらいのミラクルを見せなさいよ! 根性なし!」

「それが出来たら、そもそも殺人事件は起きてない……」

「バカ女め。安っぽい恋愛ドラマが見たけりゃ、それ専用のチャンネルがあるじゃろうが」

 気難しそうな白髪のお爺さんが、ヒステリックに喚く女性を横目にフンと鼻を鳴らした。


「それよりも、ワシは時代劇ばりのお裁きが見たかったんじゃがね」

 お爺さんは探偵少女を期待の眼差しで見つめた。

「お裁き……ですか」

「そう、そうじゃよ。悪人が正しく裁かれるのを見て、スカッとしたいんじゃよ、スカッと!」

「だって、正しく裁かれたじゃないですか。警察に捕まって」

「だがのぅ、今のままじゃ、何とも歯切れが悪い。お嬢ちゃん、ここは一つ、今からでもワシを唸らせるような”探偵が事件の最後によく言う名言っぽい一言”を言ってくれんか?」

「いや言いにくいですよ! そんな風に言われちゃ!」

 お爺さんの雑なお願いに、岬岐が慌てて顔を赤らめた。

「神よ……」

 すると突然、怪しげな壺を抱えた関係者の一人が、道端で膝をつき神に祈りを捧げ始めた。


「ちょ……貴方は貴方で、いきなりどうしたんですか!? 今度は何なんですか!?」

「神よ。その御心によって、我々に平和をもたらしてくれて感謝いたします。それからついでに探偵さんも。今回の事件解決で、またひとつ世界が平和に近づきましたね」

「何が世界平和だよ」

 信心深い男に、関係者の一人が突っかかって、たちまち辺りは騒然となった。


「そんな大げさなもんこっちゃどうでもいいから、人情ドラマを見せろよ、ドラマをよ」

「いやいや。ドラマよりも、誰も見たことないような度肝を抜くトリックを……」

「だって男と女がいるんだから、恋愛関係があってしかるべきでしょ!? この際男と男でも良いわよ!」

「誰が何と言おうと社会派じゃ、社会派!」

「何を言うんですか。世界平和こそ、壺神様の願い……」

「ちょ……ちょっと待ってください皆さん!」

 関係者に囲まれていた岬岐が、とうとう大声を上げた。


「皆さん……殺人事件に対する要求が多すぎます!!」

 岬岐の剣幕に、取っ組み合っていた関係者たちが静まり返った。


「良いですか皆さん! 人が、死んでるんですよ!? なのにトリックがどうだとか、動機が安っぽいとか……そんなこと、気にしてる場合じゃ無いでしょう!?」

「探偵さん……」

「私、事件を解決して誰かをスカッとさせようとか……世界を平和にしようだなんて大それたこと、考えてません……」

「…………」

 気がつくと、岬岐の瞳にキラリと光るものが浮かんでいた。その姿に、関係者たちは皆バツが悪そうに俯き加減で押し黙った。


「最後の”名言っぽい一言”も……毎回楽しみにしてたけど、もう言いません……」

「岬岐ちゃん……」

「探偵さん……」

 ポロポロと涙を零す少女探偵に、誰もがかける言葉を失った。少女のその姿を見て、白髪のお爺さんの頬を、つう、と一筋の涙が伝った。


「名言じゃ……」

「……は!?」

「探偵なのに最後に名言をあえて言わないと言う……逆説的名言……!」

「何ですかそれ」

「俺、何だか感動しちゃったな」

 ポカンと口を開ける岬岐の横で、関係者の一人が目頭を抑えて天を仰いだ。


「何だかよく分からないけど、胸がジーンと来ちゃったよ。人が人に感動するって、こう言うことなんだろうな」

「はぁ……?」

「私、何だかあなたのこと、好きになっちゃったかも」

 すると赤いスーツの女性が、何故か顔を赤らめて岬岐の手を取った。

「この際、女と女でも良いわよね……?」

「……あの、その好きって……ファンになったって意味ですよね……?」

「凍っていた人の心を溶かす、熱の込もった一言。これこそ、誰も予測し得ない、奇想天外な愛のトリック……」

 気がつくと、自然と拍手が沸き起こっていた。怪しげな壺を抱えた男が、嬉しそうに声を張り上げた。


「さぁ! 皆さんで壺神様に祈りを捧げましょう!」


 それから関係者たちは岬岐を胴上げした後、全員で道端に膝をつき、それぞれの神に祈りを捧げた。岬岐は事務所に帰った後、真っ先に事件に関する書類を一つ残らずシュレッダーにかけ、記憶から抹消した。

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