第3話
スマホでもいじって気を紛らすかという気持ちになった。私はSNSを開く。そこには友達、いや知り合いの名前が並んでいる。私はそれをタップし、過去どんな会話をしていたのかを何も考えず眺めた。
くだらない雑談ばかりが私達の間で飛び交っている。言葉を返信している私が、今の自分と本当に同じ人物か疑いたくなってしまうくらい、生き生きとくだらない会話を繰り広げている。
気分が悪くなってきたので、私その画面を閉じる。
せっかく気分を紛らわそうとしたのに、なんでわざわざ私はそんなものを見ようとしたのだろう。ああ、分からない。
私の指はSNSトークを見るだけでは満足しないようだった。次はタイムラインをタップする。
たくさんの知り合いが、日々の出来事を楽しそうに書き込んでいる。高校での些細な出来事、休日にグループで遊んだ出来事、様々である。
もちろん、その出来事の中に私はいない。
やはり私がいなくても、普段通り日常は進んでいるようだった。友達が笑っている写真を見て、それを確信する。
私は、SNSアプリをまたアンインストールした。何度インストールとアンインストールを繰り返しているのだろう、私は。
もはや過去をすべて捨てた方が楽になれるんじゃないかと思いつつも、私の指は無意識にそれを行ってしまう。
私はスマホをベッドに放り投げた。
そして、今度はパソコンをつけて、動画を見たり、ニュースサイトを見たりする。スマホでも見ることはできるのだが、スマホを見ると、どうしても過去の自分の姿がちらついてしまう。それは嫌だった。
何もかも忘れて、ネットサーフィンをするのは私がこの生活中で見つけた唯一の楽しみであり、習慣でもある。
いつもと同じように、ネットサーフィンをしていると、変なスレッドが立ち上がっているのを発見した。
『引きこもりたちよ集まれ。語り合おう』というものだ。それを見つけた感想としては、馬鹿馬鹿しいその一言に尽きる。
だが、興味を惹かれないのかと問われたのなら、素直に頷くこともできないような気もした。
私は、そのスレッドをクリックしていた。
そのスレッドは完全に過疎っていた。スレッドが建てられた日付を見てみてみる。それは今日から三日前になっていた。最近と言ったら最近ではあるのだが、このスレ主にとっては三日も無視され続けていることになっているということだ。
誰も見ていないのなら、しょうがないのかもしれないが、今私はこの問いかけを発見してしまった。
考えるよりも先に、私はコメントを打っていた。
『こんにちは』
とりあえず、挨拶から入る。私はこういう掲示板みたいなのは基本眺めるだけだから、掲示板流の作法とかは分からない、まあ適当でいいだろう。どうせ過疎っているスレッドだし。
反応はすぐ返ってきた。引きこもりらしく、ずっとパソコンの前に待機していたのだろうか。あ、私も似たようなものなのでいじる資格はないんだった、ほんと馬鹿だな私。
『おお!こんにちは。まさか返信してくれる人がいたとは。あなたも引きこもりなんだな?』
『そうです』
『そうか、何で引きこもりになったんだ?ああ、聞くなら先にそっちが話せってか。簡単だ、俺はいじめがきっかけだよ』
ぐいぐい来る感じが引きこもりぽくないように感じたが、いじめが引きこもりのきっかけか、私よりも断然重そうだ。
『私は何というか、最初は友人関係で少しすれ違いがあって休むようになり、それから休んでいるうちになんか外に出られなくなりました』
『あー、俺と似たような感じだな』
『あなたのいじめよりは随分軽いですよ。あなたの方がよっぽどつらいのではないですか』
『きっかけの度合いが少し違うだけで、その後の過程にはそこまで大差ないよ」
完全にタイマンで会話が進んでいく。掲示板をつかう意味がないような気もしたが、気にしないことにした。
『私は今、自分がどうでもよくなっているんです。だから、なにも興味がない無気力な状態なんです』
『そうか、お前はその状態が何なのか分かっているのか』
私は手を止めた。呼吸が少し荒くなる。わずかだが、腕も震える。
私はしばらくコメントを打たなかった。すると、スレッドが動きを見せる。
『俺はな。病院に行ったんだ。そして、診断されて、俺は心の病を抱えていることが分かった。まぁ、そこまで重度ではないみたいで、がんばればすぐ回復するそうだ』
私はそれを見て、ゆっくりとコメントを打ち込んだ。
『私もそうなんですか』
『それに関しては病院に行ってみないと分からないな。怖いのは俺もなんとなく分かる。だけど閉じこもっているだけでは何も解決しない。俺に言われなくてもあなた自身が分かっているんじゃないか?』
『あなたは、最初、誰かに相談したの?』
『家族に相談したんだ』
彼は多くを語らなかった。
『私ももう少し頑張ってみようと思いました。ありがとうございます。今日は落ちます』
『こちらこそだ。また気楽に来てくれ。多分、いるだろうから(笑)』
『はい』
彼は引きこもりを自虐にできるほど回復しているようだ。多分私より、強い心を持っているだろう。自分の力だけで踏み出せるのは本当に尊敬する。
自分と同じような引きこもりの人たちが日本にはたくさんいることが分かってはいたつもりだった。だが、こんな形で話を聞くことができるとは思ってはいなかった。
この語らいは、私に若干の勇気をくれた。自分自身の力では何年かかって生み出せるのか分からないようなちっぽけな勇気。
弱い私は決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます