第2話

もうすでに見慣れた暗い夜の空を見上げて、昼がないことを知った少年は特にすることがなくあたりをぶらぶらしていた。


「はぁ...つまんない」


幼い顔立ちをした黒髪の少年はそう呟いて、広場の近くにある階段に腰をかける。夜の空よりも暗い暗闇から少年が目覚めてから約3ヶ月が経つ頃だった。閻王が申し訳なさそうに自分の死は部下のミスだったと告げられた時にはとんでもなくあきれたものだ。


死因は衰弱死.....、家の隣に散歩していた寿命を迎えたおじさんと間違われて魂を抜かれたなんて、バカバカしくて、理性が追いつかず、機械的に脳で処理することしかできなかった。


閻王様曰く霊魂のエキスとやらを体内に流し込んでもらったおかげでどうやら天国にも地獄にも行かなくていいらしい。どうせなら天国に入れろよと一瞬思ったものの、その考えを読んだかのように、閻王は不気味な笑みを作り、天国はそんないいところでもないぞと長々と述べられたのはまだ記憶に新しい。


 その代わりに転生してもらうことになっているのだが、すでに3ヶ月がたち、毎日...とは言っても日の継ぎ目に鐘の音がするだけで、いつも夜みたいな感じではあるが...ただただバカでかい無人の閻王の宮殿を回ることぐらいしかやることがなかった。


いや、実はもう一つ気になっていることがあるのだが...、これもまた閻王様曰く、霊魂のエキスを体内に入れたからには、魂の強度は劇的に上がり、身体能力がとんでもなく上がるはずだ、と。贈り物として転生してからの楽しみと言ったふうに、子供じみた笑みを向けられたことを思い出し、少しワクワクした気持ちになった。


記憶を保ったまま転生させるのは不可能に近いらしいけど、久々に訪れたプラスの感情に、少年は水を差すバカな真似はしたくなかった。前に向けて歩みを進めていると、ふと少年はおもわず懐かしい気持ちを覚えた。なぜなら少年は前方からゆらゆらと揺れる、金色の輝きをしたものが気配をドアの向こう側から少し漏らしているのがわかった。


瞬時に光だ!と判断した少年は久々に少し興奮気味に小走りでドアに近づき、勢いよく開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。


「...きれい...」


目の前に広がる幻想的な風景に思わず口から漏れた感想を、少年は気にすることなく前を目指した。


少年が歩くたび、回りに蛍のように舞う光たちはゆっくり奥へ流れてゆき、やがて帯状の光にまとうように静かに辺りを循環したあと、帯に吸い込まれたと思ったら、新たに産出された小さな点々とした光が空気中へ放出された。


そんな中、無数の光の帯があたりを明るく照らしていた。


心を溶かす暖かい光だった。


少年は光に魅了されながらもさらに足を進めていくと、光に照らされ、自らも発光していそうな金色に輝く湖が見えてきた。


その上に、奥行きのある輝く湖よりもさらに先が見えない狭い橋がほぼ平行に黄金の湖の上に架けられていることに少年は気づいた。


思わす橋の上に立ってみたい衝動に駆られて、少年は一歩踏み出そうとして...


思いっきり踏み外した。


橋をすり抜けた少年の足は勢いよく少年の上体を引っ張り、降下する勢いに逆らえず、少年は顔面から橋をすり抜けて湖に脳天から落ちるはめになった。


顔を驚愕に染めた少年は瞬時に息を止め、水泳の構えをして見せたが、予想もむなしく、いつまでたっても金色をした液体が身を包む感覚は訪れなかった。


代わりに感じたのは体をすり抜けるそよ風のようなものだった。


冥府にしては暖かい風に疑問を覚えながら目を開けてみると、もうすでに少年は広い草原に四肢を投げ出していた。


天幕は変わらず漆黒のまま。


まわりにあった湖と橋など存在しなかったかのように跡形もなく消えていた。


大の字になって大地とハグを交わしていた少年は少しこの状況にすこし心細くなって、逃げるようにして少し遠くにある扉を目指して走って向かうと、


少年はまたもや目を疑った。


何の装飾も施されていなかった冥府の城が、何と優雅に細部に渡り芸術的な小細工が施されているのではないか。


中世の建物を思わせるように変わった冥府城に少年は少々呆然としていたが、意を決して先程までいた大広場に戻ろうと足を動かした。いつもよりも荒涼に感じた閻王の宮殿はところどころ装飾が剥がれ落ちていて、少し前の冥府城と同じものだとは到底思えなかった


あえて表現するなら陥落した魔王城といった感じか。


大して難しい道だったわけもなく、難なく大広場についた少年は一息つくと、今まで見たことがない、妙に周囲と比べ浮いている部屋を見つけた。怪しさ満点の例の部屋の扉は無骨といった印象だが、部屋の前に下げられた ”営業中” とでも書いてそうな下げ札のお陰で台無しだ。


見たことのない文字だが、妙な可愛らしさを感じさせるものだった。

入ってはいけないと理性が警報を鳴らすも、まるで吸い寄せられるように少年は根源からの警告を振り払って、ドアの向こうへと進んだ。


埃っぽい感じにすこしむせながらも、部屋の中央にたどり着いた時、あたりは激発されたように一気に明るくなった。


少し驚いた少年だったが、しばらくして視力が回復すると、少年は部屋一面に空っぽの本棚が壁に沿って並べられているのが見えた。


さらに、デスクの上には一冊記載途中の書籍も見受けられた。


少年はさも当たり前のように本の内容を覗いてみると、


瞬時に知識の洪水が押し寄せてきた。


見た覚えのない怪しい文字であるにも関わらず、何となく意味を理解できる魔性のものだった。頭をいじられる感覚に陥るも、まるで脳の格式にあうように整理されたメディアを直接頭の中に貼り付けされたみたいに、当たり前のように受け入れてしまう。 


苦痛は持たされなかった。少年はたっぷり時間をかけてその怪しい書籍読破することを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冥府より異世界旅 並行双月 @parallel-moon-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ